第七話「電子少年」
「操るんだ…〈設定〉を」
「どうやって?」
突然、告げられた用途に俺は目を白黒させた。
《設定》を操るとはどういうことなのだ?人の能力を自分勝手にできるのか?
無数にクエスチョンマークを量産していたことが描写により簡単にわかったのだろう。博識幼女は変わった口調で言葉を紡いだ。
「まず、転移者らの名前が何故主人公やらヒロインやら本名を名乗らないか分かるか?」
確かに転生者である櫻子やこの世界の主人公である響蕾は本名だ。
「分からない」
「この世界の人物ではないからじゃ。転移者以外のクラスメイトは皆本名だろう?」
名前は描写により分かる。顔さえ見なくとも記されている本名だが、俺や目の前の幼女、ヴァージンは俄然伏字として表されているのだ。
「伏字によって登場人物名が分からなくなっているのは生まれた世界が違うからだ。名前さえ分かれば相手の《設定》や弱点が描写により分かる。対策も打てると言うわけだ」
ヘラルドは言葉を続ける。
「そこで、お前が転移者の過去を」簡単に覗けるかもしれんのだ」
「俺が…?」
「あぁ!服従なら物語が読めるかもしれないな。ついてきてくれ」
これからの展開を先に読んだのか、自信たっぷりに発する幼女に戸惑いを覚えながらも、手招きされるがまま一歩先を歩く彼女の後を着いて言った。遅れずにヴァージンもスカートを揺らしながらついてくる。
「?ここは…」
案内された場所は数時間前にも言った癒しの空間。
「保健室だ」
「それは分かってるが、何故だ?」
器具が必要なのか?との意見も脳裏を掠めたが、ここは彼女の言うことを聞いてみよう。
「保健室に興味深い人材がいてな…」
そう言いながら、許可もなく保健室の扉を開け、中に入っていった。彼女は学園長の娘か?
「ほれ、こいつじゃ…」
と、小さい身体で保健室のベッドに横たわる少年を指さした。歳は近いはずなのに父親のお見舞いにでも来た子供のようだ。
「確か彼も転移者だったねぇ〜」
呑気な声色でヴァージンが言葉を並べた。その瞳は寝息をたてるフード少年の小ぎれいな顔を覗き込む。
「目撃者の発言から察するに彼は電子書籍…しかし、紙書籍でもやることは同じだ。さあ、そいつに触ってみろ」
「え、ええっ!?」
い、嫌だ。全身薄汚れた人間に触るなど右手が生理的に受け付けない。しかし、そうでもしないと先に進められないと言われ、「いいから触るんじゃ」を鶴の一声に載せられて敵の肩に右手を置いた。頼むから、今起きないでくれ!と心の中で願っている俺に対し、幼女は至って真面目だった。
「そして、念じろ。相手の過去を征服し、共有しろ!紙でも電子出も関係ない!覗くんだ!記憶を…
語尾が消えた。言うまでもなく俺の服従が発動していたからだ。「ぉぉ…」とヴァージンが呟く。
敵の体から数多の二進数が流れ、俺に注ぎ込まれる。魔力を吸い取っているようだ。
「ここは…どこだ?」
気がつくと保健室…ではなく、砂漠化した世界。
辺り一面砂・砂・砂。日本とは考えにくい世界線にぽつりと位置する学校が目の前に現れたのだ。
「なんだ…!この学校は」
砂漠で何を学ぶのだろう?しかし、住みにくい地形の割に生徒には恵まれているようで、大勢の学生が大きな校門を潜る。
魔法少女小説とは違い、白(文字色だが)を基調としたセーラー服と学生服のため、目立ってしまうと思ったが、どうやら俺の姿は見えていないようだ。今、何人もの生徒が俺の体をググり抜けて校門へ向かう。
「とりあえず入ってみようか」
設定が暴走して死んだのではないかと思ってしまうほどの透明度だが、目的であるキーパーソンの過去を読ませてもらおう。
そして、俺は足を進めた。
辿り着いた教室は一年一組。これはまぐれでは無い。どうやら、小説内で描かれていない場所や人物は白紙となりいないことになっているらしい。ドアが開き、教室・生徒・先生が文字で描写されている場所が一年一組だったというわけだ。
「あいつが主人公だな」
活字が示してくれているのでよく分かる。周囲の生徒と対し、目や髪の色、性格や服装まで細かに描写されている少年に気づいた俺は近くに駆け寄った。
「よぉ!」
と、言っても当然返事することなく、主人公…夜鷹翔は友人たちと話を楽しむ。
元気な緋色の髪型は爆発でもしたかのような特徴的な形をしており、口調も性格もいかにもな主人公タイプだ。
彼の隣にいるのがこの話のヒロインである独狐雉花。深緑色の髪はアイロンを使ったのか、ゆるく巻かれており、指先で色の毛先をつまらなそうにいじっていた。
次に何やら言葉を紡いだのはもう一人の主人公である赫鷺力だ。赤も恐れるような赫い髪色は肩まで伸びており、馬のしっぽのように低い位置で結ばれている。綺麗な二重の目元に金色の双眸を瞬かせるその姿はヤンキーだが、中身は…
「翔!昨日のテスト難しかったな!」
「そうだな!ちゃんと勉強すればよかった」
「まー気にすんなって、次頑張ればいいだけだし」
…何だ、この暑苦しい会話は、
二人の主人公のキャラ被ってんじゃねーか。
一番距離が近い同性キャラが寄りにもよって似たような元気の押し売りキャラとは…お互い気まづいだろうな…
ここで場面が変わった。ページをめくるような音とともに、風景・人物・時間…全てが進んでいく。
次に繰り広げられた描写はこうだ。
悪の組織『スーパー・ゲッティ』(この名前は昔のロボット戦隊アニメからパクっているらしい)が学校に攻めてきた。
眠気が襲う五時間目。生徒達は皆、血の気が引いた顔で硬直していた。
教卓に現れた悪役を前に大勢の悲鳴や不安げな足音が響く。しかし、主人公だけは突然繰り広げられた展開についていけず、ボーと口を開いていた。全身を震わせたり、恐怖で膝が笑っている登場人物を横目に教卓に乱暴に座る少年の顔に頭上の豆電球を光らせる。
(こいつ、悪役だったのか)
そう、生徒たちに抑え切れないほどの恐怖を植えた犯人は響蕾の世界にでもお馴染みのキーパーソン自身だった。
フードは被ってはいないが、獲物である聖剣を生徒に見せびらかし、劈くような悲鳴を買っている。
「名前は…狩墓…レオン?変わった名だな」
キーパーソンの輪郭を形成する文字が描写した名前を見つめながら世界の展開を待つ。
キーパーソン…ではなく、狩墓レオンは気だるそうに立ち上がると聖剣を教卓にぶっ刺し、杖代わりに立ち上がった。
痛々しい無数の顔面の傷が至近距離からの蛍光灯に照らされ、恐怖を増している。そのしょうこに真横にいた女子生徒が泡を吹いて倒れた。
蜘蛛の巣を散らすかのように一斉に走り出そうとドアに群がる生徒を上から見下し、大きく跳躍…
「ハッ!」
目が覚めるとそこは保健室だった。狩墓レオン(キーパーソン)の世界の保健室ではない。真っ白なベットに横たわり、寝起きのように頭が痛い。魔法少女に戻ってきた俺は服従の《設定》を活動させた後、気を失ったことを悟った。
心配そうな表情で顔を覗き込む。
「ど、どうだった?」
「普通に世界に入れたよ。ここと季節も世界観も似ているから初めは気づかなかった」
「キーパーソンのこと、何かわかったか?」
「狩墓レオンだ」
「カルボナーラ?」
思考回路が上手く回らないのか困惑の色を瞳に宿す幼女に補足を付け加えた。
「キーパーソン(こいつ)の本名だよ。狩るに墓と書いて狩墓レオン」
「ほぅ…可愛らしい名前じゃないか」
言われてみれば確かに女の子みたいな名前だが、フードから除く無数の傷、そして、その先に感じた殺意を見てきたので「可愛いー」の呑気には言ってられない。
「で、その狩墓くんはどんな物語から来たの?」
「小説『炭酸を逃がすな!』から飛ばされた悪役キャラクターだった。彼がいなくなってから物語は展開できていないみたい…だったぜ」
小説のタイトルや作者名は世界に飛ばされる前に文字で記されていたのだ。
「そうか、そういう奴はよくいるんだ。もしかしたらお前も私もいなくなったせいで自分の物語が進んでいない可能性があるからな」
「そうなのか」
「ましてや、お前は主人公なのだろう?尚更、いなくては困るだろうな」
「確かに」
顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた俺の横からヴァージンが口を開いた。
「ょく分かったねぇ」
「…あぁ、ワシの世界にもいたからのう。服従のようなやつが」
同時刻 柘榴協会
「キーパーソンは何をしているんだ!」
「彼…消滅、存在…不明」
助詞を一切告げず、狩墓レオン(キーパーソン)と同じくフードを奥まで被る少年…ヴィランは言葉を口にした。
ここは廃校。ネズミすら住み着かない汚れた部屋に老人は世界を支配する魔王のように玉座に座っていた。
『柘榴協会』幹部のヴィランから不都合な事実を告げられた老人は眉間に皺を刻ませ、次に一人の少女に視線を送る。
背中に届く程伸ばされた長髪は紫紺色をしていて、吸い込まれそうな同色の瞳が眠そうな瞳で老人を見ていた。
「頼んだぞ、薔薇樹黒月…
いや、魔法少女パープル
この世界を壊すのだ」