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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第14章・魔深き初冬
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第283話・チィリーナの暴走


「あれ? ルリ、どうしたの? その姿……」


 ルーリアの大人の姿を見るなり、シャルティエが不思議そうな顔をする。


「小さな手だとナイフをずっと握っていられないので、仕方なくです」


 包丁はまだいいけど、慣れない刃物はちょっと怖い。「ハサミで切れたら楽なのにね」と、シャルティエやエイナも硬い枝に苦戦しているようだった。


「ねぇ、シャルティエ。これって、やっぱり採れたての方が美味しいのかしら?」

「採ってから熟成させる果物もあるけど、チィリーナの実は採りたてが一番美味しいって聞いてるよ」


 果物に詳しいシャルティエの返事に、ナキスルビアは切り採ったばかりのチィリーナの実を手にして見つめる。


「一つくらいなら食べてもいいかな? 甘くて美味しそうな香りだと思わない?」

「この凄惨な殺人現場みたいな背景で、そんな猟奇的な台詞を口に出来るナキスルビアは、ある意味勇者だと思う。いいんじゃない? 食べちゃダメなんて言われてないし」


 一瞬、そんなことで勇者認定するな! と言いたげな顔でリューズベルトがこちらを睨んだ。

 そんな視線を気にもせず、ナキスルビアは手にしていたチィリーナの実をポイッと口に入れる。


「……うっ」


 その様子を見ていた一部の男性陣は、何とも言えない顔で短く呻き声を上げた。


「ん! 美味しい~! すごく甘いのね」

「あれ? 甘酸っぱいんじゃなくて、甘いの?」


 自分の知っている味との違いに興味を持ったシャルティエが、手にしていたチィリーナの実を口に入れる。


「あっ、ほんとだ! すごく甘い!」

「時間が経つと酸味が出てくるんでしょうか?」

「気になるなら、ルリも食べてみたら?」

「……いえ、あの、わたしは……」


 大人の姿になったところで、力がないことに変わりはない。ランティスやアトラルが採ってきてくれた分はあっても、自分ではまだ少ししか採れていないのだ。自分の課題で自分が一番足を引っ張っているのに食べる訳にはいかない。


「……ほら」

「えっ?」


 ルーリアが味見を諦めようとする中、すれ違いざまにクレイドルが手の平にチィリーナの実を一つ乗せてくれる。すぐにお礼を言おうとしたけれど、クレイドルはそのまま振り返りもせず、スタスタと足早に去ってしまった。


 クレイドル……?


 そういえば、今日は挨拶もしていない。

 何となく、避けるまではいかなくても、出来るだけ関わらないようにされているような感じがした。

 自分で気付かない内に、何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。そう考えただけで心の中がひどくざわつき、不安な気持ちでひやりとした。


「真ん中に種があるから噛まないように気をつけてね。飲み込んじゃダメだよ。中に毒があるらしいから」

「はい。……あ、ほんとですね。すごく甘い」


 前に食べた時は甘酸っぱかったのに、採れたてのチィリーナは蜂蜜のように甘かった。

 甘いのに、なぜだろう。苦いものを飲み込んだみたいにノドの奥がひりつく。




「やっと終わったぁ~」

「ちょっと遅くなったけど、お昼にしましょうか」


 全員のカゴがチィリーナの実でいっぱいになった頃、ドドンと大きな爆発音が少し離れた場所から聞こえてきた。

 その音に驚いた鳥たちがギャアギャアと鳴き声を上げ、一斉に飛び立つ。


「な、何、今の!? 何の音!?」


 タイムボックスの中にチィリーナの実を入れようとしていたエイナが、ビクッと肩を震わせる。

 急いで中にしまい、すぐにフタを閉じた。


「けっこう大きな音だったね。他の班の人たちかな?」

「何かあったんでしょうか?」


 聴力や視力を強化したいけど、ここで魔法を使う訳にはいかない。確認は護衛陣に任せ、ルーリアは変身の魔術具を外して元の姿に戻った。


「たくさんの足音が向こうから聞こえる」

「あ~、こりゃあたぶん、他の班のヤツらが魔法を使ったんだろうな。足音と一緒に魔木っぽい気配もある」


 直線距離で1キロほど離れた所から、そんな音や気配がするらしい。


「さすがに、この状態で呑気にお弁当って訳にはいかないよね」

「森から出た方がいいんでしょうか?」


 魔法が使えない今、足の遅いルーリアはシャルティエやエイナよりも非力で足でまといだ。

 どうしたらいいのか分からず、おろおろしていると、ランティスが双剣を抜いて構えた。


「誰か一人、こっちに来る」


 護衛陣はそれぞれの武器に手をかけ、辺りを警戒する。ガサッと茂みを掻き分けて現れたのは、眉間にシワを寄せたダジェット先生だった。


「おう、お前ら。採取はもう終わってるか? 終わってるなら、ちょっくら何人か手を貸せ」

「手を? 何があったんですか?」


 ウォルクスが尋ねると、ダジェット先生はため息混じりに口を開く。ものすごく面倒くさそうに話してくれたのは、クラウディオの読み通り、他の班の生徒が魔法を使ってチィリーナを暴走させてしまったということだった。

 放っておいてもケガをするほどではないらしいが、女生徒の何人かがパニックを起こし、手がつけられなくなっているらしい。


「鼻の利く者と女手が欲しい。アトラル、ランティス、クラウディオ、ナキスルビアは強制だ」

「えぇー! やだ!」


 ランティスが即行で拒否する。


「やだとか抜かすな」

「だって面倒くさい。嫌だ」

「チッ。今度一回だけシュトラ・ヴァシーリエに付き合ってやる」

「ほんと!? じゃあ、やる」


 少し考え込んだ後、マリアーデが前に進み出る。それを見たウォルクスが止めるように手を上げかけたが、自分が言うべきではないと思ったのか、すぐに下ろされた。


「宜しければ、私も参りますわ」

「お前は……」

「菓子学科のマリアーデと申します。ひと通り騎士の習いは受けております。ダイアランの近衛師団にいるダンテは私の叔父ですわ」

「そうか。なら一緒に来い」


 ダジェット先生はリューズベルトにもチラリと視線を向ける。


「出来れば、もう一人欲しいところだが……」

「いくら付き添い人がいると言っても、それではこちらの守りが手薄になり過ぎます。俺が行きますから、リューズベルトは残してください」

「ウォルクスか。まぁ、いいだろう」


 ダジェット先生は六人を連れ、問題の起こっている班の所へ向かった。

 残されたルーリアたちには、転移装置のある場所まで戻るように指示が出ている。


「こんなことなら早めにお弁当を食べておけば良かったですね」

「シャルティエのお弁当を楽しみにしてたから、ナキスルビアはちょっと涙目だったわよ」

「それを言うなら、目の前でルリのお弁当をお預けにされた獣人の人たちの方が、よっぽど恨めしそうな顔をしてたよ」

「ふふっ、確かにそうね」


 リューズベルトとセルギウスを先頭に、エイナ、シャルティエ、ルーリアが続き、後方を付き添い人二人とクレイドルが守る。

 ぐったりとした採取済みのチィリーナの木々の間を歩いていると、ポタッと、ルーリアは自分の肩に何かが落ちてきたのを感じた。


「…………え」


 見れば、10センチほどの大きさの黒い虫が、カサカサとたくさんある足を動かして自分の肩口を這っている。ヒュッとノドが鳴った。

 一瞬で全身の血の気が引く感覚に襲われ、ルーリアは無意識の内に風魔法をまとう。

 その瞬間、その魔法に反応したチィリーナの木々が人で言う手足を長く伸ばし、ルーリアを絡め取ろうと集まってきた。

 客観的に見れば、死体の群れが自分に向かって無数に迫ってくるような光景だ。そんな状況にかつてない恐怖を感じたルーリアは、頭の中が真っ白になった。


「いやあぁぁぁーッ!!」

「ッ、ルリ!!」


 チィリーナの手足が届くより先に、クレイドルはルーリアを抱きかかえてシャルティエたちから離れた。

 無差別に向けられる風魔法で頬や腕が少し切れたが、クレイドルはルーリアをしっかりと抱き寄せ離さなかった。


「ルリ、落ち着け!」


 ルーリアに呼びかけながら、ものすごい勢いで伸びてくるチィリーナをクレイドルは刀で切り払う。

 しかし、人の手足の形で伸ばされる枝は金属のように硬く、ルーリアを抱えての片手では思うように攻撃を返せない。

 次第に距離を詰められ、周りを囲まれていく。


「あれはルリが魔法を使ったのか? どうして……」

「リューズベルト、こちらの二人を頼む!」


 セルギウスが目を向ければ、ラスチャーはすでにエイナとシャルティエを守る位置についている。リューズベルトとラスチャーに二人を任せ、セルギウスはすぐにルーリアたちの元へ駆けつけた。

 フェルドラルは大鎌を出し、ルーリアたちに近付こうとするチィリーナの枝を払っている。


「レイド、魔木は私が抑える。ルリの魔力を奪って魔法を止めろ。略奪魔法の使用を許可する」

「! 分かった!」


 セルギウスからの助言にクレイドルは頷き、昨日習ったばかりの魔法を思い浮かべる。

 略奪系の魔法は禁呪とされているものが多く、これもその一つだと聞いている。自分の記憶にあっても、セルギウスの許可がなければ使用できなくされている魔法だ。


魔力奪取(フィクス・クレイン)!』


 ルーリアの身体に流れる魔力を奪い、自分の中に吸収する。無詠唱魔法が発動する前に、ルーリアの魔力の流れを断った形だ。


「ルリ、頼む。落ち着いてくれ」

「──ッ、む、虫、が……ッ!」

「虫?」

「お、大きな、虫が、肩に、ついて……ッ」


 息も絶え絶えに、泣きながらルーリアは説明する。尋常ではない怯え方から察するに、ルーリアは虫が苦手なのだろう。

 もしかしたら常に風をまとっていたから、虫が寄ってきたことなどなかったのかも知れない。


 ……大きな虫と言っても、魔虫の蜂よりは小さいだろうに。


 ルーリアの肩や背中を見回し、クレイドルは表面だけを火魔法で軽く焼いた。

 狙った対象だけを焼く赤い焔でルーリアを包んでも、何の反応もない。ルーリアの言う虫は、とっくにどこかへ逃げたのだろう。


「大丈夫だ。何も付いていない」

「……ほ、本当、ですか?」


 よほど虫が怖かったのか、潤んだ瞳にこぼれ落ちそうな涙を溜めたルーリアは、ぎゅっとクレイドルの服を掴んで震えていた。

 背中に回した手に思わず力がこもる。


「あぁ、本当に大丈夫だ」


 ぽんぽんともう片方の手を頭に乗せると、ルーリアはやっと少しだけ表情を緩めた。

 ルーリアが落ち着くと、チィリーナの暴走も沈静化する。クレイドルがルーリアを(なだ)めている間に、暴走していたチィリーナはセルギウスとフェルドラルによって伐採されていた。


 ……頭を冷やすためにルーリアと距離を置こうと思ったのに、半日も持たなかったな。


 昨日、クレイドルは力を欲して焦るあまり、自分の力量を超える願いを口にしてしまった。

 人から与えられて得ただけの力は、自分のものとは言えない。それを頼りにするなんて間違っている。きっと自分の手には余るだろう。

 

 ……多すぎれば薬も毒になる、か。


 けれど、知らなければ今日こうしてルーリアを止めることは出来なかった。


 力を手に入れるだけでは駄目だ。

 的確な使い方と、そのための知識や心構えを得る努力を自分自身でしなければ。



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