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追い詰めてくる新たな毒リンゴ ④

 アンケートのあった日の昼休み。

 ご飯を食べ終えると、クラスメイトの視線と注目から逃げるように、俺とシイナ、佑二と吉野、渡瀬の五人で校舎裏の非常階段の陰にやってきていた。人目を避けるようにして辿り着いた場所で、周囲には人の気配はなく、どこかの開いた窓から声が漏れ聞こえるくらいだった。

 そして、気の許せる人以外の目がなくなったことで、朝からずっと気を張り詰めていた気をやっと緩めれると思うと、その場にぐったりと座り込んだ。


「大丈夫かー、シロ?」

「ああ、なんとかな」

「それにしても、シロがあんな大見得おおみえを切るとはな。ちょっとどうなるかドキドキしたわ。智也とかビビりまくってたし」

「ビビってねえ……とは、言えないな。白崎、これからどうするんだ?」

「それを相談したくて、お前らとこうやってこそこそしてるんだろうが」


 ため息混じりの言葉を吐き出し、顔を上げるとシイナが心配そうにのぞき込んできていた。


「それでシロ君は何を気にしてるの? あのとき私が吉野君の制服着て男装、シロ君は渡瀬さんの制服借りて、メイクするって決めたでしょ?」

「そうだけどさ、普通にバレないか?」

「そうかな? シロ君は過去に実績あるじゃない?」

「じゃあ、シイナはどうなんだ?」

「私?」


 その言葉にシイナに全員の視線が集まる。顔はまあかっこいいし、髪型もいわゆるベリーショートのボーイッシュスタイルなので大丈夫だろう。背も高いし、肩幅も体の厚みもあるアスリート体型だ。しかし、それなりにある胸は服の上からは目立ってしまうのだ。


「ああ、たしかに体のラインは男の子じゃないね」


 渡瀬の言葉に吉野だけはシイナから視線を外して、バツの悪そうな表情を浮かべている。


「大丈夫だよ。私、バレーやってるときにプレーの邪魔にならないように押しつぶすスポブラ持ってるから。それでだめなら、布やバンテージで巻いて押さえつければいいし」

「あとはブレザーも着て、少しぶかぶかなセーターを着てラインを極力見せないようにすれば大丈夫じゃない?」


 シイナと渡瀬は頷き合っている。


「そういう心配するなら、シロは少し盛った方がいいんじゃないか?」

「それは別によくないか?」

「ユキちゃんもブラとか付けたら盛れるし、それっぽくはなるだろうけど大丈夫じゃない? セーターとか着てれば、ブラの透けやラインが出てないことも上手く誤魔化せると思うんだよね」

「なるほど。じゃあ、シロは貧乳系美少女になるわけだな」

「お前、言い方ってものがあるだろ」


 佑二の言葉にその場の全員がクスクスと笑い、張りつめていた空気感が和んだのが分かった。


「じゃあ、ユキちゃんのコンセプトは清楚系美少女にすればいいか。大きめのカーディガン着て、萌え袖にして、あざとさを出すくらいでちょうどいいと思うんだよね。椎名さんは清潔感を重視すれば、そこらの男子じゃあ足元にも及ばないと思うよ」


 渡瀬は一人盛り上がって、うんうんとやる気に満ちているようだった。渡瀬はこういうとき一番乗り気で、的確な意見を出せることは去年の文化祭のときで嫌というほど見てきた。俺だけミニハット着用して逆に目立たせたようだとか、両手でマイクを握って、かよわさとかわいさアピールしてみようだとか、男の俺では気付けないような細かいところまでこだわっていた。

 俺もそういう一生懸命さは嫌いではないので、歩き方や立ち姿、表情の作り方など細部まで、渡瀬と一緒にアイドルの『ユキ』を作り込んだ。

 その苦労がまさか今になって役に立つとは思っていなかった。むしろ、あのときの努力が回りまわって今の状況を作り出す一因になっているのかもしれない。そう考えると、なんともやりきれない思いになってしまう。


「でもさ、名前はどうするんだ? ちょっと調べられたらすぐに性別逆だとかバレるんじゃねえの?」


 吉野が腕を組みながら、口にする。


「とりあえず、その場でバレなきゃいいんじゃないか? シロが椎名さんの名前を、椎名さんがシロの名前を名乗るってのは?」

「ダメだろ、佑二。アンケートで、かっこいいのは椎名、かわいいのは白崎ってきっちり苗字で確認取られて、その結果を向こうは持ってるんだぜ」

「ああ、そっか。じゃあ、下の名前まで先にこっちが名乗っちゃえば、いいんじゃね? 例えば、そうだな……白崎ユキと椎名ヒロみたいに最後の一文字削ってみるとか」

「それいいかも。みんな、二人のことは『姫』と『王子』しか呼ばないし、名前で呼ぶのは私がユキちゃんって呼ぶくらいだしね。仮にバレても、調べない方が悪い、こっちはノリで女装や男装までして協力したのにって、ごねればいいじゃん」


 佑二と渡瀬によってどんどんと話が進んでいく。


「性別関係なく、意外に普通に受け入れられたりしてな」


 そこにぽつりと吉野が、怖いことを言うので、「いや、ないだろ」と俺は否定の言葉を即座に口にするが、佑二と渡瀬は俺の顔をニヤニヤとした表情で黙って見つめてくる。


「なんだよ?」

「なんだよ、って言われてもなあ。去年、アイドルのシロ見て、一目ぼれしたって告白しようとした後輩いたじゃん」

「ああ、そんなのもいたな。でも、あれはレアケースだろ?」

「いやいや、ユキちゃん。私にもユキちゃんを紹介してくれって、何人も言い寄ってきてたよ?」

「はあ?」


 驚きのあまり変な声が出てしまい、そのことでその場にいる全員が笑い出してしまう。シイナまでお腹を押さえて大笑いしていて、その姿を見ると今は笑われてもいいかなと思えてしまう。


「まあ、俺はシロが何か面白いことになるんじゃないかって、ひそかに期待してるんだけどな」

「口に出してる時点で密かじゃねえよ。だだれだっての」

「そうは言っても、今回もなんだかんだで本気じゃん」

「まあ、見た目は渡瀬次第だけどな。でも、今回は取材だってことだし、何聞かれるか全く分からないのはちょっと不安だわ」


 俺の言葉に「うーん」と佑二も渡瀬も考え込んでしまう。


「大丈夫だよ、シロ君。取材の方は私がなんとかするから、任せてよ」


 シイナが自信満々にそう口にする。シイナの表情は強がっているようにも無理しているようにも見えない。本当に何か策があるのかもしれない。


「分かった。頼むよ、シイナ」

「うん。まあ、そういうのには慣れてるから大丈夫だよ」


 シイナは笑顔で頷いた。そして、そのまま打ち合わせを続けていると、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響き、「やべっ! 早く教室に戻ろうぜ」と佑二が声に出すので、みんなで廊下を駆けて、教室に急いだ。

 教室に向かって走りながら、何か引っかかりを感じている自分がいたが、それが何に対してかは分からなかった。ただ、隣でバカみたいに走りながら笑っている佑二や吉野、少し遅れながら息を切らしている渡瀬とそれに付き添うようにスピードを合わせながら楽しそうにしているシイナ――このなんでもない瞬間さえも、心の底から楽しいと感じてしまう。

 きっと気の置けない友人たちに囲まれて、無駄に青春をしている気分に浸っているのかもしれない。だけれど、俺たちは青春を浪費していい立場なのだから、気にせずにこいつらといつまでも走っていたいと思ってしまっていた――。

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