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2 近すぎる側近

「こちらから婚約破棄して差し上げますわ!」


 はぁーっ、もう何なんだよ……。

 優雅なティータイムを過ごすつもりだったのに。

 私はカール王子、16歳。

 午後のお茶の最中にやってきた『彼女』の対応をしているところだ。


 まあ、つまらないことを思い出していた所だから別にいいけど。


 その、つまらないこととは、昨夜のことだ。


 昨夜ーー。

 お風呂の準備が整ったと呼びにきた側近のランディが、私と一緒にお風呂に入ると言ってきた。


「どうしたのですか? 護衛を兼ねていつも一緒に入っているでしょう?」

「へ?」


 いやいや、おかしい。そんな記憶はありません。

 乳兄弟とはいえ今は王子と側近。主従関係だ。

 たしかに、幼い頃には一緒にお風呂に入った記憶がある。

 同じベッドで寝たこともあるが、12歳を境に、そういうことは一切しなくなったはず。


 それに、今の私は前世を思い出した影響から、精神的な部分が『香』、女性なのだ。

 気持ちは、男性になってからまだ数時間だ。

 一度も着替えていない上、トイレにも行ってない……。

 つまり、自分の体を見ていない。

 これまで私の知る男性の体は、前世の夫だけ。その裸ですら明るい所では見たことはない……。

 一体どうなっているのか……。

 いや、そういうことじゃない。

 誰かと一緒にお風呂なんて絶対無理なのだ!


「一人で入る」

「しかし、一人でちゃんと体を洗えますか?」

 ランディはクッと口角をあげた。


「大丈夫、ちゃんと洗えるから。一人でいい、一人がいい。一人じゃないと入らない!」

 泣きそうになりながら言うと、ランディはクスクスと笑いながら「わかりました」と言い、浴室まで案内をしてくれた。

 私は、なんとか一人でお風呂に入ることに成功した。


 お風呂の一件で疲れたせいか(長々と自分の体を見てしまったせいもある)興奮して眠れないまま朝を迎えた。

 その後、王子の仕事を終えて、庭でのんびりとティータイムをしていたのだ。


 そこに現れた、カール王子の7人目の『彼女』。

 オードリー・ドリス侯爵令嬢、18歳。

 この娘はすぐに『婚約破棄』を口にする。


 ちなみに私、カール王子はまだ誰とも婚約していないのだが。


 この娘は妄想が激しいのか?

 ーーうーん。

 あまり気にしていなかったのか思い出せない。


 とりあえず私は、適当なことをオードリー令嬢に言ってみた。


「オードリー嬢、今日もキミは美しいのに、そんなに怒ってしまってはその顔が台無しだよ」


 ーー私、何言ってるんだろう。

 ーーま、いっか。


「美しいだなんて、カール王子様ったら……ステキ」


 オードリー侯爵令嬢は体をクネクネと動かしながら上目遣いで瞬きを繰り返した。

 おお、この仕種は……かなり喜んでるみたい。

 侯爵令嬢はカール王子よりも年上だ。しかし、前世の私からすればまだまだお子ちゃま、ちょっと褒めるだけで機嫌がなおる、かわいい。


 私は、はははと笑ってオードリー侯爵令嬢の手を取り椅子に座らせた。


「……っ」


 後ろにいるランディから、押し殺した笑い声が聞こえてくる。


 ーーくそっ、ランディのヤツ。

 ムカついて思い切り冷たい目を向けてやった。だが、それに気づいたランディはなぜか嬉しそうな顔で手を振ってきた。


 ーーうーなんてヤツだ。

 だいたい側近というのは常に側にいるものなのか?

 側近だからいるのは普通?

 でも、彼女とのデートにまでついてくるなんて……。


 ーー私が王子様だから?

 王子様ならば、これは普通なのかな?

 わからない。


 気を取り直し、私はオードリー侯爵令嬢と同じテーブルに着いてお茶を飲むことにした。

 用意されたのは琥珀色の紅茶。

 ーーこの世界にはコーヒーは無いのかな?

 カフェラテとか飲みたい、などと思いながらわりと美味しい紅茶を飲んでいると、何故だかオードリー令嬢から凝視された。


「どうかしたのかな? オードリー嬢」

「今日のカール王子様は何だか色気がありますわ」

「……へっ?」

「お声はいつもの様に可愛いらしくて。好きっ」


 オードリー侯爵令嬢は瞳をキラキラさせた。


「はは……ありがとう。キミの声もいつも通りかわいいよ」


 引き攣り笑いをしながら、オードリー侯爵令嬢に言われたことを考えていた。


『声』……そうなのだ。

 お爺さん神様と設定した『声優ばりの美声』がおかしい。どうも私の思っていたのと違う。


 本当はランディのような体に響く低音ボイスになるはずだったのに、私の声はかわいい美少年系だった。

 それも、限りなく女性寄りの少年の声。

 悪くはないけれど……。

 ああっ、もっと細かく設定するべきだった。


「カール王子様、どうかされましたの?」


 オードリー侯爵令嬢は小指を立ててティーカップを持つと、上目遣いに私を見つめて紅茶を一口飲んだ。


「いや、気にしないで欲しい」

「私は気にして欲しいですわ、婚約破棄のこと」

「ああ、オードリー嬢は婚約破棄をしたいのだったね。まだ婚約もしていないのに」


 そう言いながら、オードリー侯爵令嬢から目の前に置いてあるカップに目を移した。


 オードリー侯爵令嬢、彼女は、巷で流行っている恋愛小説に書かれていた『婚約破棄』を宣言した後で愛を深める、というのをやりたいらしい。


 ーー恋愛小説か、確か私も前世で読み漁った。

 言葉足らずが誤解を生むもどかしさにハマってしまったのだ。

 あれが現実であったなら耐えられないと思っていたなぁ。

 ーーまた、前世のことを思い出してしまった。

 オードリー侯爵令嬢を放ったらかしにしてしまったことに気づいた私は急いで顔を上げた。

 すると、コチラを見ていたらしいオードリー侯爵令嬢がポッと頬を染めて。

 ーーん?


「ですからぁ、婚約破棄をするために、『婚約』をして頂きたいのですわ」


 オードリー侯爵令嬢は、まつ毛をバシバシさせ瞬きをすると、鋭い視線を送ってきた。

 それって?

 結局は婚約者になりたいってこと?


 まぁそうか、18歳は結婚に憧れるお年頃。


 ーーしかしどうする?


 思い出してみてわかったが、オードリー侯爵令嬢を『彼女』にしている理由は、政治絡みだった。


(面倒だな)

 

 私の『彼女』たちが、国内でいくつかに分かれている派閥のある一つに偏っているらしく、不満の声が上がった。

 そのため、国王陛下から直々にオードリー侯爵令嬢を『彼女』へと入れるように話があった。

『彼女』というのは、私の婚約者候補になる訳なのだが。

 ーーオードリー侯爵令嬢は頼まれて入れた『彼女』。


 彼女には気持ちはない。

 私は、好きな人と結婚したいのだ。

 そして、今度こそ家族を、子どもを持ちたい。

 前世で彼にしてあげられなかったことを、今世で愛する人と叶えたい。


 だから、オードリー侯爵令嬢を婚約者にはできない。

 

 ーーけれど、それを今ここで正直に告げていいものだろうか?

 

「カール王子様、申し訳ありませんが王妃様がお呼びです」

「ひっ……」


 またも突然の耳元低音ボイスに思わず声が出た。

 答えに迷っていた私は、またもランディに助けられる形となった。

 うん、それはいい。

 だけどランディ! どうして君は耳元で話すんだ!


 ずるいのよ!

 その声は、前世の私が一番好きだった、声優様の声とそっくりなんだから!


 ときめいちゃうじゃないか……。


 赤くなっただろう頬を2度ほど叩いて、気を取り直した私はオードリー令嬢に優しい微笑みを向けた。


「すまない、オードリー令嬢。急ぎの用らしい。申し訳ないが今日はここでお別れするよ」


 私はオードリー令嬢の手を取るとチュッと音を立て口付けの真似をした。


「また、会おう」

 微笑んだままその場を去る。


「今度こそ婚約してくださいませ~」

 後ろで彼女が叫んでいたが、聞こえないフリをして部屋へ急いだ。



「くくっ、もう会いたくない癖に、また会おうとか言って……くくっ」


 すぐ後ろを歩いてるランディが笑っている。


 ーームカつく。

 私、王子なのに。側近の方が偉そうなのも!


 側近って、こんなに王子になんでも言える立場なの?


 あー、前世でもっとラノベを読んでおけばよかった。

 私、ちょっと昔のアニメや漫画にハマっちゃてて、死ぬ前に、次は王子だった、と思って読み出したんだよね。

 最後に読んでた本の続き、読みたかったな。なんだっけ、転生ものの……。


 なんて考えながら歩いていたら、段差に気づかず蹴つまずいた。


「うわっ!」

「ばかっ、ちゃんと前見て歩け」


 よろけた私は、ランディの腕に支えられた。


「……す、すまなかった」


 ドキドキ……。

 心臓の音が大きくなった。

 驚いたからだと思うけど。


 支えられた腕の大きさが、自分とは違いすぎる。

(もっと鍛えよう)


 それに、ランディがすごく優しい笑みを浮かべるから。


「大丈夫ならいい」


 そう言うと「転ばないように先導します」と、いつもの感じで話し、前を歩いた。


「あ、ああ」


 ーーはうっ、何なんだーっ!

 ランディーー!

 近いっ近すぎるっ‼︎

 そしてその低音ボイス!

 ずるい! カッコいい!


 今、私は男なのに、ときめいちゃうでしょ⁈

 ーー心は36歳、専業主婦なんだから。



 その後私は、ギクシャクしながらランディの後について部屋へともどった。



 そうそう、王妃様が呼んでいるというのは、ランディの機転を効かせた嘘でした。


◇◇◇◇


 なんだかんだでやっと一日が終わる。


 カール王子の記憶も少しずつハッキリしてきた。

 忘れていたこの国の名前も思い出せた。


『イタイア・ニ・タナア王国』


 ーー前世の国と比べたら、長い名前だ。

 面倒だからタナア王国でいいや。




 しばらくすると、コンコンと扉を叩く音がした。


「カール王子様、お夜食をお持ちしました」


 聞こえてきた低音ボイスに、体がビクッとなった。

 ランディ……?


 夜食? たのんでないけど?

 それに、さっき部屋で夕食を食べたばかりだ。


 いらないって断ろうかな?

 返事に迷っている間に、扉が開いた。


 ランディがワゴンを押して部屋に入って来る。


「ランディ……?」


 何でランディが運んでくるの?

 それってメイドの仕事じゃないの?


「夜食なんていらないよ」


 部屋に入ってきたランディに伝えたら、何故かフッと鼻で笑われた。


「太ることでも気にしているのか?」


 ーーふえっ?


 何言ってんだコイツ、私は男なんだぞ。

 太ることを気にするなんて、女の子じゃあるまいし……。


「そんな訳ないだろ。別にお腹は空いていないから要らない、って言ってるんだよ」


 ちゃんと伝えたのに、ランディは勝手にテーブルの上に夜食を並べ始めた。

 サンドイッチに果物と、前世の私が好きな物ばかりが並んだ。


「カールお前、昨日の昼からあまり食べてないだろう? もう少し食え」


 さっきまでとは違う、心配そうな声にハッとした。


 ランディの言うとおり、昨日の昼、ダイアナ令嬢に叩かれて前世の記憶が蘇ってからというもの、カール王子の記憶が曖昧になってしまったため、思い出そうと必死になっていて。

 それに、急に男性になったこともあり、いろいろと確かめることも多くて、食べることを疎かにしてしまっていた。


 自分でいうのもなんだが、カール王子(私)は16歳にしては小柄な美少年。

 そのせいか、あまりお腹も空かなかった。


 とはいえ、心配をかける訳にはいかない。

(食べられるだけ食べよう)


「ああ、わかった」


 返事をしてテーブルに着き、小さくカットされたサンドイッチに手を伸ばした。

 一口食べて、言葉をなくす。

 なんとも微妙な味がする。

 よくいえば、食材の持ち味を生かしたサンドイッチだ。

 (ここ)のコックの腕がいまいちなのか、夜食だからなのか。

 これなら自分で作った方がマシな気がする。しかし、王子が厨房に入る訳にはいかないだろう。


 ああ、お姫様にしておけば良かったかな。姫だったら料理をするのもアリな気がする。

 などと考えながら、やっと一つ食べ終えた。


「ごちそうさま。もう十分だ悪いが下げて……ふぐっ」


 片付けて貰おうと思いランディに顔を向けた途端、口の中にベリーを突っ込まれた。


「食え、それじゃ足りない」

「んぐっ……んっ、あっあのなあ! 勝手に口の中に入れっ……」


 一つを食べ終え文句を言おうと開いた口に、またランディの指が入ってきて、二つ目のベリーを食べる羽目になった。


 ーーくやしいが、この国のベリーは大きくて甘くて美味しい。

 それでつい、顔が綻んでしまった。

 すると、ランディの目が大きくなって口角が上がった。


 モグモグと食べ切ると、ランディはさらに、サンドイッチを二つとベリーを三つ、口に入れてきた。

(うっ、多い……)

 私がなんとか食べ終えると、やっと満足したのかランディは片づけをして部屋を出て行った。


「うー、お腹いっぱいだー」


 長椅子に横になって、膨れたお腹をさすりながら、天井から下がるシャンデリアのガラスのキラキラとした光を見つめた。


 ーー転生先に王子様を選んだのは正解だった。

 国はわりと平和だし、周りもいい人ばかり。

 

 ーー乳兄弟は変なヤツだけど。

 本当、何なんだよアイツ。

 王子の私よりカッコいいし、声もいいし、体格もよくて、優しいなんて……。


 それにしても、ベリー美味しかったなぁ。

 前世の私はベリーが好きだったんだよね。

 冷凍ベリーはもちろんストックしていて、ケーキやアイス、ジャムもベリーを選んでた。

 たまには違うの食べたら?って、光輝によく笑われていたなぁ。

 そういいながらも、光輝が仕事帰りにたまに買ってきてくれるケーキにはベリーがのっていたっけ……。


 もう戻れない、思い出に涙ぐんでしまった。

「もう寝よう」

 お腹がいっぱいになっていた私は、ベッドに入ると落ちるように眠りについた。

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