第1章 第13話
その翌日の朝。スマホの目覚まし機能を停止させた時に彼女が部屋に駆け込んできて、
「今日の授業で使います、書道セットを貸しなさい」
この頃から言葉の使い方に徐々に変化が見られてくるー
クローゼットを押し開け、中学時代に使っていた書道セットを探し当て、其れを彼女に渡そうとした時。彼女は僕のクズ入れを覗き込み、そしてあろう事か鼻をクンクンさせ、
「臭い。ミツル、ナニをした?」
余計なお世話である。人が自室でナニをしようが、個人の自由である。
だが、彼女は臭いの元をつまみあげ!
「オマエ、変態だな。死ね」
と冷酷な表情で言い放った。
僕は心の中のミッチに問いかける
「僕が間違ってるのか? 僕の部屋で僕がナニをする権利は憲法で保証されているのではないのか?」
ミッチは悲しい声で呟く…
「女の子の隣の部屋で… その子の匂いを主菜にしてはいけないわ。せめて、洗面所か浴室でしなくては… それがエチケットというものじゃなくて?」
そんな…あと二年も、僕は…
これはやはり、彼女との同居が途轍もない不幸としか言いようがないと思われ…
少しやけくそになった僕は、女子と同居する男子の最高の夢〜 そう、彼女の下着の匂いを嗅いでやるとその朝決心し、その夜実行に移した。
もし耐え難き悪臭であるなら、彼女への性欲はバッサリと断ち切れよう。
だがもし芳しき香りであったなら、変態道を突き進んでやろう。
一世一代の覚悟を決め、僕は彼女の入浴後に浴室へ向かった。脱衣所のカゴに入れられた白い下着を震える手で摘み上げる。
人の道から外れてしまう僕を許しておくれ、ミッチ。
ー信じられない…貴方がこんなことをするなんて…
仕方ないんだよ。あと二年も抑圧された生活なんて僕には耐えられないんだ
ー他に方法があるでしょう、どうしても、なの?
うん。僕が僕らしくあるためには、これしかないんだ。きっと。
ー嫌よ、駄目。そんな事しないで、お願い…
ごめんねミッチ。僕は、僕は…
僕は生唾を呑み込み、白い布切れを脱衣所の暗い明かりにそっと照らす。純白の布に薄いシミを確認し、口から涎が流れるのを感じる。
ゆっくりと、僕は布を顔に近付ける。やがて僕の鼻に其れが触れるー
その香りは何とも表現がし難いものであった。強いて言えば軽いアンモニア臭に薔薇の香りが添えられた、とでも言うべきか。
想定していた悪臭でも無く神匂でもなくー 全く想定外の、ごく普通のありふれた「人の匂い」なのであった。其れを僕は鼻に押しつけ深呼吸をする。
気が付くと僕の両眼から涙が溢れ、独り静かに鼻を啜る。だが下半身の僕は全く違う感情を有している様で、抑える間も無く白い種子は勢いよく浴室のドアに飛び散ってしまった。
布切れを元に戻し、ティッシュで白き残滓を拭い去り、浴室に入り身体を洗い、湯船に浸かる。
どんなに呼び掛けても、ミッチが答える事は、以来、無い。