第105話・一件落着かと思いきや
「お前の言い分は理解した。出来る範囲だとしても、ルーリアの側にいてくれてありがとう。本当に助かる。……だが、済まない」
頭を下げるガインに、フェルドラルは眉を寄せた。
「なぜ貴方が謝るのです?」
「……恐らくだが、俺が不甲斐ないせいで、お前にいろいろと嫌な役をさせたはずだ」
その度にルーリアは小さな成長を見せた。
ガインが踏み出せずに避けていたことだ。
「ああ。気にしていたのですか?」
フェルドラルはフッと鼻で笑い、腰に手を当てた。
「ガイン。貴方は何か勘違いをしているようです」
「……勘違い?」
「わたくしは、美少女が好きなのです」
美少女を強調しつつも、顔は真顔だ。
「……お、おぅ。初めて会った時にも確か聞いたな」
あの時、ガインはフェルドラルを変態だと認識した。エルシアが使っていた弓が人型となり、さらに女児が好きだと言う。男型でなかったのが、せめてもの救いと言うべきか。
少し引いた顔のガインに構わず、フェルドラルは話を続けた。
「美少女が思い悩み、苦しみ、そしてそれを乗り越えて成長する姿は、とても美しいものなのです。それを間近で堪能する絶好の機会を、どうして嫌な役と呼べるのでしょう。わたくしには、そちらの方が理解し難いですわ」
……そういえば、こういうヤツだった。
「わたくしが自ら神に願い出たことです。今はその願いが叶えられ、姫様のお傍にいるに過ぎませんわ。わたくしの弓生において、今は至福の時なのです。貴方に気にされる覚えはありません。迷惑です」
「…………そ、そうか。悪かった(?)な」
これはフェルドラルなりの気遣いなんだろうか。それとも本心なのか?……正直、分からん。
「そういや、初めて鎌以外の形態を見たんだが……あの大弓は何だ?」
少し前になるが、弓型のフェルドラルがどうして大鎌を使うのか尋ねたことがある。
その時は、魔術具の武器は型にはめられた通常の武器とは違い、属性に連なる物なのだと説明された。
型ではなく属性。弓ではなく風なのだと。
風属性の武器はいろいろあるらしく、フェルドラルはその中でなら割と自由に変形できるらしい。
聞くだけなら『便利だな』で済むが、実際に関わるとなると恐ろしい話だ。戦っている最中に変形されたら、間合いが全く読めなくなる。そもそも風に間合いなんてあるのか、といった話になるが。
キースクリフに向けられていた大弓。
あれは何と言うか、禍々しいとまでは言わないが、大鎌とは危うさが別次元だった。
「大弓は、わたくしそのものです。必殺必中の弓ですわ。わたくし自身が明確な殺意を持たなければ使えません」
殺意……! だだ漏れしてたよ、確かに!
あの時のことを思い出したのか、フェルドラルはガインが肩にかけている外套で手の甲を念入りに拭いた。
……最低だ。人が着ている物で拭くな。
「そういえばお前、俺を気絶させてから酒をかけていたな。あれはいったい何だったんだ? エルシアがどうとか言っていたが……」
この際、首を絞められたことは気にしないことにした。たぶん気にするだけ無駄だ。
「意識を奪ったのは運びやすくするためです。その方が楽でしたので。酒は……あの獣と戦った際に、しつこく追い回されたと貴方が言っていたではないですか」
「ああ、言ったな」
「だから、かけたのですが」
「…………ん?」
聞けばガインの身体には、一部の獣人が持つスキルの『印付け』というものが使われていたらしい。
自分の獲物であると周囲に知らしめたり、仲間同士で同じ相手を標的にするために使ったり、と。主に相手を逃がさないようにするために使うスキルなのだそうだが……。
「……それで、何で酒なんだ?」
「あのスキルは弱いので、香りの強い物でたまに消せるのですよ」
「酒で消えるスキルって、お前……」
スキルは別名『神の気まぐれ』とも呼ばれている。生まれた時から持っていたり、生きていく中で身についたり。
もちろん誰でも持っている訳ではない。
スキルを何でどう打ち消せるのかも、いろいろと試してみないと分からないそうだ。気まぐれにも程がある。
「風を使って貴方の身体を調べても、魔法や魔術具が使用された形跡はありませんでした。そこでスキルのことを思い出し、肌のどこかにアザのような印が付いていれば……と、それを探したのです」
「それが首にあったって訳か」
思わず首筋に手をやったガインが、眉を寄せる。
「…………このべた付きは風では……」
「無理ですね。さっさと姫様に洗って頂くのが一番です。わたくしも我慢しているのですから」
そう言うと、フェルドラルはもう一度ガインの外套で手を拭いた。もう好きにすればいいと思う。
話を終えたガインたちはユヒムの屋敷に向け、駆け抜けるように地下通路を進んだ。
◇◇◇◇
ちょうど、その頃。
フェルドラルからの伝言を聞いたルーリアが呆然と立ち尽くしていると、ユヒムとアーシェンが部屋に駆け込んできた。
「ルーリアちゃん、お帰り。無事でホッとしたよ」
「本当に。良かった……」
ぎゅっと抱きつくアーシェンの温もりで、ルーリアは我に返った。
「…………アーシェンさん、ユヒムさん」
2人はまだ、ガインたちが無事なことを知らないはずだ。ルーリアは慌てて2人にフェルドラルからの伝言を伝えた。
「そうか、フェルドラルさんから連絡が……」
「みんな無事で良かったわ」
心配して朝からユヒムの屋敷に来ていたアーシェンは、深く安堵の息をついた。
だが、ルーリアは浮かない顔をしている。
一瞬だけ見えたガインのことを、ユヒムとアーシェンに話すべきかどうか、ルーリアは迷っていた。
見間違いだと思いたい。だけど、しっかり見てしまっている。ガインは意識を失ったように、ぐったりとしていた。
フェルドラルは無事だと言っていたけど、とてもそうとは思えない。かと言って、嘘をついているようにも見えなかった。
下手なことを言って、これ以上ユヒムたちに心配をかけたくはないし……。
うーん、うーんとルーリアが悩む横で、アーシェンは少し決まりの悪い顔をしていた。
「ガイン様がご無事なら、私はちょっと早まってしまったかも知れないわね」
「どうかしたのかい?」
「ちょっと前に、ガイン様が戻らないことをエルシア様に連絡しちゃったのよ。ガイン様に何かあったら、必ず連絡をするように言われてたから。私、もう一度──」
そう言いかけた時、通路から慌てた様子の足音が聞こえてきた。すぐにルキニーが部屋の中に入ってくる。
「急ぎ、失礼いたします。若旦那様。たった今、ガイン様がお戻りになられました。ひどくお疲れのご様子でして……」
「お父さんが……!」
「分かった。すぐ行く」
良かった。ちゃんと無事に帰ってきた!
ルーリアたちはすぐに、ガインのいる部屋へと向かった。
「お父さん!」
部屋に入り、まず目に飛び込んできたのは、もたれかかるように椅子に身体を預けたガインの姿だった。
伝言の映像で見たように、外套を羽織ってはいるが、上半身は裸で身体のあちこちに血がにじんだ痕がある。ズボンもボロボロに破れ、見るからに何かと戦い、ケガをして回復した後だと分かった。
「お父さん、大丈夫ですか?」
ルーリアが駆け寄ると、ガインは身体を起こした。
「……大丈夫だ。寝ていないから少し疲れただけだ。ユヒム、済まないが少し休みたい。部屋を借りられるか? 話は後にする」
「分かりました。すぐに用意します」
ユヒムの視線を受けたルキニーは、すぐさま部屋から下がった。
「ルーリア、ちょっと済まない」
ガインはルーリアを手招き、声を潜めた。
「悪いが、寝る前に身体を服ごと洗浄してもらってもいいか? もう限界だ」
「えっ、あ。お父さん、お酒の匂いが……」
何かと戦い、すごく疲れたように見えるのに、全身から浴びたみたいに酒の匂いがする。
不思議に思いながらも、ルーリアはガインを水魔法で洗い、風魔法で乾かした。
ガインを洗っている時、フェルドラルが水魔法に手を突っ込んでいたけど……何をしていたのだろう?
やっとさっぱりしたガインは、ルキニーに案内された部屋で1人、仮眠を取っていた。
ほぼ一昼夜。飲まず食わずで、ついでに戦闘もしていたから、多少なり疲れが溜まっていたようだ。軽く休むつもりでいたのだが、いつの間にか深く寝入ってしまっていた。
その眠っているわずかな間に、周りの事態が急転するとも知らずに……。
ガインが眠っている間、ルーリアはずっと気になっていた映像のことをフェルドラルに確かめることにした。
「あの、フェルドラル。お父さんは……その、悪い人に捕まって、ひどいことをされたり、とか……していませんでしたか?」
この時、ルーリアはガインがひどい目に遭ったのは、ぜんぶ神殿騎士のせいだと考えていた。
「ガインですか? 一時的には捕まったと言えなくもない状態でしたが、自力で対処できたようですので、姫様が心配なさるようなことは何もありませんわ」
自力で。あの気を失った状態から?
フェルドラルが助けてくれたのではなく?
何となく話が噛み合っていない雰囲気にルーリアが首を傾げていると、急に部屋の外が騒がしくなった。「お待ちください」といった、使用人だと思われる声が聞こえてくる。
──タタタタタ、バンッ!!
勢いよく扉が開かれ、それと同時に1人の人物が部屋の中に飛び込んできた。
「ガインは!? ガインは無事なのですかっ!?」
血相を変えてそう叫んだのは、勇者パーティの黒魔女。黒い髪と瞳の人族の姿に変身した、エルシアだった。





