9 この胸のモヤモヤは?
「初めましてカール王子様」
「初めまして、シシリア嬢。今日からランディの仕事を手伝ってくれるんだってね」
彼女は、ランディの友人『シシリア・ドルバ』嬢。
ウェーブのかかった腰まで伸びる長い黒髪が印象的な、私たちと同じ歳とは思えない程大人びた雰囲気を持つ令嬢だ。
シシリア嬢はこれから一週間、ランディの仕事を手伝ってくれるのだという。
(手伝いがいるほどランディが忙しくしていたとは、知らなかった……)
考えてみれば、ランディは朝から晩まで私の側にいて、(必要以上に)世話をやいてくれている。
けれど、王子の側近だからといって、他に仕事がない訳じゃなかったのだ。
「カール王子殿下とランディの邪魔はしないよう、精一杯頑張ります!」
シシリア嬢は両手でガッツポーズをとりながら口角を上げる。
ーー私のとランディの邪魔ってどういうこと?
シシリア嬢の言葉に違和感を覚えたが、気にせず笑みを返した。
「頼もしいね。よかったな、ランディ」
シシリア嬢の横に立っているランディに声をかけると、彼は物言いたげな顔をして「はい」と小さな声で返事をした。
「あら、ランディ。私じゃ頼りにならないの?」
シシリア嬢は首を傾げ、ランディの顔を覗き込んだ。
途端にパッとランディの顔が赤くなって。
「違う、そんなことはない!」
「ほんとに~?」
声を荒げたランディは、手で口元を隠し、シシリア嬢を避けるように顔を横に向けた。
「ふふ、真っ赤になって、ランディったらどうしたのかしら?」
シシリア嬢は、ランディの肩を指先でツンツンと押す。
そんな二人は、友人というよりも恋人のように見えた。
(すごく仲がいいんだな……)
なぜか胸のあたりがモヤっとする。
私とランディは乳兄弟で、物心ついた時から常に一緒だった。
だから、ランディのことは何でも知っていると思ってた。
こんなに仲がいい異性の友人がいたなんてーー。
ーーそうだよね。
ランディは、15歳まで王都の学園に通っていたのだ。
学園には多くの子息、令嬢がいたと聞いている。
きっとランディには、まだ私の知らないたくさんの友人がいるのだろう。
いや、友人どころか恋人がいてもおかしくはない。
だって、ランディはカッコいいから。
前世の私の推しそっくりの容姿にイケメンボイス、モテないはずはない。
城にも、ランディに好意を寄せる若い女性が多くいるのだから。
ーーランディに、恋人……か。
いるのかな……?
いままで聞いたことはないけれど。
ーーどうしてだろう。
ランディに恋人がいるかも知れないと考えると、胸がモヤモヤする。
モヤモヤというより、チクチク……?
ザワザワなのか、とにかく胸が騒がしくなる。
この感情は、前世でも覚えがある。
前世で経験したこの胸のざわめきは……恋だ。
ーー恋⁉︎
(私は、何を考えて!)
相手はランディ、乳兄弟。幼い頃は一緒にお風呂にも入り、眠った、家族同然な相手だ。
それに、ランディは同性。
こんな気持ちになるなんて……ありえない。あってはならない。だって、私は王子様なんだから!
ーーこれは、こんな気持ちになるのは……前世のせいだ。
思い出した香の記憶が強すぎて、私の心が女性に傾いてしまっているせい。
(しっかりしないと! 私は王子様、世継ぎなんだから!)
ーーそうだ、1日も早く、残る『彼女』の誰かと婚約しよう。
婚約者が決まれば、こんな気持ちは消えてなくなる。
この感情は、前世を思い出し生まれてしまっただけ、以前は、ランディのことなんて意識したこともなかったから。
なんて考えている私の目の前に、大きな目をさらに大きくしたシシリア嬢の顔が現れた。
「びっ、びっくりした!」
私が驚いて声を上げると、シシリア嬢はニッと笑う。
「あのー、カール王子殿下。今、誰かと婚約しようかと考えていらっしゃいましたか?」
「えっ?」
ーー確かに、そう考えていたけれど、どうしてわかったんだ?
まさか……。
シシリア嬢は……心が読める人なのか?
何度も瞬きをしていると、シシリア嬢は胸の前で腕を組み、うんうんと頷いた。
「実は私、人の顔色を見るのが得意なんです」
「では、私の顔を見て、そう思ったということ?」
「ふふ、そんなところです」
ーーそうだったのか。
顔色をうかがい、考えを見抜けるなんてすごい人だ。
「でも、これまで『彼女』さんを増やすばかりだったのに、どうして急に婚約者を決めようと思われたのですか?」
「実は、最近私の『彼女』たちが次々と婚約してしまってね。喜ばしいことなんだが、このままでは誰もいなくなってしまうのではないかと思っていたんだ。それで、なるべく早くに婚約者を選ぼうかと考えていた」
考えているだけだけど。
「そうなんですか……」
そう言って、シシリア嬢は目を足下に落とした。
「そうですよね、私たちはもう16歳ですもの。ランディ様にも心に決めた方がいらっしゃいますし、カール王子殿下も、一人を決められても宜しいかも知れませんね」
ーーえっ?
「おい! シシリアっ!」
これまで黙っていたランディが急に声を上げた。
「ランディには心に決めた人がいるの?」
「はい! けれどランディ様のお好きな方は私ではありませんよ。私は友人、友人です。ほほほ」
ランディをチラチラと見ながら、シシリア嬢は、口元をおさえ笑った。
「そうなんだ、へぇ……知らなかったな」
その後もシシリア嬢は何度も友人と言い張っていた。それが本当のことかは、どうでもいい。
ーー気になったのはひとつだけ。
ランディに好きな人がいるということだ。
(誰なんだろう)
ランディは何も言わず、シシリア嬢を何故か突き刺す様な目で睨んでいる。
もしかして好きな人がいることは、私に知られたくなかったのかも。
ということは、私の知る誰かが、ランディの好きな人?
もしかしたら、『彼女』の中の誰かだったりする?
その後、なぜか不機嫌になったランディは、挨拶を終えたシシリア嬢と一緒に仕事を片づけるため執務室へと向かった。
◇◇◇
「暇だなぁ……」
今日の予定は珍しく真っ白だ。
ランディもシシリア嬢と挨拶に来たっきり、あれから部屋へ来ることはなかった。
(手伝いを頼むほど忙しいんだから当然か)
……二人で仕事……。
あれからずっと続いてるモヤモヤを胸に抱えたまま、ベランダに出て外を眺めていると、3人目の『彼女』であるナターシャ・ミレオン伯爵令嬢が私を訪ねてきた。
『彼女』が城へ来るなんて珍しい。
急ぎ、ナターシャ伯爵令嬢の待つ応接室へ向かった。
すると、待っていた彼女が、私の顔を見るなり深く頭を下げたのだ。
「カール王子様、申し訳ありません」
「ど、どうしたんだナターシャ嬢」
「私、好きな人ができました」
そう言うと彼女は感極まったように泣き出してしまった。
「好きな人……そうか」
「これまで助けていただくばかりで何も返せず……ごめんなさい」
私は、泣き崩れるナターシャ伯爵令嬢の肩を抱き、一緒に長椅子に腰を下ろした。
「泣かなくていいよ。私はあなたに何かを返して欲しいと思ったことはないんだから。それに、好きな人ができたなんて、幸せなことじゃないか」
と、優しく言葉をかけてはいたが、内心穏やかではいられなかった。
残る3人の『彼女』から婚約者を決めようと思っていたからだ。
その中でも、一番の有力候補と考えていたのがナターシャ伯爵令嬢だった。
3つ年上のナターシャ伯爵令嬢は、私が4歳の頃に一目惚れをした女の子だ。
しかし、私は当時、女の子みたいでかわいいから妹にしか見えない、という理由で、全く相手にされなかった。
それから数年後、『彼女』の制度を作りキャメロン令嬢を入れた後。
ナターシャ伯爵令嬢が継母から虐められているらしいという噂話を聞いた私は、ナターシャ伯爵令嬢に『彼女』に入って欲しいと告げた。
幼い日のような恋心はなくなっていたが、ずっと気になっていたのだ。
ナターシャ伯爵令嬢はすぐには首を縦にしてはくれなかったが「継母からあなたを守りたい、あなたに好きな人ができるまで、もしくわ継母があなたを虐めなくなった時までいいから」と言うと了承してくれた。
継母の虐めは、義弟の誕生をきっかけになくなったのだが、私はそのまま『彼女』に入っていてもらったのだ。
(彼女が25歳になる時まで好きな人が現れなければ……という気持ちもあった)
ナターシャ伯爵令嬢は19歳になったこれまで、一度も好きな人が現れたとは言わなかった。
(もしかしたら、あの頃よりも凛々しくなった私のことを、意識してくれているのかもと思っていたのに)
ーーまさか、このタイミングで好きな人が……。
「それで、誰を好きになったの?」
約束は、約束だ。
私は、彼女の気持ちを尊重する。
ナターシャ伯爵令嬢が顔を上げた。
「私、リロイ・フロンティナ伯爵令息を好きになったのです」
「フロンティナ? ダイアナ伯爵令嬢の兄の?」
「はい」
コクリと頷いたナターシャ伯爵令嬢の頬が、ほんのりと赤くなる。
私の前世の記憶を呼び覚ました12人目の『彼女』ダイアナ・フロンティナ伯爵令嬢。
彼女の8歳年上の兄が、リロイ令息だ。
(しかし、どうして彼に会ったのだろう?)
そう考えていると、ナターシャ伯爵令嬢が口を開いた。
「私『彼女会』でダイアナ様と仲良くなって、互いの家を行き来するようになっていたのです」
ナターシャ伯爵令嬢は、申し訳無さそうに目を伏せた。
髪色と同じ黄金色の長い睫毛が夜空色の瞳に影を落とす。
「そうだったのか。それで、リロイ令息にはもう気持ちを伝えているの?」
「ーーはい。お互いに気持ちは通じ合っております。『彼女』から外していただけたら、直ぐにでも婚約を交わしたいと思っております」
ナターシャ伯爵令嬢はすごく幸せそうに笑った。
「そうか、おめでとう!」
祝福の言葉を告げた私は、その後ナターシャ伯爵令嬢と二人きりで最後のお茶会をした。
◇◇◇
カールがナターシャ伯爵令嬢とお茶会をしていた頃。
ランディはシシリアに腹を立てていた。
「お前なぁ、何でカールにあんなこと言ったんだよ!」
「あんなことって、どんなこと? 意外に短気さんですのね。こ・う・きさんは」
シシリアはクールな表情を崩し怒っているランディが面白くてケラケラと笑っている。
「それに近すぎる! いろいろ話しすぎだ!」
「まぁ、ヤキモチ? それは私に? カール王子様に?」
ふふふ、とシシリアは目を弓のようにした。
シシリア・ドルバ、彼女はランディの友人でもなんでもない。あのカードに書いてあった名前の魔女だ。
昨夜、カードに書いてある魔女に会いに行ったランディは、彼女の魔法『何でもお見通し』で、思っていた通りにすべてを見透かされた。
ランディが光輝の転生者であること、前世の記憶を持ったままということ。それから、カール王子にも前世の記憶があり、光輝の妻だったことや、本当は女性で呪われて今の姿になっていること。
シシリアの魔法を使い、残る『彼女』たちに潜む魔女を見つけ出してもらおうと考えていて、すでに報酬が用意されていることも。
「報酬ねぇ……」
シシリアは、すぐに金額を確かめると、ランディに持っていた魔法の杖を突きつけた。
「これっぽっちじゃ話にならない。もっとくれなきゃカール王子様にあなたの正体、言っちゃおうかなー」
「なっ……」
呪いを解くまでは、ランディの前世が光輝だということをカール本人に知られる訳にはいかない。
知られれば、生涯呪いは解けないのだ。
それも知った上で、シシリアはランディに報酬額を上げるよう告げる。
「まぁまぁ、ランディ様。そんなに荒ぶってはいいお顔が台無しよ?」
「誰のせいだと……」
望む報酬をもらえさえすれば、面白そうだから協力する。まずカール王子様に会わせて、と言われたランディは、仕方なくシシリアを友人として紹介した。
「私、先ほど偶然にもナターシャ伯爵令嬢をお見掛けしましたの。彼女は魔女ではありませんでしたわ。それに『彼女』から外れたいと願っていました」
「えっ、見てくれたのか?」
「当然ですわ」
えっへん、と言いながらシシリアは胸を張った。
ーー意外にも、キチンと仕事はしてくれるらしい。
ランディは、ホッと息をついた。
「じゃあ、残る二人のどちらかが魔女か」
「面倒だから、二人ともお城にお呼びになったら?」
「いや、残りの二人は事情があって城には呼べない。一人ずつ会いに行く」
どちらかは確実に魔女ということはわかった。
そうなると、呪いを解くために、俺はあれをしなければならない。
(できるだけ、人は少ない方がいい)
「そうですわね、ランディ様の事もありますものね。ふふふ」
何もかも知っているシシリアは、ニヤニヤと笑っていた。




