12 チャンスは一度
モーガン伯爵邸から城へと帰る馬車の中、ランディは前に座るシシリア嬢の着るドレスの迷路のような柄を見つめながら、考えていた。
ーー残念ながら、リゼット嬢は魔女じゃなかった。
まぁ、可能性は低いと思っていたが。
そうなると残るは一人。
11人目に『彼女』となった『タバサ・マリードラン』子爵令嬢。
彼女が魔女ということになる。
タバサ子爵令嬢は、元々カールの大ファンだった。それを知る親友のスカーレット公爵令嬢が、カールに『彼女』制度に入れて欲しいと頼んだため入れたのだが。
『彼女』となってすぐに彼女は精神を病んでしまったらしく、人に会うことを恐れ屋敷から出ることがなくなった。
カールとだけは、手紙のやり取りをしていたのだが。
(やはり姿を変えていたのか……)
彼女が間違いなく魔女だろうと思う。だが、一応シシリアに見てもらわなければ。
カールの呪いを解き、香に自分が光輝だと伝えるためには、俺は魔女に泣いて頼まなければならないから。
ーーチャンスは一度しかない。
◇◇◇
モーガン伯爵家からの帰り道、シシリア嬢にタバサ子爵令嬢とはどんな人かと尋ねられた。
タバサ子爵令嬢の所へは、明日訪問する予定があるため、気になったらしい。
「タバサ嬢? 彼女はね、美少女制服戦闘士のムーン……んんっ! えっと、長くて月みたいな金髪の、澄んだ青い目のキラキラしてる人だよ」
ーー危なかった。
もう少しで、前世で好きだったアニメキャラの名前を言いそうになった。
ここにはランディとシシリア嬢しかいないから、言っても『何言ってるんだ?』と言われるだけだと思うけど。
「『美少女制服戦闘士』はすごく気になりますけど、聞かなかったことにしますね。へー、タバサ子爵令嬢ってキラキラしてるんですね」
「う、うん」
(最近は手紙のやり取りだけで、会っていないからわからないけど……)
シシリア嬢は両手を頬に添え、早く会ってみたいなーと楽しそうだ。
私は、ちょっと緊張している。
彼女は私の最後の希望だから。
たくさんいた『彼女』たちは喜ばしい(?)ことに次々と婚約や結婚が決まった。
事情があって婚約者にできない3人をのぞくと、もうタバサ嬢しかいないのだ。
今は精神を病んでいて屋敷に引き篭っているけど……。(訪問を受けてくれたから少しはよくなったのかな?)
タバサ嬢までダメだったらどうしよう……。
新たに『彼女』を増やすことは、弟たちの手前できない。かと言って、母上の言う通りスカーレット嬢を選ぶこともできないし……。
「何をそんなに考えているんですか?」
私の横に座るランディが、ふいに顔を近づけ唇を耳に寄せてきた。
「うわぁっ! あっ、あのなランディ! 毎回そんなに近づかなくても聞こえるから!」
「本当に?」
ランディは離れることなく、なんだか甘ったらしい声で話してくる。
ーーだから!
近いんだって! 多少は馬車の車輪の音がうるさいけど、そんなに近づかなくても声は聞こえるから!
それに、目の前にはシシリア嬢がいるのに。
ランディは抱きしめんばかりにグッと迫ってくる。
「聞こえてるって」
間近に迫ったランディの胸板をグッと両手で押し返した。
ううっ、なんで同じ歳なのに、こんなに体格差があるんだよ。
胸筋とか、私の体にはまったくないのに!
「ランディ……ッ」
「はい」
「近いって」
「いつもこれぐらいですが?」
いやいや、近いから!
私は王子でランディは側近、ただでさえおかしな噂があるというのに!
いや、なくてもこの距離は、恋人の距離だから!
それに私は王子だけど、今は心が乙女になってるんだから、恥ずかしいんだって!
「カール王子様、今は誰も見ていません」
「へっ?」
ランディに言われ、胸に手を押し当てて抵抗していた私は、反対側の座席に座っているシシリア嬢に目を移した。
ランディの言った通りに、さっきまで話しをていたシシリア嬢は瞼を閉じ寝ていた。
ーー本当に寝てる?
よく見ると薄っすらと瞼が開いているような?
まつ毛が震えてるんだけど……?
口角も上がって……私には、必死に笑いを堪えているように見えるんだけど?
「カール王子様」
「だっ、だから耳元で囁くように話すなっ!」
「なぜ?」
「なぜって」
「シシリアは寝ています。彼女は一度寝たら簡単には起きません。だから……今は俺と二人きりだ。なにも恥ずかしがることはない」
途中から口調を変えたランディは、私を囲うように車体にトンッと音を立て手をついた。
ーーえっ、何?
コレ、知ってる。
前世で言うところの壁ドンってヤツだ。
だよね?
私、一度もされたことないけど、漫画読んでちょっとだけ憧れてた。
思わずドキッとしちゃったよ。ランディカッコいいし、女の子だったらそれはもう……。
ーーでもね、今は違うよ?
私、王子様だから!
やられる側じゃなくてする方!
「どうした? 顔、真っ赤だぞ」
私の頬に唇が触れそうなほど近づいたランディは、肩を揺らしながらクスクスと笑った。
ーーうわぁぁっ! ランディがおかしいよっ!
「ランディ!」
「冗談ですよ。俺、男には欲情しません」
そう言いながらもランディは退かない。
「あっ、当たり前だ! 私だって、ランディに何をされても、どうも思わない」
今、心臓はバクバクだけど。
「ふうん、そんな顔して言われても、信じられないよ、カール」
「ーーっ!」
ダメーー!
ここで名前の呼び捨てはっ!
「……王子様」
ーー違った!
ランディ、間あけすぎだからっ!
艶やかな黒髪からアイスブルーの瞳を覗かせたランディは、捉えるように私を見ている。
きゅん……。
ーーいやいや! 私は王子、男だから!
やめてよその熱視線!
どうしたんだよランディーー!
様子のおかしなランディと、どう見ても寝たふりをしているシシリア嬢、混乱する私を乗せた馬車が城に着いたのは、すっかり日が暮れた頃だった。
◇◇◇
城に帰った私は、真っ直ぐに執務室へ向かった。
今夜中に、リゼット嬢を『彼女』から外す手続きを終えるつもりだ。
さすがに慣れたもので、さっと書類を書き終えた私は、ついでに結婚祝いと赤ちゃんへの贈り物を選ぶことにした。
城には贈答用のカタログが、いくつも置いてある。
(結婚祝いは銀食器にしよう。赤ちゃんには靴がいいかな? 気が早いような。でも、すぐに大きくなるし……)
王室御用達のカタログは、質の良い品物が多く、迷ってしまう。
前世でも、こういう物はなかなか決められなくて、最後は光輝に決めてもらってた。
「これと、これとこれ、どれも捨てがたい……迷うなぁ」
ここに光輝がいたら、決めてもらえるのに……。
うーん、と唸っていると、ランディが声をかけてきた。
「カール王子様。今日はもうそれくらいにして、早く寝ますよ」
明日、訪問を予定しているマリードラン子爵の屋敷は城より東にある森を抜けた場所にある。
少しばかり遠いため、私の体を心配して言ってくれたのだ。(たぶん……)
「うん、ランディは先に部屋に戻っていいよ。私はもう少し……あと少しで終わるから」
カタログに目を落としたまま、ランディに部屋へ戻るように告げた。
気遣ってくれるのは嬉しいけれど、どうしても今日中に決めておきたい。それに、側近だからって私が寝るまでついていることはないのだ。
(よし、ファーストシューズにしよう。色は……)
ようやく贈り物を決めた私はうーんと伸びをして席を立った。
「ようやく決まったか」
部屋に戻ったと思っていたランディが、入口で待っていた。
「待っていなくてもよかったのに、部屋に戻っていいと言っただろう?」
「早く寝るぞ、と言っただろう?」
「……? 寝るけど、まさか?」
キランとアイスブルーの瞳が光る。
「俺は本気だ。子供の頃の様に一緒に寝よう、カール」
ランディはいたずらに笑う。
ーーいや、何言ってんの?
ランディ、今日は特におかしいよ⁈
「い、いや私は一人で寝る、ベッド狭いし寝相悪いから」
「ベッドは広いだろう? まさか俺のことを意識してるのか? 乳兄弟なのに?」
「ばっ、ばーか! そんな事ある訳ないだろっ! とにかく私は一人で寝る、おやすみっ!」
私はランディの前を早足で通り抜け、急いで部屋に戻った。
どうしちゃったんだろう、今日はやけにグイグイくるな。
今迄もあんな感じだったっけ?
だとしても、一緒になんか寝れる訳ない。
今の私は、体は男でも心は乙女なんだから。
意識しちゃうから!
◇◇◇◇
「シシリア嬢、どうしてそんなに私を見つめるのかな?」
タバサ・マリードラン子爵令嬢の屋敷へ向かう最中。
私は、真っ赤な羽のついた派手な扇子で口元を隠したシシリア嬢から、見つめられていた。
「さっきからずっと私を見ているけど、何か話でもあるのかな?」
「いえ……」
と、言いながら、シシリア嬢は上目遣いで私を見ている。
「聞きたいことがあるのなら、遠慮なく聞いてよ」
前世の記憶を思い出した事以外、隠し事はない。
「本当によろしいのですか?」
「うん!」
そんな顔で見つめられているより、ズバッと尋ねられた方がいい。そう思った。
「では、『昨夜はお楽しみでしたでしょうか』」
……昨夜はお楽しみ?
「……えっ? 何を?」
「昨日、ランディが今夜は一緒に寝るって言われていたものですから……」
ーーああっ⁈
シシリア嬢はスッと扇を下げて、ニンマリと笑って見せた。
「…………!」
動揺していると、ランディが魅惑のボイスで代わりに「まだ何もやってない」と意味深な返事をした。
「ランディッ! その言い方じゃ、これから何かあるみたいじゃないか!」
「間違ったことは言ってませんが?」
「……そ、そうだけど」
シシリア嬢は目を大きくして「あら、残念」と言うと、もう興味はないとばかりに窓の外に目を移した。
ランディもクスッと笑い、再び窓の外を眺めた。
ーーはぁ、もうどうでもいいから早く着かないかなぁ。
◇◇◇
暫く進むとオレンジ色の長い一本道に出た。
このオレンジ色の道は、マリードラン子爵の領地特有のもの。この道を真っ直ぐ進めば子爵の屋敷があるのだ。
オレンジ色の道の左右には、等間隔で枝葉を四角に刈られた木が並んでいた。
「うわぁ……」
まるで、ゲームの世界みたいだ。
道を進むと、『ようこそ』と書かれた看板が現れ、その先にマリードラン子爵の屋敷が見えた。
屋敷は、前世でやったことのあるゲームに出てくる小さなお城のような外観だ。
馬車が屋敷の玄関の着くと、メイドが1人、出迎えてくれていた。
(あれ? このメイドさんって……)
メイド服を着ていたため遠目ではわからなかったが、その女性は私の『彼女』タバサ子爵令嬢だった。
「よくぞいらしてくださいました、カール王子様。タバサ・マリードランですっ!」
明るい声で挨拶をしてくれたタバサ嬢は手に、銀色の、先に水晶みたいな石が付いている不思議なステッキを持っていた。
「久しぶりだね、タバサ嬢」
馬車を降りてすぐ、私が挨拶をしていると「この人です!」と、シシリア嬢がタバサ嬢に指を差し叫んだ。
「へっ? 何」
私は、訳が分からずタバサ嬢とシシリア嬢を交互に見る。
指を差されたというのにタバサ嬢はなんだか楽しそうな顔でシシリア嬢とランディを見ていた。
ランディは、なぜか青い顔をしている。
「ランディ? どうしたんだ、顔色が悪いぞ?」
さっきまで、あんなふざけた話をするぐらい元気だったのに、一体どうしたのだろう?
すると、急にタバサ嬢が手にしていたステッキをグルグルと回しはじめた。
「早くなさったら? ランディくーん」
と、声を弾ませる。
ーーん?
『ランディくーん』って、二人はいつの間に知り合いに?
二人に直接的な接点はないはずだけど。
それに、『早く』ってなんだ?
ランディは何やら苦い顔をして、目を伏せてしまった。
その様子を見たタバサ嬢は「はぁーっ」と、大きなため息を吐きステッキを回すのをやめると、私達を屋敷の中へと案内した。




