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1 転生するの?

 私、花野 香 36歳。

 幼なじみの花野光輝(はなのこうき)と結婚したので『はなのかおり』なんてステキな名前になった。


 結婚10年目、専業主婦。

 家族は夫と私だけ。まだ子どもはいない。

 なかなか授からなくて病院に通い、ひと通り検査を受けた。『どちらにも大きな問題もない。可能性はあります』という先生の前向きな言葉に、これまで諦めることなく、私なりにがんばってきた。

 夫婦二人でも幸せだけど、私はやっぱり彼の子どもが欲しかったから。

 

 ーーけれど、私の思いは空回りしていたみたい。


 PM8:32

 夫からメールがきた。

〈今日、残業。帰りはわからない、先に寝ていて〉と書いてある。


「またか……」


 PM10:00

 先月までは、どんなに遅くなろうと、私は起きて夫の帰りを待っていた。

 だけど今は、先にベッドに入る。

 ーーその方が、夫も気楽なはずだから。


 ーー夫は、浮気をしているから。


 確信を持ったのは、ひと月前。

 夫の入浴中、テーブルの上に置いてあったスマホがパッと光った。

 届いたメールには女性の名前と〈愛してる〉の文字。

 見た瞬間、血の気が引いた。

(やっぱり、そうだったんだ……)

 以前から何となく予感はしていたが、やはり目の当たりにするとショックだった。

 

 少し前から夫婦の行為はなくなっていた。

 その頃から、夫は仕事が忙しいと口にするようになり、帰りが遅くなることが増えていて。

 はじめは、本当に忙しいのだろうと疑うことはなかったのだが、夫の脱ぎ捨てた服から知らない甘い匂いを感じて、その後に寝ている彼の首の後ろに、赤い痕を見つけてしまった。

 ーー浮気してる?

 たまたま匂いはついたのだろう。赤い痕は何か別のもので……見間違えたのかもしれない。

 ーーけれど私は、また同じ匂いと、違う場所につけられた赤い痕を目にしてしまった。

 ーー浮気してる……。

 ショックだった。

 でも、仕方がないと思った。

 だって私たちには子供がいない。どんなにがんばっても、私には子どもができない。

 ーー光輝、子ども好きだもんね……。

 

 別れを切り出されると思っていたが、夫は言わなかった。

 もちろん私からは言えない。

 だって私は、こんなに冷めた暮らしをしていても、夫が光輝が好きだから。


◇◇◇◇


 夫と私は幼い頃、お寺に併設する保育園に通っていた。

 そこでは毎年四月に『花まつり』というお釈迦様の生誕を祝うお祭りが行われていた。

 私はそのお祭りが好きで、これまで毎年通っていたのだ。


 今年も例年通りお祭りに行った。

 知り合いのおばさんたちとおしゃべりをして、楽しい時を過ごした後、お寺から続く長い下り坂を一人でトボトボと歩いて帰っていた。

(晩ごはんは何にしよう、光輝、今日も遅いのかな……)

「今日はもう作りたくないなぁ……」

 周りに誰もいないからと呟いて。


 ーーと、その時。


「おーい、お前さん」

「……?」

「お前さんじゃよ」


 突然後ろから声をかけられた。

 振り返ったが、誰の姿も見えない。


 ……空耳?


「おーい」


 また声がする。


「おーい」


 もう一度目を凝らすと、目の前に手のひらに乗りそうなほどの小さなお爺さんが現れた。

 ふわふわと宙に浮いているお爺さんは、私を見てニコニコと笑っている。


「お前さん、毎年祭りに来てくれてありがとう」


 金色の着物を着た白髪の小さなお爺さんは丁寧にお辞儀をした。

 困惑しながら、私も釣られてお辞儀をした。


「あ、どういたしまして。また来年も来ます」


 ペコリともう一度頭を下げると、小さなお爺さんが申し訳なさ気な顔をした。


「お前さんは来年は来れんのじゃ」

「……? 来ますよ?」


 何を言っているんだろう?

 これは私の毎年の恒例行事だ。止めるつもりはない。


「いや、しかしなぁ」


 うーん、と首を傾げたお爺さんは、何か言いにくそうにして懐から紙を取り出した。


「花野 香、享年36歳、事故死、と決まっておる」

「えっ?」


 36歳って何?

 私はすでに36歳で、次の誕生日は11月なんですけど?

 今は4月、ということはギリギリまで生きても後半年の寿命ってこと?


「私はもうすぐ死んじゃうの?」


 ビックリして、ポカンと大口を開けてしまった。


「かわいそうじゃが、そうなんじゃ」

 小さいお爺さんは目を瞑り、首を横にした。


「そんな……」

「だからのぅ、神様であるワシから、毎年祭りに来て祈りを捧げてくれるお礼として、お前さんにプレゼントをあげようと思って呼んだんじゃ」

「お爺さん、神様なの?」

「そうじゃ」


「それなら、プレゼントって事故に遭わなくなる御守りとか?」


 お寺の帰りに出会った神様だ。プレゼントはお守りに違いない。そう思い期待を込めてお爺さんを見つめた。


 今は決して幸せとは言えないけれど、死にたいとは思っていないから。

 それに、事故死なら回避できる方法がありそうだもの。


「残念だが事故死は決定しておる。ワシは神様じゃが、ジャンルが違うのじゃ。決定事項は変えられん。じゃが、ワシは来世のことを決めることが可能なのじゃ」

 お爺さん神様は、腰に手を当てウンウンと頷いた。

 ーー神様にもジャンルがあるんだ……。

 

「来世のことってなんですか?」


 死ぬことは決定しているらしいが、来世ってなんだろう? 疑問に思い尋ねると、お爺さん神様はまた懐から紙を取り出した。


 そしてーー。


「次に生まれ変わるとしたら男? 女? どっちですか!」


 大声で質問しはじめたのだ。


「えっ、突然何?」

「どっちですか?」

「ええっ? 今決めるの⁈ 」


 生まれ変わるとしたら? 生まれ変われるの?

 期待を込め見つめると、お爺さん神様がコクリと頷いた。


「じゃ、じゃあ男!」


 もう、浮気されるのはいや。

 それに、どうせなら今とは全く違う人生を歩んでみたい。


「では、髪の色。金、茶、赤、緑、青、黒どれにする?」


 ええーっ?

 何これ、ゲームの設定みたいなんだけど?

 なんだか、ちょっと楽しくなってきた。


「じゃあ金で!」

「次は目の色じゃ! 青、緑、赤、黄色、紫、黒どれにする?」

「青がいいかな? 2色は選べないの?」

「2色? 左右違うやつか?」

「違う、色が変わるヤツ。どうせならすごく変わった人になりたい」

「ほほぅ、そうじゃな。緑から赤へ変化する瞳ならあるぞ」

「じゃあそれで!」


 そんな風に、私は小さなお爺さん神様と来世の設定を決めた。


 決定した来世の私は男性、金髪、緑から赤に変わる瞳で声優ばりの美声。ーーそして身分は王子様だ。


「これで最後じゃが、その1、生まれた時から前世の記憶がある。その2、5歳の時に前世の記憶を取り戻す。その3、16歳で前世の記憶を取り戻す。どれにするかね?」

「前世の記憶……」


 全部前世の記憶はあるのか……。

 そうしないと転生の意味がないから?

 ーー前世の記憶があるのに、オムツを変えられたりするのは嫌だ。

 かと言って、5歳もなぁ。

 だったら……。


「3番、16歳で前世の記憶を取り戻す、でお願いします」

「相分かった。前世を思い出しても、それまでの記憶はそのまま残る。問題はないはずじゃ。他に付け足したい設定があれば聞いておくが?」

「あ! 出来れば魔法とか使いたいです! それから、好きな人と幸せな結婚をして家族を持ちたい!」

「魔法と幸せな結婚じゃな、承知した! それでは達者でな」


 そう言うと、お爺さん神様はポンッと目の前から消えた。


 辺りは、もうすっかり夜になっていた。


 ーー夢だったのかな?

 夢だったんだろう。


 白昼夢を見るほど私の心が疲れているのかも……。


 お爺さん神様との出会いは夢だと思うことにして、私は急いで買い物をして家に帰った。

「遅くなっちゃった」

 帰ったらすぐにお米を炊いて……30分ぐらい待っていてくれるよね?


 光輝はとっくに帰っている時間、先にお風呂に入っているかもしれないと、小走りで帰ったけれど、家の明かりは点いていなかった。


 音を消していたスマホには、今日も残業というメールが1通届いていた。


「残業か……。だったら仕方ないよね」


 そうして、私の人生は夫とすれ違ったまま終わりを告げた。


 お爺さん神様の告げた通り、享年36歳。

 37歳の誕生日まであと少し、10月だった。



◇◇◇◇


「ひどいわっ」


 バチーンと左頬を叩かれて、私の前世の記憶は蘇った。


 目の前にはピンクの髪の美少女が、ボロボロと涙を溢しながら私を見つめている。


「ああ……ダイアナ。そんなに嫌だったの?」


 優しく話すと、ダイアナと呼ばれた美少女は「ごめんなさいっ」と抱きついてきた。


 ブワッと甘い匂いが私の体を包み込む。

(うわっ、夫の服についていた匂いと似てる……うっ……)


 込み上げる吐き気を抑えながら、ダイアナをギュッと抱きしめた。

 そうしながら、これまでの記憶を手繰り寄せた。


 この娘はダイアナ・フロンティア伯爵令嬢、17歳、

 転生した私、カール王子の12人目の『彼女』だ。

 

 どうやら転生した『私』には『彼女』と呼ぶ婚約者候補が13人もいた。

 ーーどうして?

 前世で浮気されたのに、今の私に彼女がたくさんいるのなんて。

 ーーん?

 別にいいのかな?


 それよりも、今はこの令嬢が何故私を叩いたのかを思い出さなくては。

 んーー?

 ーーあ、そうだ!

 私(王子)がまた『彼女』を増やしたことを怒ったんだ。


「他の方々はお捨てになって! 私と婚約して!」


 腕の中のダイアナ伯爵令嬢が声を高くした。

 私はそっと、抱きしめていた腕を緩め、ダイアナ伯爵令嬢の手を握った。


 ダイアナ伯爵令嬢は、何かというとこうして『婚約して』と言ってくる。


 本当は、王子である私のことを好きでもないくせに『王子様の婚約者』になりたくて近寄ってきた強かな令嬢なのだ。


 しかし、私は何故こんな子を『彼女』にしているんだろう?

 前世の記憶を思い出したせいか、今世の記憶が途切れ途切れになってしまって、詳しく思い出せない。


 ーーと、


「カール王子様」


 ダイアナ伯爵令嬢の手を握ったまま、考え込んでいた私の背後から恐ろしいほどの美声がした。

 ーーこの声はわかる。

 私の低音ボイスのイケメン側近。

 乳兄弟でもあるランディだ。


「ランディか、どうした?」

「申し訳ありません。城へお帰りにならねばならない時間です。ダイアナ伯爵令嬢とはここでお別れ下さい」

「……ああ、そうか」


 まだしっかりと記憶が戻らないのだが、ランディはいつもこうやって助け船を出してくれていた。

 気の利く優しい側近だ。


 私はダイアナ伯爵令嬢に向き合うと、優しく微笑み別れを告げた。


 彼女は、「次はいつ会ってくれますの?」としつこかったが、「君が私を忘れる前には会いに来るよ」と、耳に前世で読んだことのある少女マンガのセリフみたいに甘い言葉を囁くと、喜んで帰っていった。

 ふっ、かわいいモノだ。

 くっと口角を上げ笑みを浮かべていると、

「そんな可笑しな言葉、どこで覚えたんだ?」

 横に並んでいたランディが私の耳元に囁いた。

「ひっ……!」


 さっきまでの丁寧な言葉じゃない砕けた感じで囁かれ、思わず女の子みたいな反応をしてしまった。


 ちょっと待てよ、普段からコイツはこうなのか?


 ランディは、体がくっつきそうな程側にいる。

 側近ってこういう感じ?

 だから側近なの?

 王子になると決めたけど、実はどういうものか詳しくは知らない。

 知識は本と漫画ぐらいだった。

 だって前世は専業主婦だしね。


 チラリとランディに目を向けると、ピタリと目が合ってしまった。

 ジッと見つめてくるアイスブルーの目が……ちょっとかっこよすぎて怖いデス。


「どうした……のだ?」

「……のだ?」


 ーーやばっ!

 喋り方違った? カール王子の話し方、うわぁすぐには思い出せない!

 ああ、お爺さん神様は大丈夫だって言ってたのに‼︎


 とりあえず笑っとこう。

 ニッと口角をあげると、ランディはクスッと笑った。

「いいえ、何でもありません。それではまたお伺いします」

 

 クスクスと笑いながらランディは部屋から下がった。

「な、なんだったんだよ」


 椅子にドカッと腰を下ろし天を仰いだ。


 ……16歳スタート、失敗だった⁈


 もう少し簡単に記憶は繋がると思ってたのに、前世の記憶が強すぎて、カール王子として生きてきたここまでの記憶が曖昧になってしまっている。

 でも仕方ないのかな?

 カール王子は16歳、前世の私は36歳。生きた時間の長さが違うから。


 私、日記とか書いてないかな?

 そう思って、部屋中を探し回っていると、コンコンと扉を叩く音がした。


「カール王子様、お風呂のお支度が整いました」


 呼びにきた側近のランディは満面の笑みを浮かべている。


 ーーへっ?

 お風呂?


「いつものように、一緒に入りましょう!」


 ーーええっ! 

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