グロウスター公爵の依頼
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宿を出て程なくすると、グロウスター公爵邸にはすぐ到着した。
「ライラ様、ハンナさん。僕は馬車を預けてきますので、先に中へどうぞ」
「いえ、ここでアデル様をお待ちしております」
二人にそう伝えると、ライラ様は門の所で待つと言ってくれた。
「分かりました。では、すぐに戻ります」
二人を馬車から降ろした後、男性の馬車に続いて公爵邸の敷地内にある納屋に向かう。
「では、お預かりいたします」
「よろしくお願いします」
急いで門へと向かうと、僕の姿を見つけたライラ様とハンナさんが、笑顔で手を振ってくれた。
「すいません、お待たせしました」
「ふふ……では、参りましょう」
「「はい」」
執事に案内され、僕達は屋敷の中へと入る。
中は、さすが公爵邸といった感じで、豪奢な内装に見事な調度品などが配置されており、侯爵家の風格に溢れていた。
「どうぞ、こちらでございます」
屋敷の廊下を歩き、ひと際大きな扉の前で執事が止まった。
そして、ゆっくりと扉が開かれると、中にはにこやかな笑顔を浮かべた中年男性が……っ!?
「アデル様!」
「アデル……」
どういう訳か、部屋の中にはソフィアとカルラがいた。
「……これはどういうことですか?」
ライラ様が低い声で誰ともなく尋ねる。
すると、中年男性が僕達の傍へとやって来た。
「やあ、今日は私の招待を受けていただき、感謝するよ」
どうやら、この人のよさそうな男性がグロウスター公爵本人のようだ。
「グロウスター閣下、本日はお招きいただき、ありがとうございます……それで、何故あの二人がここにいるのですか?」
ライラ様が優雅にカーテシーをした後、ソフィア達を一瞥しながらグロウスター公爵に尋ねた。
「ああ……ソフィア様がアイザックの街の調査をされた際、カートレット卿が協力されたと聞いたので、親交を温める意味でもお招きしたのですよ。ただ、まさか[聖女]様とカートレット卿のお二方が、この街にいらっしゃっているとは思いませんでしたが」
そう言うと、グロウスター公爵がニコリ、と微笑んだ。
「……そうですね」
「さあさ、立ち話もなんだから、席に座ってください。もちろん、お付きのお二人も」
グロウスター公爵に促され、僕達は席に座る。
ライラ様の向かいにはソフィアが、そして僕の向かいにはカルラが座っていた。
執事や侍女達がグラスにワインを注ぐと。
「では、乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
僕達はグラスを手に取り、ワインを口に含む。
もちろん、その前に毒が盛られていないか、僕の【加工】で確認済だ。
「それで……私達を招いた本当の理由は何でしょうか?」
意外なことに、そう切り出したのはソフィアからだった。
となると、ソフィア達とグロウスター公爵との繋がりはない、ということか?
「ハハ……本当は楽しく食事を済ませてから、と思ったんだけどねえ……」
グロウスター公爵は、苦笑しながらワインを呷った。
「ふう……ソフィア様をお呼びしたのは他でもない。実は、ソフィア様に我が国の王太子、エリオット殿下の後見人となっていただき、ファルマ聖法国との橋渡しをしていただきたいのです」
「……どういう意味ですか?」
ソフィアが怪訝な表情を浮かべながらグロウスター公爵を見やる。
確かにソフィアの言う通り、そんなことを突然この場で頼むのはおかしい。
それに……グロウスター公爵の意図が全く見えないのだから。
「ハハ……ソフィア様は既にご存知かもしれませんが……」
乾いた笑みを浮かべ、グロウスター公爵が一拍置いた。
そして。
「……王都“ロンディニウム”が壊滅しました」
「「「「「っ!?」」」」」
グロウスター公爵から放たれたその衝撃の言葉に、僕達は一斉に息を飲んだ。
え……? 王都が、壊滅した……?
「「そ、それはどういうことですか!?」」
ライラ様とソフィアが同時に声を荒げる。
たしかに、僕達にはにわかに信じがたい言葉だった。
「私も昨日、王都から逃げ延びた騎士の報告で知ったんですが……巨大な“紅き竜”が、王都を襲撃したとのことです」
「「“紅き竜”!?」」
ちょっと待って!? それって……!?
「“ア=ズライグ”……」
ハンナさんがポツリ、と呟く。
ここにいる全員が脳裏に浮かんだ、“神の眷属”の名を。
「あは♪ それで、国王陛下はどうなったのですか?」
死神モードになったライラ様が、不気味な笑みを浮かべながらグロウスター公爵に詰め寄った。
「へ、陛下は王宮ごと“ア=ズライク”の【竜の息吹】で消滅したそうです……」
「あは♪ そうですか」
ライラ様は口元を三日月に吊り上げたまま、興味を失くしたかのようにグロウスター公爵から視線を外した。
だけど……。
「あは……アデル様……」
僕はライラ様の白銀の左手をそっと握った。
……本当は、ライラ様も悔しい筈だ。
だって、自分の手で果たしたかった復讐が、“神の眷属”だなんて余計な横やりが入って、その機会を奪われてしまったんだから。
たとえ、一度は諦めた復讐であったとしても。
「……突然“ア=ズライグ”が現れた理由、それは何だと思いますか?」
含みのある言い方で、グロウスター公爵が尋ねるが、そんなの決まってる。
「『天国への階段』の封印が解けたから、ですね……」
ソフィアがポツリ、と呟いた。
そうだ……こんな事態を招いたのは、『天国への階段』の封印を解いてしまったからだ。
「今さらソフィア様を責めるつもりはありません……我が王国も、『天使への階段』を狙っていたのですから……」
そう言うと、グロウスター公爵は真剣な表情でライラ様へと向き直った。
「カートレット卿」
「……はい」
「あなたにお願いがあります。ソフィア様と共にベルネクス王国へ使者として赴き、この事実をエリオット殿下とその妹君のエリザ殿下にお伝えいただきたいのです」
グロウスター公爵の依頼の内容は、まさかのものだった
ライラ様を、この国の使者に立てるだなんて……。
「……どういうつもり、ですか……?」
「簡単です。カートレット卿は今の王国に残された数少ない貴族の一人で、ソフィア様とも親交があり、『天国への階段』を守護してきた一族だからです」
「っ!? ふざけるな!」
気がつけば、僕はグロウスター公爵を怒鳴りつけていた。
だって……こんなの、あんまりな言い草じゃないか……っ!
「オマエ達王国がライラ様に何をしたのか分かってるのか! 幸せに過ごしていたライラ様の家族を奪い、貞操を奪い、身体の一部まで奪い……その心まで奪ったんだ! それを、自分達の国が危機だからって、都合よく掌を返して……!」
僕の目から涙が溢れる。
悔しくて……ただ、悔しくて……っ!
「……君の言うことももちろん理解している。王国が犯した罪も、勝手な都合を押し付けていることも」
「…………………………」
「だからこそ! ……だからこそ、せめて王国の最後の時くらい、その罪を償わせてはくれないだろうか……?」
「っ!」
……そういうことか。
使者としてソフィアと向かわせるというのは口実で、本当はライラ様をこの国から……“神の眷属”から逃がすために……。
「……分かりました」
「っ!? ライラ様!?」
ライラ様は、静かに受諾の意志を示した。
「だって……そうしないと、船を出させないつもりなのでしょう?」
「ハハ……バレましたか」
ライラ様の指摘に、グロウスター公爵が苦笑した。
……卑怯な、真似を……。
「アデル様……この際、仕方ありません。それに、私にとって一番大切なのは、復讐なんかではなくてアデル様とハンナなのですから……」
そう言うと、ライラ様はニコリ、と微笑んだ。
「「ライラ様……!」」
僕とハンナさんは、ライラ様を強く抱き締めた。
せめて……せめて、その悔しさを三人で分け合うために。
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次回は明日の夜更新!
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