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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第6章・一方的な再会
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第81話・親離れと子離れの一歩


「これからここに、サンキシュからのお客さんが来ることになっていてね。ガイン様はその人たちと会う予定になっているんだ」


 サンキシュからの来客。

 一人だけではないようだが、薬屋のヨングだろうか。


 魔虫の蜂蜜は、幼い頃から欠かせないルーリアの大切な薬でもある。その入手方法で困っていたガインに助言と手助けをしてくれたのが、ヨングだったと聞いている。

 そのお蔭でルーリアは魔力の枯渇を心配する必要がなくなり、生命を救われた。


 もしヨングに会うことが出来たら、お礼を伝えたいとルーリアはずっと思っていた。

 だから今回、会うことを許してもらえるのなら、自分もその場に参加したいと考える。


「あの、ユヒムさん」

「ん? なんだい?」

「わたしも一緒に、そのお客さんに会わせてもらえませんか?」

「それは……大丈夫だと思うけど。珍しいね、ルーリアちゃんが自分からそんなことを言ってくるなんて」


 今までルーリアが自分から誰かに会いたいと言ったことはない。それをよく知っているユヒムは意外そうな顔をした。


「誰が訪ねてくるか、知ってるのかい?」

「そのお客さんは小人族のヨングさん、ですよね?」


 サンキシュにいるガインの知り合いで名前を聞いたことがあるのは、ヨングくらいだ。

 確認するように尋ねるルーリアに、ユヒムは試すような目を向ける。


「そうだとしたら、ルーリアちゃんはどうしたいんだい?」

「わたしはヨングさんに会うことが出来たら、お礼を伝えたいとずっと思っていました。……わたしの、生命の恩人なんですよね?」


 じっと見つめると、ユヒムはその言葉を受け止めるように目を細めた。


「ルーリアちゃんだけじゃないよ。オレたち全員の恩人さ。……分かった。ガイン様にはオレから話してみるよ」

「! はいっ。お願いします」


 ユヒムはガインと一緒で過保護なところがある。後押ししてもらえると思っていなかったルーリアは驚いた。


「……ただし」


 そう言葉を続けるユヒムは、射抜くような厳しい目でルーリアを見据える。

 こんな目でユヒムから見られたのは初めてだ。

 ルーリアは思わず背筋を伸ばした。


「ガイン様やオレが駄目だと言ったことには絶対に従ってもらうよ。黙っているように言われたら、口を開いちゃいけない。勝手に何かを決めたり、お願いするようなことはしちゃ駄目だ。ガイン様はルーリアちゃんに頼まれたら、折れてしまいそうだからね。……約束できるかい?」


 !? それはどういう意味だろう?


「……あの、わたしはヨングさんにお礼を伝えたいだけですけど?」

「そのヨングさんに今回は同行者がいてね。そっちが問題なんだよ」


 ユヒムは困った顔で訳の分からないことを言う。ヨングはいいけど、他の人には会わせたくないという意味だろうか。


「ごめん、混乱させるようなことを言って。ガイン様がルーリアちゃんに話してもいいと言ったら、理由を話すよ。思わせぶりなことを言ってしまったから気になるかも知れないけど、ガイン様が来るまで我慢してくれるかい?」


 気にはなるけど、無理やり聞き出したところでユヒムを困らせるだけだろう。


「……分かりました。お父さんが来たら教えてくださいね」


 それまでは大人しく待つことにしよう。

 ……それより。


「ユヒムさんって、わたしの前だと、たまに商人の顔を忘れますよね」


 フィゼーレの執務室で見かけた時なんかは、何をしていても完璧にしか見えないのに、ルーリアの前では慌てたり困ったりしている。こちらの方が年相応な反応なのだろうけど、人前では見たことがなかった。

 その表情の違いが、ルーリアには面白く映る。

 シャルティエが言っていた表と裏とは、このことだろうか。それをからかうように指摘すると、ユヒムは苦笑いを浮かべた。


「だって、ルーリアちゃんに隠し事なんてしたくないじゃないか。オレはルーリアちゃんを妹のように思っているんだよ?」


 そう言ってユヒムはルーリアの頭を撫でる。


 ……む。


「わたしは、ユヒムさんを弟のように思っているんですけど?」


 頭の上の手を振り払おうと思いっきり手を伸ばしたけど、いつものようにサッと腕を上げられ届かない。


 く……悔しい。




 自分の部屋に戻ってしばらく待つと、『ガインが来た』と伝言をもらう。

 今は来客に備え、ユヒムやルキニーと打ち合わせをしているらしい。その話が終わったら、部屋まで呼びに来てくれるそうだ。

 ルーリアが部屋の中でソワソワしていると、フェルドラルから少しは落ち着くように注意された。


「姫様もそろそろ親離れという言葉を知った方が宜しいかも知れませんわ」

「……親離れ?」

「言葉通り、親から離れるという意味です。子が親から自立することを、そう呼ぶのですわ」


 椅子に座っているフェルドラルに向かい合うように、ルーリアはベッドに腰を下ろし、大きな枕を胸の前で抱える。


「お父さんとはいろいろあって、今まであまり話が出来ていなかったんです。……その、甘えることも、そんなにしていなかったと思いますけど」


 ガインの邪魔にならないよう、出来るだけ自分のことは自分でしてきたつもりだ。


「ガインと話されることも、甘えられることも、姫様には足りていらっしゃらないのですから、存分になされば宜しいかと思いますわ」

「……え?」


 離れた方がいいのに、甘えてもいい?

 フェルドラルの言おうとしていることが分からない。


「わたくしが言う親離れとは、姫様が自らお考えになり、物事を決めて行動をなさるということですわ。何事も経験者の意見を聞くことは大切ですが、言われるままに動くことと、意見を判断材料としてご自分で決断されることでは、意味が全く違ってくるのです」

「わ、わたしだって、少しは考えていますよ?」


 見透かしたようなフェルドラルの指摘に、ルーリアは焦った。言い当てられたように図星だったからだ。


 外の世界に出てから自分で考えて行動したことは、全て誰かの迷惑に繋がってしまった。

 だから黙って言うことを聞いている方が、誰にも迷惑をかけずに済むのではないかと考えてしまっていたのだ。自分で何かをしようとすると、必ずと言っていいほど裏目に出てしまうから。


「ガインの後ろに隠れ、なさりたいことも伝えられずにいるのは考えているとは言えないのですよ」

「……二人の後ろに隠れていてもいいって、この前、フェルドラルがわたしに言ったばかりじゃないですか」


 眉を寄せて拗ねた顔を向けると、フェルドラルは軽く首を振る。


「それとは話の種類が違いますわ。例え親がいなくなったとしても、ちゃんと一人で生きていけるように考えることは、とても大切なことなのです。心配させるような姿を見せない、親の言うままにし過ぎない。そんなことからでも良いのです。ガインの過保護は、姫様がそうさせている部分もあるのですから」


 淡々と話すフェルドラルとは逆に、ルーリアは感情的になっていく。

 フェルドラルの言っていることが正しくても、それ以上に悲しい気持ちが強く出てしまう。


「……お父さんたちがいなくなるなんて、そんなこと、考えたくありません」

「……姫様」

「どうしてそんなひどいことを言うんですか? 一人で生きていくだなんて。お願いですから、そんな悲しいこと、言わないでください」


 離れて暮らしている間、ずっと心の奥底に隠してきた家族への想いが一気に胸に込み上げてくる。


 お父さんたちと、ずっと一緒にいたい。

 離れずに、のんびり森で暮らしたい。

 三人で一緒に、あの山小屋で。


 ルーリアの瞳には、今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた。


 …………お父さん、お母さん。



 ちょうどその時、扉をノックする音が静かな部屋に響いた。

 フェルドラルが無言のまま扉を開けると、部屋に入ってくる一人分の足音が聞こえてくる。


 ルーリアが顔も上げず、枕に顔をうずめている様子から何かを感じ取ったのか、部屋に入ってきたガインは静かに声を出した。


「……しばらく二人にしてくれ」


 部屋から出て行く足音と扉の閉まる音の後、シンと静まり返った部屋に、こちらに向き直るガインの音だけが、かすかに聞こえてくる。

 見守るようにそこにいる気配だけが、はっきりとルーリアに伝わってきた。


「…………ルーリア」


 優しい呼び声。それだけで、ルーリアはガインに飛びつきたい衝動に駆られた。

 その気持ちを抑え、枕に顔をうずめたまま、ぎゅっと枕を握る手に力を込める。


 このまま甘えてはいけない。

 それでは今までと一緒だ。

 何も成長していないではないか。

 泣いて、心配をかけて、慰めてもらって。


「…………フェルドラルの、言う通りです」


 ルーリアがぽつりと呟く。

 すると、一瞬だけ。

 こちらに近付くように、部屋の空気がかすかに揺れたような気がした。

 だけど、踏み留まったその距離のまま、ガインもルーリアも互いに動かなかった。



「…………少しだけ、待ってください」


 ルーリアは目元を拭い、自分の顔を両手で軽く叩いた。


 ……うん、大丈夫。


 顔を上げ、大きく息を吸って、吐いて。

 それから、ガインの前に立った。


「お父さん、わたしは今度からお母様のことを『お母さん』と呼びたいと思います。お父さんもお母さんも、わたしにとってはとても大切な人なんです。……呼び方で二人に差や違いを作りたくありません。助言はもらいました。だけど、自分自身で考えて決めたことです」


 自分なりに考えた、親離れ。

 自分が考えた、大切にしたいこと。

 ガインに目を合わせ、まっすぐに自分の気持ちを伝える。


 ガインは軽く目を見張り、そして優しく目を細めてから静かにひと言、「……そうか、分かった」とだけ言った。

 返ってきたのは短い言葉だったが、ガインの表情はルーリアを温かく見守るものであった。


「ところで、何で泣いてたんだ?」

「それは……秘密です」


 ふふっとルーリアが笑えば、ガインはそれ以上は何も聞いてこなかった。


「もう、大丈夫そうだな」


 そう呟き、ガインは扉を開けてユヒムとフェルドラルを部屋の中に入れる。

 ユヒムは心配そうな顔をしていたが、フェルドラルはいつも通りの、ちょっと感情の読めない顔をしていた。

 ルーリアはフェルドラルの前に立ち、見上げるように目を合わせる。


「フェルドラル……忠告、感謝します」

「んふ。恐れ入ります、姫様」


 スッキリした顔で伝えると、フェルドラルは嬉しそうに目を細めた。


「ガイン様、ルーリアちゃんは大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」


 ガインもルーリアを見て、少しだけ目元を和らげた。



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