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後宮

 遠巻きにされながら馬車に揺られる、ひと月あまりの旅路はなかなかつらいものがあったが、道行き自体は順調に進んだ。

 紫香京の朱雀大門が見えてくると、隊列のそこかしこから歓声が上がる。危険にあふれた荒野から、ようやく安全な都市にたどり着いたのだから、感慨もひとしおだろう。世界一の大都市を前に、おえいも感嘆のため息が出るのを抑えられない。

 雄大かつ美麗な門を眺めながら、街へと入る。


「そんじゃあ、ここでお別れといきやしょう」


「感謝いたします。李広どの。ご恩は忘れません。もしお困りのことがお有りでしたら、安高全(あんこうぜん)の名を思い出してください」


「なあに、王商会に縁のある者同士、礼なぞいりやせん。しかしせっかくっすから、ありがたく恩は売らせていただきやしょう」


 お互いに長い拱手礼(こうしゅれい)(拳を手のひらで包む礼)を交わし、おえいと李広の二人は大路を外れる。

 悲しいかな、盗賊が来ないよう睨みをきかせていたおえいには、別れの言葉もない。まあ狗那人などというのは猛獣というか怪獣並の扱いなので、急いで逃げるのは当然なのだが。




 おえいたちが向かうのは、王商会の支店である。支店と言っても首都の紫香京に構える店であるから、本店に勝るとも劣らない豪華さである。


 出迎えは賑やかだった。侍女というと地位が低そうだが、主人の位が上なら、重臣でさえも無視できない権力を持つ。侍女からの評判が悪ければ、妻から夫へと話が行き、それは皇帝からの心象の悪化を意味するのだから、粗雑に扱えるはずもない。

 そしておえいは、皇帝の側室の中でも上から3番目の嬪に直接仕えることになる。彼女の活躍が商会と一族の興亡に関わるのだ。大戦に兵士を送り出すも同然。下にも置かぬもてなしぶりだった。

 出された菓子を一つ残らず詰め込んで、お茶で流し込む。海賊はいつ戦いがあるのか分からないので、礼儀がどうのと言ってはいられないのだ。




「そういや、ここで何するの?着替えとか?」


 頬をふくらませ、焼き菓子を粉砕しながらおえいが尋ねる。


「まあそうっすね。あとは武器を預けていただきますぜ」


「は?武器?なんで?」


 李広の言葉を本気で理解できないようで、おえいは眉をひそめた。


「いや、宮廷に刀だの鉄砲だの持ち込めるわけないっしょ」


「え?脇差とかは?」


「無理ですぜ。せいぜい(かんざし)くらいっす」


 おえいの機嫌は人生最悪に悪くなった。


 



 天子というのは基本的に南を向くものだ。なので宮城の門も南が一番大きくて立派である。

 そんな立派な門を侍女がくぐれるわけもないので、もう少し小さな西門からこそこそと入るのだった。


 後宮は六つの大きな宮殿と、そこに付随する数十の建物からなる。侍女をはじめとした宮女は、基本は侍女のための宿舎に住む。妃に気に入られた者が側仕えとして宮で寝起きすることもあるが、まず例外といっていい。

 後宮は非常に厳格な階級社会で、表立って身分の差を乗り越えようとすれば、恐ろしい罰が待ち構えているのだ。


 後宮に()は入れない。おえいは一人で門をくぐる。入ってすぐに、少し年かさの色っぽい女が立っていた。


「あなたが新しく入った子?」


「ええ。芙蓉さまに仕えることになりました。柳栄(りゅうえい)と申します」


 おえいは礼儀正しく腰を折って、光華用の名前を告げる。不満はたらたらだが、さすがに表には出さない。

 用心棒の性質上、公式な場での最低限の振る舞いは心得ている。化粧も乗って、顔だけ見れば立派な淑女であった。

 

 とはいえ隠しきれないものもある。


「私は孫桂華。桂華(グイファ)でいいわ。……話は聞いていたけど、おっきいのね。門番さんより背が高いじゃない」


 桂華はおえいを見上げて感心したようにつぶやく。

 確かに抜きん出た長身だった。女どころか男でも偉丈夫の部類だろう。わざわざ商館に寄ったのも、支給される女官服では到底丈が合わないからだった。


「ええ、まあ。武術をやるなら大きい方が便利ですので」


「そうよねえ。これだけ大きければそれだけでお金がとれるわよ。でも良かったわ。力持ちの人が来て。引っ越しで手が足りなかったの。すぐ手伝ってちょうだい」


「引っ越し?」


 初耳だった。力仕事に文句は無いが、嫌な予感がする。


「え?聞いていないの?これから清麗宮へ引っ越すのよ」


 後宮の宮にも序列というものがあり、清麗宮はかなり上のはずだった。


「それはまた、なぜですか?」


「出世よ出世。皇帝陛下が近ごろよくお渡りになられてね。芙蓉さまが嬪から妃になられたの。これからは紅妃様とお呼びしなくっちゃ。なのであなたも手伝ってちょうだい!もう手が足りなくって」


 おえいの機嫌は人生最悪を更新した。

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