第十一話「末期色の月が欠けた時」
「どうして、彼女を私の元に預けなかったんですか!」
櫻子が誘拐されてから訪れた沈黙を破る第一声を起こしたのは学園長だった。
「柘榴協会総督柘榴はハナから櫻子を狙ってました…こうなることは分かっていたのに…」
嫌みを言うように言葉を並べる。彼女の瞳には後悔の色が描写されていた。話によると理由を口にすると最悪な未来が見えていたからだという。
学園長
設定…予知夢
説明…睡眠をとる度に未来が詠める。
「ご、ゴメンなさい。まさか、あなたが櫻子ちゃんのことを想っていたとは…」
「彼女自身と血縁的繋がりはないですが、あの子はまだ小学生です。危険な目にあうと分かっていてほっておくわけにはいきません」
珍しく謝罪の言葉を口にするヒロインを追い詰めるように言葉を紡ぐ学園長。彼女の発言はまだ終わらない。
「それにあの子の《設定》は都市…いや、世界を滅ぼす程の力を持っています。無闇に他者の手に渡るようなことは避けたいのです」
櫻子の《設定》は神と呼ばれる原因ともなる『犯罪都市』
町全体を被害者加害者の巣窟にしてしまう恐ろしい力だ。
「それなのにあなた達は…私がそれ程悪い人に見えますか?」
学園長の背後にいた秘書も額に汗を浮かべて心配そうな面持ちで見つめている。
悪いのは学園長ではないとわかったか俺は言い訳をさせてもらう。
「だって、あんたはこの世界を打ち切ろうとしていたじゃないか。そんな軍団の長ともなるあんたを信用できないのは不思議じゃないだろう?」
「私がこの世界を打ち切ろうとしたのは櫻子を誘拐を目論む柘榴協会を纏めて消すためです。櫻子はまた別世界に避難させるつもりでした」
また、続けて「まぁ、この世界の登場人物を犠牲にするやり方なので文句は言われても仕方ありませんが」と目を逸らしながら言うのだった。
ここで暫し間が空いた。世界は彼ら(キャラクター)のためだけに存在しているようだ。
次に言葉をぽつりと零いたのは魔法少女ピンクこと響蕾だ。
この世界の主人公でもある少女の表情には一切の笑みはなかった。いつにも増して真剣な表情で言葉を並べる。
「柘榴協会とは何者なんですか?」
「キーパーソンが所属する悪役軍団です。物語の悪役転移者が団員の転移者軍団です」
『柘榴協会』とは団長を軸として数名の少年少女で構成された闇の組織だ。彼らの共通点は全て作品内で悪役だったと言う事。どのような目的で組織されたかは未だ謎である。
「はぁ…」とため息をつき、櫻子を逃したことを後悔する学園長。そんな彼女に明るい語調で声をかけたのはこの世界主人公である魔法少女だった。
「…櫻子を助けていきましょう。学園長も協力してくれますよね?」
にっこりと微笑みかける響蕾に学園長は数秒待った後次のような返事をした。
「…も、勿論です…が、あなた達はついていかない方が良いかと。ここから先は命を落としてもおかしくはない展開が始まりますから」
一応最低限の生徒への配慮は持っているらしい。
「私達『斬鉄武団』に任せてください」と言葉を紡ごうと口を開くが、ヴァージンの発言が学園長の判断を鈍らせる。
「でも、主人公くんの《設定》は『柘榴協会』に殴り込む時、心強ぃと思ぃますょ」
「設定?護紙団に鑑定してもらったんですか?」
俺に問いかけたように見えたのでコクリと頷くと、先ほど起こった《設定》の説明をしてあげた。
「…なるほど、彼の弱点を見抜いたのはあなたでしたか」
顎に手を当てて考え込む学園長は「『柘榴協会』に案内してもらう時助かりますね…」とキーパーソンを一瞥し、独り言を呟いた。彼の顔色が一段と黒くなる。
「私も護紙団の人たちに声をかけてみるよ。ァクション作品出身のて転移者が多ぃから」
こんな時ヴァージンのマイペースな言葉は周囲を和ませる。
VS学園長の構図が完全になくなったが、作者は緊迫した空気を途切れさせたくないらしい。
轟音が耳に届いたのはヴァージンの発言からそう遠くない数秒後だった。
「キギャアァアアアァァァォオオ!」
咆哮が鼓膜だけではなく建物全体を揺るがす。
「敵だウサ!」
ラビじんが発するように巨大な体を持つ四足獣が白目のない真っ黒な双眸でこちらを見つめ、口から業火を吐いた。
『柘榴協会』とかではないこの物語に欠かせない悪役である敵は三メートルにも及ぶ巨躯を四肢で動かし、一歩、一歩と歩みを進めていく。
「こ、こんな時に?!」と戸惑いを見せながらもさすがは主人公。地を蹴って飛び掛かると、拳を固く握り鉄拳に変え、胴に吸い込まれる程のパンチを繰り出した。「ブロッサムメロディハッピーハート!」と情報量の少ない技名の方に肺活量を注ぎながら。
しかし、敵の身体に触れようとしても文字色の結界が張られているため、攻撃ができない。
魔法少女だけでなくアクション作品出身のヒロインも指を鳴らし、何処からか垢色レーザー銃を取り出した。
嗤うように唸った魔物を照準の中心に定め、空を切り、疾駆する銃弾を打ち放つ。だが、やはり結界に守られているものは体には一ミリも当たらない。
「ど、どうしたらいいの?」
顔の表情を絶望に歪ませる魔法少女ピンク。仲間であるブルー・グリーンの不在を惜しんでいるようだ。
しかし、青色や緑色は来ずとも、願えば魔法少女は来る。
矢のような速さの〝黄色〟の光線が魔物の体を焼き、視界を白一色に染め上げる魔法の光が学園ロードに昼間のような明るさを齎した。
「助けに来たよ!」