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君と見る夢  作者: 夏河蛍
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何気ない幸せ



 部屋の扉を軽く優しくノックするが音は通るように響いた。

 そして無言の返事を聴いたように「ガチャリ」と音を鳴らして扉を開く。



 「コーヒー淹れたけど、飲む?」



 マグカップ2つをトレンチに乗せて、結はドアに手をかけたまま声をかけた。


 部屋には多くの本があり、ちょっとした書庫の様だがすべてが結の手により自分の在る所へ綺麗に整頓されている。

 部屋の隅にはシンプルな書斎机があり背中を丸めペンを走らせる健がいた。


 健は結の声を聞きペンを置くと両腕を伸ばして大きく伸び、軽く骨が鳴った。

 部屋の真ん中には黒い木目調のテーブルとそれに沿うようL字に二人掛けのソファーと一人掛けのソファーが置かれている。

 結はテーブルの上に二つのマグカップを隣り合うように置くと、そのソファーへ腰掛けてトレンチを脇に置いた。



 「どう?進んでる?」



 健は疲れた様子で立ち上がり結の隣りへと沈むように腰掛け、大きく息を吐いた。



 「全然だよ。撮りたい物語が多すぎるんだよ・・・まだ半分も書けてないし」



 健は片手で、結は両手でマグカップを手に取り、揃ったようにコーヒーを一口啜り、ひと息吐く。



 「夢だったんでしょ。頑張りなさい」



 そう言って結はまた一口啜った。



 「・・・叶ったんだよな?・・実感ないや」


 「叶ったんだよ」



 健は静かに顔を結へと向ける。

 マグカップを口元のあたりに持ちながら結も静かに頭を振り、互いに見合った。


 そして笑い合う。





 「そう言えば今日『夢』って言うテーマで作文の授業をやったの。そしたらハルくんがね、お母さんのために、お母さんと一緒に夢を見る。って言ってたんだ」



 結はその時を思い出し、なんだか恋する少女のように、うっとりしたような複雑なような、それでも穏やかで満たされた表情をしていた。



 「ハルくん・・って、晴人(はると)君?」


 「うん」



 健もその子にあった事を知っていた。その事を知った際は、どう接していいか悩む結と共に考え悩むことしかできなかったが、そのおかげで会った事はないのに不思議な親近感を抱いていた。


 そしてそれはその子だけではなく結が受け持った生徒すべてにあり。会った事もないのに全ての生徒の名前や特徴、好き嫌いなどまで知っているほどだった。

 そのため、健の方から生徒の近況を尋ねる事も珍しくなかった。



 「お母さんの夢を代わりにって事か」


 「そう」


 「なんだそりゃ」



 その言葉にキッと素早い反射で睨む結。

 先程迄漂うように纏っていたお花畑オーラは一瞬で消え瞬時に殺気のようなものを放った。



 「亡くなったお母さんの代わりに夢を叶えるんだよ?素敵じゃない?」



 声は繕っていたが、まだ切れ味は残っている。

 しかし健は気にしないような、というより気づいていない様子であいも変わらず穏やかで気の抜けたままだった。



 「夢は残るんだな。死んでも」



 結はその言葉に一瞬止まり、フッと微笑んだ。

 そして健の横顔をちょっとだけ見つめた。


 胸のあたりがほんのり暖かくなったのを感じ穏やかな表情へと戻ると健の肩に自然な仕草で頭を乗せた。



 「だね。愛だよね」



 何故かその言葉に恥ずかしさを得る事はなかった。

 だからなのか健はただなんとなく自然にかくも当たり前のように笑む。



 「じゃぁさぁオレが死んだら代わりに映画作ってよ」


 「無理」



 間髪いれず即座に言い切った。

 健は素早く首を結へと向けどんどん目を細めていく。



 「・・なんでだよ」



 不機嫌さを前面に押し出し尋ねる。



 「だって監督でしょ。無理。無理。絶対無理」



 淡々と言い切る結を見つめ健は不満を溜息として吐き出した。



 「イジけた?」



 結は頭を起こして悪戯っぽい笑みを健へと向け言う。



 「・・別に」



 立ち上がり再び机に向かいながら答える。

 そんな健を見ながらクスクスと笑う結もテーブルの上のマグカップをトレンチの上に回収して立ち上がった。



 「あまり無理しないでね」



 そう言ってドアノブへ手をかけた。



 「結」



 その声に振り向く。



 「コーヒーありがとう」



 健は机に向かい背中を向けたまま呟いた。

 結は健の後ろ姿を見つめ「うん」と返すと部屋を出て後ろ手に扉を閉めた。


 そのままゆっくりと扉に寄りかかり天井を見上げるように視線を投げた。




 「幸せ、ね」




 そう呟き、本当に幸せそうな笑みを浮かべた。






 結の居なくなった部屋の片隅で机に向かう健。

 静まり返った部屋の中、カリカリとペンの音だけが響くようにこだましていた。


 それが急にピタリと止み、無音となった。


 どうやら健は目を気にしたように何度も瞬きを繰り返していた。



 「疲れたんかな」



 そう呟いた瞬間。

 目に激痛が走った。


 反射的に指で眉間をつまむように押さえ、そのままゆっくりと倒れ込むように机へと突っ伏した。

 痛みはゆるやかに増しそれに対抗するかのように無駄な力が体中に入る。鈍器で永遠に殴打されるような鈍い痛みが広がり、体が強ばる程の力は突っ伏した机すら簡単に砕けそうに思える程体中の力が悲鳴を上げていた。

 意識はあるがどこか霞むようではっきりとしたものはなく、唯一はっきりしているのは確かに増す痛みのみだった。


 そしてそれはとても長い時間のように感じたが実際はたった数秒のこと。


 息が荒く乱れ、脂汗が体中から吹き出している。

 痛みが和らぎ始めそれに気づくとようやく頭が働き出した。

 すると一瞬で痛みは吹き消されるように無くなった。


 息を静かに整え、体の力と共に熱も抜けるのを感じた時ようやく目を開く事ができた。


 視界の中には霧のような白い靄があった。

 何度もこすったり、瞬きを繰り返したりするが消えない。

 だが靄は時間と共に少しずつ小さくなりようやく消えた。



 「今日はもう休んだほうがいいな」



 健は立ち上がりノートを閉じると綺麗に並べられた本棚の中、不釣合いな汚いノートやスケッチブック、資料にファイル等が詰められた場所へと入れた。


 そしてしばし目も気にしたようにして、明りを消し浮くような足取りで部屋を出ていった。



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