聖女の来訪
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「あうあう……」
執務室のデスクに突っ伏しながら、ライラ様が変な呻き声を上げている。
やっぱりモーカムの街に自治権を与えたとはいえ、仕事の量は相変わらずのようで、要塞の建造がひと段落した僕も仕事を手伝っているところだ。
ハンナさんは、屋敷の使用人が大量に辞めてしまったあおりを受け、侍女としての仕事に大忙しだ。
もちろん僕も、朝と夜に[技術者]の力で屋敷の清掃をしてその手助けをしている。
いや、まあ……清掃じゃなくて作り変えだけど……。
「……もういっそのこと、私も今すぐにでも貴族を辞めてもいいと思うのですが……」
書類を手に取りながら、自暴自棄になったライラ様がポツリ、と呟く。
「い、いやいや!? 辞めるにしても領民達が困らないように道筋を立ててあげないといけませんからね!?」
「あうう……」
僕が慌ててそう言うと、ライラ様はガックリとうなだれた。
まあ、いざ辞めるための準備をするとなると、今の仕事量の三倍……いや、五倍はあるだろうからなあ……。
「お嬢様! アデル様!」
すると、ハンナさんが勢いよく扉を開け、執務室に飛び込んできた。
「ハ、ハンナ、どうしたのですか!?」
「例の[聖女]ですが、二日後に到着するとのことです!」
「「二日後!?」」
ハンナさんの言葉に、僕とライラ様は思わず聞き返す。
「はい! 今はモーカムの街に逗留しているらしく、迎え入れる準備をするようにとのことです!」
そう説明すると、ハンナさんがライラ様に書簡を渡した。
「本当ですね……まあ、律儀な方といえばそれまでですが……」
「ですね……」
ライラ様の隣で書簡を覗き込みながら、僕もその呟きに同意する。
「とにかく、[聖女]の目的は分かりませんが、さすがに粗相があってはけません。ハンナ」
「お任せください、お嬢様」
ライラ様の意を酌み取り、ハンナさんがゆっくりとカーテシーをした。
「僕は聖女様のための来賓室を綺麗にします。ハンナさんもアドバイスしていただいてもいいですか?」
「もちろんです!」
僕がそうお願いすると、ハンナさんはフンス、と気合いを入れた。
「二人共、ではよろしくお願いします」
「「はい!」」
◇
「だ、大丈夫ですかね……」
僕はワイシャツの襟元に指を差し込んでクイ、と広げてみる。
「うふふ、とてもよくお似合いです♪」
ハンナさんは執事用の服を着て窮屈そうにする僕の姿を見て微笑んだ。
ま、まあ、ゴドウィンのパーティーの時にもタキシードを着てるから、こういうのが初めてって訳ではないけど……うう、やっぱり落ち着かないなあ……。
「アデル様、このようなお願いをしてしまい申し訳ありません……」
「いえいえ、この屋敷には僕達三人しかいないのですから仕方ないですよ」
シュン、と俯くライラ様を、僕は苦笑しながら慰める。
[聖女]がこの屋敷に逗留している間、僕は侍従としてハンナさんと一緒にお世話をすることになった。
今さら使用人だった方達に短期間とはいえ戻ってきていただいてもお互い気まずいだけだし、それなら気心の知れたこの三人で対応したほうが、はるかに気分がいい。
ということで、僕はライラ様にそう申し出ると、最初は難色を示したもののハンナさんのアシストもあってこういう結果になったのだ。
「うふふ……こうやって侍従のアデル様とメイドの私が並ぶと、お似合いだと思いませんか?」
う、うわあ……また返答に困ることを……。
い、いやまあ、ハンナさんにそう思ってもらえるのはこの上なく嬉しくはあるんだけれども。
「……何を言っているんですか。やはりここは、主君の傍に立つ侍従のほうが映えますよ。ねえ、アデル様?」
「あ、あははー……」
そ、それも僕的にはかなり“あり”ではあるんですが、へ、返事できない……。
でも。
「「あ……」」
「……少なくとも、お二人の傍が僕の居場所であることは間違いないですね」
二人の手を取ってそう言うと、僕はニコリ、と微笑む。
「ふふ……嬉しいです」
「ありがとうございます……」
二人も頬を染め、嬉しそうに僕の手を慈しむように握り返してくれた。
「では、街の入口までお出迎えに参りましょうか」
「「はい!」」
僕達は屋敷を出ると、馬車に乗ってモーカムの街側である東門へと向かう。
「やはり、この馬車の座り心地は良いですね……」
「この馬車に慣れてしまうと、他の馬車にはもう乗れませんね」
両隣りに座る二人が、御者席の革張りのシートを触りながらそう呟く。
僕としても、二人にここまで気に入ってもらえると鼻が高い。
そうして馬車に揺られながら東門に着いた僕達は、街道にその姿が見えるまで車内で待機することにした……んだけど。
「お嬢様、そろそろ交代では?」
「そ、そんな! まだほんの少ししか経っていないではないですか!」
「あ、あははー……」
向かいに座るハンナさんが澄ました表情でライラ様にそう促すと、僕の隣に座るライラ様は肩を怒らせて抗議した。
僕としては、ただただ苦笑するしかない。
ま、まあ、二人が協議した結果、『僕の隣に座るのは交代制で』ということになったので、僕がどうこう言うこともできない訳で……。
……も、もう少しこの馬車を大きく作り直そうかな……。
そんなことを考えていると。
「あ、あれ……」
窓を覗くと、街道の先から一台の馬車がこちらに向かっているのが見えた。
「どうやら到着されたようですね……アデル様、ハンナ、馬車を降りて出迎えましょう」
ライラ様の言葉を受け、僕達は馬車を降りて待つ。
[聖女]を乗せた馬車が近づくにつれ、よりその姿が鮮明になっていく。
その時。
「……あれはっ!」
突然、ライラ様が叫ぶ。
「ど、どうしたのですか!?」
僕はライラ様に慌てて尋ねる。
だって……表情こそ変わらないものの、ライラ様の右の瞳には明らかに怒りの色が見えたから。
「何であの連中が乗っているのですか!」
「あの連中、とは?」
「“黄金の旋風”の連中ですっ!」
「「ええっ!?」」
僕とハンナさんが驚きの声を上げる。
どうして“黄金の旋風”が[聖女]と一緒に!?
だけど、そんな連中が乗る馬車は、どんどんこちらへと近づいてきて、とうとう僕の肉眼でもその姿を確認することができた。
確かに、御者席にはロロとセシルが乗っていて、馬を操っていた。
エリアルやレジーナ……そして、カルラは車内にいるのだろう。
鋭く睨みつける僕の眼前までやって来た馬車が、ゆっくりと停車する。
馬車の扉が開き、一番最初に現れたのは。
「アデル様!」
「え……?」
王都の噴水の傍で出会った、神官服を着たあの女の子だった。
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次回は明日の夜更新!
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