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はじまりは定番の「空から女の子(?)」が ②

 入学式が終わると、クラスごとに順番に会場となった体育館から教室に戻ることになった。

 自分たちのクラスの番になり、体育館から外に出ると緊張と張りつめた空気感から解放されたのか、ついさっきまで硬い表情を浮かべていた佑二が「座ってるだけでも疲れたわー」と、大きなため息をつきながら、肩を組んで体重を預けてきた。

 その佑二にさらに吉野が同じように肩を組んで体重を掛けるので、思わず「重いんだよ、お前ら。自分で歩けっての」と文句を言うと、佑二が「こういうときシロって、いつも落ち着いてるから気分転換にはちょうどいいんだよ」と言ってくる。強引に組まれた肩を振りほどくと佑二と吉野はバランスを崩したが、そこはスポーツをやってるだけあってすぐに立て直して、普通に歩き始めた。


「ああ、そうだ。智也。入学式始まる前にサッカー部の先輩から、今日も練習あるから見学だけでもしに来ないかって、誘われたんだけど、お前も来る?」

「そういうことなら行こうかな。見学するにしても一人だと、なんかアウェー感ありそうだったけど、佑二とならそんな感じにはならなさそうだし」

「まあ、先輩は知ってる範囲では気さくでいい人ばっかりだし、大丈夫だと思うぜ」


 一歩前を歩く佑二と吉野がいつの間にか意気投合したようで、どことなく疎外感のようなものを感じてしまい、少しだけもやっとしてしまう。


「なあ、お前ら仲良くなるの早くね?」

「そうか? これから同じクラスで同じ部活に入るんだし、こんなもんじゃない?」

「そうそう。それに今度は敵じゃなく味方でやれるってのは、なんかテンション上がるしさ」

「それめっちゃ分かるわ。俺も楽しみでさ」


 佑二と吉野はそのままサッカー談議に本腰を入れ始める。俺もその話にどっぷりと入ることもできたが、入学式前に二人の前でサッカー部には入らないとはっきりと言った手前、積極的に話に加わろうとは思えず、そのまま二人が話す姿を一歩後ろからぼんやり眺めながら教室に向かった。

 今からでもサッカー部に入ると言えればいいのだけれど、サッカー部に入らない理由はフィジカル面だけでなく、家の事情も踏まえてなので、軽々しく手の平を返せないもどかしさがあった。

 佑二はそのもう一つの理由も知っているので、誘って断られてもどこか仕方ないと割り切ってくれているのだろう。

 階段に差し掛かり、部活をしない代わりに何をしようかと首をひねる。真面目に勉強をするのは避けられない事情があるので確定で、バイトをしてみるのもいいかもしれないと思ったが、部活をしない理由の家の事情に引っかかるので難しいかもしれないと思ってしまう。

 そうなると、いよいよやれることがなく、淡々とした日々を送るしかないという灰色な高校生活の展望に思わずため息が出てしまう。

 そのときだった――。


「なあ、白崎もやっぱり一緒にサッカーやろうぜ」


 そう言いながら、前を歩く吉野が急に立ち止まり、体ごと振り向いて半身はんみの体勢になった。

 俺はと言うと声を掛けらて、ふっと顔を上げた瞬間、立ち止まった吉野の体にぶつかってしまい、体重差からバランスを崩してしまった。そのタイミングで不運にも振り向いてきた吉野の腕が体に当たり、次の瞬間には足の接地感を完全に失っていた。

 そして、驚く暇もなく、ゆっくりと俺を中心に世界が回りだした。


「シロ!!!!」


 異変に気付いた佑二がとっさに叫びながら手を伸ばすが届きそうにもない。

 慌てる佑二の隣で吉野は青ざめた顔で立ち尽くしていた。そうやって立ち尽くして俺を見下ろす姿はあの試合の時と全く同じで。


「ユキちゃん!!」


 渡瀬の声もどこからか聞こえてきた。去年の秋以来ことあるごとに俺のことをずっとかわいいと言い続ける渡瀬もこういうときはちゃんと心配してくれるのだと思うと、悪い気はしなかった。

 しかし、声は届いても救いの手は届かなかった。入学早々、階段から落ちるなんてツイてない。少々の怪我は避けられないだろうが、せめて周りを巻き込むようなことにならなければと祈りつつ、覚悟を決めてぐっと目を閉じ、衝撃に備えて体に力を入れる。


 ――――しかし、いつまで経っても体に強い衝撃はやってこなかった。代わりに少しの衝撃と柔らかな感触。


 不思議に思い、目をゆっくりと開けると、パッと見でもかっこいい顔がすぐ近くにあった。たしか、同じクラスで俺の前の席に座っていた大きいやつで。こいつに受け止められたのだと直感的に理解して、「ありがとう」と声を発しようとした瞬間、周囲から歓声が上がった。中にはスマホで写真を撮っている音も聞こえた。


「さっすが王子!」

「王子、かっこいい!」


 そんな声も辺りかられ聞こえてくる。しかし、この周囲の異常な高揚と反応にも王子と呼ばれたこいつは顔色一つ変えずに、俺を抱えたまま階段をゆっくり上がっていく。


 それもお姫様抱っこで――。


 王子の通り道を作るように自然と人垣が割れていく。階段を上り終えると、ゆっくりと下ろしてくれた。


「大丈夫?」


 正面から顔を見つめられながら声を掛けられた。自分の身に起こったことの整理がつかないので呆気に取られていると、


「もしかして、どこか怪我でもした?」


 そう涼やかだった表情に心配の色がにじむ。言動の一つ一つに嫌味やわざとらしさが感じられないので、それがかっこよさに拍車をかけている。きっとイケメンに助けられた女性は今の俺が感じているように胸が高鳴り、吊り橋効果も相まって、恋に一瞬で落ちてしまうのだろう。そういう乙女心が分かってしまうのが悔しくて視線を落としながら自分の服を軽く叩くと、ありえないものが目に入った。目の前にいる王子と呼ばれたこいつはスカートを履いているのだ。すっと見上げれば身長は吉野と大差もなく、髪も短く整えられていて、スカートという記号がなければ女子だと気付けなかった。


「本当に大丈夫?」

「ああ。だ、大丈夫だ。それより、お前の方こそ大丈夫なのかよ?」

「何が?」

「落ちた俺を受け止めただけじゃなく、そのまま抱えて階段上ったろ?」

「平気だよ。体重も軽かったからね。それとも教室まで運んだほうがよかったのかな?」


 そういうセリフを顔色一つ変えずに言える神経がすごいと思えた。そして、そんなナチュラルに王子様な言動の一つ一つに近くにいる女子が黄色い声をあげている。

 この状況が耐えがたいほどに恥ずかしい俺は思わず固まってしまった。

 そこに人垣をかき分けて、佑二と吉野、渡瀬の三人が慌てた表情で近づいてきた。


「シロ! 大丈夫か?」

「ユキちゃん、平気?」


 佑二と渡瀬の二人の声が重なって俺に届き、「ああ、俺はなんともないよ」と答えた。そのことに二人はホッとした表情を浮かべる。


「白崎、すまん」

「いいって。おおごとにならずにすんだんだし、気にすんな。気にするなら、俺を助けたこいつにお礼でも言ってろ」


 そう青ざめた顔をしている吉野に声を掛けると、吉野は王子に向かって深々と頭を下げる。


「白崎を助けてくれてありがとう」

「そんな頭をあげてよ。当然のことをしただけなんだからさ」


 涼やかな表情でお礼を受け流していて、そんな姿もイチイチかっこいいのが少し腹が立つ。

 そして、この一連の流れを見ていた誰かがぼそりと呟いた。


「白雪姫と王子様だわ」


 その言葉に周囲は一瞬の静寂ののち、一気に盛り上がった。それから騒ぎを聞きつけ、少し遅れてやって来た先生が早く教室に戻るように促し、その場は収まることになった。


 しかし、このことがきっかけで、俺の最低な高校生活が幕を開けることになるとは、このときはまだ思ってもいなかった――。

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