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メイドさんはおつよい 1

「ねえ、オリーのお父さんって何の事業をしている人なの?」


オリヴィアに問いかけたのは侍女仲間の1人、クロエだった。同室であるアンナ、シャーロットも興味深そうにオリヴィアに視線を向けている。

問われたオリヴィア、通称オリーは鏡越しに映る3人の視線に気づき、髪を梳かす手を一旦止めると。いぶかしげにクロエに顔を向けた。


「なに、突然?」

「だって、オリーって全然自分のことを話さないんだもの」

「話さないのは聞かれたくないことだと思わないの?もしかしたら、私が元暗殺者かもしれないじゃない。そんな過去を話せると思う?」


 クロエはギョッとしてベッドから兎のように飛び上がり、一番近くにいたシャーロットの腕に縋った。


「そ、そうなの?」

「そんな訳ないでしょ!オリー、クロエはすぐ信じちゃうんだから、からかっちゃ駄目よ」

「ごめんね、クロエのびっくりする顔が可愛いからつい」


 シャーロットにたしなめられたオリヴィアは平坦な口調でそう告げ、視線を鏡に戻した。声と表情、共に反省の色は一切見られない。


 未だシャーロットの腕に抱きつくクロエは、オリヴィアの口だけの謝罪にプクーと頬を膨らませた。その様は童顔の顔つき故か非常に可愛らしく、同室4人の中でも一番幼く見える。実際には4人の中でオリヴィアとクロエが最年長なのだが。


「もうやらないでね!」

「うんうん、努力するわ」

 しないとは言ってないけど、心の中で呟いた言葉はクロエにも伝わったらしい。

「いじわるね!」

 クロエの頬はついに破裂しそうな程パンパンになってしまった。

 そんな2人の様子にシャーロットは、はぁ、と溜息をついた。



「で、結局あなたの父親は何の仕事をしているの?」


 黙って聞いていたアンナは楽しそうに続けた。

 どうやらこのまま話は流れてくれないらしい。


「どうしても、話さないといけないの?」

「そうね、気になるし」

「・・・どこにでもいる行商人よ」


 自然と間が出来てしまった。

行商人と聞いただけで、アンナは無意識に眉を寄せた。

それが今までオリヴィアが言わなかった理由であった。



ここ、イルクールは王都と聖地を結ぶ重要な都市だ。


その地を治める当主、オーランの侍女の父親が行商人?アンナは不快感を覚えた。オリヴィアが嫌いなわけではない、仕事も出来るいい仲間だと思っている。それでも親や周囲に教えられたアンナにとっての常識は、体に、脳に染みついている。

嫌悪感を隠せないアンナ、シャーロットはかける言葉が分からないと言わんばかりに困った顔をしているし、クロエは私が余計なことを言ったからと顔を青くしている。



行商人とは街に定住出来ない、又は家がない貧しい平民が移動しながら物を売る、というのが世間の認識である。特に、特権階級相手に食事処を提供しているアンナは他の2人より非難する気持ちが多いのだろう。


オリヴィアは3人の反応を面倒そうに見つめ、再び髪を梳かし始めた。

「ま、そういう反応になるわよね。でもね、行商人なのは父だけ。おじい様は元老院に所属しているし、お膝元に家は持っているのよ。おじい様と母様はそちらで暮らしているから休みには会いに行くし。クロエ、あなたも家にも来たことあるでしょう?」


「そういえばご飯をごちそうになったわ!オリーによく似たお母さんだったわね」

「そういうことは先に思い出して欲しかったわ、クロエ…」

 クロエによって気まずい雰囲気はなくなり、シャーロットもほっとしたと同時に脱力したようにベッドに倒れ込んだ。



 イルクールは領主の館を中心に栄えている。館に近いほど土地代は高くなるが治安はよく、資産を持っている者、特権階級が多く住んでいる。当然店のランクも高く、値段も高い。そこから離れていくにつれ、市民、出稼ぎに来ている物、冒険者と特に区切った訳でもないのにはっきりとした線引きが街には存在している。

 その中でもお膝元といわれる場所は、歴史ある名家なのはもちろんのこと、当主の信頼にたりる人物でなければ住めないと言われる館に最も近い領地である。




「ごめんなさい、オリー」

 一瞬でも差別してしまったことに、気まずそうに視線を下に向けたアンナ。

「謝る必要はないわ、おじい様の家はあるけど、父親が残念なのは避けようのない事実だから」

オリヴィアがそう言ってもアンナの頭は上がろうとはしない。

他の2人も心配そうにこちらを伺っているのが嫌でも分かった。



(だから言わなかったのに)


行商人と言うと下に見られ、かといって祖父の名前を出せばいい家のお嬢様として扱われてしまう。子供の頃は、かつて冒険者だった父に連れられ世界中を渡り歩き、たまに家にかえっては、その場しのぎにしかならない作法を教え込まれたオリヴィア。市民にも、お嬢様にもなりきれない中途半端さがここにきて悔やまれる。



心の中で悪態をついたオリヴィアは、ブラシを持ったままアンナのベッドまで近寄り、うつむいてつむじが見える髪の毛を片手でぐしゃぐしゃにした。

 自慢のプラチナブロンドの乱れる感触に軽く悲鳴を上げたアンナ、気にせずオリヴィアはアンナを力づくて座らせたまま、今度はブラシを使って整えていく。


「オリヴィア、あなた何がしたいの…?」

「一回触ってみたかったの」

「そう」

 普段は絶対に触らせない自慢の髪の毛だが、今回は自分に非があるからとなすがままのアンナは少々お疲れ気味のようだ。

 オリヴィアは絹のように滑る髪をブラシで丁寧に梳かし続ける。


 ――自分の茶色い、真っ直ぐにしかならない髪とは全然違う。


少しだけウェーブのかかったプラチナブロンドは部屋の明かりに反射してキラキラと光っている。肌だって、擦り傷だらけの自分と違って3人はシミ一つないし綺麗だ。

気合を入れないとすぐ剥げそうになる自分の礼儀作法、それに比べて、アンナ達の立ち振る舞いや仕草は自然で崩れない。


――本当に何もかも違う。あまりに差異が大きいと嫉妬心すら沸かないと、オリヴィアは早い段階で気付いた。


「申し訳ないと思う必要はないわ。どうあがいても父は行商人だし、私はそれを恥じてはいない。非難されると分かりきったことを言う気になれないだけでね」

「ええ」

「それに、一部は悪い人もいるけど。全員が悪人ってわけでも、ましてや犯罪者な訳でもないし、アンナの家だって遠い香辛料を買うときはお世話になっているでしょう?」

「そうね、珍しいものとかは、たまに、買うわ」

「不快に思うのはこのご時世、仕方ないことだとは理解している。けれど淑女たるもの、そういう感情は隠しておくにこしたことはない。ここは領主の館、いろんな方がお見えになるからね」

「う、ん、ごめん」

「謝る必要もないわ」

 

 アンナの髪からブラシを離したオリヴィア、夢心地に答えるアンナの体をそのままベッドに倒して上から毛布をかけた。途端、スーと寝息を立て始めたアンナの早さに笑い、自分のベッドに戻るついでに部屋を見渡した。クロエは既にお気に入りの熊の抱き枕と一緒に眠っていて、シャーロットだけがこちらをボーと見つめていた。


「寝なくていいの?」

「うん、まだ眠たくなくて」

「若い証拠ね」

「それは関係ないよ、年も3個しか違わないじゃない」

「3歳の差は結構大きいわよ?」

「そうかな?」


 はて、そういえば自分の年齢はいくつだったかとオリヴィアが首を傾げるとシャーロットはすかさず「オリーは20歳だよ」と教えてくれた。この部屋で一番しっかりしているのは間違いなくシャーロットだと、オリヴィアは再確認しながらお礼を言い、ベッドに潜り込んだ。シャーロットも、のそのそとベッドに潜り込み、横向きのままオリヴィアと視線合わせた。ふふ、と笑いあう。



「この館で働けてよかった、家の名前ではなく個人の実力を見てくれる所なんて他にはないもの。お休みもちゃんとあるし、まかないすら食べたことがないくらい美味しいし」

「そう、ね、自分がこの館に仕えていることが、未だに不思議だわ」

 そっと目を伏せたオリヴィアをよそに、シャーロットは仕え始めた当時のことを思い出のか、少々興奮している。



 館の主人、ジェイムズは土地を治める特権階級の人間にしては珍しく、実力主義の男であった。どれだけ酷い出自であろうと、使えるなら使う。才能があるなら給与を上げ、難しい仕事を任す。領地の巡回の途中、平民しか食べないといわれるラスの実を何の戸惑いもなく口にし、「上手いな」そう言って1人息子に土産として2.3個買って帰ったのは街でも逸話として残っている。

 

 そんな男だからこそ、侍女の採用の際には出自がイルクールの民かつ、犯罪経歴がないこと以外は出自を一切問わず、4名の侍女募集を町中に大々的に出した。募集が多ければその分優秀な人材を手に入れることが出来ると考えたのだろう。


 そして採用されたのがこの部屋にいる4人である。


「もう2年になるのね、早いわ」

「そんなに経ったのよ、ふふふ!」

「急にどうしたの、シャーロット?」

「ごめんなさい、オリーの採用試験のことを思い出したら笑いが」

「なにかあったっけ?」

「あったわ。敬語と所作は完璧なのに食事マナーは最悪。勉学については計算はとびぬけて早いけど歴史は微妙って変な偏り方をしていたもの。不採用かと思いきや、最後の当主様への売り込みで「体力と力には自信があります」っていってオリコの実を握りつぶして採用されたじゃない」

「あったかしら?けどそうね、採用された時からやけに他の侍女より力仕事が多いのはそういった理由からなのね。納得がいったわ」

「気付かなかったの?それより、出来ることと出来ないことが何故そんなに偏っているの?」

「父親の仕事に付き添っていて、お作法は最低限の時間しか学ばなかったの。お蔭で未だにダンスや歌は酷いものよ。採用試験にあったら確実に落ちていたわね」

「オリコの実は握りつぶせるのにね?」

「侍女の仕事には最適ね」

悪戯っぽくオリヴィアが笑えばシャーロットはおかしそうに破顔した。実は行商人にそんな腕力は必要ない。わざわざ説明する必要もない、オリヴィアはまぁいいか、とニッコリ笑った。


「もう寝ましょう、明日の朝も早いわよ」

「そうね、やっと眠くなってきたわ。おやすみ、オリー」

「おやすみ、シャーロット」



 2人は夢の中へと旅立った。



 領主の館から少し離れた場所に男が2人。

 お世辞にも、品がいいとは言えない男たちだ


「ここっすね、ヤンギが言ってた抜け穴っつーのは」

「そのようだな。作戦は分かってるな?」

「へへ、勿論ですよ。領主の暗殺が第一、お宝があったら盗む、俺らの姿を見た奴は全員殺す」

「お前は馬鹿だからそれだけ分かってりゃあいい、よし行くぞ」

「お頭~」


 お頭と呼ばれた男が壁に手を当てるとそれはズズ、と音を立てながら横にスライドし、大の大人が1人通れる穴になった。

 

「まず俺が門番を殺す。俺が合図したらお前も入って来い、いいな?」

「へい」


 お頭が入っていくのを見届けた男は合図を待った。



待った






待った




ひたすら待った




「兄貴?」


 男は首を捻った。


 兄貴から返事が来ないままおよそ15分が経った。

 ここまで返事がないのはおかしい


 男は兄貴を追うべく、同様に穴をくぐった。


 くぐった先は、整然と木々達が整えられた立派な庭。

 木々の配置、葉っぱ一枚すらも全て計算に入れられており、完成している。

 月明かりに照らされる領主の庭に男はそっと、感嘆のため息をついた。


「いつか、俺もこんなところに住みてーなー」


 男は気付かなかった。

 いる筈のお頭がいないこと。

 木々どころが周辺にすら、争った形跡が一つもないこと。

 真後ろから――誰かが近づいていることに。



「こんばんは」



 男は振り向く間もなく、意識を失った。


 翌日、盗賊が2人。縛られた状態のまま門の外で見つかった。



2



 数時間後、オリヴィアは目を開けた。

 早起きは得意な方だと自負している。



 侍女の朝は早い、陽が出る前に起床し、手早く着替えをすませる。

 顔を洗い、身支度を整えたら執事長がいる廊下に集合、今日の予定と各自の仕事を確認する。オリヴィアの仕事は玄関ホールの掃除、その後は力のある男と共に前日の大雨と雷のせいで倒壊した木の片づけであった。屈強な男たちの中にオリヴィア1人、ということに誰も意見はしない。そこでオリヴィアは、なるほど確かにと、シャーロットの言った力仕事の多さを改めて実感した。


「昨晩、盗賊が領主の館に侵入しました。犯人は捕られていますが侵入されたこと事態が問題です!全員気を引き締めるように!」

「「はい!!」」

「木片の片づけは危ないので私も立ち会います、以上!本日もよろしくお願いします!」

「「よろしくお願いします!!」」


 執事長の張り上げた声に被せるように、その場にいる全員が老若男女関係なく怒鳴りつけるように挨拶をする。品性どうのは突っ込んではいけない、朝はやる気を上げることが大事なのだ。

 

 バラバラと各自の持ち場に向かうのを目視しているとハンナが近寄ってきた。

 オリヴィアの先輩にあたる侍女である。垂れ目な目と顔が人畜無害さをアピールしている。

「今日は一緒に玄関掃除だね!よろしくね」

「よろしくお願いします、玄関の模様がなくなるくらいピカピカにしてやりましょう」

「魔法陣を消してはだめよ?クラウス様が学園から帰ってこられなくなっちゃう」

「それは困ります、帰ってきてから消すことにします」

「そうね、ん?いま何か?」


 うまく聞き取れなかったか、あるいは聞くことを拒絶したのか。

首を捻るハンナにオリヴィアはにっこり笑った。ハンナも戸惑いながら笑い返す。


「さ、今日も元気に働きましょう」

「あ、うん」


 歩き出したオリヴィアに手を引かれ、ハンナも慌てて足を動かした。


 用具入れからはたきとほうきと雑巾、装飾用の布巾を取り出した2人は各々反対側の窓からはたきで掃除することになった。


 作業をしても、口は止まらないのが女である。


「オリヴィア、最近クラウス様とはどうなの?」

「どうもこうもないですよ、クラウス様は寮でなかなか帰ってきませんし」

「休日に会ったりとか!」

「何故です?」

「え、だって2人は、いい仲ではないの?」

「仲は悪くはないですが、ハンナさんが思う性交渉する仲ではないですが」

「言い方!」

「粘液の交換…男と女の裸の土俵、なにが適当かしら…」

「もっと、こう・・・いいわ、キリがないし。そっか、てっきりオリヴィアはクラウス様が好きなんだと思ったのに、残念だわ」

「え?好きですよ?」

「え?」

「え?」


 お互いの手が止まった瞬間だった。反対側にいたオリヴィアがハンナを見て、ハンナもオリヴィアを見ている。オリヴィアは何を今更という表情だし、ハンナは頭にいっぱいの?マークが飛んでいる。微妙な空気の中、オリヴィアはハンナに言葉をかけるでもなく、数秒とたたず通常通り仕事を再開した。


数秒たって反応したのはハンナである。


「え?!好きなの?」

「ええ、仕事がクビにならず。夜這いが成功する方法を仕事中に考えるくらいには」

「仕事して!」

「いましてます」

「そうだけどっ!告白とかは?」

「告白するより、既成事実を作った方が早くないですか?」

「早いけど早くない!」

「どっちですか」

「も~!なんで同じ言葉を話している筈なのに通じないの!!」

「まぁ、無理強いして嫌われるのは困るのでそれは最終手段です」

「どうしてオリヴィアが男性側みたいな事を言っているの!」

「今の時代に男女思想を持ち出すなんて古くないですか?」

「なにが?男の方が優位なのは当たり前でしょ?」

「そんなことは…ええまぁ、そっすね」

「話すのが面倒になったのね」

オリヴィアは素直に頷いた。


「謙遜するなら最後までしてほしいけど…そうね、あまり深くまで聞くのも失礼ね、ごめんなさい。仕事を続けましょう」

「はい」


 パッと表情を変えて笑ったハンナは再び仕事に取り掛かった、今度の話は他愛もない、街で売っている洋菓子についてだった。

 手元にある訳でもないのに幸せそうにお菓子のことを語るハンナに相槌を打ち、少しだけオリヴィアは目を細ませた。ハンナは女性らしく、恋愛沙汰を知りたがるが嫌がる部分までは触れてこない。さらりと謝罪し、話題を切り替える様は見習いたいとまで思っている。つくづく自分は仕事と仕事仲間に恵まれている。






「オリヴィア、その破片はこちらにお願いします」

「執事長。これを破片と呼ぶのは少し…大黒柱並に大きいのですが」

「破片です」

「執事長。他の男性は3人で1本なのに、私は1人で1本持つのですか?」

「気のせいです、ほら真ん中でちゃんと持ってください。どちらかに偏ってしまいますよ」

「・・・今度の査定」

「チッ、考慮しましょう」

「何故騙しきれると思ったのです。期待していますからね」


 渋い顔をした執事長に一礼すると、オリヴィアはまるで紙でも持っているかのようにヒョイッと大樹を持ち上げて指定された場所まで普通に歩き出した。

 ざわっ、となったのは周囲にいた男たちである。


「おかしいだろ・・・」

「実はこの木、軽いのか?」

「いや、一昨日雨が降って水を吸ったせいで普段の倍重い」

「でも、あの体のどこにそんな力が」

「魔法でも使っているのか?」

「使っている様子はないぞ」

「じゃあ一体――「あれはそう、大体1年前のことだ」


 ざわつく男たちの中、鋭い目をした一人の男が口を開いた。

 仕事をしろと口を開きかけた執事長もその男の方を向いた。普段から無駄口を叩かない屈強な男が珍しく話し始めたからだ。


「俺はその日、若様の18歳の誕生日に使う、カイオスの角を探しに森に出かけていたんだ」


 カイオス。モンスターの一種で体格もよく、鋭利な角で攻撃してくるC級ランクのモンスターである。一般的な冒険者なら、危なげなく狩れるモンスターでもある。捨てる場所なしと謳われることの多いカイオス。


肉は食用、皮は防寒着、内臓は薬。そして、角は堅いがしなりがよく、強度も高い。それ故、成人の際にはアクセサリーとして親から子へ送られるのが習慣になっていた。平民は屋台で買うか、周りの住民と協力して狩りとる。貴族は雇い人たちが代理で狩りにいくのが一般的だった。

 元冒険者で名も知れていたその男が屋敷から頼まれたのも、変な話ではない。


「いつも行く森だからと油断していた。カイオスを追って森の奥に入り込みすぎてばっかりに、気付けばロドンに囲まれていた。数はおよそ10――2,3匹なら腕一本覚悟していればなんとかなる。だが10匹は無理だ、剣を振ろうともあざ笑うかのように避けられ、他の個体に背中をつつかれる。疲労した俺は奴らの真ん中で、死を覚悟した――」


 男は語る。死に間際に思ったのは、笑顔で見送ってくれた娘はまだ5歳だということ、いつも心配そうに自分を見送った妻の涙を、拭ってやれないことだったと。


「せめて、最後まで自分の生き様を見せようと。目をかっぴらいて、ロドンの爪が目の前にくるのを見ていたんだ、あと…ほんの数ミリという所で、消えた。目の前からいなくなったんだ」

「消えた?」


 執事長はついに男に視線を向けた。どれだけ名高い魔法使いであろうと、モンスターの存在そのものを消すことなんて出来ない。

 男は首をふった。


「ああ、そういった意味ではないんだ。ロドンの体が横にぶれたと言いか、気付いたら目の前にいたのはオリヴィアだった」



 男は一生忘れないと思った。死の先にいたあの侍女を。男が逃がしたカイオスの死体から弓矢を抜き取り、手に持ったナイフで動揺している他のロドンをたった一振りで殺した、女の至極退屈そうな顔を。気付けば全てのロドンの命は消え。死体だけが間抜けに転がっていた。


「腰のぬけた俺にオリヴィアさんがいったんだ『あら、奇遇ですね』って。彼女は、返り血ひとつ浴びてなかった」

「去年、随分と料理が豪勢だと思ったんだ…」

「余った料理、こっちに回ってきたもんな」

「そりゃ、ロドンが10体分ありゃ保存したって食いきれねーだろ…」

「あいつ何者だ」

「いや、侍女だろ。領主の館の」


 男たちは全員押し黙った。執事長に至っては、とんでもない奴を採用してしまったのではないかと、冷や汗が背中を伝う。



「なぜ仕事を休んでいるんですか?」



 突然のオリヴィアの声に、男たちは全員慄いた。中にはひぃっと、巨漢な体からは想像できないほどか細い声を出すものすらいる。

 男たちの様子に、オリヴィアは眉を寄せた。


「なんです、全員でこっちを見て。執事長、あなたまで一緒にさぼってどうするんです」

「あ…ああ、すみませんでした。皆さん、仕事にもどりましょう」

「いや無理だ!気になって仕事にならねぇ!オリヴィアさん、お前去年の若様の誕生日のこと覚えているか?」


 いつのまにか敬称付けで呼ばれる名前。

 オリヴィアは少しだけ眉を寄せたが気にしないことにしてうなずいた。


「ええもちろん。若様の記念すべき18回目の誕生日を忘れる筈がありません」


 お前は2回しか参加してないだろと言った男を視線で制したオリヴィア、話しかけた男に顔を向けた。


「俺が殺されそうになったことは?」

「覚えていますよ。還暦を迎えた男の泣き顔というのは、存外心の健康にいいものだと思いました」

 趣味が悪いなこいつ、周りが一瞬にして思っている中でリヴィアは淡々と応えた。


「気持ちの悪い言い方はよせ。ロドンが複数集まれば並の冒険者ではまず倒せない。何故侍女であるお前は倒せたんだ?」

「何故今更になって聞くんです?」

「違う。今まで怖くて聞けなかったんだ!」


 不甲斐ない男たちばかりだ。

疑いに満ちた目で溢れる中、オリヴィアは仕方ないとばかりに腕を組んだ。


「御存知かと思いますが、ロドンは基本的に複数で行動します。一見個体差はないように見えますが、群れには必ずボスがいるんですよ。よくよく見れば触角が一番赤いのですが、動いている限りはまず見分けられません。最も確実に見分ける方法は1つ…最初に獲物を殺す個体を探すことです」

「ボスを見分けてどうする」

「ここからはあまり知られていない話ですが、ボスが死ぬと統率がとれなくなった他の個体の動きが鈍くなるのです。私が最初に殺したのもボスですし、他のロドンはランク的に言えばC+がD+くらいに落ちます。一般的な冒険者であれば、10体位であればなんとか倒せます。私も今は侍女と言えど、昔は冒険者のはしくれのようなことをしていたので、それくらいは容易です」

「何故、そんな大事な事が一般的に知られていないんだ」


 責めるような口調で問いかける執事長に、オリヴィアは肩をすかした。


「知ることが出来るのはC級以上ですよ。それより下のランクの方が知ることによって、もしかしたら自分でも倒せるかもと闘いを選ぶ冒険者が現れてしまいますから。ロドンはお金になりますし。言ったでしょう、ボスは“最初に獲物を殺す”個体だと。私は一言も最初に攻撃をしかける個体とは言っていません。疲労させるのは他の個体にやらせ、確実に殺せる時になってからボスは現れる、その時には冒険者は何もできませんよ」

「ロドンを複数で見かけたら、右に前ならえで逃げろと教わったな」

 男は語る。オリヴィアも同意するように頷いた。


「ね、そういうことです。あなたに爪を向けたボスは確実に殺れると思って油断していましたから背後からストンで終わりです。後はなし崩し的に」


 弓を引くそぶりを見せたオリヴィアは冒険者当時、弓矢使いだったのだろうと想像がついた。


「でもオリヴィアの怪力は普通ではないよな…?」

「それはそれ、これはこれ。娘さんと奥さんを泣かせずに済んでよかったですね」

「あ、ああ!あの時は本当に、ありがとう」

「いえいえ。さ、皆さん仕事に戻りましょう」

「仕切るのは私の仕事なんですが…まぁいいでしょう。気になったことは解消できましたか?」

「ですね」



一日の仕事が終わり、従者用の館に戻ろうとするオリヴィアは玄関先で騒がしい声を聞いた。



「オリヴィア!久しいな」

「若様!?」


勇者として魔物と戦うクラウス一行が一時的にとはいえ帰ってきたのだ。


「お元気そうで何よりです」

「ありがとう、オリヴィアも元気そうでよかった」


微笑むクラウスの横で苦々しそうな他のメンバー


「僧侶カリーナ様、騎士ビルド様はなぜそのような複雑そうな表情を?」


2人はよくぞ聞いてくれたとオリヴィアに詰め寄った。


「俺たちの行く先々で高額で物を売りつける行商人がいるんだ」

「まぁ」

「定価の数倍の額で売りつけてくる行商人がね・・・」

「買ったのですか?」

「まさか!・・・といいたい所だが必要に迫られて」


 悔しいと思っている様子だ。オリヴィアもそれは屈辱ですねと頷いた。


「一体あの男はどこから来るのだろう。毎度毎度俺たちの経路を知っているかのように!」

「勇者ご一行の目的地など魔王城以外にはありませんからね。ここと敵地を直線で結べばおのずと分かるでしょう」



ここからメイドと若様のラブストーリーが入るはずが挫折しました。次の話で過程すっ飛ばしてボス戦の話になります。

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