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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第7章・波乱の創食祭
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第104話・神殿に巣食う影


 ガインがキースクリフのことをよく知るように、キースクリフもまたガインのことをよく知っている。

 これではエルシアのことを知っていると言っているようなものだが、ガインの決意が固いことを察すると、キースクリフはそれ以上は何も言ってこなかった。


「ガイン、神殿の問題は神官だけじゃない。騎士団だってやばいんだ。お前も実際に戦ってみて感じたはずだ」

「……ああ。騎士とは呼べないほど(もろ)かったな。後続を育てていないのか?」


 そう返しながらチラッとフェルドラルを窺うと、黙って壁に背を預けてくれた。

 話をする猶予をもらえたガインがホッとするも、キースクリフは端正な顔に耐えてきた長年の苦労をにじませている。そんな顔にさせたのは自分のせいでもあるが、今は話を聞くくらいしか出来なかった。


「あとから入ってきた騎士は少ない。育てるのも今の神殿では無理だ。せっかく入団したって、上があれじゃあな。イエッツェさえいなければ、もう少しは……」


 その台詞にガインは違和感を覚えた。

 イエッツェはさっき倒したばかりだ。

 それはキースクリフも知っているはずだ。


「イエッツェなら今日、俺が仕留めた。もう心配はいらないだろう?」

「いや、あれくらいじゃ駄目だ。恐らく今回も戻ってくると思う」

「…………戻って、くる?」


 キースクリフが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。今回も、とは?


「どういうことだ? その言い方だと、まるでイエッツェが何度も死んで、その度に戻ってきているみたいじゃないか」

「ああ、その通りだ。信じられないかも知れないけど、オレは少なくとも3回はあいつの息の根を止めているんだ」

「何っ!?」


 まさかイエッツェが不死身だとでも言うのか。

 諦めたような顔で笑うキースクリフに、ガインは驚きを隠せなかった。


「キースクリフ、あいつは何の獣人なんだ? 擬態するとか、似た顔が多いとか……そういった類いではないのか?」


 自分で言っておいてなんだが、それはそれで気味が悪い。


「イエッツェはクズリの獣人だ。残念ながら戻ってくるのは本人だ」

「クズリ……聞いたことないな」

「神殿に戻ってきたイエッツェは、自分が殺されたことを覚えていない。頭を跳ね飛ばされようが、心臓に杭を打たれようが、何食わぬ顔で戻ってくるんだ」

「……爽やかな顔してやってることがエグいな、お前……」


 しかし、なるほど。イエッツェを団長の座から降ろそうと、すでにキースクリフは裏で動いていたのか。だが、その度にヤツは戻ってくる、と。

 しつこいにしても限度ってものがあるだろう。

 殺しても死なないとか、何の冗談なんだ。


「イエッツェがそんな状態になった原因は何か分かっているのか?」

「いや……。ただ、もしかしたら魔族が関係しているんじゃないかとオレは睨んでいる」

「魔族!? 神殿にか?」

「何も不思議なことじゃないさ。ガインは担当したことがないから知らないかもだけど、裁判に種族は関係ないから魔族だってよく来る。時と場合によっては、勇者や魔王だって裁判を受けることがあるんだぞ」


 勇者の裁判か。そういえば前に聞いたことがある。かなり昔のことだが、勝手に他人の家に入り込んでクローゼットや金庫の中の物を盗ったとかで、住人と揉めた勇者がいたと。そんなヤツは勇者じゃなくて、ただの盗人だと笑い飛ばしていたが……あれは作り話ではなかったのか。


「数代前だけど、魔王も借金で訴えられたことがあるからな」

「……魔王が借金か。それで勇者が取り立てでもしてたら、シャレにならんな」


 話が神殿から逸れると、それを横目で見ていたクインハートとフェルドラルは同時に咳払いをした。こういう時の女の連携は何と呼べばいいのだろう。


 話を戻し、イエッツェのせいで真面目な騎士たちが神殿から去って行った経緯を聞く。

 残ったのはイエッツェの取り巻きと、神殿騎士としての立場や家柄を持つ者、他に行き場を持たない者たちだった。イエッツェ派は全体の2割ほどだそうだ。人望がないことはよく分かった。

 今回の祭りに来ていたのは、神殿騎士の募集とその宣伝を兼ねていたらしい。ガインがいた頃には考えられない話だ。


「そういやこれ、珍しい魔術具だったから回収しておいた。こういった物は現場に残さない方がいい」


 キースクリフが懐から出した包みには、ガインが身に着けていた魔術具の残骸が入っていた。せっかくルーリアが作ってくれたのに、もはや見る影もない。パラフィストファイスの還印も使用した時に割れてしまっていた。


「イエッツェの方は、まともに形も残ってなかったけど。ガインもエグいことするよな。あれ、何したのさ?」


 残骸の包みをガインに渡し、キースクリフは横目で流し見た。


「あれは……まぁ、いろいろだ。イエッツェはあの場に放置しておくのか?」

「いや、ヤツの亡骸はいつも勝手にどこかへ転送されてしまうんだ。今イエッツェがどこにいるのかは、オレにも分からない。あとは今回のことを忘れて、知らない間に戻ってくるだけだ」

「……それは厄介だな。いっそあのまま燃え尽きてくれればいいんだが」


 ガインは色()せた紙切れをポケットから取り出した。


「しかし、よくこんな物が今まで残っていたな」


 ガインの手から、するりとそれを抜き取ると、キースクリフは懐にしまった。


「もう捨ててもいいぞ、それ」

「……いや、オレにはまだ必要なんだ」


 しまった胸の辺りを手の平で軽く押さえ、キースクリフは懐かしむように柔らかく微笑んだ。



 その後、ガインとキースクリフは神殿や騎士団の話を明け方近くまで続けた。

 情報を聞き出すためだと、フェルドラルを説得するのが一番大変だったのは言うまでもない。


 うとうとし始めたクインハートを見たキースクリフは、騎士団よりもそっちの方が大事だと話を切り上げた。甲斐甲斐しく世話を焼く姿は、気心の知れた間柄のようにも見える。

 いや、もしかして……と、ガインはキースクリフの表情を見て思った。キースクリフがクインハートへ向ける目は、今まで見たことがないくらい慈しみに満ちていたのだ。気安く声をかけていた女たちとは明らかに態度が違う。

 さすがに神殿内で神官に手を出すような命知らずの色情狂ではないと思うが、もし騎士団に何かあったとしても、拠り所としての存在が決まっているのならキースクリフは大丈夫だと思えた。


「じゃあ」

「ああ」


 神殿組の2人が転移して去ると、その場には静けさだけが残された。


「……あ」


 フィーリアの首飾りを回収し忘れた。


「わたくしたちも急ぎましょう。姫様が目を覚まされる前に帰りませんと、屋敷を飛び出してしまわれるかも知れません」

「あ、ああ」


 ガインとフェルドラルは人目を避けつつ、ユヒムの屋敷に繋がる地下通路へと移動した。

 早起きの小鳥たちがさえずり、辺りはすっかり明るくなってきている。


「フェルドラル、ちょっといいか? 話がある」


 地下通路に入ってすぐの所で、ガインはフェルドラルを呼び止めた。


「何ですか?」


 早く戻らないとルーリアにいらない心配をかける。フェルドラルは不機嫌そうな顔をした。

 それはガインも同じ気持ちだが、ルーリアのいない所で聞いておきたいことがある。そのことを伝えると、フェルドラルはすぐに察した顔になった。話が早くて助かる。


「お前に聞きたいのは、ルーリアの呪いについてだ。……本当のところ、お前は何か知っていることがあるんじゃないのか?」


 ユヒムの屋敷でもルーリアが眠った後に話はしていた。だが2人だけで、という機会は今までなかった。ガインの目が、まっすぐにフェルドラルを見据える。


「ルーリアのことを心配するお前に疑いを持ったことはない。だが、一番の悩みである呪いについて、お前は今まで何も口にしなかった。……なぜだ? 何も知らないから黙っていたと言うのなら分からなくもないが、呪いを解くことに積極的だとも思えない。お前が主と呼ぶルーリアが呪われているのにだ」


 フェルドラルは腕を組み、ガインの目を見つめ返した。その表情はやはり読みにくい。


「ガイン。貴方も知っているように、わたくしと姫様は契約的な主従関係にはありません。わたくしがそのように見せているからといって、貴方までそれに合わせる必要はないのですよ」

「……それはどういう意味だ?」


 ルーリアとの関係は主従の真似事。

 ただの遊びだということか?


「……わたくしは今、夢を見ている状態にあります」

「夢?」

「長い間、わたくしは見ているだけの存在でした。何事にも関わることなく、見ているだけの。姫様は、そんなわたくしにほんの少しだけ人の世に関わることを許す、夢のような存在なのです」


 ルーリアがフェルドラルにとっての夢……。


 魔術具であるフェルドラルが人型となるためには、何か媒体が必要だということか。それがルーリアの魔力であると……?


「ガインの推測の通り、呪いについてはわたくしだけが知っていることもあるでしょう。ですが、わたくしに出来ることは、わずかに手を添えることだけなのです。完全に守ることも、手を取り導くことも、どちらも出来ないのですよ」


 かすかな憂いを帯びたような視線が伏せられる。いつもならはっきりと物を言うフェルドラルが曖昧な表現しかしない姿は、何かの制限がかかっているとしか思えなかった。


「……つまり、ルーリアに深く関わるようなことは何も出来ないと?」

「何も、ではありません。姫様がご自分で決められたことなら手を貸すことも可能でしょう。ですが、わたくし自身が姫様の行動を決めるようなことは出来ないのです。出来ることと言えば、せいぜい助言や苦言くらいですわ」

「…………そうか」


 少しだけだが、フェルドラルというものが分かったような気がした。

 セフェルの時はルーリアが『まじないを使いたい』と望んだから、従属契約が可能だったのだろう。フェルドラルが独断で動いているように見えたことも、恐らくはルーリアが望んだことだったのだろう。

 そしてルーリアに関しては、はっきりとした本人の意思がなければ、それが出来ないと。


 じゃあ、今回フェルドラルが自分に付いて来たのは、ルーリアが……。

 思わぬところで娘の愛情の深さを知り、ガインは少しだけ照れたのだった。



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