第1章 第10話
「ゆーとんちゃん、美味しい?」
「はい。とても美味しいです」
満面の笑顔でママの作った肉じゃがを頬張る彼女。
「肉じゃがって、中国にもあるの?」
「ないです」
ある訳ねーだろ。
「ふーん。ゆーとんちゃんは上海生まれなんだよね?」
「はい、そうです」
「やっぱ、上海蟹が一番なの?」
パパ。東京都民が皆江戸前寿司を一番だと思う? 千葉県民は落花生無しでは生きていけない? 横須賀市民はカレーは海軍カレーしか食べない?
「いいえ。ほとんど食べません。」
ほらね。鼻で笑ってしまう。
「上海は点心を美味しく食べます。とっても安くて美味しいです」
「私、飲茶大好き。今度ゆーとんちゃん、連れて行ってあげるね。ね、パパ!」
どうか僕は置いて行ってください。お願いします。
「そごうの飲茶ね。行こう行こう!」
…… あすこって、台湾の店… まいっか、僕は絶対行かないから。
「ミッちゃん、今度の日曜日、模試なかったよね、パパも空いてるよね?」
だから僕は行かないって…
「空いてるよ。いや楽しみだなあ、家族四人で食事!」
だから!
「あの、パパ、ママ。ごめんね、僕日曜は友達と約束しちゃってて…」
「えーー残念…」
「そうか、友達と用事かい?」
「うん。一緒に参考書見にいく約束しちゃてて…」
「じゃあパパ、三人で予約しとくね。十二時からで良いかしら?」
助かった…
と思ったのが運の尽きであった。
ノックも無しに部屋に入ってくるのは彼女の十八番となったようで。それも物音一つ立てず。もし僕がドアを視野に入れてなければ、肩を叩かれるまで彼女が部屋に入ったことに気づかなかったであろう。
「日曜日。あなたも来てください」
冷酷な表情でそっと呟く。さっき食べた肉じゃがが胃から食道に逆流しそうである。
「だ、だから僕には用事があって…」
「嘘を言うのはいけないです。あなたは嘘つきでしょうか?」
ごめんなさいごめんなさいゴメンなさいもうつきませんもうつきません
「ですので、日曜日は四人で点心に行きます。わかりましたか」
「わかり…ました」
彼女は軽く頷き、
「それから。今後、独り言を言ってはなりません。とても気持ち悪くなります。わかりましたか?」
僕の4年来のバディが瞬殺されてしまった…
ああ、ミッチ、この女が消え去るまで、暫しのお別れだ… 僕の事を忘れないでおくれよ、たまにメールか電話してもいいかい? 週に一回くら…