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つらのかわいちまいした

 伯爵家のメイドが捕らえられた。

 罪状は隣国の情報機密組織所属の容疑、及び伯爵の殺害未遂。伯爵の私物である貴金属が紛失、同僚達への暴力、魔法防壁であるシールドの破壊、じゃがいもの盗難、ありとあらゆる証拠がメイドを犯人だと示しており、裁判の必要性を見いだせない程であった。


密偵の時点で死刑が確定。その上殺害未遂までとなると、裁判は時間の無駄であると――


牢屋の中、項垂れて顔を上げないメイド。今更しおらしくしても無駄だと格子の前で裁判官は鼻で笑い、こう続けた。

仮に裁判を行ったとして、免除されるのはせいぜい夕飯に使われるジャガイモの盗難位だろうと。


ふーん、と。


今まで一言も発しなかったメイドがのっそりと裁判官を見上げた。墨で埋めたような黒は一切の光を通さない。どこを見ているのか、何を考えているか分からなかった。裁判官は牢獄越しにも関わらず、ジリ、とわずかに足を後ろに下げた。


今でこそ証拠は揃っているが、メイドは2年もの間、密偵だと気付かれなかったほどのやり手だ。

油断したら殺される可能性を危惧した。そう裁判官は考えた。

決して、あの目に死を連想させ、恐怖したのだとは思いたくない。


「それ、本当ですか?」

「な、なにがだ?」

「裁判に出ることで。じゃがいもの盗難、見逃してもらえるんですか?」

「ただの比喩だ、しかしそれくらいなら可能だろうな。どうせ死刑になるお前の些細な罪、上乗せしなくとも変わらない」


じゃがいもの盗難如き、スパイと殺害未遂には遠く及ばない。

例えるなら100万の賠償か、100万2円の賠償金かの違いだ。



「それなら裁判をします」

「は?」

「裁判をすると言いました。この国では、裁判は犯罪者だろうと行使できる権利があるんですよね?弁明の余地は与えられるんですよね?」

「その通りだ」

「では伯爵様も呼んでいただけませんか?私は伯爵様の眉間の皺を、一日一回見ないと元気が出ないのです」

「お前に殺害未遂をされた立場だ。証人としてお前が呼ばなくても来るさ」

「やった!そうと決まれば帰ってくれません?伯爵様に会うなら身なりを整えなければいけませんので」


 メイドは立ち上がるとひらりとスカートを広げ、ほつれがないかチェックし始めた。

 手櫛で髪も整えている。


「一応忠告するが、裁判所には我が国の精鋭隊が配置される。変な気は起こさない事だ」

「そっちの意味では心配ありません。あっちの意味では確証しかねますが」

 


にひ、と笑ったメイドに裁判官は顔をしかめた。

1週間以内に死刑になる者でこのように笑うのは、自分の死が分かっていない、分かっていても構わない精神異常者のみだ。


「せいぜい短い余生をここで楽しむことだな」


捨て台詞に似た言葉を残して踵を返した裁判官に、メイドの声は届かなかった。


「死刑・・・ね」



**裁判当日



傍聴席、裁判官からの殺気をものともせずメイドは凛凛とした表情で中央に立っていた。

脇で証人として座る伯爵は頭を抱えている。


面白そうだから、そんな理由で伯爵の友人であり国王自らが一日裁判長として中央に鎮座していた。権力は暴力、力が全て。この国ではよくある話だ。

男盛りの国王は鍛えられた体を晒し、ニヤニヤとしながらメイドを見下ろしていた。


「女。これより先は一切の虚偽を禁じる、異論はあるか?」

「ありません」


 裁判の最初の常用句が告げられる。メイドも答えた。


「先に申し上げたいことはあるか?」

「裁判に出れば、じゃがいもを盗んだ罪は見逃してくれると聞きました。本当ですか?」

「知らん、だがこの大罪の数々に比べれば些細な罪なのは確かだ。どう思う伯爵よ、お前の家のじゃがいもだが」

「ご判断にお任せします」

「じゃあいいぜ、じゃがいもの罪はこの裁判において一切問わぬと誓おう」

「ありがたき幸せ」


メイドは裾を持ち上げて礼をとった。 

なんて茶番だと、その場の人間が失笑した。


「ではメイド、自分の名前を申せ」

「ユウリ・ミタケです」

「あ?調書にはミーナ・クリエナと書いてあるが。ミーナは偽名か?」

「はい。ユウリが本名です。」


場がざわついた。

様々な罪状に重ねて更に偽名まで出てくるとは、どこまでも人を小馬鹿にした女だと傍聴席の人間はメイドを睨んだ。


「なぜ嘘をついた。場合によっては罪が重くなるぞ」

「・・・ここの人達ってユウリを聞き間違えなのか、言いにくいのか知りませんが、呼ぶ時ユーリって伸ばすんですよ。指摘しても直そうとしないし、自分の大切な名前を毎回間違えられるよりはと思って偽名を使っていました」


 ペンでガリガリと頭を掻いた王が頷いた。

「なら、じゃあしょうがねぇな」

「しょうがないですよねぇ」



「なっ、そんなふざけた理由が通るか!真面目にやってください王よ、伯爵家に仕えるということは王に仕えるということと同じ!王に仕える身でありながら己の名前を偽ることは決して許されませんぞ!」


本来の裁判長である男が傍聴席から声を荒げた。


「メイドとしての採用時にはちゃんと本名で登録されている。あだ名を自分で決めることは自由だろう。な、ダイアン!」


 王、ユリアンは幼少時には勝手に街に下りてはそこに住む子供達を千切っては投げてしてリーダーとして君臨した過去を持つ。その際、王子だとばれない為に自分であだ名を決めた。その名はダーク・バング、意味は闇の一撃らしい。


 余談だがいまだその名は下町の伝説として残っており、王は後悔している。


「気軽に呼ばないで下さい…確かに登録時の書類にはユウリ・ミタケと書いてありました。大方執事長や採用担当がろくに名前の確認もせずにいたことが原因でしょう。これはこちらにも非があります」

「面倒だしな、これはいいことにしよう。つぎ、メイドになる前の経歴が虚偽ばかりなことについてだ。・・・ダイアン家に置いてあった履歴書によれば幼少期は遠い島国で生まれ、22歳の時に俺の国に移住。この頃に文字などの勉強。で、24で伯爵家に就職。随分と抽象的だな」

「嘘はついていませんが、こんな少ない情報で伯爵家もよく採用したなとは思いました」

「任される仕事によるな。どういった仕事をしていたんだ?」

「伯爵様の愛の天使です。」

「あ?」

「ですから伯爵様の愛の天使。主にお風呂から着替えまで、伯爵様を見守り、時にはお手伝いしていました」


 珍しく王、もとい裁判長が困惑した表情で伯爵に視線を向けた。


「それは私の側付きメイドです。この女は頭がおかしいですが私といれば比較的大人しく、真面目に働きます。クビにして野に放す方が怖かったので、手元に置いていました」

「クビになったら勤務拘束はなく、夜這いし放題です」

「するな」


首を傾げていた王は伯爵の言葉を聞くとゲラゲラと腹をかかえて笑った。伯爵は遠い目をしている、悲しいことにメイドは首を傾げ、何故笑っているのだろうと不思議に思っている。


「こいつぁ面白いな!こいつの死刑取りやめにしねぇか?」

「その場の気分で物を言うのはやめて下さい。というより、私は貴族の娘だと執事長から伺っていたのですが、どうやら――履歴書自体は正しかったようだな。」


 伯爵はため息をついた。

 疲れた様子にメイドの胸は痛んだ。出来るのであれば私が癒して差し上げたいと。全くの検討違いである。


「だいたいこの履歴書は直前にお前から手渡されたものだ。どこから見つけた?館を調べた時は見つからなかったと聞いているが」

「焼却炉の灰から復元しました。押し印は間違いなく私のものですが、私が押した記憶はありません」


 灰掃除はこまめに行われる。伯爵家なら尚のこと、つまりここ数日で焼かれたものだということだ。

 ユリアンは「きな臭いな」と、顎の髭を撫でた。


「ダイアン、お前も採用するときに確認しろよ!」

「ぐっ、誠に申し訳ございません。あの時は忙しく人事は執事長に委任しておりました…よもや、ここまで経歴不明なものを雇うとは思わず」

「そしていつのまにやら履歴書は灰に…ふふ、不思議ですねぇ」

「必要事項以外は口を開くな」


 あっ、とメイドは自分の口を手のひらで覆った。

 すかさず口を出したのは本来の裁判長。


「馬鹿なことをおっしゃらないで下さい!大体何故お前の経歴はここまで不透明なのだ!本当は隣国に住んでいたのではないのか!?」



ユリアンをちらりと見たメイド、頷いた動作により解答権を得たメイドは深く頷いた。


「ええ、確かに隣国には2年ほどいました」


それ見たことかと男がメイドを指さした。


「聞きましたか王よ!この女は今隣国とのかかわりを認めましたぞ!」

「お前より俺の方がメイドとの距離が近いんだから聞こえているにきまっているだろう。で、隣国のどこにいたんだ?」

「えーと、たしか赤い山のぎりぎり隣国よりの、ふもとよりかなり遠い所で少しの間暮らしてー、そのあ」

「まて、ダイアン。通訳を頼む」

「セッキ山の頂上、おそらく竜の生息地に近いところでしょう。我が国との境目であり、やや隣国よりの位置で一時期暮らしていたのかと思われます」

「わぁ!愛の力ですね!」

「只の慣れだ。しかし何故そんな所に住んでいたんだ?あそこは人の住める場所じゃない、嘘をつくならもっとそれらしいことを言えと何度も言っただろうが!」

「ダイアン、本性が出ているぞ」


 伯爵は場をごまかすように咳をして居住まいを直した。


「失礼を」

「そういう所も愛していますよ!山には5日もいなかったですが、住んだのは確かです。その後は自然な流れで隣国へ」

「生きて山を下りられたのは運がよかったな。で、その後の理由は?」

「山から下りてすぐ奴隷商人に掴まりました」

「あ?」

「隣国の奴隷商人に掴まり、奴隷の面倒を見る奴隷として働かされていました。2年程そこに」

「ダイアン」


王の助けを求める目を受けてため息をついた。


「これはそのままですよ。初めて聞いたぞ…そんなこと」

「ええまま。下働きとして人以下の扱いはさせられましたが黒髪と黒目を気味悪がって体目的としては誰も近寄らず、私の体は清いままですが伯爵様にあらぬ誤解はされたくないと黙っておりました」

「俺となんの関係がある!」

「潔癖症が災いし、経験が豊富な者には手を出さないと噂で聞いておりました故。・・・商売女はお嫌いだとか」

「そうなのか?手練れの方が楽だぞ」

「王は黙ってください!誰だ!!そんなくだらない噂を流した奴は」

「くだらないなんて!誰にも触れられたことのない体の希少価値が分かってないとは何事ですか!!!1人の女を大人に導く唯一になれるという、機会は女1人につき一回しかないんですよ!」

「噂を流したのはお前か?」

「さぁ」


王の指摘に、メイドの目は宙に浮いた。

ぷかぷか、ぷかぷか、魚が住んでいてもおかしくなさそうだ。


「嘘下手かお前」


 これには流石の王も横目でしらけた視線を送った。


「だって!男好きと思われるよりはいいかと思って!私なりの気遣いなんです!」

「黙れ!その前に男色だという噂が流れているのは本当か!?」

「はい。それは皆が言っていました。街の人間、使用人、果ては教会の人間まで。ちなみに噂の張本人は王だと聞いています」

「王の前で王を売るとは!!」


 王が悲鳴混じりに叫んだ。

 無駄口だらけの裁判は迷走を始めていた。


「王よ、それは事実ですか?」


 キリリとした顔つきをした王は重々しく口を開く。

 その威圧感たるや戦場で獅子王と敵から恐れられている。


「ああ」


 伯爵の目が死んだ。


「ほら!」

「勝ち誇っているようだがお前も同罪だぞ」

「低レベルな争いは止めなさい!!!」


 ごほん、王は咳をひとつ。

 場の流れを戻したいようだ。


「ならなぜ、お前はここにいる?奴隷として捕まっていたのだろう?」

「大方、奴隷商人に雇われてスパイでもやっていたんだろ」


証人である執事長が低い声で呟いた。

隣にいるメイド長にしか聞こえていないと思っていたが、メイドはぐりん!と首を動かし。人にしてはおかしい動きをして執事長を見つめた。


「それは無理です」

「なぜだ?」


王は調書に目を向けながら足を机に放り出した。 

一応聞いとくかの雰囲気を感じる所作だ。


「そこにいた奴隷商人も奴隷も私以外全員死んだので。雇われ主が伯爵様のみの今、スパイにはなる理由がない」

「お前がころした?」

「いいえ、私はなにも。私が罰を受けて麻袋に詰められている最中のこと、他の者は不運なことにウサギに似た魔物を誤食したことで1時間後、全員変貌して死にました。あれほどの阿鼻叫喚はなかなか――」

「魔物を食った!?そういえば、一時期そんな噂が流れてきたな・・・」


 風の噂で流れてきた隣国の大量魔物摂取の事件。奴隷証人についてはいい気味だと思ったが、罪のない奴隷も死んだのは後味が悪いと思った記憶が残っている。

 隣国はその後、事態を収めるのに大分苦労をしたようだ。お陰でこちらはその隙にかなり有利に政治を進めることが出来た。


「お前はよく無事だったな」

「ええ。麻袋で2日、ごはん抜きの刑でしたので、幸運でした。いやはや、私が魔物を食べてはいけないと知ったのはその時です」

「正気か?そんなもんは2歳の赤子でも分かる常識だろ?」


「他に隣国にいった記憶はあるか?」

「いいえ。全員を川に捨てた後はこの国に来てからは行っておりません」

「せめて奴隷仲間くらいは土に埋めてやれないのか」

「土に埋めて長い時間をかけて養分にするより、魚の餌になる方が死体なりに役に立てるかと思いました」

「還元率の問題ではない。しかも魔物の肉を喰った肉だぞ?」

「伯爵様でしたら、剥製にして大事に致しますね!」

「気味の悪い言い方はよせ。次だ次!同僚達への暴力についてだ。お前は1人の同僚に対して殴る蹴るなどの暴行を日常茶飯事におこなっていたらしいな。そいつは今も入院中だ」


 メイドは首を、地面と同じ角度まで傾けた。


「同、僚…?」

「もう分かったぞ。こいつ同僚の顔を覚えてないのだきっと」


 王とメイドの掛け合いが友達そのもののようになってきていた。

 波長が合うようだ。


「やだなー。伯爵様と人、家具、その他くらいは分類しています。ギリギリ執事長も分かると思います」

「ちなみに執事長はあの列のどれだと思う」

「・・・右から2番目の方、ですね」

 一番髭が長い男を選んだ。

「ちげーよ。今お前と話した証人側の席にいる男だよ」


 執事長はあの列の中にはいなかった。


「なっ!?ひっかけとは卑怯な!」

「普通引っかからん。馬鹿かお前」

「お前、同僚の顔1人も分からないのか?」

「分かる訳ないじゃないですか。ご飯も一緒に食べてない上、全体の人数も把握してないですよ」

「普段は何を見てすごしていた」

「伯爵様以外は、空とか見ています。おそらきれい…って」

「仕事しろ」

「していますよ。大体、私が襲ったならその同僚の方が生きている時点でおかしいですよ。私中途半端な加減って出来なくて、入院程度で済むはずがない。」


「どう思うダイアン?」

「都合の悪いところだけ私に聞かないで下さい」


「死なないのではなくて、死ねないんですよね」

 

 

 魔物を喰って、死ねなかった女


この話に限っては終わり方が分からなりました。

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