準備
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「……すいません、少し身体を綺麗にしてきます」
そう言うと、外から戻って来たライラ様はハンナさんと一緒に玄関を離れた。
玄関の扉越しに見えたあの男は……止めておこう。
僕はかぶりを振ると、これからどうするかについて考えを巡らせる。
普通に考えて、あの男が戻らないことに執事は不審に思う筈だ。
もちろん、一番に疑われるのは僕。
まず執事は、僕が何故ジェイコブに近づき、そして尾行させた男を始末させたのかと、その理由を考えるだろう。
そして、すぐに気づく。
僕が、ライラ様側の人間であることを。
そうなると、ジェイコブ達も手段は選ばなくなり、ひょっとしたら明日にでもこの屋敷を襲撃してくる可能性も出てくるな……。
「お待たせしました」
ライラ様が身体を綺麗にして戻って来た。
もう先程のように、右眼にあの光は宿っていなかった。
「それで、これからどうなさいますか……?」
ライラ様が、おずおずと尋ねる。
「そうですね。男を始末したことで、ジェイコブはこの屋敷を襲撃してくるでしょうね……」
「いえ、失礼ですがその可能性は薄いかと」
ライラ様の傍に控えていたハンナさんから、意外な言葉が返ってきた。
「ええと、それはどうしてですか?」
「ジェイコブの目的は、ライラ様から伯爵位を譲渡させ、この“カートレット伯爵家”を手に入れることですから」
「あ……」
ハンナさんの説明に、ライラ様が声を漏らした。
ハンナさんの言う通り、もしジェイコブがこの屋敷を襲撃してライラ様を殺害した場合、爵位の譲渡ができなくなるおそれがある。
だって、爵位の譲渡にはライラ様ご本人による王国への申立てが必要だし、仮に殺したら、引き継ぐどころかお家断絶だ。
でも。
「……それでも、ジェイコブはこの屋敷を襲うでしょうね」
僕はポツリ、とそう呟くと。
「それはどうしてでしょうか?」
納得のいかないハンナさんは、僕に聞き返してきた。
「考えてみてください。ジェイコブは、ライラ様がご健在なのを知らないんです。なら、襲撃した上で脅迫して譲渡させようと、短絡的に考えてもおかしくはないんですから」
「成程……」
ハンナさんは、顎をつまみながら軽く頷く。
でも、それでもどこか納得していない様子だった。
「ハンナさんの考えも分かります。ライラ様を脅すつもりなら最初からそうすれば良かったんじゃないか、ってことですよね?」
「え、ええ……」
「ですが、前回の襲撃時にはそれはできないんです。だって、あの時点での爵位は、ライラ様ではなくて先代伯爵様がお持ちだったんですから」
「! そういうことですか!」
気づいたハンナさんに、僕は頷いた。
先代の伯爵様が爵位を譲渡するなんてあり得ないし、爵位を手に入れるためには殺害するしか方法がなかったんだろう。
毒殺という方法も考えられるけど、そうなると真っ先に疑われるのはジェイコブだから、この手も使えない。
でも、賊に襲撃されたという理由なら、疑われはしても関連を裏付けることはできない。
「……つまり、賊の襲撃という体で先代伯爵様を殺害し、さらにライラ様を到底伯爵として立ち回れない程に壊してしまうことで、円滑に爵位を譲渡させる……いわば、ジェイコブにとってはそれが最適解だった、ということです」
といっても、自分勝手で、傲慢で、卑劣なやり方だけど。
「なので、僕達がジェイコブ排除に向けて動き出していると捉えたアイツは、そうなる前に先手を打とうとする筈です。となれば……」
「この屋敷を襲撃することもあり得る、ってことですか……」
そう呟くと、ライラ様が視線を落とした。
「ですが、それは悪いことじゃないと思っています」
「それはどうしてでしょうか?」
僕がそう返すと、ライラ様がジッと僕を見た。
「何故なら……ライラ様のご両親である先代伯爵様夫妻を殺した、ライラ様をこんな目に遭わせたジェイコブとその一味に、まとめて復讐できるんですから」
「「っ!」」
僕の言葉に、二人が息を飲む。
そしてライラ様の右の瞳に、先程の男を殺した時と同じように光が生まれる。
——闇で蠢く、どす黒い光が。
「なので、こちらも今夜中に全ての準備を整えておきましょう。まずは……」
僕はハンナさんに確認と指示をした。
まず、屋敷にいる使用人や衛兵は全て今夜中に一時的に退去させる。
これは、使用人達がいることによって余計な被害等を生み出さないため。
次に、屋敷を囲む壁の現状確認。
これは、脆い箇所や人が通れるような穴などがあった場合、連中に逃げられることを防ぐため。
そして、ジェイコブ達を確実におびき寄せるため、爵位を譲渡するための準備ができたと、ジェイコブ邸に書状を届ける。
届けるのは、退去する使用人の一人に届けさせればいいだろう。
後は……。
「……正門の両脇に、できる限り多くの石や岩を置いておきましょうか」
「ええと……どうしてですか?」
「まあ、それが一番不審に思われないかな、と思いまして」
そう言った後、僕は二人に耳打ちする。
「……成程。確かにそれは妙案ですね」
「それならば……」
うん、二人共納得してくれたようだ。
「……ライラ様、いよいよですね」
「……(コクリ)」
僕の言葉に、ライラ様が無言で頷いた。
「では、早速取り掛かりましょう!」
「「はい!」」
僕達は頷き合うと、それぞれ動き出す。
——ライラ様の、復讐に向けて。
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