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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第7章・波乱の創食祭
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第102話・例えるなら兄弟の再会


 避けきれない! そう思ったガインは、身を守るように交差させた腕を前に出した。


 ────……?


 しかし、いくら待っても大鎌の斬撃はこない。

 ひゅうっ、と真冬の冷たい風が肌に当たった気がして見下ろすと、着ていた服がなくなっていた。


「なっ!?」


 なぜかフェルドラルに上半身の服を脱がされている。器用なことに、あの大鎌で斬られたのは服だけだった。斬り刻んでガインから引き剥がした服を、フェルドラルは地面に投げ捨てている。


「ご覧なさい」

「……?」


 脱がされた服をよく見ると、紅い焔が薄く這い、少しずつだが燃えていた。


「ガイン。貴方、わずかですが炎の刻印の血を浴びましたね。それが服に染みつき、燃えていたのです。この刻印の焔は触れたものを燃やし尽くすまで離さないのです。かなり厄介なのですよ」

「……刻印の血……」


 イエッツェの血か。

 死んでまで付きまとうのは勘弁してもらいたい。

 フェルドラルもそれならそれで、せめてひと言……と思ったが、これもセフェルの時と同様に一刻を争う事態だったのだろう。

 改めて礼を伝えると、『いい加減に慣れろ』と言いたげな目で睨まれた。無理だな。


「あのような小物に苦戦するようでは、まだまだですね」

「どこに隠れようと果てしなく追いかけてくるような、しつこいヤツだった。……でも、それももう終わった」


 ガインは地面に座り込み、深く息を吐いた。


「気配を消す余裕がないようには見えませんでしたが?」

「見てたのか。ああ、消した。だがヤツは、なぜか俺の居場所がすぐに分かるようだった」


 ふむ、と生返事のような息をつき、フェルドラルはガインに癒しの風を掛けた。

 春の暖かい陽射しの中にいるような風に包まれ、受けた傷が癒えていく。ガインの身体には、にじんだ血の跡だけが残った。


「…………済まない」


 すぐに動きたいところだが、手足の枷がそうさせてはくれない。結局、夜を待つしかなさそうだ。いや、そんなことより──。


「おい、フェルドラル。ルーリアとシャルティエはどうした? 課題発表は終わったのか?」


 尋ねて返事を待つが、フェルドラルからは何も返ってこない。


「おい、聞いてるのか?」


 不思議に思い見上げると、フェルドラルは薄い笑みを浮かべてガインを見下ろしていた。


「やはり全て終わってから説明した方が手っ取り早いですね」

「……? 何の話だ?」


 フェルドラルは気配もなく、ガインの首に左腕を伸ばした。手の平でそっと触れ、感情の読めない深い森色の瞳にガインを映す。


「苦しいのは一瞬です。我慢してください」

「──ッッ!!?」


 フェルドラルの風で首を絞められたガインは、薄れ行く意識の中で『せめて理由を言いやがれ』と、強く思った。




 ……そして現在、二度目の気絶から目覚め、酒をぶっかけられて、べた付いている、と。


 さっぱり意味が分からん。

 ガインは閉じていた目を開いた。


 とりあえず、ここまでの経緯は思い出した。

 それと、フェルドラルに説明を求めるのは無駄だということも。


 ガインは自分の手足を見下ろした。

 神官にしか外せない枷がある。

 気を失って混乱していたが、フェルドラルに拘束されていた訳ではなかった。

 口を塞いでいるのはフェルドラルだが、この状態で誰かに見つかったら困るのはガインの方だった。


 エルシアがいれば枷は簡単に外せただろうが、今はいない。どうしたものかと考えていると、フェルドラルがもう一度、あの紙切れを見せてきた。『俺に何かあった時は、あとを頼む』と書かれた物だ。


「これは貴方の物で間違いありませんね?」


 その質問にガインは頷く。これは昔、エルシアから屋敷に1人で来るよう呼び出された時に、ある人物に宛てて書き残した物だ。


「ガインが会場を離れた後、わたくしは貴方と姫様たちのどちらも見える位置にいました。ですが、そこにはもう1人。わたくしと同じように、ガインと会場を見ている者がいたのです。それが、この紙の持ち主ですわ」


 ガインは相槌を打つように小さく頷いた。


「その者はわたくしに気付くと、『もし神官の力が必要となったら、ここに書かれている場所に夜に来るよう、あいつに伝えて欲しい』と、地図とこの紙切れを渡しながら言ってきました」


 …………神官の、力……。


「罠の可能性もあるでしょう。その者に会うか会わないかは、わたくしではなく貴方が決めるべきだと思いました。枷のことだけなら、その者に頼らずともエルシアを呼び戻せば良いだけです。どうしますか? その者に会いますか?」


 ガインは少し考えた。

 その紙の持ち主をガインはよく知っている。

 神官の力が……といった話は引っかかるが、ガインはその者を信頼していた。会って確かめたいこともある。

 ガインは意を決して顔を上げると、フェルドラルに大きく頷いて見せた。




 日が暮れて夜になり、辺りに静けさと暗がりが降りた頃。


 その男は音もなく、ガインとフェルドラルが潜んでいた建物内に現れた。灯りもなく、窓から落ちる月の光だけが、寒々とした足元を照らしている。


 ガインはフェルドラルの大鎌で拘束の魔術具が斬れないか、足首の枷で斬撃を受け確かめていた。


「あれぇ? もしかしてお楽しみの最中だった? 邪魔してごめんよ」


 誰もいなかったはずの部屋の隅から、そんな声が聞こえてきたのだが、来ると分かっていたから、ガインもフェルドラルも顔色を変えることはなかった。というより、フェルドラルは完全に無視している。


「……キースクリフ、お前にはこれがそんな風に見えるのか。頭が沸いてるのは相変わらずだな」


 呆れた顔で、ガインは暗がりに声を投げた。

 暗いと言っても、ガインもその相手も夜目が利く。互いの顔は、はっきりと見えていた。


「あのさぁ、ガイン。真冬の薄暗い室内で、綺麗な女性と2人っきり。そんでもって服も着てない男に睨まれても、ぜんっぜん説得力ないんだけど?」


 この色ボケた台詞は懐かしさすら感じる。

 ガインは目の前の男が本人であると確信した。


 神殿騎士でチーターの獣人、キースクリフ。

 ガインがまだ騎士見習いだった頃から、何かと面倒をみてくれていた兄貴分だ。歳はガインより少し上なだけで、そう変わりない。


 柔らかな金色に黒いメッシュが細く入ったサラサラの髪。少し垂れた水色の瞳で流し目を送る、端正な顔立ちの色男。ガインがいた当時の神殿騎士たちの間では、別名『女殺し』とも呼ばれていた。


 誰に対しても明るく振る舞い、どこか憎めない愛嬌がある。男からも女からも好かれる性格は、殺伐とした騎士団の中では珍しいタイプだった。


 ただ……キースクリフは性格は良いのだが、外見の爽やかさに反して浮き名が多いのが難点だった。女癖が病的に悪い。

 神殿に寄せられるキースクリフに関する苦情は、9割が女絡みだった。何股かけられただの、彼女を盗られただの。そんな話で神官たちから呼び出されるキースクリフを、ガインは冷めた目で眺めていたものだった。


 女癖は最悪だが、仕事は真面目だし信頼も出来る。当時のキースクリフは騎士としてなら実力は十分にあったし、人望もあった。


 実際にキースクリフを信頼していたガインも、エルシアから屋敷に呼び出された時、もしものことを考えて、あの紙切れを託している。

 ガインの前任の騎士団長が退団する時も、キースクリフが(かたく)なに断らなければ、ガインが騎士団長となることもなかった。


 そういった経緯もあり、ガインはキースクリフに会ったら、直接本人に確かめたいと思っていることがあった。


「どうして神殿はあんな状態のイエッツェを野放しにしていたんだ? 少なくとも、お前なら簡単に排除できただろう?」


 これは責任を問いかけているのではない。

 単純に疑問だったから聞いている。ガインの知っているキースクリフは、イエッツェがしていたような横暴を許す人物ではなかったからだ。


 ガインが見据える中、キースクリフは側に来て月の光の下に立った。フェルドラルに向けられた無駄なキメ顔に少し腹が立つ。

 あの頃と何も変わらない姿で肩を竦めて見せるキースクリフは、馴染みのある甘い顔をしていた。


「野放しにしてたなんて心外だな。団長はオレが何もしないで、あいつのことを放置してたと思ってんの?」

「俺はとっくの昔に団長を辞めている。……前みたいにガインでいい。お前が何もせずに、ここまでの暴走を許すとは思っていない。何か理由があるのなら、それを知りたいと思っただけだ」


 神殿は門外不出の魔術具が、地上界に持ち出されていることを知っているのか。はめられた手枷を見せ、ガインはキースクリフの反応を窺った。


「ああ、うん。それね。それに関しては、神殿(ウチ)の落ち度としか言えないよなぁ。……ほんとごめん」

「別にお前からの謝罪が欲しい訳じゃない。なぜ、これが地上界(ここ)にある? どうして簡単に持ち出せている? 俺はそれが知りたいだけだ」


 神殿には様々な魔術具がある。

 そのほとんどが持ち出し禁止の危険な物だ。

 こうやって自由に悪用されてしまったら、地上界に大きな混乱を招くことになるだろう。


「悪いけど、それはオレが知りたいくらいなんだ。数が合わないことに気付いたのは、少し前なんだけどさ。イエッツェだけじゃなく、他にも使ってるヤツがいるみたいでね。……ほんと参っちゃうよ」


 口調は軽いが、キースクリフの目は真剣だった。


「オレは魔術具の管理担当じゃないし、あれだけたくさんあるだろ。オレ1人じゃ全部を見張るなんて最初から無理な話だから、今回はイエッツェだけに目をつけていたんだ。あいつ、分かりやすいからさ。そしたらそこに、いつの間にかガインが巻き込まれてるじゃないか。もうほんとに驚いたよ」


 それに知りたいことなら、オレにもある。

 そう言ってキースクリフは、ガインの腕を掴んだ。


「…………もう少しで40年だぞ。生きてたなら、なんで何の連絡もなかったんだよ。どうして何も言わずに、いきなりいなくなったんだ? なぁ、ガイン!」


 キースクリフの(ゆる)むことのない視線に応えることが出来ず、ガインは伏せるように目を逸らして下を向いた。


 何を守っているか分からない神殿に嫌気が差し、頼ってきたエルシアを口実に全てを投げ出して逃げ出したガインには、キースクリフに返す言葉は何もなかった。



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