日だまりの猫
柔らかな陽が照らす縁側。
開け放たれた窓の端によりかかり、結は静かに読書を楽しんでいた。
その隣では、健が大の字になり無防備に寝息を立てている。
結はたまにそんな健を盗み見ては、日向ぼっこする猫のようだと思い、少し可笑しくなった。
「結ちゃん。おやつ食べよ」
奥の台所からお盆にお茶セットを乗せて健の母は居間へと入って来た。
「はい。ありがとうございます」
本を閉じ縁側から続く居間のテーブルへと腰を上げた。
「健は、まだ寝てるの?」
健の母は怪訝そうに言いながらお茶請けをテーブルの真ん中へと置いた。
「なんだか健ちゃん。猫、みたいですよね」
結は、冷えた麦茶を二つのグラスへと注いだ。
「本当。ダラダラと。せっかく彼女さんが来てるのにね」
二人はお茶菓子に手を伸ばしお茶会を始めた。
何気ないことを笑い合って話す二人。
旦那の悪口。彼氏の悪口。そんなことも笑い合って話した。
「でも、最近。健ちゃん、絵を書いてないんです」
流れで出た。その話題に結は少し寂しさを見せ、顰めたような笑みだった。
それに対し健の母は合いも変わらず飄々としていた。
「そうなの?まぁ、あの子の描いた絵、ちゃんと見たことないんだけどね。でも最近、熱心に毎日、机に向かってるわよ」
健の母は思い出したように言うと、結は少し表情を和ませた。
「・・・それはきっと、小説というか脚本というか、だと思います」
それを聞くと健の母は大きくわざとらしい溜息を吐き、呆れた笑みを見せた。
「やっぱり勉強ではないのね」
結は「はい」と答えてクスクスと笑った。
「でも、少し寂しいです。健ちゃんの描く絵。好きでしたから」
「そうねぇ。昔から絵を書くのが好きな子だったからね。でも、だからこそ、今も同じだと思うわよ」
二人は縁側で安らぐ健を見つめた。
「好きな事。やりたい事を見つけれて。更にはそれをやってるんだから。・・・ま、親としては手放しで応援はできないけどね」
そう言いながらも笑みを浮かべる健の母を見て結は一息置いて考えを巡らせた。
「私は応援してますよ。好きなこと、やりたい事。それだけじゃダメだっていうのはわかっていますけど。健ちゃんには夢を叶えて欲しいなって」
健の母は結をハニカミながら見つめていた。
「ありがとうね。健の彼女になってくれて」
結は少し照れて笑みを返した。
「結ちゃんは?夢とか、何かやりたい事とかないの?」
結はその言葉に同じ照れ笑いを見せるが何か違って見えた。
「私、学校の先生になりたいんです。っていっても最近見つけた夢で。健ちゃんが夢を見始めた頃から少しずつ思ってただけなんですけど」
結はまた健を見つめた。
「人の夢とかってなんか素敵だなって。それを持たせてあげたり。守ってあげたりしたいなって。健ちゃんを見てるとなんだか楽しくて、眩しくて、なんでも出来る気がするんです。だから、私は夢を見れる人になりたいなって、誰かの夢を一緒に見れる人になりたいなって思ったんです」
優しく黙って聞いていた健の母は笑みを絶やさなかった。そんな甘い事ではない事も分かっていたが、結の言葉には何故だか惹かれるものがあった。
そしてそれは言葉だけじゃなく結に何かを感じていた。
「えらいね。結ちゃんは」
結もわかっていた。自分の言ってる事、思い描くことが夢物語や理想論であることを。
それでも現実を見て可能性を諦め切れる程大人でもなかった。
それが分かっていたのか、健の母は結を大切に思えた。今の自分、その精一杯の理想を語った結を。
そして、その後も二人のお茶会は長々と続き、いつの間にやら日が傾き朱色に色付き初めて来た。
「さて、もうこんな時間だ。夕飯の支度しないとね」
健の母はそう言って立ち上がると縁側を見た。
「結ちゃん。あのだらしない、ぐーたらドラ猫を起しといてちょうだい」
軽いため息と怪訝そうな表情見せて健の母は奥の台所へと入っていった。
結もゆっくりと立ち上がると縁側を見つめた。
「結ちゃん。今日も夕飯食べてってよ」
奥から聞こえた大きな声に結は大きく返事を返した。
台所から慌ただしく独り言が聞こえ、結も何かと奥の台所に視線をやると急いそと健の母が出てきた。
そして買い物に行ってくるとだけ伝えると、急ぎ出かけていった。
それは一瞬のことのように思える程慌ただしくでていった。
結は呆気にとられながらも馴れたように何事もなく縁側へと行き、健のそばへと腰を落とした。
合いも変わらず気持ちよさそうに寝息を立てる健を見て結はなんとなく想うと健とは逆さまに顔と顔とが向き合うように横になった。
寝顔を見つめたまま、健の顔にかかる髪の毛を優しく触れ寄せ上げ、子供のようなその寝顔をしばし見つめていた。
「私も夢を見るからね」
そう結が呟く。すると健が少し気だるそうに唸り頭ををゆっくりと動かして目を覚ました。
「おはよう」
互いの顔が向き合ったまま目が合う。眠りから覚めた健の目にはいつも以上に優しく穏やかに照らされている結の表情があった。
「んー。ん、はよ」
重そうな瞼を薄く開けたまま、唸るように返事をする健。
「健ちゃん。久しぶりに絵、描いてほしい」
「・・・ん?」