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7 なつかしい匂い

 後ろに下がったランディは、満面の笑みを浮かべてカールと話すコーディ神官を鋭く見つめていた。


 ーーああっ! ムカつく!

 コーディ神官、アイツ絶対ワザとだ。

 まるで、カールにその気があるような態度をとって、俺を挑発している。


 だいたい『コーディ』という名前から気にいらない。

 コーディと光輝、何か似てるんだよ!


 カールがアイツの名を呼ぶ度に、胸がザワザワする。



◇◇◇



「カール王子様、本日は如何なされましたか?」


 キラッキラの笑顔でコーディ神官が尋ねてくる。


「如何って、今日はノーラ聖女との面会日で…「この方を調べて欲しいのですが」


 私の言葉に被せるようにして、ランディが一枚のカードをコーディ神官に手渡した。


(ランディ、今は王子の私が話しているんだぞ?)


 大聖堂にいる神官は、名前からその人の性別や年齢、住んでいる場所を探し出せる。

 私の言葉を遮ってまで渡したカードには、どうしても調べて欲しい人物の名前が書かれているのだろうが。

(いったい、どんな名前が書いてあるんだろう)


 コーディ神官の手にあるカードをチラリと見て、私は目を丸くした。


「ちょっ、それ!」


 それは私が探していた、スカーレット公爵令嬢から貰ったカードだったのだ。


「何か?」


 神官に手渡したランディが、アイスブルーの瞳をキラリと輝かせ私を見遣る。


 ーーずるい、その顔がずるいっ!


「うっ、いや、なんでもない」


 それは私のカードだ、とは言えない。

 カードには魔女の名前が書いてあるのだ。

 私のだと言えば、魔女に会うことをなぜか許してくれないランディから、どうして持っていたのかと根掘り葉掘りきかれるはず。


 秘密裏に渡してくれたスカーレット公爵令嬢にも迷惑をかけるかもしれないし。


 しかし、ランディはどうやってカードを手に入れたんだろう?

 彼は私の部屋に自由に出入りするけれど、カードの隠し場所に触れることはなかったはず。

 掃除に入るメイドたちですら、テーブルの下に触れることはない。それを知っていたからこそ、あの場所に隠していたのだ。

 ランディに見つかるはずは……もしかして、剥がれ落ちていたのかな?

 偶然それを見つけて拾った……?

 

 コーディ神官は、ランディから受け取ったカードをまじまじと見ると、光に透かしたり匂いを嗅いだりしている。

(まさか、あれでわかるの?)


「……わかりました。すぐに調べてみましょう」


 コーディ神官はカードを懐に仕舞い込んだ。


「お願いします」


 ランディが一礼すると、コーディ神官は笑みを浮かべコクリと頷いた。


「それでは、ランディ様は私と一緒に参りましょう。調べている間、カール王子様はノーラ聖女とお茶をお召し上がり下さい」

「えっ!」


 思わず声を上げてしまった。

(カードに書かれた魔女のこと、私も知りたかったのに!)


「おや、本日カール王子様はノーラ聖女に会いにこられたのでは?」

 コーディ神官は笑顔で首を傾げる。


「あ、うん。そうなんだが……」

 言えないよぉ、私も知りたいから一緒に行きたいとは……。

「俺と離れるのが寂しいのか?」

 ランディが目を細めてる。

「ち、違うよ!」

 そんな風に言われたら、一緒に行きたいとは言えない。


「寂しくなんかない! 私は、ノーラ聖女とお茶するから!」

 そう言い放ち、私はノーラ聖女とその場を離れた。



◇◇◇



「今日はお天気もよいですし、庭園でお茶にしませんか?」


 大聖堂の裏側には広大な庭園がある。

 四方には四阿が設けられていて、ノーラ聖女はそこでお茶を飲もうと話した。


 庭園に植えられている植物の多くは薬草だ。中には毒のある植物もあるが、大半は前世でいうところのハーブだ。

 ハーブは前世の私もいくつか育てていたことがある。

 料理に使ったり、お茶にして飲んだりしていた。

 長くは続かなかったけど、自然派でおしゃれな主婦に憧れたのだ。


 大聖堂の庭園にある植物は、聖女の神聖力により、青々と繁り季節に関係なく花を咲かせている。

 陽の光を受ける庭園はまるで絵画で見た楽園のようだ。

「キレイ……」

(ランディも早く来ればいいのに)


「ランディ様ならすぐに来ますよ」


 うふふ、とノーラ聖女が笑った。


「え、いや。どうして?」

 ランディに見せてあげたい、とは思ったが声に出してはいなかったはず。

 なぜ私が考えがわかったの?


 ノーラ聖女は、心が読める⁈


 前世、読んだ本の中には心が読める系も多かった。

 ーー私も設定に入れておけばよかったなぁ。


「ふふ、当たっていたようですね。カール王子様は思っていることがお顔に出やすいのですね」

「……そう、だったのか」


 ーー気をつけよう。


 そう思いながら四阿の手前まで来た時だった。


 ふと、足元から懐かしい匂いがした。


 ーーカレー?


 道に伸びているハーブから、カレーのような匂いがする。

 おもわず屈んで手にとった。

 ーーやっぱり!


「カール王子様、どうされたのですか?」

 突然しゃがみ込んでハーブを手にした私を見て、ノーラ聖女が首を傾げた。


「これ、この薬草の名前はなんというの?」

「それはカレープラントという名の薬草です」

「カレー……、そうか、何だかお腹が空く匂いだね」


 カレープラントなら前世でも見たことがある。まさか同じハーブがあるなんて。

 カール王子として転生して16年経つが、カレーは一度も食べたことがなかったのだ。


「あら、カール王子様は『カレー』食べた事ありませんか?」

「え、カレー?」

「はい、カレーです。その薬草と似た香の、いろいろな香辛料を使った料理です。まぁ、庶民の食べ物ですから王子様が食べたことがなくても不思議ではありませんね」

「香辛料を使った食べ物……」


 この世界にもカレーあるの? 本当に?


「カレー、食べますか?」

「それ、たっ、食べてみたい!」


 おもわず前のめりになってしまった。

 ノーラ聖女がクスッと笑う。


「はい。では、私が作ってきまーす! 少々お待ちを」

「えっ、ノーラ聖女が作るの? カレー作れるの?」

 聖女が料理をするの?

「そうでーす。少々お待ちを」


 ノーラ聖女は、私と護衛騎士に四阿で待っているように告げ、カレーを作りにいってしまった。


 私は、二人の護衛騎士たちと庭園に残された。

 カレーを食べられるのは嬉しいが、料理には時間がかかるだろう。

 ーーまだ、ランディの姿も見えないし……。

 庭園をぐるりと見渡した私は、思い出せていない護衛騎士たちの名前を聞いてみた。


「君たち、名前は何だったかな?」

 私に着く護衛騎士は数名いて、彼らは二人づつ交代している。

 今日、任務についている二人は、図書館に行った時についてくれた二人だった。

 騎士の隊服がよく似合う、黄金の髪に碧瞳のイケメンたちだ。


「ゼルデです」

「リークです」


 名前を聞いた私は、思わず身悶えそうになった。

 はあっうっうっ、なんだその名前はっ!

 前世でハマりまくったゲームのキャラの名前と同じじゃないか!


 いいなぁ。

 名前、お爺さん神様は何も言ってなかったけど、名前の設定はできたのかもしれない。

 カールという名前、悪くないけど出来ればもう少し凛々しい名前がよかった。

 長い名前にも憧れる。


「二人共いい名だな。ところでゼルデは男性?」

 

 ゼルデと名乗った騎士に尋ねた。

 その名は女性によくつけられる名前だからだ。

 それに、髪も長く中性的な顔をしているため、もしやと思ったのだが。

 

「はい、よく聞かれますが、私は男です」

「ああ、そうかそれは済まなかった」


 そう言えば、この間カミーユ男爵令嬢の胸を見ていたな。


 カール王子としての記憶はほとんど戻っているが、やはりまだ思い出せないこともある。




「カール王子様、向こうから御令嬢がいらっしゃいました。……あれはハーモニー様です」


 言われて目を遣ると大聖堂から、こちられ向かって楽しそうに歌いながらやってくる令嬢がいた。


「カール王子様~♪ あなたのハーモニーです~♪」


 歌う様に話しながら、5人目の『彼女』ハーモニー伯爵令嬢がやってきた。


 ハーモニー・デイバルト伯爵令嬢18歳。

 デイバルト伯爵は国王の友人だった。歌ってばかりのハーモニー令嬢のことを心配したデイバルト伯爵が、私の『彼女』の制度をしり、入れて欲しいと国王に頼んだのだ。

 はじめから、私の婚約者に選ばれることは期待していないといい、よい縁談がくるようにとのことだった。

 ハーモニー伯爵令嬢は、フワフワの綿菓子みたいな緑色の髪に、ローズクオーツのようなピンクの瞳。コロコロ表情を変えながらよく笑う、仔犬のような令嬢だ。


 彼女はとにかく歌う。突然歌う、まるで毎日がミュージカルのよう。


 こんな風に歌うヤツ、確か前世でフラッシュモブ?だったか、流行ったことがあったな。

 プロポーズとかやる時に突然レストランの店員やら客やらが歌ったら踊ったりするアレ。


 私はやってませんよ、やってもらった事も無いです。

 いい大人だったしね、私はオンチだったしね。


「どうしたんですか~? カール王子様~♪」


 つい、ハーモニー伯爵令嬢のことを忘れて前世を思い出してしまっていた。


「ああ、今日はノーラ聖女に会いにきたんだが、彼女は私のためにカレーを作りに行っていてね。ここで待っているんだ。ところで、ハーモニー嬢はどうしてここへ?」


 そのうち会わなければと思っていたから、今日ここで会えたことは、ちょうどよかったけれど。


「私はお祖母様の付き添いできたのです。お祖母様は大神官様とお話し中~。カレー、いいな~、ハーモニーも、た・べ・た・い♪」

 ハーモニー伯爵令嬢のお祖母様と大神官様の話は時間がかかるらしく、暇なのだと言う。


「そうか、そういうことならハーモニー嬢も一緒にと、ノーラ聖女に話してみよう」

「はいっ! ぜひ~♪」


 ハーモニー伯爵令嬢は、私の横にちょこんと座ると、すごく楽しそうに鼻歌を歌い出した。

 ーーなんだろう、ちょっと可愛い。


 私は、ノーラ聖女への伝言をリークに頼み、ハーモニー伯爵令嬢の歌を聞きながらカレーの完成を待つことにした。


◇◇◇


 庭園の四阿で、ハーモニー伯爵令嬢の歌を聴きながら待つこと2時間。


 ノーラ聖女と護衛騎士リークが、神官たちと一緒に完成した料理を運び、四阿へ戻ってきた。

「お待たせいたしました!」


 四阿の周りに、いくつかものテーブルが並べられた。

 テーブルには黄色のテーブルクロスがかけられ、その上に、ノーラ聖女が自ら作ったカレー四種類と、パンやパスタ、フルーツなどが所狭しと置かれた。


 ちょっと食べて見たいと思っただけだったのに、思いがけず豪華な饗しを受けることになってしまった。


「こんなにたくさん作ってくれるなんて、嬉しいよ。ありがとうノーラ聖女」

「いいえ。ちょうどお昼時ですし、ハーモニー様もいらっしゃいましたから。それに私も食べたいと思っていたのです」


 そこへ、カードの名前を調べに行っていたランディとコーディ神官がやってきた。


「皆様揃いましたね。では、カレーパーティといたしましょう!」


 ノーラ聖女の声で、カレーパーティがはじまった。

 どのカレーも美味しそうで、どれを食べようか迷っていると、隣にきたランディが皿に二つのカレーを盛って私へ渡した。


「甘口と辛口、混ぜたのが好きだったろう?」

「うん」


 返事をした私は、カレーを口にしながら、ランディの言ったことがおかしいことに気がついた。


(私……カレー、食べるのはじめてじゃなかった? それに、甘口辛口って?)


 転生後、カレーを食べるのはこれがはじめてのはず。

 それに、甘口と辛口のルーを合わせたカレーが好きだったのは前世の私、香だ。


 どうしてそれをランディが?

 ーー偶然?


 チラリとランディを見ると、彼は何事もなかったようにカレーを頬張っている。

「こっちも美味いな……パンもいいけど、米欲しい」


 ……米……?

 

 この世界にも、お米は存在する。

 しかし、この国では栽培されていないため、他国から輸入している高級品だ。

 王子の私ですら、年に一度食べるぐらいなのに。

 カレーに米が欲しいというなんて、ランディは……。

 ーー側近って、どれだけ高額なお給料をもらうの?

 仕事だから、王子の私がもらうお小遣いより多いよね。

 ーー同じ歳なのに、ランディすごいなぁ。


 そんなことを考えながらカレーを食べた。

 ーーはぁ、ノーラ聖女お手製のカレー。どれもとても美味しい。

 ああ、城のコックに作り方を教えてもらえないかな。

 そうしたら、城でもカレー食べられるのに。


「ふごくほいひいよ!」

(すごく美味しいよ!)


 トロトロのカレーをパンにつけ、口に入れた私は、そのあまりの美味しさに頬張ったまま感想を伝えた。


「うふふ、お褒めの言葉ありがとうございます。カール王子様ったら、そんなにカレーを頬張って、まるで『カレー好きな王子様』ですわね」


 ーーカレー好きな王子様って……。


 前世で見たことのある箱に描かれていたイラストを思い出し、思わずぶっ、と吹き出した。

 ーーあの絵、今の私とよく似てる!


 ーーと、「ぐふっ」とランディまで吹き出してしまった。


 見れば目元が赤くなってる。

 涙が出るほどおかしかったのかな?

 ーーあれ?

 どうしてランディが笑うの?


 だって、私が笑ったのは……。


「んっ、喉に」

 ランディは明らかに嘘っぽく胸を叩くと、私から目を逸らしながら水を飲んだ。


 ねぇランディ……。

『カレー好きな王子様』

 その言葉を聞いて吹き出したよね?


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