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【江戸時代小説/男色編】

【江戸時代小説/男色編】佐之助と薬売り

作者: 穂高

 ある夫婦にたいそう遅くにできた一人息子がおりました。その息子、名を佐之助といい、十七の年になるや否やひとたび体調を崩したかと思えば、それからだんだんと床にふせぎがちになっていったのでございます。

 町医者に見せても原因がわからず、助かる見込みはないとまで言われ、夫婦はなす術もなく、苦しむ息子をもはや見てはいられないとその晩、一家心中を試みたのでございます。

 父親が寝息を立てる息子の胸にめがけ、小刀を突き立てようとしたその時でございます。

 佐之助が夢うつつの状態で「明日の朝早く、家の前を一人の薬売りがお通りになります。その方を呼び止めて、どうかわたくしを見てくださるよう頼んでくださいまし」とつぶやいたので、夫婦はよもやと半信半疑でございましたが、一晩眠らずに家の外を見ていたのでございます。

 すると、なんとまあ佐之助の言葉通り殿方の薬売りが家の前をお通りになったので、夫婦は大慌てでその薬売りを呼び止めたのでございます。

 事情を聞いた薬売りは快くそれを引き受け、床に伏す佐之助を見舞ったのでございます。

 そして、薬売りが自ら作った粉薬を水に混ぜ飲ませますと、佐之助の体の具合は見る見るうちによくなり、佐之助のそばに薬売りがいる理由もなくなりましたので、薬売りは「しばらくこの町におりますゆえ、調子が悪くなられますれば、遠慮せず、お呼びつけなされよ」と言い残すと、佐之助の前から離れていったのでございます。

 その時から佐之助は自分の命の恩人ともいえる薬売りに心奪われ、たとえ男同士であっても、そして向こうは全国を行脚する身とわかっていても恋焦がれずにはいられませんでした。

 今思いを告げなければこの先もうこの恋は叶わない、ならばせめてもう一度、あの顔が見たい。この体に触れてほしいと、佐之助は日に日に思いをつのらせていったのでございます。

 しかし、恋も初心者ならば告白の経験さえ皆無だった佐之助は、薬売りに秘めた胸の内を打ち明ける勇気もなく、日中暇もなく働く薬売りのことを陰ながら見ては、恋わずらいのため息をつくばかりでございました。

 一方、この薬売りは町医者がさじを投げた病をたちどころに治したとあって、ただ者ではないとたちまちうわさになり、近頃なんだか体が重い、気疲れが激しいなどと、これを機に薬売りの周りに人だかりができたのでございました。

 ある日のことでございます。薬売りがこの町をあと数日で出て行くという風のうわさに聞いた佐之助は、いても立ってもいられなくなり、あることを思いついて薬売りの気を引こうと試みたのでございます。

 その夜、佐之助は母親の前で突然倒れ、死にそうな声で「あの薬売りを呼んでくだされ」と頼んだのでございます。

 薬売りが飛んできたところ、佐之助を一目見て仮病とわかりますれば「仮病なぞで、わたくしの大事な時間を取らないでいただきたい。多くの病人を助けるには一刻を争うのです。これにてご免」とそそくさと部屋を出ようとなされ、悲しみにくれた佐之助は「わたしには、あなたが必要でござりまするのに、どうしてわかっていただけない。あなたに救われたこの命、あなたでなければだめなのです」とそばにあった小刀で手首を切ろうとなさいまして、あわや大惨事となりますところ、すんでのところで薬売りが止めに入られまして、大事に至らずにすんだのでございます。

 しかし、なおも佐之助は「あなたと一緒になれないのなら死にとうござりまする。もはや生きていても仕方がござりませぬゆえ」と泣きながら言われるので、その様子を見た両親もひどく心を痛め、三人のすすり泣く声が部屋中に響いたのでございます。

 見兼ねた薬売りは、後に引けないのを承知で一言。

「一度助けたその命、投げ出されるくらいなら、わたくしめがお引き受けいたしましょう」

 それを聞いた佐之助は、嬉し涙を流して喜び、大安吉日その日のうちに、お二人は衆道のちぎりを交わされたのでございます。

 佐之助が薬売りとともに旅立つ日、その晴れやかなお二人の後ろ姿を、町の人みんなして見送ったのでございます。

 “旅は道連れ世は情け”という言葉がございますが、佐之助の場合“恋は道連れ薬師の情け”、何はさておき佐之助の生きる道というのは、この薬売りとともにあるのが道理でございましたのでしょう。

 これにて一件落着。めでたし、めでたし。

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