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京(みやこ)への道

「ちくしょ〜。なんでこんなことに……」


「姐さん、いい加減覚悟決めてくだせえ。帝のお膝元じゃあ、親分の威光も通じないんすから。下手すりゃクビですぜ、クビ」


「んなこたあ分かってますよ。それにしたって、はあ……憂鬱だあ……」


 馬車に揺られて長い道を行く。王信に呼ばれてから一月あまり経つが、愚痴は尽きそうになかった。

 御者をつとめる王信の部下、李広(りこう)は大仰に自分の首をかっ切る仕草をする。ここで言うクビとは、もちろん物理的に首を切断されるという意味だ。禿げあがった頭に強面の顔でやると、蛮族の威嚇にしか見えない。蛮族はおえいの方なのだが。

 野蛮極まりない。自分を棚に上げて、おえいのため息は深くなるばかりだった。

 




 宮城で侍女をやらされると聞いた時、おえいはもちろん反対した。働くこと自体大嫌いだし、まして宮仕えなど薬にもしたくない。


「いやいやいやー!いーやーだー!ていうかなんでそんな役を私に頼むの!?他にいるでしょ適任な人が」


「お前嫌がるにしても節度というもんがあるだろ!」


「嫌なもんはやー!そもそもそういう生き方やりたくないから、父上にぶっ叩かれながら剣術やってきたんでしょ。なんで今さら侍女なのよう」


「尼寺にでも放り込んでけばよかったと後悔しとるわい……」


「後悔先に立たずですうー。親の勝手に付き合わされた悲劇の美少女が私ですう〜」


「海の下の都なら間に合うか……?」


「マアマア、ゲンさん。オエイさん、アナタを選んだのにワ、当然ワケがありマス」


 割りと簡単に一触即発の緊張感をかもす蛮族親子。仮にも実の娘に殺気立つ玄斎を、王信は取りなした。


「訳って言っても、私が侍女やる意味なんてあるの?宮廷ならなれている人が行くべきでしょ」


「普通ならソウです。しかし今回ワ普通でナイ人が欲しいソウで……。ワタシの孫娘が後宮の妃にナっているのはご存知デスね?」


「んー、なんか(ワン)家の商会に出戻りした息子さんの娘……だっけ?」


「ハイ。ワタシ商会を飛び出して貿易商始めまシた。実家には大きい借りがアリます。それに孫はカワイイ」


 王信は元々、南の金華京の出身で、若気の至りで家を出て、密貿易に手を染めたという。後々成功はしたが、所詮はやくざな仕事。それでも王商会は彼を認め、王信の息子を一族に迎えて、河川運輸の事業を任せるなどして厚遇した。


 王信はこれに痛く感謝して、今でも商会への支援を欠かさない。元より大店(おおだな)であった王商会である。海外貿易の利益を受けて鬼に金棒。江南一の大商会の地位を不動のものにした。

 とはいえそれは南の話。光華の太宗が北の紫香京に首都を移したのが百年前だ。経済の中心はいまだ南の方にあるとはいえ、政治に食い込めなければ時代に置いて行かれるだろう。

光華において政治に食い込むということは、皇帝の関心を買うこととほぼ同じ意味になる。そして古来より、もっとも基本的かつ効果的なご機嫌取りといえば、妃を送ることであった。

 王信の孫娘、王芙蓉(ふよう)は紅毛人の血が入っているそうで、まるで紅玉のような美しい赤毛の美姫だという。そこまでがおえいが噂で聞いた情報の全てだった。


「それは分かるけど、私に関係あるの?」


「実家に、珍シい特技を持ったヒトを送ってホシいと言われまシた。オエイさん、スゴい武術の腕、持ってマス」


「ふむん」


 確かに、理屈は通っていた。

 特殊技能を持った侍女というのは、その主人のステータスになる。身を飾る宝玉や渡来物の香などと同じだ。

 そういった見世物が皇帝の気を引けば、まさに海老で鯛を釣る。千金を出しても山ほどお釣りが来る。なのであらゆるツテを使って、天下一の技芸の持ち主を探すのだ。


「侍女はモチロン普段の仕事ニ、礼儀、容姿も大事デス。デスが目の肥えた貴族でもオドろくようなスゴい技持ってるト、一目置かれマス。詩歌のウマいヒト、典籍の知識フかいヒト。デもウチは商会デスから、そういうヒトいない」


「それでも武術ってねー。そもそも私、面は地味だし」


 おえいは化粧っ気のない肌を撫でる。


「ソレがいいんデス。侍女が主人より目立つのはダメ。ウチの女衆、派手スギます」


「まあそれは……」


 真っ当な指摘だった。そもそも海の上で女は珍しいが、たまに見る女は、全員極楽鳥もかくやというほど着飾っていた。

 それは合理的な作戦だ。珍しい女を目立たせることで、士気を上げたり目印代わりにできる。

 それに、海賊は金があれば男でも着飾る。命を質に商売するのだ。銭など貯めてもしかたない。それが彼ら彼女らの人生の証明なのだ。


 とはいえ、隣の船にいても分かるようなド派手な衣装と化粧で、宮仕えなどできるはずがない。庭園の孔雀ではないのだから。

 その点おえいは、衣服にはうるさいのは同じだが、着心地優先で、色や飾りには頓着しない。化粧も、必要があれば白粉をはたいて紅を軽くさす程度。少々雑だが、許容範囲だ。


「いい話じゃないか。武芸の腕で召し抱えられるんだぞ?浪人の夢だ。それも皇帝ときた。上手くやれば大名格になれるかもな。ワハハ」


「父上が言うとなんか怪しいんだよなあ……」


「実の父を疑るとは、孝行がなっとらんぞ」


「用心棒が親子の情なんかに惑わされてちゃあ商売にならんって言ってたのは父上でしょうが」


「それで、行くのか?行け」


「選択肢がねーじゃん!行くよ行きますよ!で、お給金はおいくらで?」


 ざらり、と机に山吹色が広がる。ご丁寧に狗那で使われる大判の金だった。


「さて、船はもう用意してあるの?」


「ハイ。直接行くと捕まるカモしれないノデ、まず南の申港から上陸シて、陸路で紫香京ニ向かってモラいます」


「大変だね海賊も。まあいっちょう華良(から)の連中に武士の技ってやつを見せつけて来ますよ!」


 おえいは元気にドアを蹴り開けて出ていく。当然ドアも高級品なのだが、無敵の度胸を持つこの女には通用しない。

 足音が遠ざかると、王信と玄斎は顔を見合わせた。


「どうにかなりましたな」


「エエ。ありがとうございマス、ゲンさん。助かりマシた」


「まあ、あいつも一つのところで暮らすのを覚えていい頃です。恐らく長続きはせんでしょうが、生き方を身に着けることに意味がある。あやつは大人物になれる人間だ」


「親心デスね」


「いや、罪滅ぼしでしょうな」


 老人たちの会話をよそに、おえいは船を飛び出していた。







 そして旅路の途中である。おえいのいた鎮西府から申の港まで10日ほど。そこから延々と北上して、すでにひと月近く経っていた。王信のはからいで、関所での待ち時間を大幅に減らしてこれである。大陸は飽きが来るるほど広かった。

 いくつか持ってきた書籍の類も、全部読み終えて三周目に入っている。


「ひーまだなあ。商人ってのはよくこんな暇な仕事を我慢できるもんだねえ」


「本当は暇なんて感じないくらい忙しいんすよ。毎日毎日、商品の手入れに上司の世話に……。特別中の特別扱いでこんな楽な旅になってるんですぜ。それに、うちの(ほう)の旗をかかげてるから、余計な手間を取らずに済むんですぜ」


「余計な手間って?」


 李広との話の途中、道の脇に盛り上がった丘から砂煙が上がった。相当な数の人と馬が駆けることでできる、いわゆる戦塵だ。

 おえいが馬車の柱に縛り付けていた刀を取り、立ち上がる。丘の方に焦点を合わせると、数十人の男たちが馬車の列に襲いかかっているのが見えた。


「まあ、ああいうのすね」


「んー(みやこ)行きの道で盗賊とは、末法やのう」


 光華の地では、隊商や運送業者、用心棒などの組織が非常に発達している。それらの勢力は時に反乱の原因にもなるため、政府から睨まれ締め付けられているが、無くなることは絶対になかった。野盗が多いからだ。


 広い大陸。必ずどこかで飢饉は起こるし、食い詰め者は出てくる。そして国土全てを警備する兵力など、皇帝にも出しようがない。

 結果、自己防衛のために武装する隊商は出るし、より進んで護衛を専門にする鏢局(ひょうきょく)などの組合もできる。そうしたイタチごっこから脱落すれば、目の前の惨状に陥るわけだ。


「ろくな鏢師もいやしないようで。あのままじゃ皆殺しですぜ。どうしやすか姐さん?」


 言うまでもなかった。おえいはすでに二本差しの上、懐に単発銃をしまい、鉢金を巻いているところである。


「どーせヒマだしね。仕事始めが上手くいくよう、ちょっくら徳を積んできますよ」


「それでこそ任侠ですぜ!姐さん、おねげえしやす!」


 李広が馬を鞭打つと、馬車は矢のように加速する。おえいは屋根の上に立って、地平線まで聞こえる大音声(だいおんじょう)を上げた。


「待て待てまてーい!そこの貴様ら、か弱い民草相手に好き勝手しやがって。この私がとっちめて」


「「うわあああああああ!!狗賊だああああああああああ!!!」」


 爆発的な悲鳴と共に、一斉に馬首がひるがえった。徒歩の者は槍も刀も捨てて逃げていく。


「逃げろー!殺されるぞー!」


「母ちゃーん!」


「……聞き分けのいいやっちゃのー」


 さすがの女武者にも、蜘蛛の仔を散らすように逃げ惑う人々をどうこうする技は無い。おえいは微妙な顔で、勝手に壊乱する盗賊を眺めることしかできなかった。


「ひいいいいい……狗賊だあ……もうおしまいだあ……」


「ご先祖様、どうかお守りを……。無理ならあんまり痛くしないで下さい……」


 なぜか助けられた隊商の方も、この世の終わりのような顔をしている。正義とはかくも苦しいものであった。


「心配しないでくだせえ。旦那がた。このお方は王商会の用心棒をやってる(りゅう)さんというお人で、狗那の出ではありますが、決して乱暴はいたしませんぜ」


「おお、王商会の……」


「助かりました。恩に着ます」


 李広がなだめると、商人たちはあっさり納得した。なぜ乙女を恐れて、強面の大男に言葉に安心するのか。おえいは不満だったが、こればかりはしかたない。

 蛮族というのは、光華住む人民の天敵である。野盗が野良犬なら蛮族はサメの群れだ。盗賊はせいぜい町や村を襲う程度だが、蛮族の来襲は国を傾ける。


 大国、光華の周りには、それこそ無数の蛮夷が棲まう。その中でも特に恐れられているのが、北方の騎馬民族である獣夷と、海を荒らし回る狗賊である。つまりおえいたち狗那人であった。

 それぞれの縄張りの違いから、内陸では獣夷が、海沿いでは狗賊が嫌われていたのだが、十年ほど前の狗那の大侵寇によって、狗賊は蛮族の最大手になったのである。

 実際のところ、海賊業をやっているのは狗那人より光華の民の方が多数派なのだが、一度ついた印象というのは拭い難い。光華人が想像する狗賊は、とにかく戦と血を好み、通った後はぺんぺん草も生えない無慈悲な怪物なのだ。


 そんなイメージを自分一人で払拭できるはずもないので、おえいはとにかく黙っている。李広もいっぱしの商人である。普通に話せればあっという間に相手と打ち解けた。


「ははあ、後宮に使えることになる女子を送っていたところを襲われたと。災難すねえ」


「ええ。ええ。もし生き延びても、侍女となる娘を拐われでもしたら、当然死刑ですから。本当に助かりました」


「いやいや、芙蓉妃に仕える侍女なら、あっしらにとっても大事なお人。これもご縁でしょう。紫香京までお供いたしやすぜ」


 勝手に話がまとまっていく。蚊帳の外だが、おえいにも否やはない。

 どうせ暇なのだ。道連れがいれば、退屈しのぎにもなるというもの。李広がこちらを向いたので、一つ頷いておく。


 視線を感じる。見ると、馬車のほろを引き上げて、隙間からおえいを観察する者がいた。くりくりとした目が光っている。若い、というより子供だろう。

 仲良くなれるかと、おえいは視線に向けて微笑んでみる。丸い目がいっそう見開かれ、ほろはすぐに下げられた。儚い期待のようだった。

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