刈り取る者
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「ふう……」
僕は正門を石の扉で完全に封鎖して一息吐くと、それにもたれかかりながらジェイコブ一味を眺める。
「この人数……あの男が言っていた人数よりもさらに多いぞ……」
あの時、人数は全部で五十人と言っていたのに、明らかにその倍近い人数がいる。
まあ、その中には元々いたジェイコブ邸の衛兵達も含まれているみたいだけど。
当然、あの気さくに僕に語り掛けてくれた衛兵の姿も。
そして。
「お待ちしておりました、ゴミ屑共」
屋敷の玄関前に立つライラ様が、ジェイコブ一味を出迎える。
だけど……ライラ様、嗤っているのか?
瞳の動きや声、仕草で感情表現をされていたライラ様だが、その表情が変化することは一度もなかった。
なのに……。
「アデル様……その、大丈夫ですか……?」
左側から声を掛けられ、顔をそちらへと向けると、そこには心配そうに僕を見つめるハンナさんがいた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。私はてっきり……」
そう言うと、ハンナさんがチラリ、と巨大な石の扉を見やった。
多分、僕が能力を使い過ぎたと思ったんだな……。
「はは、この程度なら全然大丈夫ですよ。それより」
僕は、仁王立ちのままジェイコブ一味を見て嗤うライラ様を見つめる。
「……後は、ライラ様を見守りましょう……」
「はい……」
ハンナさんは返事すると、そっと僕の左側に寄り添った。
「お主……ひょっとして、ライラか?」
こちらからは表情までは窺えないが、ジェイコブが困惑した様子でライラ様に尋ねた。
「ええ、そうですよ? ジェイコブ叔父様」
ライラ様は、表情は口の端を吊り上げたままで返事をすると、驚きのあまりジェイコブをはじめ他の連中も一斉に息を飲んだ。
それもそうだろう……両腕両脚を奪われ、左眼も失って絶望したまま物言わぬ人形になり果てた筈のライラ様が、こうやって自分の両の脚で堂々と立っているのだから。
「い、一体どうなって……!?」
ジェイコブはワナワナと震えながらライラ様を指差した。
「どうって……私はこの世界で最も大切な人の手によって、白銀の翼を手に入れたのです……貴様達がもがき、苦しみ、生きていることを後悔する程の絶望を与えるための翼を!」
「っ!?」
そう告げるやいなや、ライラ様は地面を力強く蹴ると、ものすごい勢いと速さで兵士達に肉薄する。
そして。
——ザシュッ!
ライラ様が巨大な鎌を横薙ぎにすると、先頭にいた五人の兵士の身体の上半分が、上空へと文字通りはじけ飛んだ。
「あは♪」
ライラ様はますます口の端を吊り上げ、次々と兵士達に襲い掛かる。
——ザシュッ、ドカッ、グチャッ。
鎌の一振りごとに肉と骨が潰れ、断ち切られる音が響き渡る。
そして。
「お、おい!? 来るぞ! 武器を構え……ギャッ!?」
「まま、待ってくれ! ととと……グヘ!」
「こ、こんなの相手にして……ギッ!?」
「うわああああああ! 止まれ! 止まって……アベッ!?」
ライラ様の鎌の威力とその狂気に、伯爵邸の敷地内は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「あはははははははははははははははははははは!」
鎌を振り回しながら、ライラ様が嬉しそうに大声で嗤う。
白銀の両腕、両脚は返り血を浴びてその輝きを失うが、身にまとう甲冑の黒は、むしろその凄惨さとライラ様の心の闇の深さを如実に表していた。
「もも、もう嫌だあああああ! に、逃げる! 俺は逃げるぞおっ!」
「ま、待って! おお、俺も連れてって……ピギョ!?」
恐慌状態となった兵士達が、我先にと正門へと殺到してくる。
「さて……ここにいては危険なようですので、アデル様、向こうへと移動しましょう」
「え、ええ……」
ライラ様の姿に呆けていた僕は曖昧な返事をすると、逃げ惑う連中を避けるようにハンナさんが僕の腕を引いて安全なところへと連れて行ってくれた。
「チチ、チクショウ! 誰だ! 門を閉じやがったのは!」
「こ、こうなったら壁を乗り越えて……!」
仲間達を踏み台にして壁をよじ登ろうとする兵士達。
「アデル様、少々離れますね?」
「は、はあ……」
ニコリ、と微笑んだ後、ハンナさんが軽やかなステップで屋敷を囲う壁を駆け上がる。
「残念。ここは出入口ではありませんよ?」
「へ……ギャッ!?」
壁の上の縁に手を掛けた兵士にそう言うと、ハンナさんが兵士の手をククリナイフで切り落とした。
「うふふ……あなた達の生命を奪うのはお嬢様の特権でございますので、私は精々こうやってあなた達の手や足を切り落とすのみです」
妖しい微笑を浮かべるハンナさん。
そこへ。
「あはははははははははははははははははははは!」
「ヒイッ!? き、来たぞおおおおお!?」
嗤いながら突進するライラ様に、逃げ惑う兵士達。
だけど、瞬く間に兵士達はその身体を無情にもズタズタに切り裂かれていく。
「ひ、ひい……たす、たす、たすけ……!」
一人の兵士が、涙と土でドロドロになりながら地面を這いつくばっている。
あれは……あの時の衛兵?
「あは♪」
その兵士の背後に、ライラ様がゆっくりと近づく。
「うわああああああ! 来るな! 来るなあああ!」
衛兵は土をつかみ、ライラ様に投げつける。
「あ……ライ……」
何を思ったのか、僕はライラ様に手を伸ばそうと……。
「あはははは! 覚えている! 覚えているぞ! 大勢の男共に穢され、両腕と両脚を切り落とされ、左眼を抉られて打ち捨てられていた私を、その醜悪な顔でなおも何度も何度も嬲った貴様を!」
「え……?」
ライラ様から放たれた言葉に、僕はその伸ばした手をピタリ、と止めた。
「あは♪ 貴様にも同じ苦しみを味わわせてやる」
「ひ、ひひ……」
そう言うと、ライラ様は引きつる衛兵の股の間に鎌の先端をあてがう。
そして。
——ザシュ。
鎌を一気にかち上げると、衛兵の身体が縦に半割りとなった。
「あは♪ アデル様、呼びましたか?」
ニタリ、と最高に嗤ったライラ様が僕に尋ねた。
「い、いえ……」
「あはははは! そうですか!」
ライラ様は翻ると、大声で嗤いながらまた兵士を蹂躙していく。
その姿は、鎌を持って踊り狂う“死神”のようだった。
「アデル様」
するとハンナさんが壁から飛び降り、僕の隣へと降り立った。
もはや壁をよじ登って逃げようとする兵士もおらず、かつてニンゲンの形をしていた何かだけが転がっていた。
「……ライラ様って、なんであんなに見事に舞えるんでしょうか」
僕はライラ様を眺めながら、ポツリ、と呟いた。
そう……僕は、嗤いながら血だまりの中を華麗に舞うライラ様が綺麗で、美しくて……そして、心を奪われていたんだ……。
「[刈り取る者]……」
「え……?」
「お嬢様の、職業です」
[刈り取る者]……はは……やっぱり僕は、“死神”に魅入られていた、ってことか……。
僕は自嘲気味に笑うと、ライラ様の舞う姿が美しくて、ただただ見惚れていた。
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次回は明日の夜更新!
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