表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

帰宅屋

モビールダンジョン・・・平原から一時間、道沿いに真っ直ぐ歩けば辿り付ける。上層は星1~2.最下層でも星3までのモンスターしかおらず超初心者向け


 さくさくとダンジョンに入る冒険者を他所に、若い新米冒険者達が希望に満ち溢れた表情でダンジョンの前に並んでいる。入口付近のそこかしこで武器や道具の販売が行われ、更に周りでは子供の初陣を誇らしげに、はたまた心配そうに見つめる

胸につけたギルド証明書を照らし合わせるギルド職員から許可が出れば、晴れて冒険者デビューのためにダンジョンに潜るのが大体の流れだ。

 


「お客さん、帰宅屋はいかがですか?」


 がやがやした騒音の中、かきけされそうな声に男はなんとなしに振り向いた。

 武器屋の隣、ぽつんとある大きい石に座る黒髪の女がにこにこと笑いながらこちらに手招きをしている。

 

 列を眺めながら難しい顔をしていた男、ホッタは緊張を少しでもほぐしたいという気持ちとともに店に近寄った。

 一人娘のリーリアが冒険者になると決心し、心配で心配でしょうがない父親は怪しさ満点の女の声に応えたのだ


「よう、あんたさっきなんて言っていたんだ?」

「こんにちは、帰宅屋はいかがですかって申し上げたんですよ」


 女は男を見ると人当たりよさそうに笑う。


「帰宅屋?なんだそりゃ」

「再起不能状態のお客様を帰宅させる商売をしています」

「嘘くせーな、まぁいい。詳細でも話してくれや」

「そうですねぇ、ダンジョン内での行動不能、死亡状態からでも対応可能な帰宅サービスと思って頂ければ。

回収屋なら30万リンの所をうちでは現地復活なら1万リン、ダンジョン入口までの送迎付きですと5万リンでやっています。下層に行くほど値段は上がりますがお客さんの様子を見るに本日はお子さんの初めてのダンジョンの見送りのようですし、さっきの値段のみで大丈夫ですね」


 ちなみに先払い制返金なしです。お得だろうといわんばかりに女は最後に付け加えた。


「聞いたことがねぇな」男は頭を捻った。

「今日が開店初日。しかもお客様が初めてのお客様ですから。初回特典で利用してくれたらサービスしますよ」商売というには余りにも拙いその様子に男が舌打ちしても女自身も自覚があるのかないのか「うふふ」と笑って流された。


回収屋については男も勿論知っていた。ダンジョン内で死んだ冒険者を回収してくれる業者だ。依頼したとしても死んだ状態で回収されるのみ、蘇生については蘇生屋の仕事だ。死んだ状態により値段も変わる。蘇生屋に払う金額によっては回収しても家族に見殺しにされる、もしくは復活しても借金を返すためにダンジョンに入り、また死ぬのを繰り返す冒険者を何人も知っている。そいつを見ると見殺しにされたほうが幸せだったのではと思えてくるほどだ。


「つまり帰宅屋っていうのは・・・端的にわかりやすく言え」

「先払いの保険、みたいなものですよ」

「なんだそりゃ」

「無事に帰ってきても返金はしません。ですがお子さんが死んだ、もしくは動けない時には元通りにして帰宅までのサポートをしてみせます。なにかあってから回収屋に頼む未来を過程するならかなり、いや 破格の値段設定なのが帰宅屋です」

 信じるかどうかはあなた次第ですけど。

 そう締めくくってニッコリと笑った女はやはり信頼にかける。


そもそも帰宅屋なんて言葉自体ホッタは聞いたこともない。よくある詐欺の手口だと思う、無事にダンジョンを出られるお守り、自分より強いモンスターと出会わない魔石だなんだ、さまざまな偽アイテムがこの場に売られている。

嘘だとわかっていても安価だからと縋る気持ちで買う親がいるのも知っている、市街でもない商売をギルドが取り締まることはないから保障など勿論ない。


 1万あれば1週間は余裕で生活ができる。

 きびすを返そうとしたホッタに女は一言で付け加えた。


「はじめてダンジョンに入る冒険者の内、8割が無事に帰ってくるのは知っていますか?」


「あ?ああ、そうだな」ホッタは怪訝ながら頷いた。


「逆にいえば2割は死ぬか、なんらかの障害を抱えて帰ってきます。細かく言えば1割が欠陥、1割が死亡――それって確率的に高いと思います?低いと思います?」


淡々と、しかし女は確実にホッタを煽っていた。


 ホッタは咄嗟にダンジョンに並ぶ自分の娘を見た、大勢が並んでいる列の中心辺りにいた娘は自分の父親に気づくと大きな笑顔と共に手を振ってくる。

 嫁によく似た気立てのいい娘だ。冒険者として帰ってこなかった嫁に、あまりにも似ている。本当は止めたかった、だが冒険者として生きていた彼女が何より好きで、その背中をずっと見ていた娘を止めることがどうしてもホッタには出来なかった。


「2割つーことは・・・」学のないホッタには数値を言われても実感が沸かない。

「あそこにはおよそ30人の新人がいますね、大体27人が五体満足、2人はなんらかの失陥――腕をやられたり、目がみえなくなるってことですね。あとの1人は死にます」

「縁起のないこと言うんじゃねぇ!!」

「すみません。でも、事実です。無事な27人の内一人があなたの子供さんか、そうでないか、それは後にならないと誰も分かりませんから」


 見慣れない服を着た女は最初の軽薄さを隠したように、唇だけでわらった。

 背格好から年若い様に見えたがそこまで幼くはないのかもしれない、むしろある程度の落ち着きすらホッタは感じた。


 よく考えれば こいつは何だ?


荒くれと一目でわかる武器屋は商売敵に厳しい。なのに、隣にこいつが座っていても何も言わない、それどころが気づいてないように視線1つくれない。女自身が持っているものは何もない、身ひとつの女の話に耳をかたむける自分にも疑問が沸いた。詐欺にしても、もっとうまくやれるだろう。

その癖、ある程度の勉学は学んでいるかのようにすらすらと物事を話す。


「お前はいったい なんだ」

「私は帰宅屋です。分かりにくく申し上げますと、あなたに安心を売ろうとしているものです」


 両手をホッタに差し出して笑う女にもう付き合えないとばかりに1万リンを叩きつけるように渡してホッタは告げた。


「何かあったら必ず無事に娘を連れて来いよ、じゃなきゃお前を殺してやる」


 正直金を払ったのはこの女とこれ以上話すのがウンザリだったからだが、それでも一万リンは自分にとって貴重だ。脅しかけるように告げて、ようやく女は最初のように軽薄そうに笑った。


 お金を確認した女は一度お辞儀をした。

 ホッタは急に頭をかくんと下げた女に、ビクリと肩を跳ね上げたが女はそれに不思議そうに首を傾げただけだ。


「毎度ありがとうございます。1万リンだけですとその場で復活の料金ですが、サービスすると言ったので送迎も必要であれば今回は特別にお付けします。回収のタイミングはその場から2時間以上動かなければ出動致します。夜中ですと対応がおくれますので翌日までお待ちくださいね。対応期間は明日の正午まで、あとはこれです」


 つらつらと定型分のように文章を話し出し、女がホッタに差し出したのは1つのガラスの容器。

 中には少量だが液体が入っているようだ。


「なんだこれ?」

「回復薬です、初級ですが効果は保障しますよ」

「はーこれが回復薬、初めて見たな」

「ここらの方は回復スキル持ち多いらしいですからね、王都で買えばそれ、5000リンはするらしいんですがこちらでは――いえいえそういう話ではなく。それを娘さんに渡してください。ただし対応期間内は使わないように伝えてくださいね」

「は?」意味がわかないホッタの眉間に皺を寄せた。


「これには私の魔力が練りこんであるんです。それを娘さんが持っている限り私はその魔力を辿って迎えに行くことができます。使われてしまった場合、紛失した場合は大変申し訳ありませんが契約破棄ということになります。あ、その場合でも勿論返金はないので気をつけて下さいね。」

「まてまて!お前が娘に同行するのか!?女の、しかも力のなさそうなお前が!?」

「同行はしないですよ、迎えに行くだけです。まぁ行くのは私一人ですけど」

「金返せお前!!」

「返金は致しかねます、娘さんにはくれぐれもお伝え下さいね」


 ホッタが女の胸倉を掴むより早く女はうふふふふとない袖で口元を隠し早足にその場から消えていった。やはり騙されたのか!!

 狐につままれたような気分になったホッタがもう一度舌打ちをして女が居た場所を見ても何1つ持っていなかった女など最初からいないかのように、女が座っていた大きな石があるだけだ。


 一応近くの道具屋に液体を見せたら確かにそれは初級回復薬らしい。珍しがられた辺り、女は回復薬についてのみ真実を言ったらしい。ため息をついてガラスを見つめるホッタに道具屋はチロリと視線を哀れな視線を向けた。


 視線に気づいたホッタは哀れむなと言わんばかりにジロリと睨み返し、娘が並んでいる列に近づき、回復薬をなにかあったら使えと渡した。


 娘を心配し、心の片隅で金を無駄にしたと思いながら岐路につくホッタ、隣の荒くれ武器屋は怪訝そうに首を傾げ、隣にいた道具屋に話し掛けた。


「あの親父、ずっと大きな石に独りで話していたな」

「ああ、子供が死んで精神を病んだな。あの回復薬を使えば子供が帰ってくるとでも思ってるのか?哀れなことだ」


 そんな勘違いをされている事すらホッタは気づかなかった。



 

 リーリアはヒュー、ヒュー と止まない息を吐き続けて倒れこんでいた。

 自分には出来ると、慢心していた。


 母はB級冒険者で大勢の仲間と共にモンスターと戦っていた。

 父はそんな母をいつだって自分が開いた食堂に母と、母の仲間達を出迎えて、大物が捕れた日は大騒ぎで私は夜中まではいれなかったけど、とても楽しかったのを覚えている。


それが続かなくなったのは、私が10歳のときだった。


 血だらけの袋を持った彼は父の食堂にきた、母の仲間で一番若かったアルだ。

 彼は泣いていた、全滅だったと。母が逃がし、救援を呼んで騎士と共に戻ってきたアルが見たのは人間が食べかすのように転がっている悲惨な状況のみ。なんとか唯一残った母の右腕だけを持って蘇生屋にかけこんだが残っている部位が少なすぎると首を振られたそうだ。


 すまない、すまないと泣く彼を父は殴りつけた、何度も何度も。

 父の八つ当たりなのは幼い私にも分かった。

 それでも止められなかったのは、殴られるアルが幾許か安心したような表情だったからだ。今ならなんとなく想像はできる、責められたかったのだ、彼は。


そうして母は、最年少のアルだけを残して母の仲間と共に消えた。


あれから6年が経った。アルは騎士になると言って父の食堂によりつかなくなった。

父も父で、アルに理不尽な怒りをぶつけたことが咎めて未だに和解できないまま。

食堂を手伝うかたわら、ギルドで技術を磨いた。


 16になったら母を捜そうと思った。腐りきるまで母の右腕に縋る父を見るのが辛かった、右腕だけがモンスターに取られて、他の仲間と共にどこかでまだ冒険していると思いたいから。


「ごめんね、お父さん・・・」


 沢山の死体の中、リーリアもまた倒れていた。

 視界が霞む、ああ私は本当に運がない。

 稀に下層にいるモンスターが上層部に餌を求めて上がってくることがある、それに当ってしまったのだ。中級冒険者は既に引き上げ、ダンジョン初心者が泊まるために宛てられた宿屋で起こった悲劇。ああ運がない、麻痺毒にさいなまれままモンスターに食べられるのを待っているのに私の順番は遠く、しばらくは死ねない。

痛い痛い、苦しい。ちちがくれた回復薬も、うでがうごかなければノメナイ――


 最早何も映さなくなったリーリアの耳元で、衣擦れの音が止まる。


「こんにちは、お父さんの依頼であなたを回収にきました」


「  」  口に出した筈が体は何一つ動かない。


「聞こえてないかな、ああ――目も見えてないみたい」


 ふわふわと顔の前で風を感じたと思うと、しばらくして口に何かの液体が触れたと思えば無理やり液体を喉に流し込まれた。

 咳き込むことすら出来ない私が薬の不味さに苦しんでいれば、痺れが取れてきた。


「次はこれね」


 もう一度、今度は違う液体を流しこまれる

 段々と体の痛みが取れてきた。

 講習で使われたことのある回復薬だとリーリアは気づいた。


「あなた だれ」


 次第に明瞭になる視界。

 リーリアはようやく、自分が誰かの膝の上にいることに気づいた。

 視界をあげれば黒髪の女、由希は安心させるように笑った。


「帰宅屋よ」



朝倉あさくら 由希ゆきは本人の意思などまるでなく、急に不幸になった。

理由は分からないが、起きたら異世界に居たのだ。


言葉は分かる、人間がいる。

冷たくもされないが、優しくもされない、意味も意義もなくただ異世界にいた。


この世界にはスキルがあって、人は多かれ少なかれなんらかのスキルを持っているらしい。

異世界で2日経った頃、由希にも薬剤作成スキルがあることが分かった。

材料などなくてもあらゆる薬剤を作成できるスキル。

それだけあれば大金持ちどころが世界をある程度まで牛耳れるらしい。


由希には出世欲も承認欲求もなかったため便利だなーくらいにしか思ってないし、これから先も外部に公表する気はない。

問題はもうひとつのスキルだ


「気配遮断スキル」


常時発動型のそれは抑えても由希の存在を希薄にさせる。

異世界から来た状況もよくなかったのかもしれない、不安定な存在である由希に気配遮断スキルは彼女を幽霊に近い状況にしてしまったのだ。


 話しかけても気づかれない、肩をポンと叩いても誰もいないことに大げさに驚かれるか、もしくは透けて由希が勢い余ってこけて住人の体をすり抜けてしまう。

スキルを自覚して幾ばくか抑えた今もこればかりは相性の問題だ。


 気配遮断ですり抜けるかどうかについて、由希は問題視しないことにしている、気にしても分からないしどうにも出来ないからだ。


 由希とて最初は発狂した。この世界に来てすぐ、ようやく街に辿りついても誰にも気づいてもらえず、恥を忍んで物を盗もうとしても透き通って触れない、下手すれば家、床という概念すらなくなって土に足が挟まってしまう。



オムニバス形式で書こうと思ったものの一話で満足しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ