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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第5章・ダイアグラムのケテル邸
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第65話・国王の使者と人の目


 今日ここに集まっているのは、ガインやユヒムと取引のあるダイアランの商人たちだ。

 ガインに紹介された商人たちに挨拶をして、ルーリアは一人一人の顔と名前を覚えていく。

 後々、自分が取引をするかも知れない者たちだ。今からしっかりと覚えておかなくては。


 ひと通り挨拶が済むと、ルーリアはユヒムの所へ行くように言われた。というか、同じ部屋の中にユヒムがいたことにルーリアは気付いていなかった。


「その服、よく似合ってるよ。ガイン様はすごく驚いてたようだけど」


 やっぱり見られていた。恥ずかしい。

 ユヒムは商人たちから少し離れ、その様子を観察するように眺めていた。


「その、フィゼーレさんにいろいろ準備をしてもらっていたみたいで……すみません」

「フィゼーレはすごく楽しんでたよ。妹でも出来たつもりなんじゃないかな?」


 思い出したようにユヒムはクスッと笑う。


「……あの、一つ気になったことを聞いてもいいですか?」

「何だい?」

「お金って、どうしているんですか? お父さんが払ってくれているんでしょうか?」


 内緒話でもするようにルーリアが小声で尋ねると、ユヒムは少しだけ苦笑いして同じように小声で返してくれる。


「その内、聞かれると思っていたよ。ルーリアちゃんは何も心配しなくて大丈夫だから。あとで教えてあげるね」

「はい。分かりました」


 ユヒムのこの反応を見る限りでは、ちゃんと話はしてあるようだ。ひとまず安心……だろうか?

 アーシェンからお金について話を聞いた覚えはあるが、自分には関係ないものだと、つい聞き流してしまっていた。


 前に、お菓子作りの材料を買ってきて欲しいと頼んだ時も、ガインから十分にもらっているとだけ言われ、金額は教えてもらえなかった。

 これについては、ガインが口止めをしているような雰囲気がある。そしてルーリア自身、未だにお金に触ったことも、実物を見たこともなかった。


 自分が家を出てから、いったいどれくらいのお金がかかったのだろう。

 馬車代、宿代、フィゼーレに用意してもらったあれやこれ。きっと他にも気付かないところで、いろいろ使われているはずだ。


 今、自分が着ている服は、クッキーだったら何個分くらいなのだろう?

 残念ながら今のルーリアでは、物の価値をお金で考えることが出来なかった。


 あ、そういえば。と、ルーリアは大切なことを思い出す。


「ユヒムさん。フィゼーレさんにわたしのことを『無欲で慎ましく、儚げで優しい淑女の(かがみ)のような方』とか、めちゃくちゃ恥ずかしい感じに吹き込んでいたらしいですね」


 ジトッと見るルーリアに、ユヒムは爽やかな笑顔を返す。

 この笑顔の時のユヒムは、ちょっと注意が必要だ。少しだけ意地悪になるというか、笑顔の裏に違う感情が見え隠れする。


「はは、間違ってはいないよ。ルーリアちゃんはフィゼーレに欲しい物を聞かれて、なんて答えたんだっけ?」


 ユヒムはすでにタルトの話を聞いているようだ。からかうような目で見られ、ルーリアはたじろぐ。


「あ、あれは……」

「張り切って出て行ったから、フィゼーレは今日中に用意するだろうね。楽しみだね」

「…………ごめんなさい」


 反論の余地はなかった。

 そもそもユヒムに口で勝てる気がしない。


「それよりも、ガイン様はルーリアちゃんのことが心配で心配で堪らなかったみたいだよ」

「……え?」


 ユヒムはガインに向けていた視線をルーリアに移した。


「昨日の夜、ここに着いたって連絡をしたら、今朝一番に転移して来られてね」

「転移、ということは、お父さんはここへ来たことがあるんですか?」

「もちろんだよ」


 ガインがどうやってここまで来たのか考えていたが、やはり転移だった。

 自分もそうだが、ガインが外の世界にいる光景も、ルーリアには珍しく映ってしまう。


「ガイン様はウチの父さんとたまに会ってるみたいだよ。父さんの身体がちょっと不自由でね。ガイン様がわざわざ訪ねてきてくださってるのさ」

「ギーゼさんが? 大丈夫なんですか? ケガや病気ではないんですよね?」


 それなら魔虫の蜂蜜で治せるはずだ。

 さっきギーゼにも挨拶がしたいと言ったら、今は会えないとガインに断られてしまった。

 きっと何か事情があるのだろう。


「人族は歳を取ると、身体のあちこちが悪くなってくるんだよ。それが普通だから。ルーリアちゃんは何も心配しなくて大丈夫だよ」

「……そう、なんですか」


 人族の寿命は自分たちより短い。

 それを身近な人で気付かされてしまうと、急に世界が遠くなってしまったように感じられた。


「それにしても、ガイン様がここに来るのは本当に急に決まったことなのに。商人は耳が早くて困るね」


 そう言ってユヒムは、商人たちと話しているガインに申し訳なさそうな顔を向ける。


「どういう意味ですか?」

「ガイン様はね、滅多に人に会わないんだ。今回もルーリアちゃんに会うだけで、本当は誰にも会う予定はなかったんだよ。だけど、どうしても断れない相手がいてね」

「えっ!?」


 ガインが予定にない者と会う。

 しかも、断れない相手と。

 ルーリアは今まで、そんな人物がいるとは聞いたことがなかった。


「それは誰ですか?」


 真剣な表情となったルーリアの耳元で、ユヒムは声を潜める。


「この国の国王だよ」

「こ──!?」


 飛び出しかけた声を手で押さえ、ルーリアはどうにか呑み込んだ。


 ──国王!? ダイアランの!?


「もちろん本人は来ていないよ。代わりの使者が来ているのさ」


 ユヒムの視線の先には、ルーリアがまだ挨拶を交わしていない男性がいた。

 言われてみれば、確かに商人たちとは様子が違う。武術に長けているような、ガインと似た雰囲気がある。ガインが紹介してこないということは、ルーリアは関わらない方がいいという意味なのだろう。


ケテルナ商会(ウチ)とガイン様との取引は、魔虫の蜂蜜を扱っていることから世間には広く知れ渡っていてね。住んでいる所が分からない上に連絡も取れないガイン様への伝言係として、ウチは昔から国王に目をつけられているのさ」

「伝言? 何のですか?」


 ガインと魔虫の蜂蜜とダイアラン国王の間にどんな繋がりがあるのか、ルーリアにはさっぱり分からない。


「ルーリアちゃんのところの魔虫の蜂蜜は、各国がお金を積んででも手に入れたい万能回復薬なんだ。今回のように流行り病が起こると、国としては対策として魔虫の蜂蜜を備えたくなる。でも、備えるためには生産者と直接話をしなければならない。けど、連絡が取れない。そこで目をつけられるのが、ウチって訳さ」


 そういえば、ユヒムはたまにダイアランからの手紙をガインに届けていた。その手紙の相手が、まさか国王だったなんて。


「この国の国王は権力を振りかざして強要するような人ではないけど、それでも今回は流行り病のこともあって、国王命令で早く会えるように連絡を取って欲しいと言われていたんだよ」


 ユヒムはとても面倒そうな顔をしているけど、そんな話は聞いたこともないし、地下倉庫の在庫が一気に減るような大きな取引もなかった。


「……まさかとは思いますけど、ユヒムさんはそれをずっと断っていたんですか?」

「そりゃそうだよ。一国だけに大量の蜂蜜を持たせる訳にはいかないし、ガイン様に会わせる理由もない」


 な、何てことを。

 十分な理由があると思うんですが。


「それだとユヒムさんが困るんじゃないですか?」

「うん、実はしつこくて困ってね。それで今回、仕方なくガイン様にお願いを……」


 ……国王の使者をしつこいって。


 ユヒムがあまりにも平然としているから、実際に困っているのは国王の方なのだと分かる。

 怖いもの知らずのユヒムが怖い。


「魔虫の蜂蜜のことなら、お父さんに話を振っても大丈夫だと思いますよ? ユヒムさんが危険な目に遭ったらどうするんですか?」


 なぜか普段からユヒムはガインを頼ろうとしない。出来るだけ自分で何とかしようとしているように見える。


「でもね、国王の使者が来るとなると、広いようで狭い街だから、すぐに噂が広まっちゃうんだよ。結果としてガイン様に会いたい他の商人も付いてきちゃってさ。……まぁ、それでもガイン様の許可がない場合は門前払いなんだけど」

「外の世界でそんなことになっているなんて、想像もしていませんでした」


 実際、ルーリアは呑気に森で蜂蜜を集めていただけだ。自分の作った蜂蜜がその後どうなるかなんて、深く考えたこともなかった。


「今、気付いたんですけど、お父さんはあのままで大丈夫だったんですか?」


 見た目は人族にそっくりだが、ガインは獣人の姿でいる。それが気になった。


「ガイン様は今の状態だったら、人に会う分には問題ないと思うよ。それよりも毎回、尾ひれが付いていく噂の方が問題かなぁ」

「何ですか、噂って?」

「長年見た目が変わらないと、人族の間では何て言われるか知ってるかい?」

「……いいえ」


 見た目が変わらないと?……何だろう?


「不老不死だよ。人族には、そんな人たちがいた、なんて話が昔からあってね」

「……不老不死。本当にそんな人がいるんですか?」


 歳も取らず、死にもせず……?


「いない、とは言い切れないかもね。でも、もし身近にそんな人が実在したとしたら、人はどうすると思う?」

「……んー。たぶん、その人は人族ではないと疑うと思います」

「うん、そうだね。普通は長命種族だと考えると思う。だけど、その人が人族にしか見えなかったら、周りはそうなった原因や理由を聞き出そうとするんだ。そして人族ではないと思った人は、ひどいと恐怖を感じて、その相手を害そうとしたりしてしまう」


 外の世界では、種族間の溝はどうしようもなく深い。無償で人助けをしようとしても変に疑われたりして、他種族から信じてもらうのは難しいとユヒムは話す。


「今のところガイン様は、呪いで歳を取らない人族、という話で落ち着いているんだ。現に何年経っても姿が変わらないんだから、そう思われても仕方がないんだけどね。それに対しての噂が後を絶たないんだ」

「お父さんは人から悪く言われたりしていないですか?」


 心配して尋ねると、ユヒムは複雑そうな顔をする。


「噂っていうのは実体がないからね。はっきりとは言い切れないけど、ガイン様の周りだけに限るなら、今はそういった話はないかな」

「そう、ですか。……良かった」


 思わずホッと息がこぼれる。

 人助けをして悪く言われたら、さすがに悲し過ぎる。


「最初はガイン様のことを魔族だ何だと疑っていた人たちも、会ってその人柄や行動を見ている内に魅了されちゃったからね。ガイン様は人助けにいつも真剣だし、人を惹きつける魅力があるから。だから周りにいるのは、今のところ好意的な人がほとんどだよ」


 ユヒムはガインのことを自分の家族のように自慢げに話す。そんなユヒムをルーリアは微笑ましく思った。


「でもね、実際に会ったことのない人たちは、好き勝手に良くも悪くも噂を広げていくからね」

「どういうことですか?」

「人によっては、ルーリアちゃんたち父娘は魔女や魔族に呪いを掛けられ、時を止められてしまった悲劇の主人公ってことさ」

「……何ですか、それ?」


 自分たちの知らない所で、そんなとんでもない話が語られているなんて。

 人族が作り話やデタラメな噂が好きだということを、この時のルーリアはまだ知らなかった。



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