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仮面の下にあるもの ②

 学校の敷地から出ると、隣を歩くシイナが周囲をキョロキョロと見回した。


「それで、さっきのことだけど」

「どのことだよ?」

「私がシロ君の後ろを付いて行ったり、抱きついたりしてること」


 シイナの顔を横から見上げると、いつものような凛々しさの欠片もなく目を伏せているようだった。


「それで?」

「シロ君がなんか危なっかしいように見えてさ、つまづいたり、ぶつかったりしないかなとか心配で」

「俺は小さい子供扱いかよ?」

「違うよ? ただ大事にしたい、守りたい、って思ってるだけだよ」


 シイナは即答するが、その不意の言葉に照れてしまい言葉に詰まってしまう。シイナも自分で言ったことがどう受け止められてしまうかということに気付いたのか、「違うよ? そう意味じゃないからね。違うからね!」と慌てて顔を真っ赤にする。「じゃあ、どういう意味だよ」と口にしかけるが、今のシイナには言わない方がいいように思え、ぐっと心の中にとどめた。


「で、でもさ。あのときは私が後ろにいたから助かったでしょう?」


 シイナの声はさっきのことを引きずっているのか心なしか上ずっている。


「まあ、そのことには今でも感謝はしてる。というか、入学式の日からそんな目で見てたのかよ?」

「えっと……シロ君が小さくてかわいいなあと思いながら、後ろをね」

「意味わからねえよ。てか、あのときはまだ姫扱いされる前だし、文化祭のことも知られる前だったはずだろ?」

「私は知ってたよ?」

「はあ?」


 驚きの声がつい漏れ出てしまう。シイナは立ち止まって自分のポケットからスマホを取り出して、何度かタップしたあと俺に画面を見せてきた。

 そこに映し出されたものは、キャスケット帽子を被り、シンプルなパンツスタイルで一見するとスタイルのいい男子にしか見えないシイナと、その隣でアイドル姿でかわいいポーズを取っている俺がいて。


「おまっ、これ――」

「そうだよ。私は友達と一緒に北中の文化祭に行ってたんだよ。シロ君たちのステージ見て、シロ君がかわいすぎて、写真撮りたいと思って会いに行ったんだ。あのときは行列できてて驚いたなあ。ちゃんと撮影料も払ったんだよ?」

「でも、あのときは俺はアイドルの『ユキ』として振る舞ってたはずだけど? 今の俺とはすぐに繋がらないだろ?」

「それは渡瀬さんが――」


 それを聞いて、あの野郎と恨み節を言いたくなる。シイナが言うには、入学式の日、教室で渡瀬に『ユキちゃん』と呼ばれながら、高校でもよろしくと言われたことを俺の前の席で聞いていたシイナはもしかしてと思い、入学式のための移動のときに顔を確認して、確信したそうだ。


「お前すごいな。あのときは化粧もしてるし、ウィッグも付けてるし、声も変えてるしで、俺だと気付けるやつほぼいなかったんだぞ?」

「なんとなくと、雰囲気かな」


 シイナは胸を張って誇らしげにしていて、スマホに目を落とし、「やっぱシロ君かわいいなあ」とだらしない顔を浮かべている。

 そのことにはやや引いてしまうが、それでもシイナは俺を姫扱いもアイドルのユキちゃん扱いもせずに、『シロ君』と俺のことを呼び、歪みながらも男子として接してくれているのだ。

 ただあまりにもシイナが対外的には王子として完璧に振る舞いつつ、俺に接してくるのでそこまで気付くには至らなかった。

 まあ、俺も佑二たち周りにいる数人とは普通に接しつつ、他のクラスメイトとは渋々ながら姫扱いされつつも適当にあしらっていたのでシイナのことをどうこう言うつもりもない。

 ただ俺自身もシイナのことを一度として王子や男扱いしたことはなかった。一人の高校から仲良くなった女子として接してきた。そこには王子扱いしないことで自分が『姫』じゃないと発信し続けるという打算も混じりつつ、現状をただ受け入れていただけという部分も大いにあるのだけれど。


 俺はもっとシイナと真摯に向き合うべきなのかもしれない。シイナのことで気になりつつも、見過ごしていたことはこれまでもいくつかあったのだから。


「それで抱きつくのにも理由あるのか?」

「ないよ。単純に好きでやってるだけ。最初にシロ君を受け止めた時に髪の毛がサラサラのフワフワで心地よかったからさ」


 シイナはスマホの画面を見ながら事も無げに答える。まだ今の発言の重大さに気付いていないのだろう。それと同時に俺の背筋がぞくぞくと冷えたことにも。

 でも、ついさっきシイナと向き合うことに決めたのだから、少々のことは目をつむることにしよう。それにこいつに助けられたのは事実だし、その借りを返してると思ったらいい。


「それで、シイナ。とりあえず、これから時間あるか?」


 いつになく真面目なトーンで尋ねたからか、シイナは俺の方に視線をやり、「それは大丈夫だけど……」と、口にしつつ表情が固まる。もしかしたらさっきの自分の発言をかえりみているのかもしれない。


「大丈夫だって。別にシイナにストーカーまがいのことされたとか、猥褻わいせつ行為されたって、警察に相談しに行こうってわけじゃないからさ」

「私、そこまで犯罪チックなことしてない。もっとライトに合法的にシロ君の後ろを付いて行ったり、抱きついてるだけだよ」

「お前、まじで問題にしたろか? 訴えるぞ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい。冗談です」


 シイナは顔の前で手を合わせ、目を白黒させている。本気で焦っている様は笑えてくる。


「別にいいよ。てか、普段からそれくらい気楽にしてればいいんだよ。普段のシイナは爽やかな王子様って感じだけども、無理してる感じがするんだよな」

「それはまあ、うん……たださ、シロ君の前では不思議と素直になれるんだよ。きっと私と同じような悩みやコンプレックス持ってるからだろうね、逆の方向だけど」


 そう言うシイナの表情は少しだけ悪戯っ子の顔が見え隠れしていて、今の目の前にいるシイナのほうが一緒にいて気が楽だと思えた。


「ねえ、シロ君?」

「なんだ?」

「なんでシロ君はアイドルやったの? 今度は私の質問にも答えてよね?」


 シイナは顔をずいっとこちらに近づける。きっとシイナはずっと気になっていたのだろうけど、俺に気を遣って聞かないでいてくれたのだろう。


「あれは頼まれたんだよ。去年の文化祭が五十回目か何回目か忘れたけど、なんかその関係でステージの出し物に商品が付いたんだよ。今まではただ安物のトロフィーとかだけだったのにさ」

「賞品?」

「そう。中学校近くにある焼き肉屋の食べ放題。まあ、デザートとかもあるバイキング形式の店なんだけど。それで例年になく盛り上がっちゃって、うちのクラスにたまたま渡瀬をはじめ、かわいい女子が集まってたから、それをかそう、ってなってな」

「それでなんでシロ君が?」

「俺、妹がいるんだけど、事情があってみんなと面識あってさ、兄目線の贔屓ひいき抜きでもかわいくってさ。それで兄妹だから当たり前だけど顔の雰囲気似てるし、俺自身が小柄だしで、女装したら行けるんじゃないかって、クラスの女子を中心に悪ノリした結果があれってわけ」


 シイナは笑いをこらえつつも「へえー」となんとか相槌を打っている。その表情がなんかイラっとする。ジトっとした目でシイナを見ていると、突然シイナの目が見開き、こっちを見つめてくる。


「な、なんだよ?」

「シロ君、妹いるの?」

「いるよ。さっきそう言っただろ?」

「写真でいいから、見てみたい」


 シイナはテンションが上がったのか、声量が大きくなる。そのことにため息が出てしまう。シイナの学校の様子からはうかがい知ることもできないが、本当はもっとずっと女の子らしいのだろう。

 きっと甘いものが好きで、かわいいものも好きで――。


「なあ、シイナ。お前さ、本当は甘いもの好きだったりするよな? ちょっと付き合えよ」


 椎名央子という人間が本当はどんなやつなのか、迂闊うかつにも、もっと知りたいと思ってしまったわけで――。


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