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3 『彼女』

「ずるーいっ! 私も王子様の隣がいいっ!」

「あなたは先月のパーティーでもずっと隣にいたじゃない! ずるいのはアイリーンよ! 今日は私に譲りなさいよ!」


 今日はパーティーに来ている。


 礼装を着た私は、右腕をアイリーン令嬢に、左腕をナディーン令嬢に捕らわれた状態だ。

 アイリーン令嬢とナディーン令嬢はマッケン伯爵の双子の娘たちで、今17歳。

 私の9人目、10人目の『彼女』だ。


 二人は、私を独り占めしたいらしく、ずるいずるいと言っている。

 聞いているだけで頭がクラクラとする。

 それに、その言葉は好きじゃないからやめて欲しい。

 前世での嫌な記憶を思い出してしまうから。


 ーーあれは、光輝と結婚して4年目の事だった。

 その年、光輝の弟が結婚をした。相手は綺麗な優しい感じの女性だった。彼女の親しみやすい笑顔と柔らかな物言いに、嫁同士、仲良くやっていけそうだと思った。

 そうして、二人の結婚から二ヶ月程経った時。光輝の両親が管理するマンションの一室に住んでいた私達の所へ、彼女が一人でやって来た。

 後でわかったことだが、光輝が仕事に行っている時間、私一人が家にいることを見計らって来ていた。


 突然の義妹の訪問に、私は家にあったちょっといいコーヒーを淹れて出した。

「どうぞ」と言うと、彼女はにっこりと笑って首を横に振った。


「コーヒーは飲めないんです。私、妊娠したんですよ」

「え……、あ、ごめんなさい」

 ーー知らなかった。聞いたのは今がはじめてで。

 すぐにコーヒーを片づけて、私が普段飲んでいるルイボスティーを出すことにした。

 これなら妊娠中でも大丈夫だ。


 お客様用のオシャレなカップに入れ、お茶をテーブルに置いた。

 すると、彼女は私に鋭い目を向けて。


「ずるい、お姉さん、ずるくないですか?」

「どういうこと?」

「まだ妊娠していないですよね? 子供もいないのに、こんないい所にタダで住んでるなんて、ずるいなぁ。私達は賃貸アパートなのに」

「えっ、ここはタダじゃないよ。家賃はちゃんと渡しているのよ?」

 急に何を言い出すのかと、驚いてしまった。


「ふーん。でも、ずるいです。私達には今から子供だって生まれるのに狭いアパートで、お姉さん達は二人だけなのに、こんなに広い所」

「……」


 他にも色々散々な言葉を投げつけられた。けれど、そんな言葉より、私は結婚して二ヶ月の彼女の妊娠報告の方がショックだった。

 おめでとうも言えなかったぐらい、動揺していた。

 私は、もう二年も不妊治療をしている。

 それなのに、妊娠の気配すらない。

 毎月のように期待と絶望を繰り返しているのに、私がずっと欲しいと願ってる赤ちゃんを、彼女は結婚後すぐに授かった。


「ずるい」


 そう言いたいのは私の方だ。


 ーーその後、彼女は義両親に話をした。

 義両親はごめんねと謝りながら、私たちに、マンションの部屋を弟夫婦に譲ってくれないかと話した。



 そうして、私たちはマンションの部屋を弟夫婦に譲り、二人にちょうどいい広さのアパートを借り移り住んだ。



◇◇◇◇



「カール王子様? どうかなされましたの?」

「お体の具合が悪くなられたのでは? アイリーンが引っ張るから」

「ナディーンだってそう言って引っ張っているじゃない!」

「酷いわ、アイリーンはいつもそんな風に私に言って!」

「ナディーンだっていつもそうじゃないの!」



 前世を思い出していたら、私の腕をとったまま二人が言い争いをはじめた。


 甲高い声が、耳に刺さる。

 ーーはぁ、なんてうるさいんだろう。

 双子だからか、掛け合いも息ぴったりで、途切れることがない。

 そういえば、前世の私は双子の赤ちゃんに憧れていたなぁ。

 一度に二人も授かれてラッキーだと安易に思ってた。

 実際、一度に二人の子育ては大変なんだろうけど。


 双子の喧騒を聞きながら遠くを見ていると、前方から真紅のドレスを着た令嬢が颯爽と歩いてきた。


「相変わらず仔犬の様に騒がしいこと。見苦しくてよマッケン伯爵令嬢方」


 その声に双子は驚き、さっと私から離れた。


 真紅のドレスの令嬢は、驚き固まった双子と解放されホッとした私の顔を見て、にっこりと微笑んだ。


「ご機嫌ようカール王子様。1番目の『彼女』である私のお相手もしてくださらないと拗ねてしまいますわよ?」


 口元を扇で隠しながら、令嬢は嬌笑を浮かべる。


 すべての仕種はなんとも美しく、つい見惚れてしまう。


「スカーレット嬢、会えて嬉しいよ」


 彼女はスカーレット・ハラン公爵令嬢。


 まるでゲームの世界から抜き出てきたように美しい面立ちとスタイルを持つ彼女は、私が最初に『彼女』にした女性であり、『彼女』という制度を作った人物だ。

 私とスカーレット公爵令嬢はイトコ同士。幼い頃からよく知る間柄だ。

 

 挨拶をするために、スカーレット公爵令嬢の下へ歩み寄ろうとすると、両腕が双子に引っ張られた。


「カール王子様、お待ち下さい!」

「えっ」


 双子は全く同じ表情をして、スカーレット公爵令嬢を見上げた。


「スカーレット様、私達が先にカール王子様とお約束をし、お話ししているのです。イトコだからって割って入ろうとするなんて、ずるいですわ」


「あら」


 扇で口元を隠しているスカーレット公爵令嬢は目を弓のようにした。

 

 ーーアレは怒っているの?


「私達のお話しが終わるまでお待ちください!」


 キッと目を鋭くした双子に、スカーレット令嬢は冷ややかな目を向ける。


「どうせ、この私を差し置いて、婚約を求めるつもりでいたのでしょう?」


 スカーレット公爵令嬢から放たれた冷ややかな言葉に、双子は凍りついた。


「……そんなつもりは」

「あわよくば、ですわ」


 ああ、彼女達もそうだったのか。

 私の隣にきたのは婚約をもとめるため。


 まぁ、そうだな。

 私、カール王子は婚約者候補となる『彼女』ばかり増やし、一向に『婚約者』を決めないのだ。

 痺れをきらしてもおかしくはない。


 とはいえ、私はまだ婚約者を決められない。

(前世を思い出したばかりで、心が女性になっていることも原因だ)


 私は凍りついたように動かなくなった二人を腕からそっと離した。


「二人とも、申し訳ないがスカーレット公爵令嬢と話をしてもいいかな?」


 優しく話すと、二人は同時にコクリと頷いた。


「……はい」

「わかりました」


 パーティ会場には、他国からの客人や、婚約者のいない令息も多く来ている。

『彼女』であっても婚約者ではない為、出会いは制限されていない。

 スカーレット公爵令嬢との会話を選んだ私に寂しそうな目を向けた双子は、揃ってパーティ会場の中央へと戻っていった。


「では、行きましょう」


 スカーレット公爵令嬢は背が高い。

 とある劇団ならば、男役をはれると思われるほど立ち居振る舞いも素晴らしい。

 小柄な私は、そんな彼女に引きずられるようにして、パーティー会場の端へ行き、椅子に腰を下ろした。


「カール、顔色が悪いわ。何かあったの?」

「いや、何もないよ……」


 イトコ殿は気遣いも素晴らしい。

 暑いのかしら、と言いながら持っている扇で風を送ってくれた。

 顔色の理由は、双子の声と前世の苦い思い出のせいだ。

 しかし、それを話すことはできない。


「ちょっと、騒がしかったせいかな?」


 そう言って誤魔化した。

 ーーさすがに、前世のことを言ったら頭がおかしいと思われる。


「ランディを呼ぶ?」

「……いや、いい」


 側近のランディは、この場にはいない。

 彼は、パーティーの時は必ず会場の外で警護の者達と過ごしているのだ。


「そういえば……カールこの前は、ありがとう」


 突然スカーレット公爵令嬢にお礼を言われ、戸惑った。

 お礼を言われるようなことを私はしたのか?


 カール王子としての記憶はほとんど思い出しているが、ここ最近の記憶がまだ曖昧になったままだった。

 スカーレット公爵令嬢にお礼を言われることは……。


 ーーああ、思い出した。


「ケイトリン嬢のことか。どうなんだ? 上手くいってるの?」


「うふふ……そうね。お陰様で、という感じかしら」


 スカーレット公爵令嬢は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 彼女は、同性を愛する人だ。

 その彼女のため、私は先日、17歳のケイトリン男爵令嬢を『彼女』にした。

 ケイトリン男爵令嬢こそ、スカーレット公爵令嬢の大切な人だった。


 数年前、二人は恋に落ちた。

 想い合い密かに交際をしていた二人だったが、ケイトリン男爵令嬢に婚約の話が上がったのだ。

 そこで、私は二人に頼まれる形で、ケイトリン男爵令嬢を私の『彼女』という枠に入れた。


 この『彼女』というのは、カール王子だけの特別な制度だ。

 簡単に言えば王子様の『婚約者候補』に選ばれた女性が、『彼女』と呼ばれる。

『彼女』に選ばれることは名誉なこととされ、ステータスがあがる。

 一度でも、王子の『彼女』になれたなら、その後外れたとしても、王子に選ばれるほどの女性として評価され、引くて数多となるのだ。


 ただし、『彼女』になるにはそれなりに必要なモノがあった。

 ーー何だったかな?

 詳細が思い出せない。


 そもそも、『彼女』制度を考えたのは、スカーレット公爵令嬢だった。

 異性と結婚したくないという彼女が考えた制度を、理解者であるカール王子が実行に移したのだ。


「カールこそ、ランディとはどうなの?」

「ーーぐふっ」


 ちょっと、このお嬢さん何言ってんの⁈

 咽せる私に、スカーレット公爵令嬢はニヤニヤと笑いながらハンカチを差し出した。

 え、どういうこと?

 もしかして、カールってそっち?

 いや、違うよね?


「な、何言ってるんだ? ランディは兄弟だ」

「あら、私が尋ねたのは、この間のことよ? 魔女の所へ行くと言ったあなたを、ランディが止めて、揉めていたでしょう? その後、どうなったのかと聞いたのよ? 何を考えたのかしら? おかしな人ねカールったら、ふふふ」


 スカーレット公爵令嬢は、私を見て面白いモノを見つけたかの様に笑った。

 何だか怖い……美人なだけに。


 

 それにしても『魔女』か。

 確か「魔法も使えるようにして」と頼んだから、この世界には魔法があるのかも知れない。

(私が魔法を使いたかったのに)


 言葉って難しい。


 額を抱え考え込んでいると、スカーレット公爵令嬢が一枚のカードを見せた。


「これ、私の友達の知り合いの知り合いが教えてくれた魔女よ。尋ねるのならそこへ行ってみたらいいわ」


 そう言うと、スカーレット公爵令嬢は席を立った。

 遠くにケイトリン男爵令嬢の姿がある。

 こちらに気づいたケイトリン男爵令嬢は、その場でカーテシーをして、周りを驚かせた。


「またね、カール王子様」


 そう告げて、スカーレット公爵令嬢はケイトリン男爵令嬢の下へ向かった。

 後ろ姿がすごく嬉しそうだ。


 どうやら、これを渡すためだけに私の下へ来てくれたらしい。


 しかし……友達の知り合いの知り合いが教えてくれた魔女って、本当に行っても大丈夫なの?

 友達の知り合いという時点で他人なのだが?


「カール王子様」

「ひっ」


 なぜかパーティ会場には入らないランディが、すぐ横に立っていた。

 私は慌ててカードをズボンのポケットに隠し、誤魔化すために肩を回した。


「あー、肩凝ったなあ」


 ランディが訝しげな顔をしている。


 魔女の居場所が記されたカード、ランディに見られたら大変だ。

 揉めるぐらいなんだから、見つかったら取り上げられるに違いない。


「もうそろそろ帰ろうか……な」

「な?」


 はっ……!

「な」って言っちゃった。

 カール王子はそんな口調じゃなかったのに!

 前世の私の影響だよ。


「帰るぞ」

 平静を装い言い直すと、早足で会場を後にした。


 ランディは、またもや後ろでクスクスと笑っている。


 なんだよっ! ランディーー!



◇◇◇◇



 夜も更けた頃。

 ーーコンコン、扉を叩く音がした。


「うーん……。もうねています……」


 パーティの人混みのせいか、精神的に疲れたからか、入浴を済ませた私は、三人掛けの広いソファーで横になりそのまま眠っていた。


 今は暖かい、風邪も引かないだろう。


 コツコツコツと足音を立て、誰かが部屋へ入ってくる。


「……?」


 メイドかな?

 脱いだ服を取りに来たのかも。ハンガーにかけておいたから適当に持っていって……。

 もう少しだけここで寝たあと、ベッドに移るから。

 

 すると体がふわっと持ち上げられた。


 ーーあ、コレ知ってる。

 お姫様抱っこというヤツだ……。


 結婚式で一度だけ光輝にしてもらったなぁ。

『重くない?』って聞いたら、苦笑いしながら『全然、余裕』って言って……。


 ーー光輝……。

 私がいなくなった後、どうしたかな……。



 幸せに…なっているといいな……。

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