第284話・まぎらわしい会話
「あの、セル。自分で歩けますから、もう……」
下ろすようにクレイドルに言って欲しいと訴えても、セルギウスは厳しい目で首を横に振る。
「また何かあれば、身に危険が及ぶのはルリ自身ではなく、その周囲にいる者たちだ。学友を危険に晒したくないのであれば、ルリは大人しくしているように」
「……はい」
正論すぎて反論の余地がない。
チィリーナの暴走を起こしかけたルーリアは、クレイドルに横抱きにされ、シャルティエとエイナとリューズベルトから生温かい目で見られながら、転移装置のある場所へ向かって運ばれていた。
……ここにリュッカがいなくて良かった!
恥ずかしくて逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、魔法は使えないし、足は遅いしで打つ手なしだ。おまけにクレイドルに運ぶように言ったのが、チィリーナの暴走を抑えてくれたセルギウスだから逆らいようがない。
「ルリ、身体を離されると落としそうになるから、オレの肩に手を置くか、自分の膝上で手をそろえてくれ」
このままじゃオレまで一緒に転びそうだ、と耳元で囁くように苦笑いされ、一気に顔が熱くなる。今まで感じたことのない耳のくすぐったさに、背筋から全身がぶるりと震えた。
「……っ」
両手で耳をぎゅっと押さえ、顔を真っ赤に染めて身体を小さく震わせるルーリアをクレイドルは気まずそうな顔で見下ろす。
「…………」
ルーリアを地面に下ろし、クレイドルは深く息を吐き出した。すぐに自分のマントを外してルーリアを包み、もう一度、丁寧に抱え直す。
「……これなら大丈夫だろう」
「はい。……あの、ありがとうございます」
「いや、ルリはしっかり自分を隠しておいてくれ」
「……?」
転移装置のある場所にはグレイスやモップル先生が待機していて、採取から戻った生徒たちを学園へ送り返していた。
「ダジェット先生から話は聞きました。どうしますか? あなたたちだけでも先に学園へ戻りますか?」
「実は私たち、まだお昼を食べていないんです。せっかくだから、みんなが帰ってくるのを待って、お弁当を食べてから学園に戻りたいと思います」
シャルティエが代表して答えると、グレイスは自分たちが使っている休憩用のテントで待つように言ってくれた。
お弁当もここで食べていいと言われたので、中にあったテーブルや椅子を借りて食事が出来るように場所を作っていく。
「これでよし、と」
準備が整ってテントの外に出ると、採取から戻った他の班の人たちとグレイスが話している声が聞こえてきた。
げっそりと疲れ切った顔の生徒たちに混ざり、話を聞かせてもらう。どうやら各班で見たチィリーナの姿は全く違うものだったらしい。
今、話している班の者たちが見たチィリーナは可愛らしい小動物の姿だったそうだ。
えっ、いいなぁ。と思ったけど、すぐにその言葉を撤回することになる。チィリーナの赤い実は、その愛くるしい小動物の目の部分にあったそうだ。
「ひ、ひぃぃっ!」
「うっわぁー、それはエグいね」
「……私、そこの採取じゃなくて良かった」
もうすでに学園へ戻った他の班が見たチィリーナは、ネバネバした蔓で出来た巨大な迷路と化していたそうで。進めば進むほど身に着けていた衣服などを奪われ、赤い実を発見しても採取どころではなかったらしい。
そんな状態だから、当然、実の採取は失敗したそうだ。
「そう聞くと、私たちの班はまだ良かった方なのかしら?」
「う~ん、どうだろう?」
他にも、葉の一枚一枚が不気味な虫の形をしていて、その葉を手で掻き分けないと実を採取できなかったり、とか。
……いやぁあぁっ! いくら本物じゃなくても、大量の虫の中に手を突っ込むなんて絶対に無理!
話を聞いただけで全身に鳥肌が立った。
チィリーナの姿が本に載っていないことを不思議に思っていたけど、こんな風にいろんな形をしているなら納得だ。それに載っていても見たくない。
話を聞いた上で、どこでも好きな所に採取に行っていいよと言われても、どれも全力でお断りしたいような形状ばかりだった。
モップル先生は「実を守ろうとしている魔木なりの知恵じゃな」なんて、もっともらしいことを言っていたけれど。
いくらチィリーナの実が冬の貴重な果物だと言われても、また採取に来たいとは思えなかった。
「みんなお疲れさま~」
「おしぼりもあるから使ってください」
「ありがとう、ルリ。もう大変だったわよ」
「本当に、最悪でしたわ」
食欲はあるということなので、他の班の手伝いに行っていた六人が戻ってきたところで、みんなのお弁当を広げる。
どれくらい食べる人が護衛になるか分からなかったから多めに作ってきたけど、みんなも同じことを考えていたようで、テーブルの上はかなり豪華なことになっていた。
「すごい! 美味しそう!」
「これは嬉しいね。この班を選んで良かったと心から思うよ」
「あぁ~~。腹減った!」
好きな物を取って食べてもらうようにすると、ランティスとクラウディオの皿はあっという間に料理で山盛りとなった。すごい食欲だ。
「チィリーナの暴走は大丈夫だったんですか?」
「私たちが着いた時には、魔法を使った生徒は魔木に絡まれて魔力枯渇を起こしていたわ」
被害に遭ったのが、そんなに魔力を持っていない生徒だったから、チィリーナの暴走はそこまで大きくはならなかったらしい。
ケガ人もいたけど、もうすっかり治っているため、結果としては今年の野外学習もケガ人はなし、となるそうだ。
「えぇ~。何それ、詐欺っぽい」
「もっとひどいわよ。軍部の先生たちは、どの班が暴走を起こすか賭けをしていたそうなんだから」
「……最低ですわね」
賭けに勝った先生が他の班から助っ人を呼んでくるまでが、毎年恒例となっているらしい。嫌な行事だ。
「……あの、リューズベルト。ちょっといいですか?」
「何だ?」
ルーリアはガインたちから連絡がないことと、二人が無事に過ごしているか知っていたら教えて欲しいと、こそっと小声で伝えた。
実は採取中もずっと気になっていたのだ。
「どちらも無事だから安心しろ。今は常に周りに人目があるから下手に連絡を取れないでいるんだろう」
神敵の討伐が済んだとはいえ、神殿に残った者たち全てが味方と言える状況ではない。
ガインとエルシアの送る物や送られてくる物、それら全てに他人の手が入っていると言われ、ルーリアはざっと青ざめた。
「……わ、わたし、何回も手紙を送ってしまいましたけど……」
良かれと思って報告していた手紙が、もしかしたらとんでもなく余計なことだったかも知れない。
隠し森の様子や魔虫の蜂蜜について書いてしまったけれど、大丈夫だっただろうか。
あわあわと慌てるルーリアに、リューズベルトは「落ち着け」と言う。
「その辺りのことも含めて二人から手紙を預かっている。学園へ戻ってから渡そうと思っていたんだが、放課後に時間はあるか?」
「は、はい、大丈夫です。お願いします」
……ど、どうしよう!?
料理の味が分からなくなるくらい焦る気持ちを抱え、ルーリアは放課後になるのを待った。
学園に戻って放課後となり、闘技場近くのベンチでリューズベルトと向かい合って座る。
音断と隠遁の魔法を掛けているから、話し声や人の目を気にする必要はない。
ルーリアはさっそくリューズベルトからガインたちの手紙を受け取り、ざっと目を通した。
すぐには家に帰れないことと、ルーリアから手紙を送る分には問題ないことが書かれている。
「……よ、良かったぁ~……」
安心したら一気に脱力した。
ガイン側から手紙を送ると何者かに追跡される危険性があるため今は控えているそうだが、送られてくる分には平気らしい。
ただ、先に側近が目を通すこともあるので、くれぐれも変なことは書かないように、とあった。
……変なことって何でしょう?
うーん、と考えていると、何か言いたげな目でこちらをじっと見ているリューズベルトに気付いた。手紙を読み終えるのを待っていたようだ。
「……何ですか?」
「今日見ていて思ったんだが、随分とセルやレイドとの距離が近くなっていたな。何かあったのか?」
リューズベルトは昨日の夜に帰ってきたと言っていたから、自分が学園にいなかった間のことを聞きたいのだろう。
だけど、クレイドルに魔法を教えていることは三人だけの秘密だ。誰にも話さないと約束している。
……んー。何て説明しよう?
「えっと、実は、あることをレイドに教えてもらうことになって、セルはそのお手伝いをしてくれたんです。だから距離が近付いたように見えたのかも知れません。本当はお母さんに教えてもらえたら良かったんですけど……」
そう言ってルーリアが残念そうに微笑むと、リューズベルトは首をひねった。
「何を教わったんだ?」
答えに詰まったルーリアは、自分は知らなかったことだけど、みんなは普通に知っていることらしい、と言葉を濁した。
「……まぁ、いい。それで? 何をしてセルの手伝いが必要だったんだ?」
「えーと、最初はレイドも加減がよく分からなかったみたいで、わたしも何をされるのかよく分かっていなくて。だから身体の中に無理やり入ってくる感じが、ただただ苦しくって」
「……!?」
リューズベルトは驚愕の表情でルーリアを見つめたが、それに気付かず話を続ける。
「その時、セルがいろいろと助言をくれたんです。側で見ていて、やり方が悪いと手本を見せてくれたり」
「手本!?」
不可解な顔をしたリューズベルトが「三人でしていたのか?」と聞いてきたので、「そうですよ」と答える。どうしてか分からないが、リューズベルトの顔色が悪くなった。
「それは、どこで?」
「場所は秘密です。ちゃんと人目につかない所ですから大丈夫ですよ」
心配いりません、という意味で微笑んだのだが、なぜかリューズベルトは苦い顔をする。
「……それは誰が言い出したんだ?」
出された声は低く、強く感情を抑えているようでいて、激しく怒っているようにも見えた。ルーリアは思わず、たじろいでしまう。
「最初に言ったのはレイドですけど……どうしたんですか?」
深いため息をついたリューズベルトは「そうか」と呟き、思わぬ裏切りを受けたような怒りの色を静かに目に映していた。
「……オレがレイドから聞いていた話と違う」
「違うって、何がですか? リューズベルトは何を怒っているんですか?」
「レイドは待つと言っていたんだ。何年かかっても構わないと。それなのに……」
その言葉でルーリアはハッとした。
リューズベルトは今日、クレイドルが魔法を使う様子を見ていた。もしかしたら、ちゃんとした訓練もせずに魔法を覚えたことに気付いて怒っているのかも知れない。
「待ってください、リューズベルト。そうするように先にレイドに勧めたのは、わたしです」
「お前が!? どうしてそんな……まさか、お前まで神殿から何か言われたのか?」
「えっ、神殿……?」
互いの会話の噛み合わなさから、二人そろって首を傾げる。
「ちょっと待て。ルーリアは何の話をしているんだ?」
「リューズベルトこそ、何の話をしているんですか?」
仕方がないので方法は秘密にして、自分は魔力の扱い方を教えてもらい、クレイドルには魔法を教えているのだと素直に話したら、「まぎらわしい!」と怒鳴られた。
それなのに、自分はどんな勘違いしていたのか教えてくれないなんて理不尽だと思う。





