侍女の生きる意味①
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■ハンナ視点
私は、ゴミ溜めのような王都の路地裏で育った。
父はどこかのごろつきと酔った勢いで喧嘩し、その時にナイフで刺されて死んだ。
母も、多くの男を取っ替え引っ替えしているうちに、変な病をうつされ、恨みつらみを呟きながら息を引き取った。
そうして幼いながら孤児となった私は、盗みや残飯を漁りながら、今日という一日に絶望しながら過ごしていた。
そんなある日。
大勢の男共が路地裏にやって来て、ここに住む孤児達を攫って行った。
とはいえ、これはここならよくある風景だ。
私達身寄りのない子どもを攫い、どこぞの裕福な連中に売り飛ばすのだろう。
金持ち共の玩具として。
私から言わせれば、こんな連中に攫われる子ども達が悪い。
ちゃんと、自分の身を守れなかったのだから。
だけど……この日は、私が攫われた。
もちろん、私は自分の身を守るため、いつものように連中では絶対に見つけられない場所に息を潜めて隠れていた。
だけど……私より先に捕まった孤児の一人が、あろうことか私の居場所を人攫いの連中に教えたのだ。
私を、道連れにするために。
そして私は人攫いに連れられ、身体を隅々まで綺麗に洗われた後、裸のまま檻に入れられた。
人攫いの連中の会話の内容を聞くと、私は三日後のオークションというもので、売られるらしい。
私は檻の中で食事を与えられながら、その日を待った。
とはいえ、檻の中での三日間は私にとって悪いものではなかった。
だって、何もしなくても食事が手に入り、ぐっすり眠ることができたのだから。
そして、いよいよ迎えたオークション当日。
私は首輪と鎖を着けられ、裸のままステージの上に立たされる。
目の前には仮面を被ったいかにも裕福そうな連中が、まるで争うように数字を言い合っている。
その結果。
「はい! 金貨五十七枚で八十三番の紳士が落札されました!」
「「「「「おおおおお……!」」」」」
どうやらこの仮面の男達が叫んでいたさっきの数字は、私の売値だったみたいだ。
「あはは……」
そのことに気づき、私は思わず乾いた笑いを浮かべた。
だって、ドブネズミみたいなこの私にそんな夢みたいな価値があるだなんて、これっぽっちも思わなかったから。
「やあ……これからよろしくね」
服を着せられ、私を買った男と面会すると、男は仮面を取ってニコリ、と微笑んだ。
見た目は少しぽっちゃりしてるけど、すごく優しそう。
私のこの男への第一印象はそんな感じだった。
その後、私は首輪をつけたまま、ぽっちゃりの男と一緒に馬車に乗り、大きな屋敷へと連れられた。
「うわあ……!」
屋敷の中はもっとすごくて、私は思わず声を漏らした。
だってこんなの、まるでおとぎ話みたいだったから。
「ワハハ。これからは、この屋敷はハンナの家でもあるんだぞ?」
そう言うと、ぽっちゃりの男は私の髪を優しく撫でた。
ここが……私の家?
信じられなくて、夢みたいで、私は自分の頬っぺたを何度もつねった。
痛い。夢じゃ、ない。
「さあ、コッチへおいで?」
「はい!」
私は嬉しそうに返事をすると、差し出された男の手を握り、屋敷の奥にある部屋へと入る。
……そして、私は花を散らした。
◇
この屋敷に来て以降、私は悪夢の連続だった。
初めて会ったあの日、優しく微笑んだ男の顔は今では醜悪な豚のような笑みを浮かべ、毎晩のように私を嬲った。
男の所有物であるとの証明として、左の胸に烙印を押され、もう永遠に消えることはない。
昼間は屋敷の侍女として厳しい教育を徹底的に叩き込まれ、侍従長から常にいじめを受けた。
主人であるあの男がいない時は、執事が私のところにやって来ては、あの男と同じように私に行為を求める。
そして私は、それをただぼんやりと受け入れるだけだった。
そんな日々を二年間過ごし、十歳を迎えたある日のこと。
その日もいつもの部屋で主人により嬲られていた、その時。
「クハハ! オイオイ、年端のいかない少女を道具まで使っていたぶるだなんて、アンタも趣味が悪いねえ!」
「だ、誰だ貴様は!?」
突然、どこからともなく男が私達をニヤニヤしながら眺めていた。
「クハハハハ! 誰って、そんなの別にどうでもいいだろ!」
何がおかしいのだろうか。
男は腹を抱え、脚をジタバタさせながら大笑いする。
「だってアンタ、今から死ぬんだからよ?」
「は、はあ!?」
主人は驚きの声を上げ、目を見開いた。
「き、貴様、誰に雇われた!? この私を“ギャバン伯爵”と知っての狼藉か!」
「クハハ! 当然じゃん! アンタ、色々とやり過ぎだってよ」
そう言うと、男はニタア、と口の端を吊り上げ、ゆっくりと主人の元に近寄る。
「ヒイ……!? な、なあ、貴様の雇い主の二倍……いや、三倍出す! どうだ? 私につかないか……?」
主人は何とかこの男を懐柔しようと試みた。
だけど。
——スパ。
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
「クハハ! 醜いねえ! 何を言おうが、本職が雇い主を裏切ったらオシマイなんだよ!」
突然、主人の左腕が切り落とされると主人はもんどりうって倒れ、私は主人の二の腕から勢いよく吹き出す血を全身に浴びた。
「クハハ! なあ嬢ちゃん、この男に恨みとかない? ホラ、あるでしょ?」
ニタア、と嗤いながら、男が耳元でささやく。
恨み……そんなもの、主人……いや、この豚には恨みしかないに決まっている。
「だったらさあ……キミ、やっちゃう?」
そう言って、男はナイフを一本取り出し、私に手渡した。
「クハハ、キミの好きにしていいんだぜ?」
男の言葉を受け、私はユラリ、と豚の前に立つ。
「ヒイイ!? ま、待てハンナ! わ、私達はあんなに愛し合ったじゃないか! あの日々を忘れたのか!?」
「うふふ……もちろん覚えておりますよ? 私を嬲り、穢し、毎日玩具のように扱われた日々を!」
——ザク。
「ギャヒイイイイイイイイ!?」
私は豚の腹に、ナイフを思い切り突き立てると、豚は悲鳴を上げた。
「ウフフフフ! 豚らしくよく鳴くじゃないですか! もっと鳴いてくださいませ! ホラ、ブーブーって仰ってくださいな!」
——グサ、ズブ、ブシュ。
「ギャ!? アエ!? ヤメッ!?」
「ホラホラどうしたんですか? もっと! もっと鳴き声を聞かせてくださいよおおおおお!」
「ギュ……ウ…………………………」
私は、ナイフを何度も何度も突き立てる。
鳴かなくなっても、お構いなしに。
そして。
「クハハ。それ以上突いても、あとは床しかないぜ?」
ポン、と男に肩を叩かれて我に返る。
眼前には、何度もナイフで刺され、切り刻まれてグチャグチャになった内臓をまき散らし、背骨まで露わになった豚の死体があった。
「いやあ、すさまじいねえ」
「…………………………」
飄々とした様子で男が呟く。
「クハハ。ところで、コイツ以外は全部ヤッちゃったんだけど、ひょっとして他に恨みがある奴とかっていたりする? だったらゴメンねえ?」
「……いえ。ですが、この屋敷とは別のところに、恨みを晴らしたい連中はいます」
男の問い掛けに、私は静かにかぶりを振った。
「クハ! そうかい! だったらさあ、俺が恨みを晴らせるように、鍛えてやろっか?」
「っ! ほ、本当ですか!?」
男の言葉に、私は思わず食いついた。
「クハハ! 本当だぜ! オマエ、見どころあるしな。んじゃ、行こうぜ」
「は、はい! そ、その……あなたは一体……」
「ん? 俺か? 俺は“ジャック”。ただの“ジャック”だ」
それが……私と師匠との出会いだった。
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