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姉を妬んだ妹の顛末  作者: 乙茂内カズラ
7/8

姉ちゃん登場。相当にいい性格をしています。




「終わった~?」


 のんきな声で元気よく入ってきたのはヴァイオレットだった。

 修道院に行ったはずの姉の声に驚いたロベリアが顔を上げる。


「え? お、お姉様……? 修道院に行かれたのでは……」


「行ったわよ。視察にね」


「し、視察!?……婚約を解消されて……修道院に入ったのではなくて……?」


「…………あのさ、人の話聞いてた?」


 ヴァイオレットは深くため息をついて、呆れを隠さずにロベリアを見下ろした。


「王城の人達は私が修道院に()()()と話してなかった? ()()()とは誰も言ってないはずよ?

 私が両陛下に願い出て、王太子妃になる前のまだ自由がある程度許されている今の時期に視察に行きたいと申し上げてお許しをいただいたの。

ちょうど学園の授業もほとんど終っていて時間もあったから」


「え……じゃあ、婚約解消は……?」


「あるわけないでしょ。十四年もかけて作り上げた婚約者を、王家が簡単に手放すはずないじゃない。少し考えればわかる事でしょ。

 ジークはアンタを「ロベリア公爵令嬢」ってずっと呼んでいたでしょ。そこで気づきなさいよ。

 私達の婚約は解消されていない。そしてアンタは婚約者でも何でもない。王城の人達もアンタを王太子の婚約者として扱った事など一度もなかったはずよ。

 アンタの事は花嫁修行をさせるために、私預かりとして王城に上げたのだから。

 そんな簡単な事にも気づかないなんて本っ当に馬鹿よね」


「じゃ、じゃあ……あの媚薬は……」


「最初から偽物。

 アンタに付けた侍女は王家に仕えている優秀な人物なの。アンタが出入りの商人に媚薬を注文したのも、全部お見通しってわけ。

 ちなみにあの商人はスクロ公爵家(ウチ)の暗部の人間だけどね」


 ニコニコと笑っていたヴァイオレットの顔が一変した。

 そこにはジークフリードよりも冷たく、恐ろしい笑みが浮かんでいた。


「アンタは私を貶して、それを堂々とあちこちで言いふらしていたでしょ。しかも私のドレスやアクセサリーまで勝手に持ち出してお茶会やパーティーで見せびらかして。

 自分が甘やかされてるのにも気づかずに「お姉さまは狡い」って口癖のように言ってたそうね?

 アンタに仕えていた侍女はずっと心配してくれていたのよ。その唯一の味方にさえもあんなことをして。人の心が離れるのも当たり前じゃない。

 まぁ、その彼女は今、私の専属侍女をしてくれているけどね」


 ヴァイオレットは土下座の格好のまま固まっているロベリアに近づき、上から覗き込むと捕食者のような笑みを浮かべた。


「アンタを見張らせるのは面白かったわ。こちらの予想通りの行動をとるんだもの。

商人に扮した影に媚薬を手に入れろと言った時には、すでにお父様とお母様も知っていたわよ。そしてその事はすぐに両陛下にも伝えられたの。

 そうやって開かれたのが、宰相のルミーク公爵家のパーティーってわけ。あのパーティーは最初から全部仕組まれていたのよ」


 そこにジークフリードが口を挟んだ。


「ちなみに俺とお前の間には何もなかったからな。

 具合が悪いふりをして部屋に入った後、やってきたお前に睡眠薬を飲ませて眠らせ、公爵家のメイドに協力してもらい小細工もしておいた。

 その後は別の部屋に行った。

 朝になって俺がお前の部屋に戻ってそういう状況を作っただけだ。

 演技とはいえお前に口づけしなくてはならない時は、本気で吐き気がした。ヴァイオレットのためじゃなければ、絶対にあんな事はしない。

 勘違いしないでもらいたいが、俺が心から愛し、ただ一人の妻にしたいと思っているのはヴァイオレットだけだ。他の女は興味ない」


「「「「「……………………」」」」」


「なんだ?」


 ジークフリードは自分に突き刺さるヴァイオレットと四人の護衛騎士の視線に首を傾げた。

 彼は気づいていない。

 普段から無表情で感情を表さない彼を、多くの人々が「氷の王太子」と呼んでいる。だが当の本人がそのイメージをぶっ壊すほどの迷言を吐いた事に。

 ジークフリードにとっては普段から胸にしまっているヴァイオレットへの想いを吐露しただけだが、その内容は「氷の王太子」と呼ばれる彼からしてみれば、砂糖と蜂蜜とコンデンスミルクを足してもまだ激甘だった。

 ヴァイオレット達が集まってコソコソ話しながら、ジークフリードに視線を向けるのに彼は眉を(ひそ)めた。


「だから何だというんだ?」


「いい~~~え。ごちそうさまで~~~~す」


「僕、もうお腹いっぱいっす」


「私も本日は甘いものを控えます」


「俺は甘いものは苦手だから……もう一生いらない…………多分」


「うん。私も明後日までは食べないようにするわ。ちょっと胸やけが……」


 五人は互いにうなずき合った。


「まぁ、甘い話は於いといて……」


 ヴァイオレットは大股でロベリアに近づくと目の前にしゃがみ込む。そして彼女の頭をバシバシと何度も叩いた。


「アンタが大馬鹿で本当に助かったわ。おかげでちょうどいい手駒が手に入ったもの」


「手駒……?」


「大馬鹿のアンタでも帝国が周辺国に戦争を吹っかけて国土を広げているのは知ってるでしょ?」


 ヴァイオレットの言う帝国とは、大陸の中央部にある強大な国の事である。広い国土の中をいくつもの交易路が通っており、そこから発展した大国だ。だが今はその影響力が弱まってきている。


「あ、はい。お茶会でも話題に上がっていました」


「じゃあ、帝国の本当の狙いがこの国だというのはわかってた?」


「ええっ!?」


「ああ、やっぱり。これは聞いてなかったみたいね。家に戻った時お父様やお母様、お兄様と真剣に話していたのにアンタは関係ないって顔してさっさと部屋に戻ってたものね。多分そうだろうと思った」


「えっ? じゃあ、あの時話していた外国のお話は……」


「帝国に併合されてしまった周辺国の事よ。

 アンタの態度にお兄様は怒って、お父様とお母様は呆れてたわよ。これからは人の話はきちんと聞こうね?」


「……はい。申しわけありませんでした……」


「話を戻すけど、帝国は内陸の国で港がない。けれども今は大航海時代で新しい文化も様々な品物も海から入ってくるようになった。昔のように危険な陸路を通らずに貿易ができるようになった事で、帝国の国力は下がり、逆に周辺国は力を付けてきているの。

 危機感を抱いた帝国は何とかして港を手に入れようと、地理的に近くて大きな港を持つこの国に目を付けたってわけ。

 私が修道院に行っていたのは、帝国に併合された国から逃げてきた人々を教会が保護していたからよ。彼らに話を聞きに行っていたの」


「そこでお前の出番だ、ロベリア公爵令嬢」


 それまで黙っていたジークフリードが口を開いた。


「お前は先ほど王家に誠心誠意忠誠を誓い、いかなる罰も受けると言ったな?その言葉に偽りはないか?」


 真剣な眼差しのジークフリードに、ロベリアは背筋を伸ばし彼の淡い水色の瞳を力強く見返した。

 彼が言わんとすることが理解できていた。

 ヴァイオレットがロベリアに課そうとしてた花嫁修業、そして自分を「手駒」と言った一言。仕組まれていたルミーク公爵家のパーティー。

 いつも本ばかり読み、図書室に籠っていると思っていた姉の本性を見た。

 ヴァイオレットはすでにこの国の王族の一員で王太子妃だった。国のために妹である自分すらも利用するほどに。

 ロベリアはヴァイオレットの掌の上で踊らされていた道化のマリオネットだった。


 ―――お姉様には適わないわ……


「はい、ございません。いかようにもお申し付けくださいませ」


「これは国王陛下のご命令である。

 ロベリア・スクロ公爵令嬢。そなたは帝国の後宮に入れ。そこで皇帝の寵を受け、我が国との同盟を成すための(いしずえ)となれ」


「かしこまりました」


 ジークフリードの目をまっすぐに見返し、背筋を伸ばして深く深く頭を下げたロベリアに、これまでの甘えた姿はどこにもなかった。


姉妹の名前は花から取りました。

ヴァイオレット(菫) → 花言葉:謙虚、誠実、貞淑、愛など

ロベリア → 花言葉:謙遜、貞淑、愛らしい、悪意、敵意など


どちらも紫系の小花です。ロベリアは横に広がってボリュームが出る花なのでガーデニングによく使われるそうですが、根に毒があることから「悪意」という花言葉がついたようです。

なぜか図太い性格の姉妹ができました。二人とも謙虚や謙遜からは遠い性格でした。しかも姉ちゃんは腹黒さもプラスされてます。

王太子の婚約者なんて、謙虚ではやってらんないですからね~。



これは割愛したエピソードですが、ジークフリードは妹ちゃんに口移しで睡眠薬を飲ませた後、メチャクチャ歯磨きしました。磨きすぎて歯ぐきから出血してても歯ブラシしてました。護衛騎士四人がかりで押さえつけてやめさせようとしましたが無理でした。

ヴァイオレットに「消毒」してもらってようやく歯ブラシを置きました。

その時のことをヴァイオレットさんにお聞きしたところ、「血の味がした」と答えが返ってきました。

え? いつヴァイオレットが帰ってきたのかって?

公爵家のパーティーの数日後です。

ロベリアが怒られてベソ泣きしてたのを、隠れて見てました。ニマニマ笑いながら。

姉ちゃんはいい性格してます。



なお突然登場のコンデンスミルクは、作者の母が真夜中に冷蔵庫を開けて、コンデンスミルクのチューブを吸っていた姿を思い出してぶち込んでみました。

我が家にはコンデンスミルクを吸う妖怪がいます。



読んでいただきありがとうございました。

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