手前の村まで
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「ハア……ハア……」
後ろから、複数の荒い息遣いが聞こえる。
それもそうだろう。あれだけの大量の荷物を抱え、徒歩でひたすらゴドウィン領を目指しているんだから。
そして、当然ではあるけど、ライラ様とハンナさんは一切荷物を背負っていない。
もちろん、この僕も。
とはいえ、ライラ様は非常に重量のある甲冑を着込んでいるし、その右手には不釣り合いなほど大きい鎌を携えているので、実はエリアル達よりも一番大変なんだけど。
「ふふ。アデル様、どうしました?」
右隣のライラ様が僕の顔を覗き込みながら話しかける。
「ああいえ……別に。それより、今日中には湿地帯の手前まで行ってしまいたいですね」
「ええ、そうですね。あそこなら、ちょうど宿泊できる村もありますし」
僕の言葉に、左隣にいるハンナさんが答えた。
「はい。湿地帯を超えると、モーカムの街に到着するまでは立ち寄れる村もないので、最悪二泊は野営するしかないですし」
「できる限り、今日の村で英気を養っておきたいですね……」
僕達三人は顔を見合わせながら頷く。
そして、僕は後ろをチラリ、と見ると……全員が僕達を恨めしそうに睨んでいた。
とはいえ、二人もそうだが僕もいちいち気にしていられない。
“黄金の旋風”は徒歩も荷物運びも承知で引き受けたんだし、それについて僕達に当たるのもお門違いだ。
まあ、僕が“黄金の旋風”にいた頃は、道具類は全部その場で【製作】するから、食料と水、救急用のポーションくらいしか持ち運ぶものはなかったんだけど。
それに……あの時は、荷物は全部僕一人で運ばされていたんだ。当時、幼馴染で恋人だったカルラでさえも。
そのことが余計に僕の中から罪悪感を消す要因になっていて、“黄金の旋風”の連中を見ても何も感じない。
だから。
「まあ、頑張って」
「「「「「っ!」」」」」
僕は一言だけ労いの言葉をかけ、またライラ様達と談笑した。
後ろの五人の視線を無視しながら。
◇
「ふう、到着しましたね……」
「ええ。アデル様、お身体は大丈夫ですか?」
ライラ様が心配そうに僕に尋ねる。
「あはは、僕は冒険者ですよ? 荷物もないですし、これくらい平気です」
「ですが……」
それでもなお、ライラ様は僕をジッと見つめる。
恐らく、三週間前の“クロウ=システム”を【製作】したことによる身体への負担を懸念しているんだろう。
「本当に、大丈夫ですよ? ……ですが、ありがとうございます」
僕はそう言うと、右手でライラ様の頭を撫でた。
ライラ様が可愛くて。
ライラ様の僕への気遣いが嬉しくて。
「ふふ……はい……」
ライラ様はそっと僕の身体に寄り添うと、もっとして欲しいとねだるように僕の服をつまんだ。
「…………………………」
そして、そんな僕達を、カルラは唇を噛みながら睨んでいた。
でも、今さらそんな顔しても知らないよ。
君はもう、僕の幼馴染でも、恋人でもないんだから。
「お嬢様、アデル様」
すると、ハンナさんが一礼してジト目で僕達を睨んだ。
コッチは、知らないなんてとても言えないな……。
「……何ですか?」
そしてライラ様も負けじとハンナさんをジト目で睨む。
まるで、せっかくのご褒美に水を差されて腹を立てるように。
「……部屋の割り当てですが、二階の一番奥の部屋はライラ様、その隣は私が。さらにその隣にアデル様の部屋をご用意しております」
そう言うと、ハンナさんが僕とライラ様に部屋の鍵を渡してくれた。
「……私はアデル様と隣同士の部屋を希望します」
「いいえ、お嬢様のお世話がありますので、これ以外の部屋割りはあり得ません」
ライラ様が頬をパンパンに膨らませて抗議するも、ハンナさんはニヤニヤするばかりで聞く耳を持たない。
これ、何の争いなんですか……?
「あ、あの、それで俺達の宿は?」
そんなやり取りをしている二人の元に来て、エリアルが尋ねる。
「……何を言っているのですか。自分の宿は自分で確保してください」
「そうです。そもそも私達の宿の手配も、本来は雇われた身である“黄金の旋風”が行うべきところを、全く動く気配もないので渋々この私がしたんです」
「だ、だけど俺達の依頼は護衛と荷物運びで……!」
「「はあ……」」
二人からピシャリ、と言われても、なおも食い下がるエリアルに対し、二人は盛大に溜息を漏らす。
「……じゃああなた達は、クエストで雇った[運び屋]の宿の手配など色々とお世話をしていたのですか?」
「そ、それは、[運び屋]は金で雇っているので、自分の世話は自分で……」
「なら答えが出ているじゃないですか。私達も暇じゃないんですよ」
そう言うと、もう用件は終わりだとばかりにエリアルを無視し、二人はまた部屋割りのことで言い争いを続けた。
そして、トボトボと他の仲間達のところに戻って事情を説明すると、カルラを除く三人はエリアルに対して口々に文句を言っていた。
そんな口論を遠巻きに眺めていたカルラは……チラリ、と僕を見やると、耳たぶを弄っていた。
カルラのあの仕草は今でも覚えている。
あれは……僕に言いたいことがあるけど、言い出せない時に見せる仕草だ……。
以前の僕だったら、そんな彼女の傍に寄って、僕から声を掛けていただろう。
でも……僕はもう、カルラの恋人じゃないんだ。
「あはは、僕はライラ様の部屋の隣でいいですよ?」
そんなカルラの様子に気づかないフリをして、僕は二人に笑顔で話しかける。
今の僕にとってかけがえのない人は、この二人なのだと知らしめる意味も込めて。
「っ! き、聞きましたかハンナ! アデル様もこう言ってますし、私の部屋の隣はアデル様です!」
「くうう……で、ではアデル様のその反対隣はこのハンナですから! よろしいですね!」
膨らんでいた頬もあっという間に引っ込み、ライラ様が瞳をキラキラさせて僕の右腕にしがみつく。
逆にハンナさんは頬を膨らませ、僕の左腕を抱き締めた。
そんな二人に、僕はクスリ、と微笑みかけると。
「もちろん。では、部屋に行きましょうか」
「「はい!」」
三人で仲良く宿に入った。
この幸せを、噛み締めながら。
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次回は明日の夜更新!
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