表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

魔法使い、過去に行く

「世界が滅ぶ?・・・えーと、既に壊滅状態のところから――更にってことですか?」


 重々しく頷いた男は眉間の皺を更に深く刻み込み疲労のにじみ出たため息を吐いた。


「ああ、更にだ」


 魔術師見習いであるユミルは突然呼び出され、事情を聞くと分からないなりに唸った。

 事態が芳しくないこと位は空気で感じていたからだ。


「・・・アリアンテ・ロレッタ。とある貴族のご婦人の名だが、彼女が3日後に処刑されるのは知っているな」

「当然です」

「そうだろうとも。そして今から1年後、世界は再起不能な程に崩壊する」

「ご婦人の下りはどう関わってくるのですか?」

「崩壊の理由は彼女にある」


 名前は首を傾げた。

 アリアンテ、彼女は確か――


「才色兼備だが、性格は極悪と評判のアリアンテ。世に疎い私ですら知っているぐらい有名です。が、彼女は男を誑かす才はあっても世界を滅ぼすほどの力は持っていなかったと思います」

「それは違う、才ある男を誑かす力があれば世界は滅ぼせる。いとも簡単にな」

「それでも、彼女は3日後に死にます。私の手によって」


 この国では魔術師が重罪人の処刑に手を下すことは少なくない。

魔術を使った処刑は見栄えよく、見学にきた民衆も楽しめると王の粋な計らいだそうだ。

 魔術師としてはいい迷惑だ。しかし出来ないと応えることはこの国では自殺したいと大声で叫ぶことと同意義である。そのため子供達の将来なりたくない、及び親がなって欲しくない職業一位に堂々と輝いている。ユミルとてこうなる未来が分かっていれば魔術師などならなかったであろう。


 しかも今回はアリアンテより直々にユミル個人への指名が入った。

 ユミルが魔術師唯一の女であったからだろうか。

 慣れたとしても進んではやりたくはない仕事に、師匠の前でもため息が漏れてしまう。

 


「幸か不幸か、我らが世界の崩壊に立ち会うことはない。我らの命はあと4日で終わるのだから」

「我ら・・・ああ、処刑の翌日に2人共殺されるんですか?嫉妬って怖いですねぇ」

「全くだ」


 師匠は先見の能力に長けている。あらゆる事象を見通し、先見されたそれはほぼ確定事項となる。


 他人にも、己に対しても死の概念がとんと薄い2人の会話は進む。

 

「死ぬのはいいが世界が滅ぶのはいかがなものかと思ってな。ユミル、お前は過去にいってアリアンテを改心させてこい」

「わお!どうして死ににゆく私が未来のために奉仕を?」

「『未来よ、栄光あれ』それが我ら魔法士の存在意義だからだ」


「ははっ!未来はないのに栄光も何も!」

「皮肉もほどほどにしろ、ユミル」




***




「お嬢様、この侍女が本日からお嬢様の世話係になるものです」


 まだ10にも満たない幼い顔がベッドの上で不機嫌そうにこちらを見上げている。

 私は人形のように無機質な執事長の後ろで深く頭を下げた。


「本日よりお世話になるユミルと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 頭を上げてもお嬢様と呼ばれる少女は不機嫌なままだった。



「アリアンテ・ロレッタ」


 呼び捨てにされた名前は小部屋で密やかに消えていった。

 埃だらけの資料室に近づくものは滅多にいない。しかし万が一聞かれていたら斬首されてもおかしくはない。雇い主の娘の名前を家名ごと呼び捨てにするのはそれほど無礼なことだからだ。


「年は6になったばかり。・・・母親は、2歳で死別」


 お嬢様専属の世話係とは聞こえはいいが私はこの屋敷に雇われてから1日も経ってはいない。身元も碌に確認されぬままこれほどの屋敷に、しかも娘の専属にと雇われることほど怪しいものはない。


 分からないことは調べるに限ると執事長から許可をもらった私は資料室で許された閲覧書類に目を通していた。同時にどんどんと眉が寄っていく結果になるとは思いもよらず。


名のある貴族のお嬢様でありながら彼女の生い立ちは多少ばかり不幸であったようだ。

 政略結婚によって結ばれた少女の父と母。よくある話だが、幸いなことに母は美しい父を愛していた。問題は父には母に対する愛情が一匙もないことだ。

 家の義務として生まれたビアンカは美しい父に似ず、平凡な母に似た。母は悲しんだ、父は義務が済んだと結婚前から愛していた女性に心酔する。


 資料からは読み取れないが、他の侍女から聞いた噂では母はそれで狂ったらしい。美しくない顔がいけないと、何故かビアンカに酸を投げようとしたと。


 たまたま見つけた侍女に抑えられ縛り付けられた母は過度な麻酔によりそのまま亡くなったそうだ。


 父はこれ幸いと葬儀を最低限に済ませ、いそいそと愛人である女を妻にした。

 女は幸せな環境で結婚1年後息子を産んだ。アードラー家の跡継ぎの誕生だった。


 資料も、噂も真実かは分からないが息子は愛情溢れた両親のもとで健やかに育ち。お嬢様は3人の目に触れないところで、使用人にも相手にされず過ごしていることだけは事実だ。


そっと資料を戻した私は当たり前のようにお嬢様のおやつを作りに調理場に向かった。


 同情しかなかった。たとえあのお嬢様相手でも――



「ティータイムですよお嬢様」


「なんでほうじ茶なのよ!私はカモミールにしなさいと言ったでしょう!」


 投げられたカップをひょいと避けた私はへらへらと笑った。

 本当は間髪いれずアイアンクローをかましたかったがお嬢様の境遇を考えてぐっと我慢した、そう私は大人。未来はとにかく彼女より10も大人なのだ。


「すみません、どら焼きにはカモミールは私的に許しがたくて」

「そもそもどら焼きってなによ!ケーキにしなさいよ!!」

「無理ですよ。ケーキの作り方わたし知らないですもん」

「そんなの!シェフに頼めばっ・・・」


 はっと口を噤んだお嬢様はじばらくするとうーうーと唸りながら地団駄を踏み始めた。

 働き始めて3日目で気づいたが、これはお嬢様のストレスを感じたときの癖だ。


 テーブルの上に乗ったどら焼きを小さくちぎり、ダンダンと床を踏み続けるお嬢様の口に突っ込んだ。

 咄嗟に吐き出そうとする口を手で押さえつける。手馴れたものだ。


「まずは一口食べましょう。大丈夫、毒なんて入っていません」


 ぎくりと肩を揺らしたお嬢様は不安げに私を見上げる、力強く頷けばこくりと飲み込んで小さい美味しいを聞いたら自分の分のほうじ茶を渡す。

 こくりと飲んで悪くないわねと素直じゃない一言が貰えれば私は満面の笑みである。


「どら焼きにはほうじ茶ですよ。また1つ賢くなりましたね、お嬢様」

「あなたの決め付けでしょ」

「あっはっは!皮肉だけはポンポンとお出になる!」

「あっ、あんたは嫌な女ね!」

「あははははは!!」


~お嬢様とちょっと和解後の会話~



「世の中の事象は大体比例していることをご存知ですかお嬢様」


 ぐりぐりと背中に顔をすりつける仕草、おそらく首を振っているのだろう。


「子供を愛する親がいれば子供に興味のない親がいます。遺伝子上は親愛の感情が沸くはずですが、それでも尚愛さない親はいます。父親となればなおさら」



***


逃走エンド成立後の会話


 かじりついていたパンから口を離したユミルはいぶかしげにビアンカを見下ろした。


「・・・なにがです?」


「なんで あんたは私を助けたの」

「助ける?別に助けてはないですが」

「じゃあ、これはなんなの」

「仕事です。私はあなたを任されましたから」

「もう給料は出てないわ、ずっと」

「お金はたくさんあるんで」



 もう一度口付けたパンは相変わらずもっちもっちのふわふわだ、貴族が食べるものはやっぱり質が違う。シチューを少しだけつけると更に美味しい。


千切ったパンを差し出すと不貞腐れた少女はそれに被りついた。

ユミルは笑う。


あと少しで若い師匠が助けにきてくれる筈だ


BAD END

(シーンがいろんな所で飛びます)



 閃光のように鋭い輝きが終わり目を開けると目の前の人物


「アリアンテ・・・ロレッタ嬢」

 

 はくはくと漏れ出す息で言葉は擦れる、それを聞き取ったアリアンテ嬢は真っ直ぐに私を見据えている。


「なぁに」


 この状況とは無縁とばかりに太陽に透けてきらきらと光る銀色の髪、青い瞳、少し釣り目な瞳。

 ああ――わたしはこの顔をよく知っている。


毎朝鏡を見た、 どこかないかと。

母と父の、面影が なにか ひとつ だけでも。



おかあさん

 

口にしたつもりなのに、声が出ない。

わななくように震えた唇はかみ締めて堪えた。 

アリアンテ・ロレッタは全て分かったように、寂しげに しかしほんの少しだけ嬉しそうに笑った。


「ごめんなさいね」

「そんな だって 髪の色だって・・・」


 アリアンテは名前を優しく抱きしめるとあやす様に背中を優しく撫でる。


「・・・愛しい子。こんなことをさせたくはないのに。ごめんなさいね、王は私とあなたの関係に気づいた上でこんなことをっ」

「私が、殺すの・・・?」


 杖を掴む力が緩み落ちそうになる手のひらをアリアンテが強く掴んだ。


「迷ってはいけない。いまここであなたが私を殺せば、あなたの身の安全は保障してもらえるわ。王と約束したの」

「やだ!」



***


無理やり膝をつかされたサイシスは眼前にいる王を皮肉気に笑った。


「お前にこれまで従順に仕えてきた俺を殺すか、アリアンテは愚か俺の最愛の娘――ユミルまで」



 サイシスは低く笑った。


「弟よ、王家にとって約束は呪いに等しいことは知っているな?」


「約束などただの取り決めだ」


「あまりアリアンテを舐めるなよ。あれがただの愚かな女だったのなら、私は惚れなどしなかった」


 “サイシス!あなたの魔法を私に教えて、未来にどうしても会いたい人がいるの!”


***


ロープのこすれる音がする


 ぎー ぎー 


体は、風に乗るように左右に少しだけ揺れる


ユミルは俯いていた。



 あれほど白かった肌は土色に変わり、鼻 口 目 あらゆる穴から液体がぽたり ぽたり と滴り落ちる。

 白い服から伸びるつま先はピンと伸びたまま 首にかかったロープに合わせて 


揺れる


ぎー ぎー


 机に置かれたサイシスの首は目を見開いたまま吊られたユミルを見つめている。

彼の胴体は地面にごろんと寝転がったまま


民衆はそれを見て歓喜の声で震えた、これでもう長い苦しみから解放されるのだと。



王は満足気に笑い、塔の上から民衆に向けて手を挙げようとしたその時


耳元から声が聞こえた。


「うそつき」


振り返っても騎士が剣を掲げたまま誰も口を開いた様子はない、なにより聞こえたのは女の声だ。

気のせいかと正面を見据えた。

地面に立っている民衆より更に上、城壁にいる王と同じ視線でアリアンテが傷だらけで、死んだ時のまま恐ろしい形相で立っていた。


「うそつき」


「なぜ 」


「お前は約束を破ったわね」


「なぜお前がいる」


「娘を傷つけないと約束したのに」


許さない


死んでしまえ


世界中、全員


ここにいる全員


私の愛する夫と娘の死を笑う


お前ら全員



「死んでしまえ」


BADEND書いたら満足しちゃいました。

本編は死ぬ未来にある過去のお母さんを教育の名のもとに救いにいき、師匠であるお父さんとハッピーエンドにさせるつもりだったと思います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ