第97話・ただそれだけを願う
シャルティエは魔虫の蜂蜜屋と取引していることを家族にも隠している。それがガインとの約束だからだ。
春に学園の課題に合格して互いに通うことが出来たら、あとは友達として好きに交流しても良いと言われている。だから今はまだ早い。
せっかくルーリアが家に来ているのに、友達として家族に紹介できないことが、シャルティエには何よりも残念だった。
ユヒムから送られてきた手紙を暖炉の火で燃やし、シャルティエが振り返る。
「ねぇ、ルーリア。フェルドラルさんはどこまで信用できるの?」
その質問に、ルーリアはドキッとした。
自分と同じことを考えているはずがないのに、まるで見透かされたようで。
「どこまで……」
ルーリアも誰かにそれを問いたいくらいだった。つい答えに困り、俯いてしまう。
自分の聞き方が悪かったと感じたシャルティエは、声と表情を和らげた。
「ちょっと質問を変えるね。ルーリアはフェルドラルさんを信用してる? 怪しいな、とか思ったことはない?」
わたしが、フェルドラルを……。
「……わたしは、フェルドラルを信用しています。怪しいのはいつものことだから、特に気にしたことはないですけど」
「あー、うん。じゃあ、怖いって感じたことは? 敵意とか、悪意とか」
「そういったことを感じたことは一度もありません。フェルドラルは嫌な役を自分から買って出てくれるような人です。わたしは……フェルドラルに今までたくさん助けられました。とても感謝しているんです」
それは意外、といった顔をして、シャルティエはフェルドラルとガイン、エルシアの仲を尋ねてきた。
「お父さんは、わたしのことを任せるくらいにはフェルドラルを信頼していると思います。お母さんとは……お互いにあまり良い関係とは言えないようですけど」
「えっ。ルーリアのお母さんとフェルドラルさんて仲悪いの? それってまずいんじゃない?」
口ではまずいと言いながら、なぜかシャルティエはワクワクしたような声を上げている。
「え、どうしてですか?」
「どうしてって……。ガインさんとはそうでもないのに、お母さんとは仲が悪いんでしょ? それって……つまり、その……」
シャルティエはごにょごにょと、三角、
大人の複雑な事情が、ルーリアにはまだ早いかー、などと言っている。何のことやら、さっぱりだ。
「と、とにかく。ルーリアのお母さんを良く思っていないってことは、場合によっては味方とは言いきれないってことじゃない。2人の間に何があったの?」
シャルティエの目が好奇心に満ち溢れているように見えるのは気のせいだろうか。
2人の仲が悪い話で思い当たることといえば、放り投げた、踏んだ、宿に置き去りにした、叩き落とした、存在を忘れて野外に放置した。と、エルシアが一方的にひどいことをした話ばかりだ。そのまま伝える訳にはいかないだろう。
「えっと、お母さんがフェルドラルに乱暴なことをしたり、あとは……知らない土地に置いてっちゃったり、とか? あははー……」
ざっくりまとめたところで、ひどいことに変わりはなかった。シャルティエは目を点にしているが、ルーリアだって乾いた笑いしか出てこない。
「……え。何、それ? 何でそんなことに?」
「さ、さあ……」
「フェルドラルさんはそれをどう思っていたの? 笑い話? それとも……恨んでいた?」
「…………どちらかと言えば、後者でしょうか」
「…………だろうね」
深い沈黙が、ルーリアとシャルティエを包む。
気を取り直すように、シャルティエがぷるると首を振った。
「……えぇーと、ルーリアのお母さんはガインさんを大切にしてる? 仲は良いんだよね?」
「はい、もちろんです。見ていられないくらい、お互いにべた惚れですよ」
「べた惚れ。じゃあ、ルーリアのお母さんを困らせるために、フェルドラルさんがガインさんに嫌がらせをするようなことは?」
……なに、その微妙な関係。
「それは絶対にないと思います」
「どうして?」
「そんなことをしたら、お母さんよりも先にわたしが怒りますよ。口も聞いてあげません」
「それは……そっか」
シャルティエはふっと笑うと、ルーリアの頭を撫でた。そっか、そっかと子供のような扱いだ。……むぅ。
「シャルティエはフェルドラルを疑っているんですか?」
「疑うというか……もしここで裏切られたら、どうなるのかなって」
またもルーリアの心臓はドキリと跳ねた。
シャルティエは神の眼でも使っているんだろうか。勘が良すぎて、たまに怖くなる。
「ルーリアを不安にさせるつもりはないけど、商売人だから悪いことも一緒に考えちゃうクセがあるの。本当に疑ってる訳じゃないよ」
「フェルドラルが本気でそのつもりなら、お父さんもわたしも、とっくに危険な目に遭っていると思います。フェルドラルは、お父さんでも勝てるかどうか分からない相手ですから。それにそういうことをするなら、わざわざこんな人目につく日を待つ必要なんてなかったと思います」
本当に襲おうと思っているのなら、眠っている時を狙うはずだ。ルーリアなんて特に、何も出来ないのだから。
……ただ、これはフェルドラルが自分の意思で動いていることが前提だ。武器として他の人に使われてしまったら、どうなるのか。それはルーリアにも分からない。
「シャルティエ、心配してくれてありがとう。でも、わたしはフェルドラルを信じます。たぶんお父さんの方が厄介な問題に巻き込まれたから、フェルドラルはそれを助けるために付いて行ってくれたんだと思います」
だから、ここにいない。そうであって欲しい。
これはルーリアの願望でもある。
「ルーリアがそこまで言うなら、私はその言葉を信じるけど。……ガインさん、何もなければいいね」
シャルティエはそう言って、窓の方へ目を向けた。空が黄色く色付いている。もうすぐ日が暮れるのだろう。
「……はい。無事に帰ってきて欲しいです」
ルーリアはその日、シャルティエの部屋から出ることはなかった。念のために魔法で姿を消し、ベッドの上で小さく膝をかかえる。
食事を勧められても、まるで食欲が湧かなかった。ガインのことが心配で何も手につかない。
ルーリアは眠りに就くまで、何度も何度も祈るように、窓の外へ思いを馳せた。
目を覚ましたら、ガインが帰っていますように。どうか無事でありますように……。





