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5 ランディと呪いをかけた魔女

 ーー俺は何で呪いにしたんだ!


 光輝は、じじい神様との転生設定で香の設定に手を入れた。

 王子になるはずの香の転生者を女性にし、呪いにより男性になったことにしたのだ。


 これならば、香の望みも叶い、後に自分の願いも叶えられると思った。


 自分勝手なことをしているとわかっている。

 けれど、どうしてもーー。


 ーー香を幸せにしたい。

 光輝ができなかったことを、本当は香にしたかったことをするために。


 心の奥の願いを聞いていたのかはわからないが、はじめて、神様が願いを叶えてくれた。


 香の転生者であるカールは、生まれた時女性だったのだ。

 そこへ呪いをかけるために魔女が現れ、女性だったカールを男性へと変えた。

 そこまでは光輝の願い通りだったのだが、魔女はカールが女性として生まれた記憶のすべてを消してしまった。

 父となった王様も、産んだ王妃も、王女の生誕を知る誰もが、生まれた時から王子だと思い込んだ。

 カールが呪われていることは世界中の誰もが知らない。

 ただ一人、光輝の転生者であるランディを残して。


「カールが本当は王女だったということを知っているのは、世界中であなただけ。呪いが解けるのはあなただけということよ」


 生後二ヶ月のランディの下へ現れた魔女は、ぷにぷにと頬を突きながら「あなたが願ったことでしょう?」と笑った。


 ランディとして転生した光輝は、前世の記憶を持っているが、今は首も座らない赤ちゃんの体だ。

 魔女にされるがまま、言い返すこともできない。

「あうー!」

(くそっ! 魔女め!)


「ま、かわいい」


 呪われることを決めたのは自分だ。だが、魔女のことまでは考えが及ばなかった。

 

「呪いを解いて女性に戻したければ、私を見つけなさい。あなたが泣いて頼めば解いてあげる」


「あうっ! あーううっ!」

(絶対探し出してやる!)


 光輝ランディは首が座りなんとか自由に動けるようになると、すぐにカールに呪いをかけた魔女を探しはじめた。

 魔女が話した通り、カールが呪われていることを知るのはこの世界で自分だけ。

 魔女の顔を知っているのも自分だけだ。


 呪いを解けるのも、解きたいのも……自分だけ。


 魔法が使えるこの世界に、魔女と呼ばれる者は把握できないほど存在した。

 その上、立場上自由に動けないこともあり、なかなか魔女を見つけることができないまま。

 魔女の手がかりを探し続け、16年の月日が流れた。


 カールの側近となったランディは、先日、カール王子の『彼女』たちの中に、呪いを掛けた魔女が紛れ込んでいることを知った。


 それはーーカール王子が12人目の『彼女』を迎えた日のこと。


 いつものようにカール王子の部屋へ書類を届けに行く途中だった。何故かいつもいるはずの警備兵の姿がなく、おかしいと思っていたのだが。


「お久しぶりランディくーん。あなたの探している魔女ですよー」


 キャハハと言う笑い声とともにランディの耳に聞こえてきたのは、忘れもしないカールに呪いをかけたあの魔女の声だった。


「お前……」


 警戒しながら辺りを見回す。だがどこにも姿がない。

 どうやら魔女は、声だけをランディの耳に届けているらしい。


「もう、ランディくんったらちっとも見つけてくれないから、私から来てあげたのよ!」

 嫌味ったらしい話し方にカチンとくる。

「……ちっ」

「まー、舌打ちなんて下品ね! でも、怒っているランディくんもかわいくて好きよ」

「……」

「だんまりはつまらないなぁ」


 クスクスと魔女の笑い声が聞こえてくる。


「どこにいるんだよ!」


 ランディはつい声を荒げた。


「私? 私はねぇ、カール王子の『彼女』の中にいますよー」

「はぁ?」

 彼女?

 カール王子の婚約者候補、12人いる『彼女』の中に魔女がいる?

 そんなはずはない。

 幼い頃、俺が見た魔女と同じ容姿の人物はいなかった。

 俺は赤ん坊だったが、魔女の容姿はしっかりと覚えている。

 ……まさか、変身している?


「ランディくんが、ちーっとも見つけてくれないから出てきてあげたのー。優しいねーわ・た・し!」

「くっ……」


 ランディは、グッと奥歯を噛み締め込み上げる怒りを堪えた。

 魔女の言うことは正しい。

 相手は魔女、変身していると考えることもできたはず。

 見た目だけで探して、見つけられなかったのは自分だ。


「そうそう、カール王子に前世の記憶が戻ったら、一年以内に私を探し出してね! 一年を超えると呪いは解けなくなるからねっ」


「は? ふっふざけるなっ! そんなの聞いてない!」


「当たり前よ。言ってないもの。でも、期限付きの方が楽しいでしょう? すごいヒントもあげたんだし、簡単ヨォ。一年以内に私を見つけて、泣いて頼めば、すぐに呪いを解いてあ・げ・る」


 魔女の声を聞いた数日後、カール王子は、また一人『彼女』を増やした。


(あの時、魔女は『彼女』の中にいると言った。だから新たに増えた『彼女』は魔女じゃない)


 それから更に二週間後のこと。

 ダイアナ令嬢に頬を叩かれたカール王子に、香の記憶が戻ったのだ。


(香……だ……)


 それまでカール王子だった話し方や雰囲気が、一瞬にして『香』になった。

 香は自分で設定したにもかかわらず、突然のことに驚いているようだ。

(しかし、このタイミングで記憶が戻るとは……)


「香」と呼び、抱きしめたい衝動に駆られたが、必死に押さえた。


 今、自分の前世は光輝だと、一緒に転生したのだと告げる訳にはいかなかったからだ。

 カールを呪った魔女は、ランディに呪いの解き方を告げた後、もう一つ約束事を告げていた。


「ランディ、あなたはカール王子様の呪いを解くその時まで、前世が光輝だということを知られてはダメよ」

「あうー?」

(どうして?)


「そんなの呪いの王道でしょ? それに、その方がドラマチックだもの。それからもし、私が呪いを解く前にカールに転生を気づかれてしまったら、呪いは生涯解けることはないから」



◇◇◇◇



「あれーっ? 何でないんだろう?」


「何を探してるんだ?」

「ひいっ!」


 突然の耳元の低音ボイスにまったく慣れない私は王子らしくない悲鳴を上げてしまった。


「おっお前はいつも近すぎるんだよっ!」

(声がズルい! かっこよすぎる!)


「カール、何を言っているんだよ。いつもはもっと近いだろう?」


 ーーひいっ! どうゆうこと⁈

 すぐ横にいるのにこれ以上近いってどういうこと⁈

 乳兄弟ってそんなに側にいるものなの?



 私は朝から、スカーレット公爵令嬢に貰ったあのカードを探していた。

 昨日、確かにテーブルの下に隠しておいたのだ。

 身近で意外な盲点。

 こんな近くに大切な物を普通は隠さないでしょう?

 だから、前世の私は、ヘソクリをこうやってリビングのテーブルの下に隠してました。

 光輝には一度も見つからなかったし!


 ……が、しかし。

 無いのだ。

 魔女の名前が書いてあるカード。


(ランディに見つかる前にカードを探し出さないと!)

 

 部屋を探し回っていたら、側近のランディが来た、という訳。


「何でもない、何も探してない」


 覗き込んでくるランディのアイスブルーの目がかっこよすぎて、目を逸らしてしまった。


「……ふうん、そうか」


 珍しくランディがすぐに引き下がった。

 ……と思ったら、後ろで含み笑いをしている。


 くうっ、ランディめーっ!


◇◇◇◇


「私、悪女なんですの」

「……へぇ」


 王立図書館に来た私は、偶然、6人目の彼女であるカミーユ男爵令嬢に出会ってしまった。

 そしてそのまま図書館に併設するサロンでお茶をすることになったのだが。

 あれから2時間。

 私はずっとカミーユ男爵令嬢のおしゃべりを聞いている。ーー聞かされていると言う方が正しいかもしれない。

 彼女は、自身のキラキラとした銀色の髪を、白く細い指で編んでは解きながらかわいらしい声で話をしている。

 カミーユ男爵令嬢はゴシップ好きで、話は尽きることがなかった。

 ちょっとだけ疲れてきたが、それほど嫌じゃなかった。

 前世を思い出したからか、最新の情報や噂話が楽しいのだ。


 ーーと、思っていたら、カミーユ男爵令嬢が突然、自分を『悪女』だと言いだして、一枚の紙切れを私に見せた。


「カール王子様、これを読んで下さいませ。私のことが書いてありますの」


 手渡された紙は新聞の切り抜きだった。


【カミーユ・ディラン男爵令嬢に心を奪われた令息たちの告白!】


 ん? コレは?


 そこには、カミーユ男爵令嬢の美しさのあまり、すれ違う令息たちが恋に落ちてしまって、さぁ大変、といった内容が書かれていた。


 カミーユ男爵令嬢は、腕を寄せ胸を強調するようなポーズで私を上目遣いに見る。


「私、ちょっと目が合っただけで好かれてしまうの。多くの殿方の心を奪う私は、悪女らしいのです」


 ーー記事にもそう書いてあるけれど……。

『悪女』ねぇ……。


 さて、私はどう対処するべきなのだろうか。

 そうだね、と共感すべきか。

 記事に対し怒りをしめし、抗議すると言うべきか。

(正直、どうでもいいと思ってる)


 カミーユ男爵令嬢は確かに美しい。小悪魔的な可愛さもあり、男たちの心を奪うのかもしれない。

 ただ、私の好みではない。

 いつも胸元が開いたドレスを着ていて、大きなお胸を強調しすぎる。

(前世が慎ましやかだったから、単に羨ましいだけだ)

 と思っていたら、後方に立つ私の護衛騎士達がカミーユ男爵令嬢のお胸をガン見していた。


 おいおい君たち、その子は一応、王子である私の『彼女』なんだけど?

 

 ーーま、仕方ないか。

 魅力的だし、目がいくもんね。

 私も、前世を思い出していなければ見ていただろう。カール王子は16歳、健全な少年だから。

 

 ランディはどうなんだろう?

 見てるのか、とランディの反応が気になった私は、後ろを振り返った。

 いつもならすぐ近くにいるランディは、珍しく少し離れた場所で本を読んでいた。


 ーーあまたの令息の心を奪う『悪女』のカミーユ男爵令嬢に興味はないのだろうか?


 ランディは、どんな令嬢が好みなんだろう。

 ちょっとだけ気になる。

 胸の大きさは気にしないのかな?

 髪は長い方が好きだよね?


 前世の私はショートが似合わないせいもあって、ずっと長い髪だった。


 今は王子だから、短いけど。


 ーー伸ばそうかな……。



 ーーはっ、私は何を⁈

 無意識のうちに髪に触れてしまっていた。


 ーーダメだ。

 思い出してしまった前世の自分に、思考が傾いてしまってる。

 王子なのに、香じゃないのに。


「カール王子様?」


 目の前で、カミーユ男爵令嬢が首を傾げていた。

 私が慌てて口角を上げると、カミーユ男爵令嬢は寂しそうな顔をした。


「どうしたの?」


 さっきまで、自分は悪女だと自慢げに話していたのだが?


「私、もうダメかもしれません」

「ダメって?」

「悪女と呼ばれてしまうような私では、きっと結婚は許してもらえません」


「カミーユ男爵令嬢……」


 カミーユ男爵令嬢が、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませたその時。


「失礼します」


 声をかけて、サロンの中に男性が一人入ってきた。

 

 容姿端麗、長く伸ばした青い髪の、塩顔イケメンだ。

 彼は、真っ直ぐに私たちの座るテーブルへ来て一礼した。


「ジャスティン様……」


 泣きそうだったカミーユ男爵令嬢の顔に笑みが浮かんだ。


 塩顔イケメンこと、ジャスティン・ガルシア侯爵令息。

 彼は、カミーユ男爵令嬢の本当の『彼』だ。


「カミーユ……」


 二人は互いに名を呼び合って、二人だけの世界を作り見つめ合った。


 ーー私もいるんだけど。


「ジャスティン、せっかくだ、座らないか?」

「よろしいのですか?」

「ああ、もちろん」


 いいよね、と同意を求めカミーユ男爵令嬢の顔に目を向けた。ーーが、彼女の視線はジャスティン侯爵令息に釘付けだ。


「どうぞ、好きな場所に座って」

 ジャスティン侯爵令息に告げると、彼はカミーユ男爵令嬢の隣に腰を下ろした。


 ま、そうだよね。


 王族の血縁、ガルシア侯爵の嫡男であるジャスティンとカミーユ男爵令嬢は恋仲だ。


 想い合う二人の仲を引き裂くように、私がカミーユ男爵令嬢を『彼女』に入れたのだが、それにはちょっとした訳があった。


 ジャスティン令息の父、ガルシア侯爵が、身分差を理由にカミーユ男爵令嬢との交際を認めなかったのだ。


 一度は親の言うがまま、別れを考えたジャスティン侯爵令息だったが、どうしても別れることが出来ずに、私にカミーユ男爵令嬢を『彼女』に入れて欲しいと頼みに来た。

 一度でも王子の『彼女』になれば、ステータスが上がる。

 そうなれば父親も結婚を許すだろうと考えたのだ。


「そこに座るのはかまわないが、ジャスティン令息、近すぎないか?」


 ピタリとくっ付くようにして座る二人。

 私は呆れて、椅子の肘掛けに頬杖をついた。


「近いですか?」


 そう言ったカミーユ男爵令嬢とジャスティン侯爵令息は互いの居場所を確認するように向き合った。

 近すぎる二人の鼻先が触れ合う。


「きゃっ!」

「ああ、すまない」


 もう少しでキスするところだった二人は、赤くなって同時に俯き、額をぶつけた。


「カミーユ大丈夫?」

「ジャスティン様は? 痛くない?」


 互いの額に手を添えて甘く見つめ合う二人。


 ふぅーー私は今、何を見せられているのだろう。


「羨ましいのなら俺が相手してやろうか?」

「ーーひっ」


 急に耳元に声を掛けられ、女の子みたいな声を出してしまった。

 いつの間にか後ろに来ていたランディは、私の反応が楽しかったのかイケメンボイスで笑っている。


 キッと睨むと、余裕のある笑みを返してきた。


 ーーずるいよ!


 ランディは、前世で私が一番好きだったアニメキャラにそっくりなのだ。

 氷の騎士様と呼ばれていたあの方に。

 

 ーーと、ジャスティン侯爵令息とカミーユ男爵令嬢が同時に席を立った。


「どうかしたの?」


 二人とも何やら真剣な顔をしている。


「カール王子様、実は……」

「ん?」

「カミーユを『彼女』から外していただきたいのです」

 それってーー?

「もしかして、ガルシア侯爵が結婚を許してくれたのか!」

「はい。私の熱い想いをやっと分かって貰えました。結婚の許しも得てまいりました」


 ジャスティン侯爵令息はカミーユ男爵令嬢の手を握り、満面の笑みを浮かべた。

 なんだか、こっちまで嬉しくなる。


「そうか、そういう事ならばすぐに『彼女』から外れてもらうしかないね!」


 よかったね、と告げると、カミーユ男爵令嬢が泣きながら笑った。



◇◇◇◇



「はあー、疲れたよー」


 部屋に戻ってすぐ、ソファーに横になった。

 このソファー、凄く気持ちがいいのだ。

 さすが王子、持ち物はすべて一級品。


 さっきまで、私はカミーユ男爵令嬢を『彼女』から外す手続きをとっていた。

『彼女』にするのは簡単なのに、外すとなると大変だった。

 嘘みたいに量のある書類にサインをして印を押した。

 最近、何もしていなかったせいか指や腕が痛くて。


 けれど、これで二人が幸せになる。

 そう思って、最後まで頑張りました。


 ーー前世で結婚する時も、たくさんの書類にサインした。

 婚姻届を書くときは緊張した。銀行やら免許証等、細かい変更などする事も多かった。

 けれど、すべてが幸せだった。

 ーー花野って苗字を自分の名前として書いた時は、本当に光輝のお嫁さんになったんだと実感して、すごく嬉しかったなぁ。


 離婚届は書かずにすんだけど……。


「……光輝……再婚したのかな……」


 ーーはっ!

 また思い出してしまった。


 せっかく生まれ変わったのに、前世のことばかり考えちゃって……ダメだよ私。

 もう、光輝のことは忘れなきゃ。

 今は王子!

 プリンスなんだから!

 彼女もたくさんいるんだし。


 とはいえ、今日一人抜けたから『彼女』は12人。

 その中で、実際に婚約者に選ぶことが可能な令嬢は少ない。


 世間体や年齢を考えると、そろそろ誰かと婚約した方がいいのだけれど。


 王子だからね、結婚するには、一定期間婚約しておかなければいけないのです。


 婚約者、とりあえず残る『彼女』たちと会って考えよう。

 

 生涯側にいる相手なんだから。

 よく考えて……。


 でも、なるべく早く……。

 これ以上……。


 ……うーん、眠い……。

 考えていたらすごく眠くなってきた。


 このままここで寝ちゃおうかな……いいよね……。


 眠りに落ちる寸前、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。


 ……ん?

 こんな時間に誰が来たの?

 


「またこんな所で寝てる……」


 声の主はランディだった。


 何か用事があってきたのかな?

 と思っていたら、抱き上げられた。

 それも、お姫様抱っこで!


「ほら、あっちで寝るぞ」


 ふええっ!

 耳元で囁くのはやめて~! 

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