アリの消えた日
アリが消えた日
てんしさま
おかあさま
おとうさま
ごめんなさい、よわくてごめんなさい
いいこじゃなくて、ごめんなさい
なんでか まほうつかえなかったの
れんしゅうしたの ほんとうよ
てんしさまがずっとてつだってくださったの
つかえるようになったのよ
いたい
いたくよ
つかれた
「頑張ったね」
アドラーは炎の国だ。
常に灼熱な温帯、陽落ちぬ国とも呼ばれる。
生まれた赤子は皆、紅い髪、紅い目をして生まれてくる。
王家の娘に生まれたアリはそんな中、透き通った青い髪、青い目をして生まれた。
母は不貞を疑われ、殺されかけた。
アドラーの子供は3つを過ぎる頃には身近にある火を操り、己自身も炎を生み出す。
アリは9つになっても操れさえしなかった。
母は保身のため、なんとか炎がより近い場所にアリを住まわせたが効果はなかった。
母はアリを叱った。
アドラー王家は10歳で成人とした子供を選別する。魔法の使えぬ子ども、不要な子供は隣の国フィンムに放置される。
当然アリはフィンムに捨てられた。
昔からの決まり事だ。
アドラーの国境付近、青い髪の子供だったような死体が干からびてそこらに朽ちていた。
ちらりと視界の先に赤い髪もいたような気がした。
アリを乗せた馬車は何の異常もないとばかりに無視して進んでいく。
検問もアリを乗せた馬車だけは素通りされた。
フィンムの国境付近でアリは馬車から投げ飛ばされた。
恰好は肌着のままで。
その勢いでアリはただでさえボロボロの体だったのに足が酷く痛かった。
その日は特に風が強かった。
アリの視界にはそびえたつ氷の中にちらちらと見える赤い髪をした小さな体。
見ないようにしても目はそちらに向いてしまう。
いずれ自分がそうなると分かっているからだ。
不思議と寒くないその体を不思議に思いながら座り込みアリは両手を広げた。
ポウ と小さく揺れる炎。
その小ささから炎は瞬く間に消えた。
今更使えた小さな魔法にアリは泣いた。
泣いた涙はすぐに凍った。
耳鳴りはやまない、頭の中のナニカは必至に何かを訴えかけていた。
心配してくれている。
アリはその場に蹲った。
もう辛い、休みたいとアリは願い、ナニカは話かけるのを辞めた。
いつだってナニカはアリの味方で
いつだってナニカは何もしてくれなかった
アリはそのまま起きなかった。
リアは蹲った体を起こすと、小さなてのひらを見た。
小さく灯った炎を見つめて、すぐに止めた。
今度は水を出した、ドバドバと手から溢れる水を無感情な目でみつめた。
ちょっと力の入れ方を変えるだけでその水はピキンと氷に代わる。
次に左足を見た、腫れてはいるが骨は皮膚を突き出していない。
試しに歩いてみると酷く痛むが歩けない程ではなかったので、おそらく捻挫くらいだろうと当たりを付けた。
リアは左足を引きずりながら歩き始めた。
アドラーに向かって。
リア改め、田中藍里は怒っていた。
田中藍里は特に尖った所のない平凡な会社員だったが事故で死んだ。
魂らしい存在になり、ふよふよとうたた寝している間に気づけば異世界にいて誰かの頭に間借りしていた。アリは寄生先2代目になる。
1代目は温和な男だった。寿命で死んだ。
2代目の居心地はすこぶる悪かった。
アリが嬉しいと藍里がいる空間も温かく過ごしやすい
アリが悲しい気持ちだと空間はとても寒々しいものになる。
アリが楽しいと脳内の部屋にはいろんな物が増える。
アリが辛いと空間には何も無くなる。
藍里の仮宿はいつだって物が無く、寒々しかった。
藍里は大人だ、成人してから結構経った。
それなりに自分で自分の人生を選択し、その責任も持つ程度には育ててもらった。
見ないふりも出来た、寝てしまえばあっという間に時間が経つ事を知っていた。
1人目の子供は青い髪を持った男の子だった。
2人目のアリは青い髪を持った女の子だった。
1人目は生まれた時に愛された
2人目は生まれた時から母子共々殺されかけた
1人目は1歳から水を作り出し大成するともてはやされた
2人目は炎が出ないと10歳になって捨てられた
1人目は愛されたまま大人になり魔導士として活躍した
2人目は愛されないまま消えた
1人目は隣国の女と恋をして、子供を残して長寿を全うした。葬式を見届けうたた寝していると彼の体は無くなっていたし、家無しになっていた。
2人目の心が消えた結果、寄生主が体の自我を奪った
吹雪の中、えっちらおっちらと歩く藍里ならぬリアは鼻をすすった。
いい子だった
いい子だったのだ
母の期待に応えられない自分を恥じていた
父の蔑んだ目に申し訳ないと思っていた
使用人たちに粗雑な扱いをされても一度も怒ったりせず、ただ悲しい顔をしていた
こんなよく分からぬ存在の言葉に耳を傾け、天使様と呼ぶくらい純粋な子だった。
「なんだよ天使って、呼ばれてでれでれして、バカじゃねぇの」
天使だったらあの子を救えよ
幸せを運んでやれよ
子供は我儘言って、おいしいもの食べて、幸せに暮らしてくれ
ぼろぼろと涙が落ちる。
ずっと思っていた、ここから出られたらすぐにでもアリを抱きしめるのに
美味しいものをいっぱい食べさせよう
アドラーの国を抜け出して、冒険しようって誘って
魔法が使えないのはあなたのせいじゃないって母親も一緒に抱きしめて
ようやく出られたのに
「いないんじゃ意味ないじゃん」
体に引っ張られるせいか涙が止まらなかった。
検問はあった、しかしリアをちらりと見た兵士はアドラーに向かう小さな子供を素通りさせた。
フィンムの境界端からアドラーの境界に移ると今度は倒れた青い髪の子供を見かけることが多くなった。
アドラーとフィンムは互いに独裁国家だ。火と水として相容れないために没交渉としているがその実このような子供を捨てる場所が存在しているきな臭い国同士でもある。
リアは最初フィンムの国に向かおうとした。
アリの髪と目は青く、うまく潜り込めれば孤児として生きられると思ったからだ。
ただ一つひっかかった事があり、リアは無理をしてアドラーに向かう。
アドラーの奥に進むにつれ体調が悪くなる感覚があった。
辿りついた先にいた紅い髪、褐色の肌の少年が倒れている。
リアは近づくと少年の体に触れた。
燃えるように熱い。
「よかった、生きてる…」
「…勝手に殺すな」
紅い目がこちらを見ていた。
「あなたはフィンムからでしょう?私はアドラーからよ」
「そうだ」
「そして捨てられた」
「…違う」
リアは力なくそっかと笑った
「一緒にコームに行こうよ」
「俺はいかない、母様がここで待てっていってたから」
「そっかぁ、でもここはあなたのお母さんには暑いと思うの。…あなたの名前は?」
「ナギ」
「ナギ、ここの砂にナギはコームにいますって書いておこうよ。そしたらお母さんも来やすいよ」
ここから壮大な物語が始まるつもりだったと思います。