報い
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「——【加工】」
僕は床に手をついてとう呟く。
この部屋に張り巡らされた、この男の罠を全て無効化するために。
「シッ!」
そして、僕が何をしたか理解したハンナさんは、一息で男へと肉薄した。
「クハ! オイオイ、俺の糸は一体いつの間に切られたんだ?」
「うふふ……さあ?」
ハンナさんが微笑みながらククリナイフを男へと打ちつける。
でも、男はそんなハンナさんのナイフ捌きをいともたやすく受け止めた。
「クハハ! お前、腕落ちたんじゃねえか?」
「御冗談を!」
男の挑発に乗るように、ハンナさんはククリナイフの速度をアップさせる。
だけど……やっぱり男には通用しない。
そして。
「あ……っ!?」
なんと、男の手に持つナイフによって、ククリナイフの刃が欠けた。
僕の能力で、玉鋼を極限まで硬質化してあるナイフが。
そして、男は返す刀でハンナさんにナイフを振るうと、ハンナさんはたまらずバックステップで距離を開けた。
「クッハ! 硬ってえナイフだなオイ! 並みのナイフだったら、バターみたいに切り刻んでやったのによお!」
「これは……どういうことですか……?」
男も驚くが、それ以上に驚きを見せるのはハンナさんだった。
「クハハ! そもそもお前にナイフを教えたのは俺だぜ? それに忘れたか? 俺の職業、[切り裂き魔]の能力を!」
「クッ!?」
男がここぞとばかりに迫り、ハンナさんは二本のククリナイフを十字に構えて迎撃を試みる。
その時。
「あは♪」
「っ! おっと!」
男がハンナさんに集中している隙にライラ様が鎌を袈裟切りにして攻撃を仕掛けるが、男はそれを察知し、横っ飛びで躱した。
「クハハハハ! 伯爵家のお嬢様の癖にやたらと強えじゃねえか! さすがの俺も一瞬冷汗かいたぜ!」
見ると、男の衣服がはだけていた。
どうやら男は完全に躱した訳ではなく、死神の鎌は僅かに背中の衣服にかすっていたようだ。
なら、僕も!
「【加工】!【製作】!」
僕は床に手をついたまま、能力を発動して男を捕えるための壁を展開する。
だけど。
「クハハハハ! なんだよコレ! いきなり壁が目の前に現れやがったぞ!」
男は壁をアッサリと切り刻み、何事もなかったように壁から出た。
……全部石の成分だけで壁を作ったんだけどな……。
「クハ……まあ、ここいらが潮時だな」
そう呟くや否や、男は懐から何かを取り出すと、床に叩きつけた。
すると、部屋中が白い煙のようなもので充満する。
「んじゃ、また王都でな」
白い煙の向こうで、男の手からカチ、と火花のようなものが……っ!? ま、まずい!
「クソオッ!【加工】!【製作】!」
僕は大慌てでライラ様、ハンナさん、そして僕を護るように壁を展開するとともに、天井に上の階へと通じる穴を開けた。
——ドオオオオオオン……!
けたたましい爆発音が部屋中に響き渡るが、咄嗟に作った壁と天井に開けた煙の抜け道を作ったお陰で、少なくとも僕には被害はない。
僕は【加工】で壁を壊すと、同じく壁に護られていたライラ様とハンナさんも無傷だった。
「ふう……良かった、お二人もご無事で何よりです……」
「はい、アデル様のお陰です」
とはいえ……子ども達や人攫いの連中の遺体は、全て焼け焦げてしまった
「師匠……どうして……」
子ども達の遺体を眺めながら、ハンナさんが悔しそうに唇を噛む。
ハンナさんからすれば、過去の自分を救ってくれたはずの師匠が、今回は子ども達を皆殺ししたことに納得できないのだろう。
だけど、僕達もいつまでもこうしている場合じゃない。
「……ライラ様、ハンナさん。騒ぎになる前に僕達もここを立ち去りましょう……」
「「……はい」」
僕は二人を促すと、階段を昇って建物を出る。
外には既に多くの野次馬が建物の周囲に集まっており、ヒソヒソとささやきながら建物と僕達を見つめていた。
「何事だ!」
そこへ衛兵達がやって来ると、野次馬を現場から引き離しつつ僕達に声を掛けてきた。
「実は……」
僕達は衛兵達に、中で起こった状況を簡単に説明した。
この建物が、人攫い達のアジトであったこと。
僕達は攫われた子ども達を救出するため、建物の中に突入したが既に人攫いも子ども達も全員殺されていたこと。
そして、人攫いと子ども達を殺した[暗殺者]と戦闘になり、粉塵爆発を引き起こされてこのような事態になってしまったこと。
「……いずれにせよ、中に遺体もありますので調査を。何かあれば、アイザックの街のカートレット伯爵家に連絡してください」
そう言うと、ハンナさんはカートレット家の紋章を衛兵達に見せた。
すると衛兵達は一瞬驚いた表情を浮かべた後、敬礼して僕達をこの場から解放してくれた。
その後、僕達はあの地下水路の入口へと向かう。
そこには……不安そうな表情を浮かべたテオがたたずんでいた。
それは、“家族”の無事を祈ってのものなのか、“家族”を売り飛ばしたことに対する贖罪なのか、それとも……。
「……メルや他のみんなは、全員死にました」
「っ!?」
ハンナさんが事実を伝えると、テオは息を飲んで目を見開いた。
そして、その全身が震え出すのを抑え込むように、自分の身体を必死で抱いていた。
そんなテオに、ハンナさんがポン、と肩を叩くと。
——ズグリ。
「……メル達にちゃんと謝罪するのですよ?」
「あ……は……かは……っ!?」
胸を押さえ、膝から崩れ落ちるテオを一瞥し、僕達はその場を後にした。
僕はチラリ、とハンナさんの横顔を覗き見ると、彼女は僅かに顔を歪めていた。
そんなハンナさんの手を、僕はそっと握る。
少しでも、彼女の心の隙間が埋まるようにと願いを込めて。
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次回は明日の夜更新!
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