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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第14章・魔深き初冬
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第272話・小さな手紙


 神殿から戻って、一週間ほど過ぎた朝。

 目を覚ましたルーリアは枕元に手を伸ばし、カサリと触れる紙の感触に微笑む。

 眠っている間に枕元に届く手紙は、ルーリアの朝一番のお楽しみとなっている。


「……えーと、今日はシャルティエとお父さんと、リュッカから」


 シャルティエは毎日、手紙をくれる。

 内容は菓子学科や料理学科の授業のレシピについてがほとんどで、たまに『いつ頃、学園に戻って来られそう?』と質問される。

 けれど、まだ正確には答えられずにいた。


 ガインからの手紙には、ルーリアや隠し森の様子を尋ねる文字が並び、神殿にいるみんなが無事であることを知らせる以外、他のことは書かれていない。

 短く書かれた手紙には、余計な心配をさせまいとするガインの性格がよく表れていた。


 リュッカからの手紙は学園の近況を知らせるものだ。前回はナキスルビアが書いてくれて、二通目となる今回は丸みのあるリュッカらしい文字で学園の様子が書かれている。次回はエルバーの番らしい。

 ルリがいないからレイドが寂しがってるよ~、とか、リューズベルトがいないから軍事学科は平和だ~、とか。そのまま声が聞こえてきそうな文が並ぶ。何となく、放課後の雰囲気だけは伝わってきた。


 ナキスルビアとリュッカの温度の差というか、興味を持つ場所の違いが文章に出ていて面白い。

 前にナキスルビアがくれた手紙には、学園の裁判学科で本物の裁判が行われている、とあった。

 神敵討伐で神殿への門が封鎖されているため、学園で臨時法廷が開かれているらしい。

 罪を犯した者を取り囲む物々しい一団や、法廷で働く人たちの出入りで、法部の区域はいつもと違う重い雰囲気となっているそうだ。


 リュッカの手紙には、臨時法廷に来ているイケメンエルフを見るため、女子生徒たちが傍聴席に押し寄せている、とあった。

 顔は綺麗だけど、ツンとしててあたしは嫌い~、とか。神経質そう、たぶんムッツリ、とか。言いたい放題である。ナキスルビアと同じ話とは思えない。


 その話題のついでに、レイドも芸軍祭の後から一部の女子生徒たちに付け回されている、とあった。ダイアランの貴族令嬢の取り巻きに、あれこれと探られているらしい。


 ……原因は演奏会のアレでしょうね。


 クレイドルとほとんど面識のないマリアーデからも注意されていたくらいだから、けっこう大変なのかも知れない。

 早く学園に戻ってこないと、レイドが他の女子に誘惑されちゃうぞ~、と書かれているのを見て、ギクリと心臓が嫌な音を立てた。


 ……クレイドルが、他の女の子と……。


 ぎゅっとノドを絞めつけられたみたいに、胸の奥が詰まって息苦しくなる。

 自分の中にある嫌な気持ちを押し潰すように、ルーリアはばふっと枕に顔をうずめた。


 すると、カサリと小さな音がする。


「!」


 弾かれるように顔を上げて手で探ると、そこにはルーリアの手の平に収まるくらいの小さな手紙があった。


『大丈夫か? 一人で不安になったり、悩んだりしていないか? 何かあったら抱え込まずに、誰かに話をするといい。話せる相手がいない時は相談に乗るくらいは出来る。無理はするな』


 …………クレイドルの文字だ。


 目にしただけで、さっきまでのチクチクした気持ちが嘘みたいに溶けていく。

 安心する文字をそっと指で撫でている内に、心の中は温かくなっていた。


 心配をかけたくないのに、心配してもらえると嬉しい。なんて矛盾しているのだろう。

 眠っている間にどんな形で送られてくるのか分からないけど、小さな手紙は三日前からルーリアの枕元に届けられるようになった。


『ちゃんと食べているか?』


 初めはひと言だけの、とても短い手紙で。

 返事を出すと、その後、ちょっとずつ文字が増えていって、それがとても嬉しくて。


 ……早く学園に戻りたいな。


 ルーリアは机の引き出しを開け、クレイドルからの手紙を箱に入れて大切にしまった。

 代わりに魔術具の手紙用の紙を三枚取り出す。

 元々そんなに数は作っていなかったから、あと数枚しかない。このペースで減るなら、早めに作っておいた方が良さそうだ。

 自分に手紙が送られてくることなんて今までほとんどなかったから、ルーリアは返事を書くのが楽しくて仕方がなかった。


「……えーと、心配してくれてありがとうございます、わたしは大丈夫です、そちらは大丈夫ですか、と。それから……」


 それぞれに手紙の返事を書いて送り、セフェルを起こして、朝食を作って食べる。

 食後のお茶を飲みながら、本日の予定について話をすることにした。


 ミツバチの採蜜に続き、魔虫の蜂蜜の採蜜も今年の分はもう終わっている。

 ちなみにミツバチのロモアの蜂蜜は、シャルティエから大絶賛された。自分の菓子作り用の分も、ちゃんと小タルで確保してある。


「セフェル、今日は来年用の巣箱作りをしようと考えているんですけど……」


 ガインはいつも雪深くなる冬の間に魔虫の蜂の巣箱を作っていた。慣れない自分が作るなら、今から始めた方がいいだろう。そう思ってルーリアが提案すると、セフェルは不思議そうに首をひねった。


「にゃ? でっかい巣箱、また作るの?」

「え? また?」

「次の春の分、もうある」

「えっ!?」


 セフェルが言うには、ミツバチ用の巣枠も魔虫の蜂用の巣箱も、すでに森の中の納屋に十分な数が準備されているらしい。


「納屋なんて、いつの間に……」


 どうやら神殿に行く前に、ガインがセフェルと一緒に作っておいてくれたようだ。

 古い巣箱を手本にして手探りで作ろうと考えていたから、とても助かる。


「……んー。それなら、今から魔術具の手紙用の紙を作りますか」

「手紙?」

「セフェルも作ってみますか?」

「にゃ! やる!」


 一階の物置にある手紙専用の紙や魔石などを部屋まで持ってきて、作り方を教える。

 今日は材料がそろっているから、調合の魔法陣の書き方と魔力の流し方を教えるだけだ。

 紙の作り方は、また今度にしよう。


 ……そうだ!


「せっかくだから、セフェルも手紙を書いてみたらどうですか?」

「にゃう?」


 魔法を教えるついでに簡単な文字も教えた、とフェルドラルが言っていたから、ヨングに手紙を書くようにセフェルに勧めてみた。

 ずっと連絡していなかったから、セフェルが元気に過ごしているか心配していたかも知れない。

 もっと早く気付けば良かった。


「姫様、紙を三つもらってもいい?」

「いいですよ」


 自分で魔術具の紙を作り、手紙を三通書き終えたところで、セフェルは「にゃうぅ~……」と、難しい顔をして手を止める。


「どうしました?」

「名前が分かんないの、忘れてた」

「名前?」


 セフェルはヨングのことを『ばあちゃん』、パケルスのことは『じいちゃん』と呼んでいたらしい。さすがにヨングの名前は覚えていたが、パケルスの名前がすぐに出てこなかったようだ。


「もう一人、紅いトカゲの人もいた」

「……あ、それは……」


 きっとクレイア……クレイドルのことだろう。

 ヨングに拾われた時、セフェルは痩せっぽちのガリガリな子猫で、よくクレイドルから「ちゃんと食べろ」と、食べ物を分けてもらっていたらしい。


「じいちゃん、よくお肉くれた。トカゲの人も優しかった。お腹空いてた時、姫様のサクサクみたいなお菓子くれた。だから、お礼の手紙出したい」


 クレイアと出会ったばかりの頃は『食べられる!』と、ビクビクしていたセフェルだったが、気付けばすっかり餌付けされていたという。

 妙な共通点に笑いが込み上げてくる。


「ふふっ、サクサクは美味しかったですか?」

「にゃう! すごく美味しかった!」


 セフェルは紙いっぱいに元気な文字で『サクサクおいしかった。ありがと』と書いていた。

 ルーリアはセフェルの代わりに宛名を書き、手紙の折り方を教えて一緒に空中に浮かべる。


「これで届く?」

「はい。ちゃんと届くと思いますよ」


 セフェルがもう一枚、紙が欲しいというから渡したら、次の日、ルーリアの枕元には『いつも美味しいご飯ありがと』と、元気いっぱいの文字で書かれた手紙が届いていた。


 ……セフェルが可愛い過ぎる!


 もちろん、足元で丸まって寝ているセフェルを目いっぱいもふった。




 次の日は、秋に収穫した種を家の中に干し、ラピスの練習をして、グレイスから借りている資料をひたすら書き写す。


 セフェルは文字を書く練習だ。

 数を数えることは出来ているので、簡単な計算も一緒に教えていく。素直なセフェルは物覚えが良かった。


 そうしている内にアーシェンが訪ねてきて、学園の医療学科でネアリアが研究していた薬が完成して、ビナーズ商会が独占して取り扱うことになったと聞かされる。


「アーシェンさんの所って、薬も扱っていたんですか?」

「あら、言ってなかったかしら? ウチは魔虫の蜂蜜を扱うようになってから、特に薬の販売に力を入れているのよ」


 正直に言ってしまえば、ユヒムとアーシェンの家がどんな商売をしているのか、未だによく分かっていない。

 ユヒムが魔術具の発明や開発をしていて、飲食店の経営などに関わっていることは知っているけど、アーシェンは服飾関係の仕事を主にしているのかと思っていた。


 今回はクレイドルが作っていたザベルという野菜から、鎮痛効果の高い薬が出来たらしい。


「今は苦ベルを温室で栽培して、親株を増やしているところよ」

「……にがベル?」

「あの品種改良した方のザベル、ものすごく苦いから、元の野菜と区別するためにそう呼んでるのよ」


 そういえば、クレイドルも苦すぎて食用には向かないと言っていた。苦いのは嫌いだけど、そこまで言われると逆に食べてみたくなる。


 ……う~ん、それにしても……。


 話す内容によっては、返す言葉を選んでいるような、はっきりとした答えを避けているような。

 最近のアーシェンの話し方は、どことなくユヒムに似てきたような気がする。


 ……わたし、怪しかったかな?


 アーシェンの体調が気になり過ぎて何度か具合を確かめていたら、どことなく警戒されるようになってしまった。

 こうして訪ねてきてくれているから避けられている訳ではないけど、アーシェンとの気楽な会話がなくなり、ちょっとだけ切なくなる。


 どうすれば、このスキルを止められるのだろう。もしかしたら、ずっとこのままなのだろうか。


 嘘を見抜けることは便利かも知れないけど、今の状態でみんなに会うのは少し怖いような気がした。



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