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6 揺れる気持ち

『彼女』の中に魔女はいる。

「一体誰だ……」


 魔女のことを考えながら、窮屈さを感じた靴を脱ぎ捨てたランディは、足をテーブルに投げ出した。


「そういえば、よくこうやって香に怒られていたな」


 あれは、結婚したばかりの頃。


「やめてよ、テーブルに足乗せないの!」


 ソファーに座ると、食卓に使う低いテーブルは足を乗せるのにちょうどいい高さだった。

 だから、つい乗せてしまってた。


「風呂入ったばっかりだし、ちゃんと洗ってるからいいだろう?」

「いや、そういう問題と違うから! ご飯食べるとこに足を乗せるな!」


 香、母親みたいだな。

 でも……。


「少しぐらいよくない?」

「可愛らしく言ってもダメなの!」


 香の怒り方、かわいかったんだよな。

 言い方も、拗ねた顔もぜんぶかわいくて。

 それが見たくて、たまにワザとやってた。


 ーーいつのまにか声を出し笑っていたランディは、窓を叩く風の音でハッと我にかえった。


 こうしている場合じゃない。

 一刻も早く魔女を探し出さなければ。


 時間は限られているんだ。


『彼女』の中にいる『魔女』。


 誰だ……。誰が一番怪しい?


 カールが前世の記憶を呼び覚ますきっかけとなったのは12人目のダイアナ伯爵令嬢。

 ーーだが、彼女は違うと調べはついている。


 7人目のオードリー令嬢は政治絡みで『彼女』へ入れることになった。

 9人目、10人目の双子は、王妃に頼み込まれ『彼女』に入れている。

 彼女たちも白だ。魔女ではない。


 最初に『彼女』となったスカーレット公爵令嬢は、カールの『彼女』という制度を作っているが、魔女は自ら制度を作るような面倒なことはしない。だから、スカーレット公爵令嬢は魔女じゃない。


 13人目に『彼女』となったケイトリン男爵令嬢はまったく問題ない。

 魔女の声を聞いたのは、12人目の『彼女』が入った後。その中に自分はいると魔女は話している。


 カミーユ男爵令嬢も違うだろう。彼女はジャスティン令息に頼まれ6人目の『彼女』にしていただけ。

 それに、ジャスティン令息と結婚が決まり『彼女』から外れている。


 カール王子に前世の記憶が戻った後に出会った、令嬢たち7人は、皆、魔女ではないとわかった。

 となれば、まだ会っていない6人の中に魔女がいる?

 ーーそう考えると、一番怪しいのは4人目に彼女となった、ノーラ聖女だ。


 俺はノーラ聖女が『彼女』となった事情を知らない。

 カールからはノーラ聖女から『彼女』に入れて欲しいと頼んできたと聞いているだけ。


 聖女が、アイツが……魔女?



◇◇◇



 ーー香……。

 香、朝だぞ。


 ーー光輝……?


 ふに、と寝ていた私の頬を摘んでいた光輝が笑う。


 ーー今日、どこか行かない?

 ーーデート?

 ーーああ、そうだよ。早く起きて出かけよう、カール。


 ーーカール?


 ーーカールって……どうして光輝がその名前を呼ぶの?


 ーーいつも呼んでるだろう?

 ーーえっ?


 光輝の姿がだんだんと歪みだした。

 ーー光輝……!


 私は、消えてしまいそうになった光輝の体に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。


 ぎゅっと……。


「カール王子様、おはようございます」


 ーーへっ?

 

 すぐ近くに聞こえる美声。

 パッと瞼を開くと、すぐそこにはランディの顔が……。


「お前、そんなに俺のことが好きだったのか」

「えっ!」


 夢の中で光輝に抱きついた私は、起こしにきてくれたランディに抱きついてしまっていた。


「ちっ、違う。ごめん、寝ぼけてて、気持ち悪いよな、本当ごめん」


 慌てて離れて謝った。

 やばい、やばいよ。顔、めちゃくちゃ近かった!

 もう少しでキスするとこだった。

 いくら寝ぼけてたからといって、抱きつくなんてセクハラだ。


「よくあることだろう? 今更気にすることはない」


 ーーえっ?

 よくあること?

 まさか、毎朝ランディに抱きついて……?

 これまでのカールの記憶を辿っても、ランディどころか誰にも抱きついた覚えはないのだけど?

 まだ、思い出せてない記憶の中にあるのかな?


「そ、そうだったかな?」

「ああ」


 ランディのアイスブルーの目が細められた。

 くうっ、笑顔もかっこいい……。

 しかし、その笑顔はどういう意味なんだ?


 どんな表情もかっこいいランディを羨ましく思いながら、急いで支度を済ませた。


 

 今日は月に一度の聖女との面会日。

 大聖堂へ向かわなければならない。


 この国の聖女は、私の4人目の『彼女』だ。

 雪のように白い髪とアメジストのような紫色の神秘的な目をした美しいノーラ聖女。

 彼女の記憶は印象深く、前世を思い出してからも、ハッキリしていた。


 ノーラ聖女は、友人であるスカーレット公爵令嬢から、カール王子の『彼女』という制度を聞き、自ら入れて欲しいと頼んできたのだ。

 聖女が、王子の婚約者候補に名乗りを上げた理由は、彼女が神官に恋をしていたからだった。

 この国では神官の結婚は許されていない。だが、聖女は、その力を継ぐために結婚することが求められる。

 すでに、年頃になっていたノーラ聖女には、いくつか縁談が上がっていた。


「一緒になれなくてもいいのです。けれど、できる限りあの人の側にいたい。王子様が結婚されるその日まででもかまいません。私が結婚しなくてもよいように、『彼女』に入れて欲しいのです」


 熱い想いを聞き入れ、カール王子(私)は聖女を『彼女』にした。


 ーーだが、私はもうそろそろ婚約者を決めようと思っている。

 婚約期間のこともあるけれど……そうしないと、何だかいろいろヤバい気がしてきたのだ。

 お爺さん神様のおかげで、理想通りに転生できた。

 愛する人と家族になって幸せな人生を送るつもりでいる。

 ーーでも、前世を思い出してしまってから、ちょっと困ったことになってきている。


(お爺さん神様は大丈夫だと言っていたのに……)


 前世を思い出した後に会った『彼女』たち。

 性格の合う合わないはあっても、みんなキレイな令嬢だった。

 かわいいとは思ったし、会話も女子会みたいで楽しかった。

 ーーそう。

 それが問題なのだ。

 カール王子の中に現れてしまった香の意識が強すぎて、もはや体は王子、心は主婦状態。

 そのせいか、令嬢を見ても何とも思わない。友人や姉妹のようにしか思えない。

 心が……ときめかない。


 どちらかといえば、側近のランディを意識しちゃってる。

 常に側にいるからか、乳兄弟だからか、ランディといると安心する。

 その上、彼の容姿と声が香の好みすぎて、ときめいてしまっているのだ。


 ーーダメだよ私。ランディは男性で側近で乳兄弟なんだから!


 これ以上ランディを意識しないためにも、なるべく早く、残る『彼女』たちに会って、婚約者を決めようと思った。


 ーーしかし、いざ決めるとなると難しい問題がいくつもある。


 ノーラ聖女のこともそう。

 私に婚約者が決まった後、せめて約束の結婚式までは彼女に結婚の話がこないよう、策を考えないと。

 スカーレット公爵令嬢たちのこともある。

 どうにかしてあげたい。

 ーー私の意見で聖女の結婚の見直しや、同性婚を認められたらいいのだけど。


 王子様では難しいなぁ……。

 でも、どうにかしないと。

 うーっ、誰か一緒に考えてくれないかなぁ。


◇◇◇


 私はランディと二人の護衛騎士達とともに、大聖堂へと向かった。


 私が王子として転生したこの国は、とても平和だった。この少人数でも王子の外出が許されるのだ。

 護衛騎士達が有能なのかもしれない。

 側近のランディも、抱き抱えられた時感じた体は日頃から鍛え上げられているようだった。

 彼もいざという時には私を護ってくれるのだろう。


 うーん、周りに護られているとしても、王子の私がこのままでいいのだろうか?

 カール王子は細身で、今は前世の記憶に引きずられているのか体力もあまりない。

 ーー私も鍛えた方がいいのでは?

 まだ16歳。伸びしろは十分ある。

 ーーうん、鍛えよう!

 王子様なのだから、お姫様抱っこを軽々とできるようにならなくては!


 そうこう考えている間に大聖堂へ到着した。


 大聖堂は、真っ白の壁に黄金の装飾が施されている城よりも豪華な建物だ。


「お久しぶりです。カール王子様」

「久しぶりだね、ノーラ聖女」


 出迎えてくれたノーラ聖女が、満面の笑みを浮かべると辺りがキラキラと輝いた。

 キラキラは彼女から溢れる神聖力だ。

(キレイ……)

 何度見ても不思議でならない。


 私がキラキラをポーっと見ていると、ノーラ聖女が笑い出した。


「うふふ、カール王子は相変わらず可愛らしいお顔ですね」

「えっ!」


 可愛いなんて言われるとは思わず、声を上げてしまった。


 年上のノーラ聖女から見れば、私は可愛いのかもしれないけれど、できればカッコいいと言って欲しい。


「ふふふっ。男性とは思えない美肌、羨ましいわ」

「あなたこそ、シミひとつない肌で美しいじゃないか」

「私なんて、白いだけですわ」


 アメジストの様な瞳を悪戯に輝かせたノーラ聖女は、雪のように白い髪を手に取り「染めようかしら」と呟いた。


「え、ダメだよ!」

 キレイな髪を染めるなんて勿体無い。


「冗談ですわ。白い髪は聖女の証、力の源でもあるのですから」


 ふふふ、と笑ったノーラ聖女は、急に私の顔をマジマジと見つめだした。


「あら?」

「なに?」

「カール王子様、少し……」

「なっ、なんだ? 私がどうした⁈」


 聖女の神聖力で、何か見えたのだろうか?

 カール王子の中に香という前世の記憶が現れたことに気づいた?


 私を見ていたノーラ聖女は、微笑みながら首を横にした。


「ーーいえ、何でもありません」


 そう言うと、ランディの方へ、くるりと体の向きを変えて。


「残念ながら、私は違いますよ」


 そう一言告げた。


 ーー何のことを言っているんだろう?


 私には言葉の意味がわからなかったが、ランディにはわかっているようで、彼は一瞬目を大きくした。

 その後、何も言葉を返さずに、ノーラ聖女に鋭い目を向けた。

 ノーラ聖女は大げさに体を震わせて「おおっ、こわっ! 私はよかれと思って教えてあげたのに~。言ってはいけないことだったのかしら~?」とふざけた感じで話した。


 ランディの目が冷たさを増す。


 気になる……。

 ランディがあんな顔をするなんて。

 何を話しているのか、尋ねれば教えてくれそうなノーラ聖女に、詳しく聞いてみようと口を開いたその時。


 両手いっぱいに花を抱えた一人の神官が、大聖堂へ入ってきた。

(あの人は……)


「ようこそいらっしゃいました。カール王子様」


 ランディの低音ボイスとはまた違った美声で挨拶をした神官は、持っていた花束を私にくれた。


「ありがとうコーディ神官。変わらず元気そうだね」


 彼こそが、ノーラ聖女の恋するコーディ神官だ。

 サラッサラの腰まである金髪と輝く金眼。神官にしておくのが勿体ないほど逞しいからだと美貌の持ち主。

 コーディ神官を一目見ようと、信仰もないのに大聖堂へ通うお嬢様方がいる程、人気のある人だ。


 受け取った花束を護衛騎士に預けた私は、握手をしようとコーディ神官に手を差し出した。

 ところが、コーディ神官は私のその手を取り、指先に口付けたのだ。

 どういうことーー⁈


「カール王子様、私の名前など呼び捨て下さい。ぜひ『コーディ』と」


 コーディ神官の甘い声が大聖堂に響き渡る。

 本当はよくないけれど、一度くらい呼び捨ててもいいかな……。


「コー……」

「カール王子様」


 ランディの冷たい声に正気を取り戻した私は、すぐに口角をあげた。

 危なかった……。

 


「コーディ神官、神に仕える君を呼び捨てることは出来ないよ」

「そうですか、残念です」


 コーディ神官は本当に残念だと、胸に手を当てながら肩を落とした。

 

「それにしても、カール王子様はいつ見てもお美しいですね」


「……へっ?」


 コーディ神官の瞳に甘い熱が見えた。

 まるで、私を好きでいるかのよう。


 ーー前世を思い出した時から、私の心は女性側にかなり傾いてはいる。

 けれど、私は王子、男性だ。

 もしや、コーディ神官は同姓を好むのか?


 ならばノーラ聖女は……。



「あ、お髪が乱れていますよ」

「ーーえっ?」


 コーディ神官が私の髪を直そうと手を伸ばした。

 ーーと、その手をランディが掴み止める。


「コーディ神官、カール王子様に不用意に触らないで頂きたい」

「そんなつもりはないですよ? ランディ様は過保護ですね」

「ああっ?」

「ふっ、ほらそうやって、自分の物に手を出されるとすぐ感情を露わにする」


 ーーえっと……自分の物とは?

 今の会話はどういう意味?


 私は誰のものでもありませんけど?


 ランディは、凍てつく視線をコーディ神官に送っている。

 よく見ると、コーディ神官は、この状況を面白がっている様に見えた。


 私と同じく、彼らの様子を見ていたノーラ聖女は、ニヤニヤと笑っている。


 特に会話もないまま、時間だけが過ぎようとしていた。


 あー、こんなことをしている場合じゃない。


「んっんんっ、二人ともやめないか」


 私が止めに入ると、ランディはめっちゃ不機嫌そうな顔をして「はい」と言い後ろへ下がった。

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