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幽霊系の話

ことの始まりに、違和感を感じなかった。

私は友人の部活が終わるのを待つ間に、教室でほんの少し居眠りをしただけだったのだから。


うつぶせで寝ていたせいか背中が痛みを覚える。目をうっすらと明けると視界は黒、というより闇だった。どうして誰も起こしてくれなかったのかと、目だけを動かして周囲を見渡した。

日没はとっくに過ぎたのだろう、やはり視界からはほとんど情報は得られない。


おかしい


ありえない


一つ――木造の匂いがする。うちの校舎は鉄筋コンクリート造りのためそんな匂いはしないし、先程までとは明らかに匂いが違う。

二つ――先程より温度が異常に下がっている。9月にも関わらず体感温度は10度以下、寒さで体がぶるぶると震える。目が覚めたのは痛みより寒さが原因だったようだ。

三つ――これは第六感に近い。誰か、知らないナニカが、私の後ろにいる――


先ほどから身動きができないのはこの理由のせいだ。目を覚ました瞬間、背中にゾゾと這い寄るような悪寒を覚えた私は、咄嗟に出そうになった悲鳴を飲み込んだ。何故かは知らないが、決して声を出してはいけない気がしたのだ。幸いにも、後ろのなにかはすぐに襲ってくる様子はない。




現在もズズ、ズズと引きずるように歩くナニカ。ブツブツと呟きながら私の後ろを行ったり来たりしている。何かを探しているのだろうか?


私かな?てか私以外にいないよねぇ



思わず遠い目になった。


なんとか平常心を保ったまま、いま持っているもので状況を打破する物があるか考える。手元にある本「もし、幽霊屋敷に入ったら編」。これは生存シリーズと銘打ってさまざまなジャンルで発行されている中の一冊だ。あとは鞄の中に教科書、財布、家の鍵、お菓子、手の付けていないペットボトル、あと白い手ぬぐいと、ボックスティッシュ。あ、かばんがかかってない。駄目だ、机の上にあるものが全てだった。本とおとといお母さんに買ってきてといわれ、一昨日買ってきたまま未だ手元にあるトイレ洗剤スプレータイプ(未使用)しかない。



(だめだ、役に立つものが全くない)


私は最小限の動作でゲンドウポーズをとった。さっきから碌な思い出がないことも、私の心に地味にダメージを与えてくる。動かせない首はそのまま、恐る恐る視線を後ろに向ける。相変わらず暗くて何も見ることが出来ない。


ナニカは背後をウゴウゴと動くばかりでこちらに近寄ろうとしないが、一定の距離まで離れるとまたこちらに近寄ってくる気配がするため、逃げようにも逃げられない。ぶつぶつ言っている声は相変わらず聞き取れず不快だ。


  ただ何故か――さっきからナニカの声を聞いていると非常に眠くなってくるのが困る。


今は閉じそうになる瞼をなんとか半分までで止めているが、そろそろ3分の1くらいまで落ちそうだ。瞬きをする度に瞼が重力を上げてくる気がする、更に悪いことに私はドライアイ。10秒間ですら瞬きを我慢することが出来ず瞼の更新速度は人並み以上に早い。


(ここで寝たら、そのまま永眠か、憑依されるパターンな気がするんだよなーでも眠い)


 なんとか起きようと頬をつねってみる。つねって熱をもった部分から全体へと熱がいきわたり、かえって眠気を促進させることになった。ねむい


 しょうがないよね、分かってても抗えないこともある。

 うつらうつらとした瞼は重くなり、折角起き上がった頭は、再び机とぶつかりそうになる。


 (つくえさん、またおせわになりま、つくえ?――っあ!)



ポケット!


 あと数センチで頭がつく!という所でピタリと上半身を止めた。

そのまま右のポケットに手を突っ込み、一週間前に授業用対策にと入れておいた眠気覚まし用のミント味の飴を取り出し、音をたてないように口に含む。


グニ、とミントの爽やかさと辛みが一気に襲ってきて思わず眉をしかめる、ものすごく辛い。しかし口の中の爽快感と一緒に眠気は段々と引いていき、心なしか体全体も軽くなっていく感覚を覚える。やだ、ミント凄い。


 買ったはいいが一度食べて辛くて食べるの辞め、そのまま入れっぱなしだった私のズボラな性格ありがとう!


(これなら、あと2時間くらいは粘れそ「残念」


 耳元で、低い男の声が囁いた。

 

鳥肌が立つ



かわいそう

あとすこしだったのに



おいで



こっちにくれば、さみしくないよ


それを皮切りに様々な声が私の耳元で心底口惜しそうに語りかける。息をすることも忘れる



「しょうがないね、また今度」

 最初に語りかけた男はそう言って私の肩を一度だけ叩き、気配を消した。

 慌てて振りかえると、見慣れない木で出来たロッカーと小さな黒板のみ。さっきまでいたナニカは消えている。


先程より幾分か視界が効くようになった教室は先ほどと違い、嫌な気配はしない。先ほどの恐怖体験などなかったと言わんばかりに静寂を保っている。


ただ、口の中のスーパーミント、耳元でいい声で囁かれた弊害による鳥肌、私は耳が弱いんだ。そして、左肩一点のみの狙った異常な冷えが真実だと物語っていた。



「どうやって帰ろう…」



 摩訶不思議体験より何より、ただただ帰りたい。

 


生存 学校の怪奇現象編より一部抜粋


文系少女という枠組みは常に命と隣り合わせです。メインヒロインでもない限り最初の見せしめの如く殺されることが多々あります。気配を感じてもその場所に向かったり、振り返ってはいけません。最初から一緒にいる美少女と行動を共にするのはただの自殺行為です。叫ぶのも論外です。対処方法は場の状況が変化するまで耐えるか、誰かが来るまで耐えることです。


【イラストには色鉛筆で書かれたらしい眼鏡におさげ、という典型的な文系少女3人が、見ざる、聞かざる、言わざるのポーズを取っている。その隣にはぐちゃぐちゃになった物体Xを怪物が咥えている。物体Xの下に本らしきものが血みどろで置いてあることから、物体Xは文系少女の無残ななれの果てを表している。】



 教室にいても埒があかない。


 という訳で私は現在廊下を移動中である。


 ところで今は何時だろう?腕時計などする習慣がない私はブレザーの右ポケットにある携帯を取り出した。


時刻は2:36を表示している。


授業が終わった今、午前にしても午後にしてもありえない時刻である。おいおい誰だ携帯電話の時刻は正確とか言った奴、間違っているじゃないか。そう悪態をつきながらもう一度画面を暗くして、再びボタンを押した、今度は1:11と表示される。

3:05、25:18、12:88、何度か付けて消してを繰り返し、最終的に私は携帯を閉じて笑みを浮かべた。

そう、時間を知ろうとすること自体が間違っている。携帯を持つが故に時間に縛られ、人間関係を縛られる。その殻を今、打ち破る時なのだ。私は携帯を振りかぶって――



「横田さん」

 後ろに投げた。


「ぎゃアぁ!」

「わっ、と。ごめん、ビックリさせて」


 突如後ろから呼びかけられた自分の名前、携帯は想定より大きく弧を描き廊下を舞っている。それどころじゃない私は後ろをおっかなびっくりに振り向いた。


艶やかなブラウンの髪、蕩けるよなアーモンド型の瞳、それらを一つも殺さないように配置された鼻や口、つまりイケメン。なんとか君は私が放り投げた携帯を持ち、息をきらしながらも心底安心したようにこちらを見ていた。

薄暗い中で一人だけキラキラと輝いていて眩しいことこの上ない。


「やっと見つけた、無事でよかったよ」

「うア、ハイ」


 なんか凄い


「ガ、違う、えーと斉藤、クンだっけ?も無事でよかった。」

「おしいな、西宮にしのみやだよ」

 普通に間違えた。そして西宮くん優しい、斉藤と西宮全然かぶってないし、惜しくもないのに、ナイスフォローです。


「怪我は無い?」

「うん。西宮くんも大丈夫、え、怪我するようなものがここにいるの?お化けだけじゃなくて?」

「横田さんは察しがよくて助かるよ。あっちに皆いるんだ、さぁ行こう」


 差し出された手にイケメンの手ありがてえと触れると異常な程に冷えきった手。

 まるで 死 人 の よ う な


 悟られてはいけない。ドグドグと鳴る心臓を無理やり押さえ込むように私は笑った。


「西宮君の手、冷たいね」

「柄にもなく緊張しているんだ。こんな状況だから」


 にっこりと笑った西宮君はさあこっちと私の手を優しく、それでいていつでも力を入れられるように握りこんだ。まるで決して逃がさないとでもいうように。


「あの・・・ごめん。さっきの教室に忘れ物しちゃったの、取ってきてもいいかな?」

「そうなんだ。いいよ、俺も一緒に行く」

「ううん、場所さえ教えてもらったら大丈夫だから先に行ってて」

「平気だよ、そんなに教室遠くないだろう」

「・・・ありがとう。ごめんね、我侭言って」

「いいよ。早く行こう」


 くるりと踵を返した西宮くんは颯爽と私が元いた教室へと逆戻りをはじめた。

 お気づきだろうが、私と西宮君が会ったのは廊下であり教室ではない。

 私が教室にいたことを知るのはぶつぶつと呟くナニカと怪しい男だけ。

 




昇降口はもちろん、廊下にある窓は椅子を思い切りぶつけても開かない、その上明らかに劣化している床はどこを踏んでもギシギシときしみ、下手をすると抜けそうで非常に危



 出口まであと一歩のところでまたしても西宮君に手を掴まれた。

 後ろを振り返りもしない私がなぜ分かったって?手が相変わらず異常なほど冷たいからだ。



「西宮君、離してもらってもいいかな?」

「いやだ。そうしたら君は帰ってしまうだろう」

「そりゃ帰るよ、西宮君も帰ろう」


 西宮君は困ったように目じりを寄せて笑った。


「俺も、本当はそうしたいんだけど」

「・・・幽霊は帰れない、なんて決まりがここにあるの?」

 

 さらに強く握られた手。握られた後が手を離した後も残ってしまいそうだ。

 観念して振り返ると、西宮君がうっすらと青い冷気を漂わせて立っていた。

 俯いた彼はただただ私の手を握るばかりで何も言ってはくれない。


「西宮君さ、私に背中だけは絶対に向けないし。鏡には映ろうとしないし、西宮君が居るときは絶対に幽霊は現れないし。」



「言うべき言葉が違うでしょ!」


「だって君は」


 消えてしまいそうな声で西宮君はつぶやいた。

 ずっと待っていた言葉。いつでも、私からだって言えた言葉。

 臆病者の私が、こんな状況にしてしまった。


「私だって、私だってずっと好きだった!ねぇ、一緒に居てって言って・・・その一言でいいから」


 ここに残るから――


 ゆっくりと抱きつくと西宮君の体は抵抗もなく私の腕、胸を受け止める。

 冷たい体は私のなけなしの体温を奪っても尚、更に冷たくなるばかりで私の熱は拡散するように消えていく。それでも、少しでも彼が寒さを感じなければいいと思った。

 


 ずず、鼻水を吸い込んだ音だけが静かな校舎にこだましている。

 西宮君は呆然としたまま、明けない空を見つめていた。


「そっか、俺達両思いだったのか。そうか――もう少し早く、言えばよかった」


 虚無に浮かんだ言葉。

私がまわした両腕は西宮君の背中には当らず浮かんだまま。

 息を呑んだ私に追い討ちをかけるように肩越しに見た鏡が西宮君の背中を写す。西宮君の赤い肉と背骨、その上に私の腕がはっきりと浮かんでいた。

 

彼が、背中を見せない理由だった。


「・・・痛くない?」

「今はね、痛くないよ」




「好きだよ、ごめんね」


「私も好き、いいよ」



シーンがいきなり飛んだりしてます。書いたのが昔過ぎて読み返すことすら恥ずかしくて出来ませんでした。

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