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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第14章・魔深き初冬
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第275話・放課後の密談


 ……何があったんだ、あの魔力は?


 部活より先に農業学科の授業に顔を出しておいて正解だった、とクレイドルは息を吐く。

 ダイアランの貴族だけでなく、他国の者も軍部での勧誘に見せかけ、ルーリアに声をかけようと部活にまぎれ込んでいる。そのことを忠告するつもりで農業学科の畑に行ったのだが、それどころではなくなった。


 見た目はルーリアなのに、魔王の前にでも立たされたような感覚に陥るとは。

 これも邪竜の影響なのだろうか。

 自分が知っているマルクトの領主の魔力量をルーリアは軽く超えていた。


 ……このことをセルギウスにどう説明しよう。


 まずは、ルーリアが部活には参加せずに帰ったことを、みんなにも伝えなければならないだろう。

 魔力の扱い方を教えるのは明日からとして、現状ではルーリアが学園にいるだけで何に巻き込まれるか分からないから、今日は早々に帰宅させた。


 どうしてルーリアはいきなり、あそこまで魔力が増えたのか。いくら何でも不自然すぎる。


 休みに入る前は魔属性寄りだったルーリアの魔力が、今では聖と魔が半々くらいの魔属性寄りとなっている。増えた聖属性の魔力は何だ?

 魔力の抑え方を教えるにしても、あの量では自分一人だけでは手に余る話だ。セルギウスにも事情を話して協力を求める必要がある。


 付き添い人の風の守りがあったから、今日一日は何事もなく過ごせたのだろう。

 だが、近くに寄ればルーリアの魔力の異変に気付く者は出てくるはずだ。今日はたまたま、他の者の目に留まらなかっただけだと思う。

 先ほど門まで送って行った時も、ルーリアが学園のマントを着けていたから、門番もそこまで注視していなかったように見えた。

 しかし、このままでは周囲に気付かれるのは時間の問題だろう。



 放課後となり、軍部の区域へ戻ってきたクレイドルは闘技場へ入り、いつもの観戦席へと向かう。

 リューズベルト以外は全員来ているはずだ。


「えぇ~? おチビちゃん、もぉ帰っちゃったのぉ~?」

「しばらくロリちゃんが部活に来られないって、何でだよ?」

「いろいろ忙しいんだろ。オレに文句を言うな」


 リュッカたちは不満を口にするが、今は無視だ。ルーリアから預かっていた菓子や料理の入ったタイムボックスを渡して放っておく。


「……セル、ちょっといいか?」


 ひとまず「話がある」とセルギウスを誘い、付き添い人を外してもらって闘技場の地下の音断部屋へと向かう。

 芸軍祭の後は利用者が少ないのか、部屋はすぐに借りることが出来た。


「私に話とは何だ?」

「実は、ルリのことなんだが……」


 ルーリアの現状を伝えて協力を頼むと、すぐさまセルギウスは険しい目付きとなった。


「……ルリに補助魔法を習うだと? そのような交換条件を出すなど何を考えている?」


 ただでさえ時間のないルーリアに無理をさせるつもりか、というセルギウスの鋭い視線にクレイドルは首を振る。


「済まない。そうでも言わなければ、ルリはオレの負担になるからと断りそうだったんだ」


 遠慮して断るルーリアの姿がすぐに思い浮かんだのか、セルギウスは少しばかり険を削いだ。


「言い出したからには何か一つでも教わらなければ、ルリも納得しないだろう?」

「その時は、簡単なものを後からゆっくり教えてもらえばいいと思っている。ともかく、ルリに魔力の抑え方を教えることが先だ。セルギウスには、その時ルリに邪竜の呪いの影響が出ないか見てもらいたいと思っている。……悔しいが、オレには竜や呪いのことはよく分からない」


 ルーリアの魔力の変化が身体に悪い影響を及ぼすものでなければいいが、と本気で心配するクレイドルから、セルギウスはそっと視線を外した。


 ルーリアの魔力増加の原因をセルギウスは知っている。自分と従属契約を交わしたせいだ。

 問題なく終わったと思っていたが、こんな形で影響が出てくるとは考えていなかった。


『クロムディアス、ルーリア自身は魔属性の魔力を持っていなかったはずだ。どういうことだ?』

『従属契約により、契約主の持つ魔属性の魔力の半量が付与されたのでしょう。あの方が元より持っていた聖属性の魔力に足された形となっているはずです』

『……そういう話は先にしておけ』

『申し訳ございません。魔力が増える分には問題ないものと思っておりました』


 ルーリアの聖属性の魔力は元からあったものだ。これは先日、リューズベルトがどこかへ連れて行った時に開放されたと見ている。

 恐らくだが、親が離れることになったため、ルーリアの守りのために開放されたのだろう。

 今までは邪竜から(にえ)としての加護を受け、表面上では魔属性寄りに見えていた。

 クレイドルはルーリアが聖属性であることを知らなかったようだが、ハーフエルフであることも知らないのだろうか。


 ……クレイドルがルーリアのことをどこまで知っているのか、出来るだけ早く知っておく必要がありそうだ。


「分かった。ルリの魔力のことは私も協力しよう。補助魔法を習うことについては、ルリとクレイドルの間で決まった話だ。私が口を挟むことではないと思っている」


 だが、ルーリアの負担を増やして利用するつもりなら……と、釘を刺しておく。


「オレとしては、ルリが残りの学園生活を平穏に過ごせるようにしたいだけだ。……セルギウス、邪竜の呪いが解けるのがいつ頃になるか、お前は知っているのか?」


 真剣な眼差しを向けられ、セルギウスはわずかに目を伏せた。それを知りたいのは自分も同じだ。


「いや、正確な時までは分からない。だが、それほど遠い話ではないと考えている」


 ままならない思いを抱いていると、ひと目で分かる苦い顔のセルギウスに、クレイドルは率直な質問をぶつけてみることにした。


「前々から思っていたが、お前は本当にルリのことが好きなのか?」

「…………は?」


 何を言われたか分からないような顔でセルギウスは目を瞬く。


「お前の気持ちは夏に聞いたが、どうにも納得できないでいる。積極的に近付こうとしているようには感じられないし、ルリを命懸けで守ると言っておきながら、自分から距離を置いているのはなぜだ? お前はルリとどうなりたいんだ?」

「……な、なぜ、そんなことを聞く?」


 明らかに戸惑っている顔のセルギウスを、クレイドルは強い眼差しでじっと見据えた。


「オレはルリが好きだ。だから、お前の気持ちを知っておきたい」

「!!」


 一瞬で顔を赤くさせたセルギウスは自分が聞くべきではない告白を耳にしてしまったかのように動揺した目を泳がせる。

 自分では恋敵(ライバル)宣言をしたつもりのクレイドルは、その反応に違和感を覚えた。


「……クレイドルは、ルリのことをどこまで知っている? 真名、種族、住まい……どこまで何を知っている?」


 質問には答えず、目を逸らしたセルギウスは絞り出すように声を出す。今挙げられたことをセルギウスは知っていると受け取っていいのだろう。


「名前はルリが自分から名乗った分しか知らない。それが真名かどうか、オレには確かめようがない。種族と住んでいる場所は知っている」

「……そうか」

「お前は何を知っているんだ?」


 こっちにだけ尋ねて自分は何も答えない、その可能性を考えたが、それはクレイドルの杞憂(きゆう)であった。

 覚悟を決めた顔でセルギウスはまっすぐにクレイドルの目を見つめ、口を開く。


「母親は神殿のエルフで、ルリの真名は、ルーリア・ミンシェッドだ」

「! 神殿の……!?」


 ルーリアがハーフエルフであることは知っていたが、神殿界に住むエルフの血筋だとは思っていなかった。


「……私がルーリアのことを知ったのは、まだ幼い頃だった」


 静かにセルギウスが語り出したのは、クレイドルと出会う前のルーリアと、それを夢で見ていた、幽閉されていた頃の自分の過去の話だった。

 感情を映さない瞳で淡々と話すセルギウスに、クレイドルは唖然となる。


「……光も届かない闇の中に。どうしてそんなことに……?」

「私を生かすためには必要なことだったらしい」


 死んだ方がマシだと何度も思ったが、とセルギウスは冷やかな笑みを浮かべる。

 とても短い夢であったが、暗闇の中に色を与え、知識を与え、音を与え、温かく照らしてくれる。そんなルーリアの存在を、セルギウスは光に例えた。眩しそうに目を細め、「ルーリアがいなければ、今の私はなかった」と呟く。

 セルギウスのルーリアに対する想いは、好意と言うより信仰的なものに聞こえた。


「なぜ、オレにそこまで話す?」

「お前の言葉に嘘を感じなかったからだ。信用するに足る、と思った。クレイドルは私の知る魔族とは少し違うように感じる。他者を思いやることと、礼を尽くすことを知っている。……ルーリアもそこに惹かれたのだろう」


 最後の言葉がまたしても引っかかる。

 これほどの想いと実力を持ちながら、なぜ初めからルーリアと距離を置くのか。


「話を戻すぞ。セルギウスはルーリアのことをどう思っているんだ? 好きなのか?」


 セルギウスは小さく息を吐き、緩く首を振る。


「私がルーリアに向ける好意は、お前の持つ感情とは違う。私はルーリアに普通の幸せを手に入れて欲しいと願っているだけだ」


 自分ではルーリアに相応しくない。

 そう考えているような口振りでセルギウスは言った。


「お前の考えている普通って何だ?」


 それこそ普通は、好きな相手のより良い幸せを望むものではないのか。自分より優れた者に対して諦めるならまだ分かるが、正直、自分ではセルギウスに勝てる要素が見つからない。


「平穏であることだ。ルーリアがいつも願っていたことだ。普通でありたい、と」

「……あー。そういう意味か」


 領主の養子であるセルギウスが望めば、それは確かに普通とは言えなくなるだろう。

 だが、ルーリアの求める普通は、セルギウスの考えているものとも違う気がする。


「お前がオレに何を期待しているのか知らないが、自分自身の明日さえどうなるか分からないのが、オレの現状だ。守りたいものがあるなら自分で守れ」


 恐らく、セルギウスの中では平民の暮らしがルーリアの言う普通に映るのだろう。

 しかし、大切なものを守るためには強さや権力が必要となる時もある。一度、全てを奪われてみれば分かることだ。


「オレとしては、お前がルーリアに好意を持っているなら、それはそれで好都合だと思っている」


 自分に何かあった時に任せられる相手がいれば、心の持ちようが楽になる。そういう意味で言ったのだが、セルギウスは微妙な表情となった。


「……それは、一般的な考え方なのか? 妻を多数持つ者はいると聞くが……」


 そう独り言のように呟き、ルーリア一人に対して複数の男を侍らせる気か、とセルギウスは引いた目をする。

 クレイドルは慌てて否定した。


「違う! 勘違いするな。あくまで何かあった時の話だ。それに選ぶのはルーリアだ」


 成長したルーリアが誰を選ぶかなんて、その時になってみなければ分からない。

 もし自分が選ばれなかったとしても、その後もルーリアを守り続けたいと伝えると、セルギウスは目を見張った。


「……クレイドルのルーリアへの想いは深いのだな。なかなかその言葉は出てこないと思うぞ」

「深いかどうかは知らないが、それがオレの正直な気持ちだ。お前はどうだ?」


 これで最後だと思いながら、三度目の質問を口にする。今度はセルギウスも目を逸らさずに答えた。


「……私の気持ちは変わらない。ルーリアを守りたい。ただ、それだけだ」



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