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白雪姫と彼女の王子様

「それで結局どうなんったんだ、シロ?」

「何がだよ、佑二?」


 激動だった文化祭が終わり、もう半月が経とうとしていた。あの熱狂がウソだったかのように平穏な日常に戻り、俺は約束通りサッカー部に入部していた。今は朝練を終え、吉野と佑二の三人で教室に向かっているところだ。


「だって、シロはミスコン優勝の特典と自分が姫になることで、椎名さんを王子から解放したわけだろ?」

「まあ、そうなるな」

「でも、椎名さんは王子でいることを選んで、そのうえで特典を利用して、全校生徒の前でシロに告ったってことだろ?」

「うん、そういうことになるな」

「で、結局どうなったんだ?」


 佑二の疑問はもっともだ。俺はお願いをする際に、最低一年は女の子の姿で過ごしてもいいと掛け金を上乗せまでしていた。しかし、俺は男子用の制服を着て、今も何事もなく過ごしている。


「変わらなかった、ってことじゃないかな?」


 佑二の疑問に対して、俺の答えも間違ってはいない。俺は相変わらず『姫』扱いで、シイナも『王子』扱いされている。


「でも、変わったものもあるだろ?」

「そうだな。シイナが甘いものいっぱい貰って困るって言ってた」


 佑二が反応する前に、「そうじゃねえだろ、白崎!」と黙って後ろを付いてきながら俺と佑二のやり取りを聞いていた吉野に小突かれて、バランスを崩した。


「あぶねえな、吉野。ここが階段だったら、また落ちてたかもしれないだろ?」

「はあ? まだそれ引きずるのかよ? 背だけじゃなく、器もちっせーな」


 俺が本心からではなく冗談めかしたのだが、吉野は本気のトーンで食いついてきた。それを佑二が隣で「智也はまだシロのことを分かってないなあ」と、ケラケラと笑っている。


 俺の願いは、シイナを『王子』扱いしないことと、シイナとちゃんと向き合ってほしいということだった。しかし、シイナはその半分の『王子』扱いに対することを断ったため、俺の願いに対する代償は半分で制服の件はなかったことになった。

 そして、シイナの願いを受け入れたことで俺とシイナは、『白雪姫と王子』でありつつ、全校生徒公認の恋人になった。


 教室に着くと、無意識にシイナの姿を探してしまう。しかし、シイナの姿はなく自分の席に座り、通学用のリュックから教科書などを机に入れ始める。

 そのとき、突然すっと背中から腕が回され体重が掛けられる。


「おはよう、シロ君!」

「おはよう、シイナ。今日は遅かったんだな」

「うん、朝練だったからね。シロ君も朝練だったんでしょ?」

「ああ、よくわかったな」

「髪がまだ湿っぽいし、少し汗の匂いする」


 シイナは耳元でそう呟くので、ドキッとしてしまう。制汗スプレーは使っているが、これからはこういうときに備えて、頭皮用のケアグッズも使わないといけないのかと、思わずため息が出てしまいそうになる。


「シイナ、ちょっと離れろ!」


 汗臭いと思われたくなくて、体をよじるがシイナの方が体が大きく力も強いので引きはがせるわけもなかった。抵抗するのを止めると、シイナは回した腕に力を込める。


「離れないよ。それにこの匂いは嫌いじゃないから」

「なんかお前、変態っぽいぞ」

「それでもいいよ。私はシロ君が好きだし、ずっと一緒にいると決めたんだから」

「知ってる。お前、それ毎日言ってるじゃん」

「毎日言いたいんだもん」


 顔が見えないけど、どんな顔をしているかは分かる。きっと表情を緩ませ、かわいい顔をして笑っているのだろう。

 シイナは以前にも増して、付き合ってるんだからとスキンシップが多くなった。今みたいに俺に絡んでは自然な表情を浮かべるので、シイナの『王子』の仮面は効果を失いつつある。


「相変わらず、仲いいな。シロ、椎名さん」

「ほんと、毎日見せつけられて、ただでさえ夏が近くて暑いのに、ちょっと暑苦しいくらいだよな」

「でも、ユキちゃんも椎名さんも幸せなら、それでいいじゃん」


 そんなことを佑二や吉野、渡瀬の三人がいつものように集まってきながら、からかい混じりに声を掛けてくる。

 他のクラスメイト達も口々に、


「また姫と王子がイチャついてる」

「相変わらず王子は積極的だな」

「またやってるよ」

「バカップルだよな、あの二人」


 と、遠巻きに噂しながら生暖かな視線を送ってくる。周囲にそんな反応をされ、驚かれなくなったくらいには、こういうのも当たり前になってきた。もちろん俺自身も嬉しくないわけはない。

 きっとシイナがこうやって自然に自分のしたいことをできる環境ができたというのが、俺とシイナが文化祭で、コンテストで勝ち取ったものなのだろう。

 これがこの先もずっと続いて欲しいと心の底から望んでいる。

 そんなことを思っていると、予鈴のチャイムが響いた。


「チャイムが鳴ったぞ。シイナも自分の席に着けよ」

「分かってるよ」


 そう言うと、シイナは名残惜しそうにゆっくりと体を離し、隣の席に座った。

 つい先日、クラスで席替えがあり、本来は隣は吉野だったのだが、いきな計らいとやらでシイナと代わってくれたのだ。そのことで吉野は俺に恩を売ったつもりか、部活で個人練習に付き合わされているわけで。

 隣でいそいそと鞄から机に荷物を移すシイナをぼんやりと眺めていると、俺の視線に気づいたシイナと目が合った。シイナはそれだけで表情を緩ませ、嬉しそう笑い返してくる。そんな笑顔を見るだけでこっちまで胸のあたりが温かくなるのを感じる。

 きっと俺も同じような表情で笑っているのだろう。


 入学式の日に思い描いた高校生活とは程遠いが、俺は今、白雪姫と呼ばれながら、彼女の王子様と最高に充実した日々を送っている――。

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