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ルーリアと竜呪と蜂蜜  作者: 珀尾
第7章・波乱の創食祭
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第93話・祭りに沸く街の中で


 準備が済んだルーリアたちは、ふた手に分かれて移動することになった。


 ルーリアとシャルティエとフェルドラル。

 ガインとユヒムの組み合わせだ。


 先に会場の様子を見に行くガインたちと、ユヒムが手配した店で待つルーリアたち。

 周りの安全が確認できたところで、店で合流することになっている。


「では、また後で」

「ルーリア、無理だけはするなよ」

「はい」

「フェルドラル、ルーリアとシャルティエを頼む」

「んふ。言われずとも、ですわ」


 ふた手に分かれた5人は、別々の通路へ向かい歩き出した。



「わ、真っ暗……」


 地下へ繋がる階段を下りた先にあったのは、光が一切届かないレンガ造りの地下通路。

 しっとりとした湿気と独特な匂いが混ざり、ルーリアは言いようのない感覚にぶるりと身体を震わせた。


 ランプの明かりが当たった所だけが、暗闇にぽっかりと浮かび上がる。まるで出口のないトンネルのようで、足を踏み出すのを躊躇ってしまいそうになった。


 カツン、カツンと足音を響かせ、ランプを手にしたフェルドラルが先頭を歩く。ルーリアとシャルティエは、その後ろを追いかけるように付いて行った。


「……シャルティエ」

「ん? なぁに?」


 歩き始めて少し経った頃、ルーリアはシャルティエに話しかけた。


「本当なら、シャルティエはこんな暗い地下からじゃなくて、堂々と明るい地上から行くことが出来たのに。……わたしの都合に巻き込んでしまってごめんなさい」


 空気のこもった通路に声が響く。

 ルーリアの俯いた顔を見ることもなく、隣を歩くシャルティエは小さく笑った。


「ふふっ。なに言ってるの、ルーリア。こんな経験が出来るなんて、私はすごく運が良いと思ってるんだけど」

「……えっ」

「ダイアグラムの街の下に、まさかこんな地下通路があるなんて。地上にいる人たちは、きっと想像すらしていないだろうね」


 こんな冒険が出来るなんて思ってもいなかった。創食祭には何回か行ったことはあるけど、ここまでドキドキしたことはなかった。


「私、ルーリアと友達になれて本当に良かった」


 眩しい笑顔で楽しそうに話すシャルティエに、気付けば何度でも元気を分けてもらっている。

 その笑顔を見ているだけで、ルーリアは心の中がぽかぽかと温かくなっていた。


「……蜂蜜のこともそうですけど、シャルティエってやっぱり変わってますよね」

「えっ? ルーリアにだけは言われたくないんだけど」


 ふふふ、ふふっと肩を寄せて笑いながら、ルーリアたちは通路を進んだ。


 しばらく歩いていると、ずっと響いていた足音がだんだん小さくなっていった。空気の流れがある。出口が近いようだ。


「ここですね」


 フェルドラルがかざす明かりに扉が浮かぶ。

 ルーリアたちが辿り着いたのは、街の中にある貸倉庫だった。


 扉を開け、地上に向かって階段を上っていく。

 一段上る度に、大きな音が周りに溢れていった。

 花火の音も屋敷の中にいた時とは大違いだ。

 頭の上で破裂しているように、耳の奥まで容赦なく響いてくる。初めて経験する激しい音の狂騒は、隣にいるシャルティエの声さえ掻き消していった。


 大きな音が、こんなに。……怖い!


 ルーリアは思わず耳を塞いだ。

 それを見たフェルドラルが、ルーリアの耳を両手でそっと覆う。手を放すと、花火の音はほとんど聞こえなくなっていた。

 どうやら風で耳にフタをしてくれたらしい。


 シャルティエがその様子を興味深そうに見ていると、フェルドラルはここぞとばかりに親切顔を貼りつけた。

 いつもだったら無視するところだろうが、相手は可愛い少女だ。見逃すはずがない。

 耳にフタをしてもらったシャルティエが目を輝かせて「すごい!」と感激すると、フェルドラルはものすごく得意げな顔をしていた。2人とも嬉しそうだから何も言わないでおく。


「では、これより外に出ます。姫様とシャルティエは決して手を離さないように」

「はい」

「分かりました」


 倉庫の裏口から出て人波にまぎれ、ルーリアたちは待ち合わせの場所へと向かった。


 ダイアグラムの街の中は、どこを見ても人、人、人、人、人……。途切れることのない、人の波と塊が隙間なくうごめいている。

 街中の通りという通りを埋め尽くす人の群れに、ルーリアは目を疑った。いや、目を回していた。

 これほどの人がいったいどこから来て、今までどこにいたというのだろう。


 ……き、気持ち悪い……。頭と目がぐるぐるして、まっすぐに、立てない……。


 群れ集まった人の熱気は空気の流れを狂わせ、うねり潰すように押し寄せてくる。

 その濃い空気に当てられたルーリアは、カクンと足に力が入らなくなり、その場に崩れるようにしゃがみ込んでしまった。


「姫様!」

「ルーリア! どうしたの!?」


 シャルティエの声が聞こえても、顔を上げることも出来ない。フェルドラルはすぐにルーリアを抱き上げた。


「恐らく人に酔われたのでしょう。シャルティエ、店に急ぎますよ」

「わ、分かりました」


 喧騒の音が、だんだん遠のいていく。

 ルーリアはフェルドラルに身体を預け、目を閉じて意識を手放した。



 ◇◇◇◇



 目元にそっと触れるような風を感じて目を覚ますと、心配そうに覗き込むフェルドラルの顔が見えた。


 何だろう、風……? ひんやりしてて、気持ちいい……。


 フェルドラルが手をかざすと、目元がすうっと冷えていく。水で薄く濡らした肌に、風を当てているようだった。


「姫様、まだお顔の色が……」

「……もう、大丈夫です。ありがとうございます」


 ルーリアはゆっくり身体を起こし、自分が今いる場所と窓の外の景色を眺めた。


「……ここは?」

「ガインたちとの待ち合わせの店ですわ」


 …………ここにも、風がない……。


「フェルドラルは平気なんですか?」

「はい、わたくしは空気が無くとも問題ございません。……とは言え、あまり長居したい場所ではございませんが」


 ユヒムが手配してくれたのは、飲食店と宿屋を合わせたような店だった。その店の一室を待ち合わせの場所としている。

 課題発表に参加するためには、またあの人波の中に入らなければいけない。そう考えただけで、ルーリアは気が重くなっていた。


「あ、ルーリア起きてる。大丈夫?」


 ギイッと扉を開け、シャルティエが部屋に入ってきた。姿が見えないと思ったら、あの人だらけの外に出ていたという。


「さっきよりはだいぶ落ち着きました。シャルティエは何をしに行っていたんですか?」


 見ると、シャルティエの手にはたくさんの袋があった。それをテーブルの上に置き、ガサガサと中身を出し始める。


「お祭りって言ったら、やっぱり屋台でしょ。熱気に当てられたって聞いたから、ルーリアには冷たい飲み物でも、と思って。はい、これ」


 シャルティエがルーリアに差し出したのは、使い捨ての容器に入った果物のジュースだった。

 しかしルーリアはジュースはもちろん、ストローの使い方も知らない。淡黄色の飲み物を目にしても、首を傾げるだけだった。


「お祭りは食べ物も売っているんですか?」

「そうだよ。もー、行列がすごくって」


 シャルティエは他にも、いろんな物を買ってきていた。クレープ、串焼き団子、たっぷり野菜の焼きそば、ベビーカステラなどなど。


 今日は街の至る所に、屋台という祭り限定の店が並んでいるらしい。食べ物だけでなく、土産物や装備品、調合の材料まで、ありとあらゆる物が売り出されているそうだ。


 ルーリアはシャルティエからストローの使い方を習い、ジュースを飲んでみた。こんな細い管を使って甘い物を飲むなんて、まるで蝶にでもなった気分だ。それだけで面白い。


「あれ? これって……果物? お酒?」


 飲み物なのに、酒ではない果物の味がした。


「え? もしかしてルーリア、ジュースを飲むのも初めてなの?」

「……ジュース?」


 聞けばジュースとは、果物を搾って果汁だけにした物らしい。菓子作りにも使うことがあるそうだ。


「これ、とても美味しいです」

「そう。それは良かった」


 ますます祭りが何なのか分からなくなる。

 ルーリアはシャルティエと一緒に、祭り名物である屋台の味を楽しんだ。


「……そういえば、お父さんたち遅いですね」

「んー、そうだね」


 ルーリアたちがこの店に着いてから、それなりに時間は経っているはずだ。


「ガインたちなら、まだ会場を見て回っているのではないですか? 人目につきにくい場所を探すと言っていましたから」


 課題発表の時間までは、まだ余裕がある。

 ギリギリの時間まで下見をするつもりなのかも知れない。


「神様のレシピの課題発表の時って、何がどうなるんですか?」


 今まで何度か課題発表を見たことがあるというシャルティエに尋ねると、複雑そうな笑顔で「行けば分かるよ」とだけ返ってきた。余計に気になってしまう。



 ガインとユヒムがルーリアたちと合流したのは、それから少し経ってからだった。

 フードを深く被って店に入ってきた2人は、眉を寄せて浮かない顔をしている。


「ガイン様。オレは今回、一緒にいない方がいいかも知れません」

「……そうだな。あれでは先に帰った方がいいだろうな」

「えっ、どうかしたんですか?」


 話を聞くと、会場にはユヒムの顔見知りの商人が大勢いたそうだ。その中には魔虫の蜂蜜屋との取引を望んでいる者もいる。

 変身の魔術具を用意していないユヒムでは、すぐに見つかってしまうだろう。そうなると課題発表どころではなくなってしまう。


「お役に立てず、すみません」

「いや、気にするな。屋敷の方を頼む」


 ルーリアから渡されていた指輪と首飾りをガインに譲り、ユヒムは人目につかないよう、店の裏口からそっと出て行った。


「ユヒムはいなくなったが、会場や経路の確認は取れている。特に問題はないだろう。ルーリアとシャルティエは、この後の課題発表だけに集中してくれ。周囲の警戒は俺とフェルドラルの2人でする」


 ユヒムには悪いが1対1で守りやすくなった、とガインは言う。残った4人で最後の打ち合わせをしていると、ふとシャルティエが何かを思い出したように口を開いた。


「あの、ガインさん。課題発表の時なんですけど。確か課題を聞く人は、一度その場から消えますよ」

「……消える?」


 突然のシャルティエの変な話に、ガインとルーリアは顔を見合わせた。



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