夢に霞む
雲の間から青空がちらつき、薄明光線が降り注ぐ雨の日。
健と結は手を繋ぎながら歩いていた。
楽しげに、無邪気に、道にできた水たまりを避けるように飛び跳ねながら。
水たまりに映る二人は雨の中笑い合い。雨の中とても明るく輝いていた。
健の撮影は終わり。編集の作業も終盤へとなって、ようやく余裕が出来始めた。
二人の式の日取りも決まり、あとは二人のこの先の準備を整えるだけとなった。
そんな時、絢に映画を作らないか?との誘いがあった。絢は少し不安を浮かべたが健の強い後押しを受けた。そして健の撮影が終わると同時に今度は監督として動き始めた。
さっきまで申し訳程度に降っていた雨は残り香だけを残して上がり、空から射す光が空気をキラキラと輝かしていた。
健と結は手を繋ぎながら公園へと入っていく。
そこでは普段では見ないほど多くの人が集まり映画の撮影がおこなわれていた。
「すごい!TVとかで観たのそっくり!」
結は繋がれた手を解くと軽く駆け出し少し興奮気味にまわりをキョロキョロと見渡す。
「当たり前だろ。映画撮ってんだから」
そう言いながら健は結の後ろに立つとはしゃぐ結を見て笑った。
「ん?何笑ってんの?」
音に気づき振り向くと笑顔の健がいた。それを見つめ不思議そうに尋ねると健は目をそらし悪戯な笑みを浮かべた。
「ガキだなって」
それを聞くなりフグのように見る見る頬を膨らまし、健に背を向け歩き出す。
それを見て健はさらにケラケラと笑った。
結はその声を背にして更にふてくされていくが急に一変してパァっと明るい笑顔に変わると大きく手を振った。
「アヤちゃーーん」
結の大声の先には絢がいた。
絢は大声に反応して振り向いた。そして結と健に気づくと少し駆け足で二人の方へと向かって来た。
その瞬間、結は後ろから頭を軽く小突かれた。
「デカイ声だすな」
結は一瞬健を見つめ少し腑に落ちない気持ちになったが、すぐ素直に『ごめんなさい』と言い頭をさする。
絢が近くまで来ると結は嬉しそうに駆け寄った。
「結さんどうしたんですか」
驚いた様子だが笑顔で向かえる。
絢と結は手を取りはしゃぎだした。
「今日は見学だよ」
急にした男の声に絢は目を起こすと嬉しそうに笑う結の後ろから健が「よぉ」と顔を出した。
絢はその顔を見ていつもの意地悪な笑みへと変わる。
「〝カントク〟が〝見学〟ですか?」
「悪いかよ。それに今の〝監督〟はお前だろ」
「まぁ・・そうですけど」
絢はそう言いながらいつもと違うどこか苦笑いのようになった。
「監督――っ!」
絢は後ろからの声に反応し振り向き手を上げ声を返した。その時の表情はさすがと言うべきか先程とは違い凛としたものへと変わっていた。
「じゃぁゆっくりしていってくださいね」
結へと向き直り明るい笑みで言い、呼ばれた方へと走っていった。
二人は並んで絢をしばし見つめていた。
難しい顔をして話し合っていたり、大声で支持を飛ばしていたり、なんだか常に走り回っているように見えた。
「楽しそうだね」
結がポツリと呟くように言う。
「だな」
健もそれに優しい口調で答えた。
絢を見つめる二人の優しい眼差しは我が子を見守るようだった。
見つめる先の絢は何やら頭を掻きながら難しい顔をしていた。
その周りに何人かのスタッフが集まり同じように難しい顔をしてたまにパッと顔を上げるがまた直ぐに難しい顔へと戻る。その中、絢は何気なく視線を上ると二人と目があった。
絢は二人の元へ急いで駆け戻り軽く息を整えながら健を見た。
絢の急ぎ様に健と結は互いを見たがそこに答えはなく、二人は絢へ視線を戻した。
「健さん。手伝ってください」
「・・・は?」
頭を下げる絢。その急な出来事に驚く健。
そんな健を察したのか、絢は頭を下げたまま頭の上で手を合わせた。
「少しでいいんでお願いします」
その姿に「嫌だ」とは言いづらく、でもやはり怪訝が悪そうな、めんどくさそうな表情を浮かべる健だったが背中をスっと押された。
「手伝ってあげなよ。アヤちゃんのデビュー作のために」
そう言った結の笑顔を見て健は大きな溜息をついた。
面倒くさいというのも本心ではあったが、なんとなくわかってはいた。これまで数多の現場を経験してきたとは言え『監督』という初めての経験はやはり違う。
そしてその違いは絢を悩ませ戸惑わせている事も見てすぐにわかった。それでもやはり夢を叶える喜びからか楽しさも感じていただろう。
健はその為、手を貸すことに抵抗を感じていた。
だが、結の言葉も健の背中をおした。これまで共に戦ってきた戦友の夢を叶えるためにできること助けられることが有るのならばやってやりたい。
そして、絢がそれを望むのであれば最低限でも力になろうと思えた。
「わーったよ。少しだけな」
健はだるそうにそう言い、上着を脱ぐと結に預け「ちょっといってくる」と伝えた。
その瞬間、絢は笑顔で顔を上げると結へもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます」
結は笑みを見せて絢へ「うん」と返した。
「俺には?」
「早くしてください」
「手伝うの俺なんだけど」
「結さん。少しお借りします」
「ねぇ俺にいうことは?」
「俺へ、ありがとうの気持ちは?」
「ねぇ?」
「おい?」
「聞いてる?」
健は絢へグダグダと言いながら、絢はそれをあしらいながら元来た方へと歩ていった。
そのあと、空にあった厚い雲達は散らばるようになくなり陽が照り始めていた。
雨上がりに照りつける太陽は下からも暑さを伝え、温められた空気もまとわりつくように暑さをこもらせた。
そんな中、健は相変わらず文句をグチグチとこぼしながらもテキパキと仕事をこなしていた。
結はそんな健を少し離れた所から楽しげに嬉しそうに飽きることなく見ていた。
今まで結は健の働く姿はおろか健が携わった映画も観たことはなかった。
そのため全てが新鮮で些細なことも何もかもが発見だった。
興味がなかった訳ではなかったが、なんとなく遠慮がちになり、気恥かしさも生まれて一線を引いてしまっていた。
健自身も話ぐらいはするが、自身の仕事をわざわざ見せることもしなかった。
その為きっかけがなく、この時が初めてで結は浮き足立ったように健の仕事を見つめていた。
「あっちいな」
空を見上げるよう顔を上げ健は額の汗を拭った。
健は何度もカメラを覗き込み、スタッフたちに指示を飛ばす。
その中には和也もいて特に健の指示に素早く反応していた。他のスタッフ達も顔見知りが多く健の指示にスムーズに動いていた。
そして、絢も徐々に調子を上げ、健の助けを借りながらではあったが監督としての力を示していた。
そんな現場に健は安堵を覚え、暑さに耐えながらも心地よさを感じた。
カメラを覗き絢に相談をする、一時的とは言え助監督をして絢の確かな世界観に監督としての嫉妬さえ覚えるが、やはり嬉しい。
そんな事を考えながら、もう一度カメラを覗き込むとそこには白い靄が見えた。
「ん?」
健はカメラから目を離し顔を上げるが白い靄は消えずに残っていた。
目を閉じて目頭を軽く摘むように押さえ。
「・・・またか」
と小さく呟いた。
「どうかしましたか?」
健の後ろから絢が声をかけた。
「いや、なんでもない」
健は瞼を開け絢へと返事を返すが、やはり視界には白い靄が見えていた。
そのため自然と目を気にするような仕草がでてしまう。
絢はそれに気づくなり一気に不安が押し寄せた。
前にも同じような仕草をしていた上に、その時には倒れかけたのだから一層不安に拍車をかけていた。
「今日はありがとうございます。もう大丈夫ですから休んでください。・・・・なんだか、ごめんなさい」
絢はまくし立てるように言い、頭を下げた。
しかし健は、一度強く眉間を押しつまみ、目の違和感を押し込むと軽く目を擦り絢へと向いた。
「大丈夫だって」
そう言って健はいつもの笑顔で答えた。
そして、そのまま意識と共に健の体は地へと落ちていった。