烙印と紋様
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「お嬢様、アデル様、勝手なことをしてしまい申し訳ありませんでした……」
地下水路を出て僕達は宿に戻ると、開口一番、ハンナさんが深々と頭を下げて謝罪した。
「い、いえいえそんな! それで……何か理由があるんですよね?」
僕はそんなハンナさんの身体を起こすと、理由を尋ねる。
「はい……実は、その……」
すると、ハンナさんが少し悲しそうな表情を浮かべて言い淀んだ。
「あ……無理してお話しいただかなくてもいいですからね!」
僕は少し焦ってしまい、大丈夫だと身振り手振りで示す。
はあ……僕はハンナさんのこんな顔を見たい訳じゃないのに……。
失敗したなあ……。
すると。
「ハンナ、アデル様はそんな人じゃないこと、分かっているでしょう? だったら……」
「お嬢様……はい」
ライラ様がハンナさんの背中を押すようにそっと告げると、ハンナさんが強く頷いた。
そして、覚悟を決めたかのような表情で僕を見つめた。
「アデル様、少々昔話にお付き合いいただけますでしょうか……?」
「はい……」
僕は、ハンナさんのお願いに静かに頷く。
「ありがとうございます……」
そして、ハンナさんはゆっくりと話し始めた。
ハンナさんは元々孤児で、幼い頃は王都の路地裏でメル達と同じように盗みをしたり残飯を漁ったりして生きていたこと。
八歳の時、仲間の孤児に裏切られて攫われ、悪趣味な貴族に売られたこと。
そして……その貴族の玩具として、穢されたこと。
「……十歳の時に師匠がその貴族の暗殺に来たお陰で私は解放されましたが、今も私の身体には、あの男の所有物としての証があります……」
そう言うと、ハンナさんが突然着ているメイド服をはだけさせ、その肢体が露わになる。
だけど……ハンナさんの白い素肌には、いくつもの傷跡があり、それと共に左胸には烙印が押されていた。
「うふふ……この傷は[暗殺者]としての修行中や暗殺任務の際にできたもの、そしてこれが……あの男の所有物としての証、です……」
ハンナさんは自虐めいた微笑みと一緒に、左胸の烙印を掌で覆い隠した。
「……幻滅、しましたか……っ!?」
気づけば、僕はハンナさんを抱き締めていた。
その傷も、烙印も、全て僕の身体で埋め尽くしてしまいたくて。
「ハンナさんは、綺麗です……ライラ様と同じように、気高くて、美しくて……!」
「アデル、様あ……!」
ハンナさんが僕の肩に顔を寄せ、すすり泣いた。
僕は……そんなハンナさんを、強く……ただ強く、抱き締めた。
「ハンナ……だから、言ったでしょう……?」
「お嬢様……! ええ……ええ……!」
ライラ様もそっとハンナさんに寄り添い、そうささやくと、ハンナさんが涙をぽろぽろと零しながら何度も頷いた。
「私は……私は、お嬢様やアデル様に出逢えて、本当に幸せでございます……!」
僕達三人は抱き合いながら、お互いが出逢えた幸福を噛みしめた。
◇
「ふふ……ハンナ、落ち着きましたか?」
「お嬢様……はい、お陰様で……」
ライラ様が微笑みながらそう尋ねると、ハンナさんは僕達からそっと離れた。
でも、その表情はどこか名残惜しそうで……。
「アデル様……本当に、ありがとうございます……」
「いえ……と、とりあえず、僕としてはハンナさんに早く服を着て欲しいかな……」
目のやり場に困った僕は、恥ずかしさで俯きながらそう呟いた。
「あ……うふふ……こんな身体でも、そんな風に思っていただけるのですね……」
「な、何言ってるんですか! ハンナさんの身体は誰よりも素敵……って、とと、とにかく! 早く服を!」
僕はこれ以上ハンナさんの裸を見ないよう、慌てて後ろへと振り向いた。
あうう……何というか、その……恥ずかしい……。
「うふふ。はい、もういいですよ」
ハンナさんの呼びかけに振り返ると、ハンナさんはメイド服を着終えていた。
僕はホッとしたというか、その、心のどこかで名残惜しいというか……。
「むうううううううううううううう!」
するとライラ様は、何故か頬をパンパンに膨らませていた。
「あ、あはは……ライラ様だって、その、お綺麗ですから……」
「で、ですが! アデル様は私の身体を見たことはないじゃないですか!」
僕はライラ様に機嫌を直してもらおうと思いそう告げると、ライラ様が詰め寄って抗議した。
あれ? ライラ様は忘れていらっしゃるのかなあ……。
「あ、あのー……僕は、一度だけライラ様のその……裸を見たことがあります、よ……?」
「「ええ!?」」
僕の言葉にライラ様だけでなくハンナさんも驚きの声を上げた。
あー……まあ、あの時はそれどころじゃなかったしなあ……。
「ほ、ほら、ライラ様の左胸にも、まるで紋様のようなあざがありますよね?」
「……ど、どうしてそれを……!」
「で、ですので、見ましたから……ライラ様の身体に腕と脚を取りつける時に……」
「「あ……!」」
二人共、ようやく思い出したみたいだ。
そう、あの時は裸にしないと取り付けられないから、必然的に僕は見た訳で……。
「あああああ……は、恥ずかしい……」
「お、お嬢様! アデル様は綺麗だと仰ってくださったではないですか! だ、だから全然大丈夫です!」
あの時のことを思い出して恥ずかしくなったライラ様は両手で顔を覆ってしまい、ハンナさんが必死で慰めた。
「と、とにかく話を戻しましょう! ハンナさんはそのような過去があったからこそ、同じ境遇のあの子ども達が放っておけなかったということと、同じように人攫いの被害に遭っていると考えたということでいいですよね!」
僕はこの混乱した状況を何とかしようと、無理やり話題を変えた。
「あ、は、はい……それで、できればその人攫いの連中を排除できればと……」
「……あは♪ 羽虫のように潰しましょう♬」
すると、 “死神”モードになったライラ様がニタア、と口の端を吊り上げた。
大切なハンナさんと同じ境遇ということもあって、ライラ様もかなり許せないんだろう。
「なら決まりですね。僕達でその連中に地獄を見せてやりましょう」
「「はい!」」
こうして僕達は、ヘイドンの街にしばらく滞在することが決まった。
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