二つの道
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「っ! アデル様!」
「アデルッ!」
僕達三人は『天国への階段』から地下水路へと出ると、ソフィア様とカルラが心配そうに駆け寄ってきた。
「あは♪ 離れろ」
「「っ!?」」
突如、死神モードになったライラ様が二人にそう言い放つ。
「師匠……いえ、ジャックはどこですか?」
ハンナさんも、フギンとムニンを抜き、今まで聞いたことがない程の低い声で二人に尋ねた。
「ア、アイツなら私達と戦闘になって、そのまま逃げて行ってしまっ……っ!?」
——ドン!
ハンナさんがカルラに向かってムニンの引き金を引くと、弾丸がカルラの頬をかすめた。
「嘘を吐くな! ……オマエ達とグル、なんでしょう……?」
「「…………………………」」
ハンナさんが冷たい視線を向けながら二人に問い質すと、二人は無言で目を伏せた。
まあ、普通に考えれば分かる話だしね。
だって、カルラとジャックが二人で一緒に階段を駆け上がって来たり、ソフィア様に対して『聞いてない』と言って怒っていたり。
「あは♪ 早く、あの男の居場所を吐きなさい」
「ほ、本当に私達はあの後ジャックと戦闘になって、そのまま逃げられてしまったのです! 確かにジャックと通じていたことは認めますが、私は決してアデル様に危害を加えるつもりはありませんでした!」
ソフィア様が胸に手を当て、必死で訴える。
だけど、それを僕達が信用するとでも?
「……ライラ様、ハンナさん。取り急ぎ、あのバケモノ共が来る前に、この入口を完全に封鎖してしまいましょう」
僕は『天国への階段』の入口に手をかざす。
「【加工】、【製作】」
入口があっという間に塞がれる。これでもう、こちら側から誰も開けることはできないだろう。
「「アデル様……」」
ライラ様とハンナさんが心配そうに僕を見つめる。
「あはは、大丈夫ですよ。身体が壊れないまま、あれから二回も限界を超えましたからね。また、僕の[技術者]の能力が伸びたみたいです」
そう言って僕がニコリ、と微笑むと、ライラ様とハンナさんがホッと胸を撫で下ろした。
「さて……ライラ様、ハンナさん、行きましょうか」
「ええと……ど、どちらへ……?」
ハンナさんがおずおずと尋ねる。
「あはは、決まっています。この地下水路を急いで出て、この街から脱出するんですよ」
そう……あのバケモノがこの地下水路という蓋を破って、地上に溢れ出す前に。
「っ!? で、ですが、入口は今アデル様が封鎖されたではないですか!?」
ソフィア様……いや、ソフィアが僕達の会話に割って入って来る。
だけど、僕はそれを無視してライラ様とハンナさんの手を取ると。
「「はい……アデル様……」」
二人ははにかみながら、僕と一緒に地下水路の出口へと歩を進めた。
「ア、アデル! ちょっと待ちなさいよ!」
「…………………………」
カルラが僕を呼び止めるが、知ったことじゃない。
もう、僕達はこんなところに用はない。
当然、あの二人にも。
僕達はあの二人をここに置き去りにしたまま、地下水路を出た。
◇
「あらかじめ馬車の準備をしておいてよかったですね」
そう言うと、ハンナさんがニコリ、と微笑む。
「それで……これからどうされるのですか?」
ライラ様がおずおずと尋ねる。
「はい……今、僕達には二つの道があります」
僕は指を二本立て、二人に示した。
「まず一つ……この街を出て、西海岸にある港湾都市“ブラムス”を目指します」
「それは……」
「ええ……この場合は“ブラムス”から、船に乗って大陸を目指します。できれば“カロリング皇国”から入国したいですね」
そう……ハッキリ言ってしまえば、この国を捨てる、ということだ。
あの『天国への階段』から溢れ出るバケモノから逃れるには、こんな島国では安住の地は望めない。
ならば、いっそのこと海を渡って他国へと行ってしまえば、バケモノだけでなくライラ様に害をなす王国の連中からも逃れられる。
「そしてもう一つは……『天国への階段』から溢れ出てくるであろうバケモノによる王国の混乱に乗じて、宿敵エドガー=フォン=アルグレアを討つこと」
たとえ王国であったとしても、あのバケモノには手を焼くことになるだろう。
それに、昆虫のバケモノとキラービーみたいなバケモノは倒せたが、あれがバケモノの強さの基準であるとも思えない。
ひょっとしたら、あんなバケモノなんか足元にも及ばないような、さらなるバケモノがいる可能性もある。
[聖女]であるソフィアが語ったアイザック王の叙事詩に出てくる“ア=ズライク”と“ベヘ=モト”という神の眷属の存在も……。
なら、王国はバケモノとの戦いで手一杯になる筈。
そして、国王が前線へと出てきた、その時。
——僕達に、国王を討つチャンスが生まれるんだ。
「どう、なさいますか?」
僕は、ライラ様に問い掛ける。
どちらの道を選ぶかは、全てライラ様しだいだ。
ライラ様がどちらを選んだとしても……僕は、最後のその時までライラ様と共にいるだけだ。
「私は……」
ライラ様が思いつめた表情で俯く。
そして。
「……私は、“ブラムス”から大陸へと渡ることを選択します」
意志のこもった右の瞳で僕達を見つめながら、ライラ様が力強く答えた。
「……よろしいのですか?」
「はい……もちろん、この私の中には今もあの国王に対する復讐の黒い炎がくすぶっております。ですが」
ライラ様が傍に寄り、僕の手を取る。
「その黒い炎などよりも、アデル様というもっと大きな光が私の心を占めております。私は……この光を、永遠に手放したくはありません」
「ライラ様……」
僕は、ライラ様をそっと抱き寄せると。
「分かりました……では、行きましょう。港湾都市“ブラムス”へ」
ライラ様に、そっと耳打ちした。
「ハンナさん」
僕は振り向き、ハンナさんの名を呼ぶ。
その意志を確認するために。
「私は、いつもお二人と共に」
そう言うと、ハンナさんは優雅にカーテシーをした。
僕とライラ様はそんなハンナさんの傍に寄ると。
「あ……」
「はい……ハンナさんも、最後の時まで一緒に……」
「「はい……」」
僕達三人は、馬車の前で抱き合い、改めて誓い合った。
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次回は明日の夜更新!
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