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自ら口にした毒リンゴの味 ④

 毎年恒例の企画である『私のクラスのかっこいい/かわいい投票!!』のなかで、一年C組を取り扱ったウェブ版の学校新聞の記事は、他のクラスと同様に、取材して受けた印象を交えつつ、受け答えをQ&A方式で書かれていた。


『C組の白雪姫と王子こと、白崎さんと椎名君――』


 という一文から始まり、シイナは洗練された好青年ぶりを、俺はかわいさを強調して書かれていた。

 その中で、俺は新聞部の踏み込み過ぎた質問に相手が上級生にも関わらず毅然きぜんと立ち向かい、その後、安堵と本当は怖かったのか涙する場面があったと書かれていて、その文章には、優しく寄り添う椎名君と題された写真が添えられている。そんな風に全てがこっちの想定を超え、肯定的に解釈されて書かれていた。きっとこれを書いたのは赤坂先輩なのだろう。

 そして、見た目のみならず、性格まで絶賛されている始末で、


『取材を終え、教室に帰る際には、白崎さんは真っ直ぐに歩けないほどだった。それほどまでに緊張をしていたのか、相当、無理をしていたのだろう。そして、そんな白崎さんを自然に支える椎名君という二人の後ろ姿は、確かに『姫と王子』そのものだった。』


 という文言で締めくくられていた。

 頭がクラクラとしてきそうなのを我慢しながら、とりあえずコーヒーを口に運ぶ。コーヒー独特の苦みが口の中に広がりを感じながら、学校内における自分たちの立ち位置の目を背けたくなる現実をはっきりと認識する。


「ねえ、みんな黙り込んでどうしたの?」


 来未が心底気になるという風に、俺に体を寄せながらスマホを覗き込んでくる。それを寸前のところでスマホの画面を消して、ポケットに入れて回避する。「なんで隠すの?」と口を尖らせる来未の圧力に耐えながら、シイナと渡瀬に視線を向けると、困惑の表情が浮かんでいた。こういうとき、佑二がいれば笑って空気を和ませてくれるのだろうが、今はないものねだりをしている場合ではない。このまま学校新聞のことをここで話せば、それは母さんと来未の耳にも入ることになり、それは避けたいことだった。そのことを察して、シイナと渡瀬は黙っているのだろう。


「来未、何か欲しいジュースはあるか?」

「パイナップルのジュースかなあ? でも、急にどうしたの?」

「今からちょっとコンビニに行こうと思って」

「私も付いて行きたい!」

「来未には片付けを頼みたいんだけどなあ。来未も四年生になって少しは大人になったと思ったけど、気のせいだったか」


 わざと煽るようなことを言うと、来未は「片付けくらいできるもん。洗い物までちゃんとできるんだから」と、食べ終わった小皿を重ね始める。来未もまだまだ子供で助かる。


「ありがとな、来未。じゃあ、片付けのご褒美に冷凍フルーツも買ってくるよ」

「本当に?」


 来未は鼻歌混じりに片付けを始める。ちょろいにもほどがあるかわいい妹だ。それから、母さんには気付かれないようにそっと渡瀬とシイナに目配せをする。


「じゃあ、私もコンビニ行こうかな。椎名さんも行くよね? 作ってもらうかわりに材料費出すって約束だったし、何か奢らせてもらうよ」

「そ、そうだったね」


 二人は自分の鞄を手に立ち上がる。急いで自分の部屋に財布を取りに行き、リビングに戻ってくると、母さんが手招きしているのが見えた。


「なに、母さん?」

「私は何か炭酸系買ってきてね。それで今は何も聞かないでいてあげる」


 さすがに見抜かれていたかと、思わず顔が引きつってしまう。母さんはいつもそうだ。知らないと思ってもどこからか情報が耳に入っている。去年の文化祭のこともとがめられることはなかったが、問題になるようなことはしないようにとだけ釘を刺されていた。


「わかったよ」

「まあ、相談だとか困ったことがあるなら、遠慮なく話しなさいよ? ユキ君は我慢するところあるからね」

「わかってるよ。ありがとう、母さん」


 玄関で渡瀬とシイナが待っていてくれて、二人と合流して外に出た。コンビニに向かう道すがら、スマホを確認すると、クラスメイトたちはまだ盛り上がっているみたいだった。


「なんだか大変なことになったな、シイナ」

「うん。でも、私もこんなに反響あるなんて思ってなかった」

「だよなー」


 家から出たことで、やっと本心からの感想を口にすることができた。


「さすがに来未や母さんに何があったか、喋るわけにもいかないし」


 そう言いつつ、思わず深いため息が出てしまう。


「ねえ、シロ君。去年の文化祭のときはどう誤魔化したの?」

「別に誤魔化してはないよ。ただ女装するってことを隠して、当日に来ないようにめちゃくちゃお願いしただけ」

「そうだったんだ」

「でもさ、教師やってる親の横の繋がりのことを忘れてて、すぐにバレたけどな」


 そう言いながら当時のことを思い出しながら笑うと、シイナには笑われることなく受け流された。しかし、渡瀬は流すことができず、


「ユキちゃんはまあ、被害者みたいな扱いだったけど、私はおばさんにすっごい怒られたというか叱られたんだよね。うちの子が断らないからって、あんまり無茶させないでってさ」


 と、言いながら自分の腕をさすっている。母さんは見た目はかわいらしい姿をしているが怒ったら相当怖い。きっと自分が何をして、どこが悪かったのかと分かるまで責め苦を受け続けたのだろう。それなのに渡瀬は懲りずに俺に女装をさせる機会をうかがっていたとすれば、無駄に強い胆力を持っているように思えた。

 そんな渡瀬が何かに気付いたようにすっと顔を上げ、まじまじと俺とシイナの顔を見つめてくる。


「どうかしたか、渡瀬?」

「あのアンケートのとき、上級生がこれきっかけで仲良くなるために一年の教室に来るとか言ってたじゃん? それ、大丈夫かなって。だって、取材を受けた二人はある意味なりすましだし、問題になったらどうしようって」

「今さら怖いこと言うなよな、渡瀬」

「でも、もし仮にすっごい注目集めてたら、休み明け大変なことになりそうじゃない? 椎名さんはまあ、すぐバレるとして、ユキちゃんは見つかったらやばくない?」

「でも、所詮しょせんは新聞部の活動の一つだろ? そこまで盛り上がるイベントなのか?」

「そうかもしれないけどさ……」


 渡瀬はまだ何か引っかかるところがあるのか、どこかに落ちないという表情を浮かべている。しかし、何に引っかかっているのか俺には思い当たるものはなく、個人的には女装して取材を受けるという厄介やっかいごとでしかない出来事を乗り越えてたので、あとはそのことでクラスを中心に起こるであろう波風を上手くやり過ごせばいいと思っていた。


「でも、渡瀬の言うことが本当なら、シイナは大変だな」

「私は……まあ、注目されるのには慣れてるから、大丈夫かな。でも、もしものときは男装した方がいいのかな?」

「やめろよな? それ言い出すと、俺までまた女装しないといけなくなるだろ?」

「それいいね。ユキちゃんがやるなら私はいつでもやるよ。ユキちゃんの変身セット、学校に置いておこうかかな」


 渡瀬も冗談交じりにそんなことを言い出すので、思わず声を出して三人で笑い合ってしまった。

 そして、夏を先取りしたように暑いゴールデンウィークの陽の下を、談笑しながらコンビニに向かった。


 もしこのとき、これから起こることが分かっていたら、こんなにも無邪気に笑ってはいられなかっただろう――。

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